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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
9章 レース

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262/380

262話 黄金

 漆黒の部屋があった。光を吸収するかのように、艷やかで滑らかな黒曜石で作られた部屋であった。


 一辺が30メートル程の正確に正方形を型どった部屋である。


 黒曜石の部屋は中心から幾何学模様の複雑な図の魔法陣が直に黒曜石に彫られている。魔法陣を形成するラインは青白く仄かに輝いており、まるで心臓が脈動するように明滅していた。


 中心には人が一人寝そべることのできる大きさの長方形の寝台が祭壇のように設置してあり、その上には男が寝ていた。


 まだ若い少年であり、仄かに光る青白い光に照らされる年若い顔は目を瞑っており、微かに呼吸をしていた。


 眠っている少年の腕には、一目見たら目を奪われることは間違いないだろう神秘的な力をはっきりと感じさせる黄金の腕輪が嵌められている。


 魔法の力が視覚化されるほどに強く黄金の腕輪から黄金の糸が漂っており、隣に置かれている同じような黒曜石の寝台へと流れ込んでいた。


 神殿のような静謐さと神秘さを思わせるその空間にて、少し離れた場所でこの部屋には似つかわしくない鉄パイプの椅子に女性が座っている。


 青白い光を光源として、ローブを着込んでいる女性は文庫本を読んでいた。退屈しのぎであるのだろうか、面白そうな顔をしてはいるが、夢中になって読んでいる様子はない。


 ペラリとページを捲る音だけが、静寂が支配するその世界に広がり、他には物音一つしない。


 と、眠っている少年の腕輪が激しい光を放ち始める。


 先程まで纏っていた柔らかな黄金のオーラではなく、眩しく盲目になるほどの激しい光が煌々と輝く。


 女性は文庫本を読むのを止めて、パタリと閉じるがその光を見ても平気な顔で眺めている。


 光と共に黄金の腕輪から大量の黄金の糸が生み出されると、少年の隣にある空の寝台に向かう。


 黄金の糸は寄り集まっていくと人の形となり、空から降りてきた光の球が入っていく。


 そうして黄金の人型は色を変えて、人の肌となり髪が生えて、胸が鼓動を開始する。


 人の姿となったモノは、目をゆっくりと開くと起き上がり、普通に動くか確認するように手を開け締めして、肩を回す。


 その様子を見て、女性は声をかける。


「おはようございます、イミル」


「あぁ、おはよう。どうやら問題はないみたいですね」


 男は鷹野美羽に倒されたはずのイミルであった。その鍛えられたと思わしき身体には傷一つない。


「えぇ、今回も無事でなによりでした。少し心配していたので」


 女性は空間から男物の服を取り出すと、無造作に手渡す。


 イミルも手慣れた様子で受け取ると、服を着ながら女性へと鋭い視線を向け、口を開く。


「それは私の魂が滅ぼされる可能性があったということかな?」


「言葉の綾ですよ。全てにおいて完全なことなどないですからね。万が一ということもありましたので」


「ふ、貴女の言うことは常に謎めかしているから、言葉どおりに受け取るのは難しい。………たしかにあの少女ならば、滅ぼされるかもとの不安が生まれてしまう」


 裾を直して着終わると、イミルは女性に顔を向ける。


「『空間の魔女』である貴女の言うとおりだった。あの少女と一度戦ってみなければ異常さを認識できなかっただろう」


「ふふっ、彼女は世界の認識から少しずれていますからね。違和感を覚えるにはかなり苦労があります。私も彼女を認識できたのは、つい最近でした」


「空間を支配する貴女でさえ、つい最近とはね」


「えぇ、違和感はあったのですが、そもそも軛から逃れることができませんでしたので、ほとんどの記憶すら戻せなかったのです」


 かぶりを振って、口元を笑みに変える『空間の魔女』に、イミルは僅かに険しい顔へと変える。


「上書きされる世界か……酷いものだ。貴女が僅かでも記憶を取り戻してくれなかったら、私は自由に動けなかった。感謝している」


「貴方との出会いがなければ、私も以前と同じ行動しかとれなかったでしょう。感謝をしております」


 『空間の魔女』は、僅かに頬を染めて親愛の笑みを返すと、気にすることはないと、イミルは手をひらひらと振る。


「聖奈も馬鹿なことをしていたものだ。繰り返し同じ人生を歩み続ける終わりのない世界など……。しかし、今回はあの少女のお陰で変わったのだな?」


「はい。この繰り返される世界は、あの少女がバグとなったために、崩れています。あの少女を中心に違う人生を多くの人々が歩み始めているのです」


「ふむ……このままいけば、聖奈は再び世界を繰り返すことはできない?」


「えぇ、間違いなく不可能となります。とはいえ一度決められた世界は動かすのが困難。まだ同じ繰り返しになる可能性はあります」


「それは困るな……しかし、これまでの鷹野美羽の行動は看過できなくなっている。難しいところだ……。このままではシンが皇帝になれない」


 『空間の魔女』の言葉に、顎に手を当ててイミルは困り顔となる。上書きされて未来の存在しない世界にも驚いたが、それをなんとかしても、目的が達成されなければ意味はない。


 しかも、以前の世界では成功していたのだから、尚更今回の流れには困惑していた。


「粟国勝利が蝶だと思ったのだが……それ以上に酷い存在がいたとは……。このまま退場してもらうわけにはいかないのかな?」


「あの少女を戦いで排除できると?」


「無理ですね。『魔法破壊マジックブレイク』が効かない相手だ。魔神アシュタロトと同等の存在、いや、それよりもたちが悪い少女だ。殺すことは現状不可能だろう」


 ふぅ、とため息を吐いてイミルは鷹野美羽の存在について考える。


「力だけ持っている者なら、問題はなかった。うまく誘導して私の邪魔をする相手を倒させるだけですからね。ですが……あの少女の厄介なところは金の力を、権力を知っており、それを上手く使うところだ」


「ですね。だいぶ神無家も追い込まれているようですし。そうそう、貴方が復活する9日の間に瑪瑙家が神無家と縁を切りましたよ。正式に支援を止めると神無公爵に告げに来たそうです」

 

 面白そうに伝えてくる『空間の魔女』の言葉に虚をつかれたかのように、イミルは驚きを露わにする。


「なんですって? そんなはずはない。ロビンは鷹野美羽を憎むようにすると仰っていたではないですか。これまで以上に神無家との繋がりを大事にするはずだ!」


 戦闘前に瑪瑙フェンが負けると『空間の魔女』は告げてきた。あの『クイーンアント』を破壊できる個人はシン以外には考えられなかったが、鷹野美羽の力を見るべきですと言われて、半信半疑であったが後のことも用意していた。


 ロビンが鷹野美羽を憎むようにしてほしいと依頼していたのだ。


 だからこそ、エリザベートを殺しても問題はないと考えていたのだが………。


 その予定が崩されたことに、驚きよりも困惑が上回る。彼女がこのような失敗をしたことなど初めてだからだ。


「エリザベートが忠告したことにより、どうやら精神が治ったようですよ。私が絡めた糸が解かれました」


「…………あの兄妹はそこまで深く信頼しあっている関係だったのですか? 呪縛を解くのに簡単な方法ではあるとお伽噺では聞きますが、無理だと考えていました。……いや、そうではない。エリザベートが生きていた?」


「えぇ、本人曰く死ぬ寸前だったようです」


「あり得ないな。魔法強化を失った彼女は鷹野美羽と違い絶命していたはず。まさか……蘇生? 鷹野美羽が蘇生魔法を使った? それか我らと同じ神器を持っていた?」


 寝ている少年の黄金の腕輪をちらりと見て、イミルは尋ねる。


「さて………そのような力を持つ神器はこの世界には、その神器ぐらいだと思っていたのですが……。ともかくもエリザベートは存命です」


 小首を傾げて、面白そうに答える『空間の魔女』を前に、額に手を当てて顔を顰めるイミル。


「厄介だな……。蘇生ができるとなると、ますます殺すことは難しい」


「本当に蘇生したのかは私も見られませんでした。ですが貴方の言うとおりでしょう。鷹野美羽を殺すことは難しい。シンが皇帝になる障害にもなっているというのに」


 クスクスと笑う『空間の魔女』に、イミルは僅かに目を細める。


「どうにかできる方法があると?」


「はい。今のシンを見てください」


 寝ている少年を指差す『空間の魔女』。イミルは困惑げに寝ている少年、シンを見て首を振る。


「いつもと同じように見えますが?」


「貴方にはそう見えるのでしょう。ですが、シンの体には今まで以上に世界の加護が集まっています。恐らくは鷹野美羽に対抗する世界の保護機能が働いているのです。力が上がっています」


「世界が鷹野美羽に対抗する? そこまでの存在なのか?」


「鷹野美羽は神の残り香を纏っているのですよ。偽神とも言える存在となり、世界を僅かながら侵食している。ゲームで例えれば世界の理を崩す『魔王』。そして、世界はその存在を滅ぼすべく『勇者』としてシンに力を集め始めたというところでしょうか」


 冗談めいた『空間の魔女』の言葉に、ますます困惑するイミルだが、言いたいことは理解できた。ようは体内にウイルスが入り込んだので、抵抗する免疫機能が働いたということなのだろう。


「シンが強くなるのは良いでしょう。だが問題がある。シンの性格では鷹野美羽には勝てない。意思の強さも、戦闘センスも彼女に負けている。いや、本体に戻るということは、今までよりももっと弱くなる」


「ふふっ、そうですね。きっと力に溺れて過信した挙げ句にあっさりと殺される未来が見えます。あの性格ではね……。ですが、方法はあります」


「それは?」


「それは魔神アシュタロトを鷹野美羽が滅ぼした後に教えましょう。彼女はアシュタロトを必ず滅ぼす。そして、アシュタロトを滅ぼした鷹野美羽を危険視した世界は最高の力をシンに与えるでしょうから」


「思わせぶりですね……。わかりました。それまでは鷹野美羽との直接戦闘は回避するとしましょう」


 極めて嘘くさい話だと渋い表情となるイミルだが、これまで『空間の魔女』には助けられた。信じるしかないと頷く。どちらにしても選択肢はないのだ。


「私の方では鷹野美羽を殺せないか、色々と試すつもりです。それまでは貴方のできることをするとよろしいですよ? 鷹野美羽の力は物理的な力だけではないのでしょう? それにもう一人対処をしないといけない相手がいるのでは?」


「粟国勝利ですね?」


「そうです。彼もこの世界の異物となっています。これからの鷹野家への対応と、粟国勝利の処理を考えた方がよろしいですよ?」


「わかりました。たしかにできることからしましょう。それでは私はもう行くとします」


 くるりと踵を返してイミルは去ろうとするが、ふと怪訝な顔になり、『空間の魔女』に尋ねる。


「貴女が本を読むなど珍しいですね?」


 『空間の魔女』が手にしている文庫本を見て、少しだけ不思議に思ったのだ。


「あぁ……完結した昔の小説なのですが、アニメ化、ゲーム化もした人気ラノベです。久しぶりに読みたくなりまして」


「そうですか。まぁ、暇つぶしにはいいかも知れませんね」


 特に興味もなかったために、軽く聞き流してイミルは去っていった。


 その様子を可笑しそうな笑みを口元に浮かべて『空間の魔女』は呟く。


「騙してごめんなさい、イミル。そして、この本の続編はバッドエンドとなる予定なのですよ。ふふふ」


 手に持つ文庫本を放ると空中で燃えてゆく。その炎の輝きを見ながら薄く笑う。


「3人目の転生者の魂………。鷹野美羽、貴女がエンディングに辿り着くのが楽しみです」


 そうして自身も転移をして姿を消すのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一人目の転生者が信長で、三人目が鷹の鷹野。 二人目は一体誰なんだ!?
[一言] これだけ北欧推しで「黄金」の腕輪とかアレに決まってるよなぁ ……ああそうか、それで「九つ」か ついでに言えば残機も時間で復活する可能性……? 但しこの世界割かし性質悪いから下手するとラインの…
[気になる点] イミルが転生者だと思ったら、シンのこれまでの精神体? だって文庫本を手に持っても無反応だから、絶対に知らない、興味ないでしょう。 どうしてこうなった、聖奈は一人なのに。 [一言] …
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