26話 錆びたアイテムってわかりやすいよなっと
男たちが去っていくのを、車から眺める。去っていく先頭の男の顔がチラリと見えた。どす黒く濁った茶色に近い金の目と髪。大柄な体格。ニヤニヤと馬鹿にしたような尊大そうな笑みでドスドスと去っていくが、……あいつ見たことあるな。ゲームとアニメの中で。もっと歳をとっていたが。
錆びた額冠にあいつか……。なるほどな。
完全に去っていったのを確認する。窓越しに目が合って、記憶されるというパターンは無しにしておく。俺はモブな主人公だ。もしかしたら、いらん縁ができるかもしれねぇからなっと。
ぶるるんと、母親が車を発進させて、今度こそ門の前に到着する。執事は屋敷に戻ろうとしたが、車に気づいて、にこやかに笑みを浮かべると、頭を下げてくる。
「こんにちは! 鷹野美羽です!」
窓越しに元気にご挨拶だ。
「これは美羽様。お待ちしておりました」
「玉藻ちゃんと遊びにきました!」
テヘヘと舌をペロッと出して、魅惑の美少女美羽ちゃんだぜ。
「お世話になります」
母親も窓越しに頭を下げる。先程の言い争いは、全く口にしない。他人の家の話に突っ込むのはマナー違反だもんな。大人の付き合いというものだ。
ではこちらへと、執事に案内されて駐車場に駐車する。玉藻の家も金持ちで、8台の車が駐車できる。もちろん、駐車場は車庫だぜ。
車から出ると、てこてこと豪邸の中に案内される。豪邸だよ、豪邸。その証拠にプールもあって、泳いでみたい。そろそろ梅雨になるから無理だけど。今度夏になったら、お願いしてみよう。
「エンちゃん、いらっしゃいませ〜!」
玄関を執事が開くと、ぴょんと跳ねるように玉藻が飛び出てきて、俺に抱きついてくる。スキンシップ大好きな狐っ娘なのだ。
「あはは、待ってたよ〜」
「お待たせ、玉藻ちゃん」
「待ったよ〜」
きゃあきゃあと手を繋いで、くるくると回る。幼い少女たちがダンスでも踊るようにくるくると回転する姿は微笑ましく可愛らしいので、母親も執事も目元を緩ませる。
玉藻母も迎えに来てくれて、後ろから玉藻の弟もついてきていた。おとなしいので、玉藻母の背中に隠れるように、ちらりと見てきたので、フリフリと手を振って応える。
「みーねーちゃん、こんにちは」
「こんにちは、春ちゃん!」
おずおずと俺に近づいてきた春をじっと見つめる。油気春。7歳の男の子だ。こうしてみても、普通の子にしか見えない。頬が少し赤いか。なるほどな、これが『魔力症』の病気か。
春の頭を撫でながら、玉藻母へと顔を向ける。
「なんか変な人たちがお外にいました!」
大人は気遣い、子供は無邪気に、だ。あぁ、と気まずげに玉藻母は答えてくれる。誤魔化すと思ったけど、教えてくれるようだ。
「あれは『ユグドラシル』なの。どこで聞いたのか、うちの魔道具を欲しがって、息子の『魔力症』を治癒する代わりに魔道具を交換するように言ってきているの」
母親にも教えるつもりなのだろう。なるほどな。まぁ、話が聞こえていたから知っているんだけどさ。
「奥様。彼らは『エリクシール』の代わりに、この間の提案である3つの魔道具のうちの一つを交換するように提案してきました」
執事が苦々しい顔で伝えてくる。
たしか台風の斧と、雷鳴の剣と、錆びた額冠だったかな。それらの一つを『エリクシール』と交換するように、言ってたな。僅かな会話でも、美羽の明晰なる記憶にしっかりと記されたんだ。ふふふ。
「そう……そこまで譲ってきましたか……旋風の斧に雷鳴の槍、土塊の額冠……。『エリクシール』を前に随分譲ったものね」
全然違った。まぁ、似てたからセーフだよな? 美羽ちゃんは9歳だからな。
しかし、わかるぜ。これは誘導だ。巧妙な誘導。きっと玉藻母は錆びた額冠を
「どう考えても、斧か槍が目的ね。わかったわ、相手がそこまで譲るなら、夫と相談します」
「えぇぇぇぇ! そこは土塊の額冠じゃないの? あれ、錆びてるよ!」
どう考えても、一択じゃないか? なんで、斧か槍? 美羽が口を大きく開けて驚くと、玉藻母は苦笑いで答えてくる。
「美羽ちゃんは物知りなのね。土塊の額冠は、もうほとんど魔力が残っていないのよ。土の魔法を1日に数回使えるぐらい。修復しようとしても無理なの。相手は修復しようと考えているかもしれないけど、不可能だと知ったら、怒ってなにを言うかわからないわ」
どうやら風聞を気にしているようだ。そうか、役たたずに見える額冠を渡して『エリクシール』を得る。そのようなことをすれば、一時的に得にはなるが、将来的にまずいと。確かに『エリクシール』はお店でも1億円したしなぁ。もちろんゲームの話だけどな。現実も変わらんだろ。
俺の予想外したわ。多分『ユグドラシル』の奴らもそう思うはず。錆びた額冠欲しさにダミーとして、洗濯機の斧とラーメンの槍を欲しがったふりをしたはず。原作でも錆びた額冠を『ユグドラシル』は求めていたからな。
まさか、後の評判を考えて、まともな武器を渡そうとするなんて、考えてもいないだろうなぁ。
策士策に溺れると言うやつだ。………本当にそうか?
よく考えるんだ。この世界はフィクションの小説の世界だが、暮らしている人は本物だ。考え方も単純ではないと思う。だが、だからこそ、ストーリーに絡むとしたらどうなるか? 本物の人間がフィクションの動きを絡めて動く。これはメインストーリーじゃないから……。
「どうしたの、エンちゃん? お腹空いた?」
俺が凛々しい表情で考え込んでいたのに、玉藻は酷い。そんなに食いしん坊じゃないぜ。おとなしくて良い子。それが美少女美羽ちゃんなんだ。
「お部屋におやつ用意したよ」
「すぐに行こ〜」
わぁいと顔を輝かせる。この身体はまだまだ幼いから仕方ないんだ。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、玉藻と手を繋いで、部屋へと案内されようとするが
「ちょっと待ってね」
やることがあるんだよ。春へと視線を向けてじっと見つめる。なるほど、どんどん頬が赤くなる。これが『魔力症』というやつか。
『調べる』
油気春 レベル2 状態:病気Ⅰ
なんだ、死なない病だというから、たいしたことはないと思ったが、本当に大したことなかった。
春へと『調べる』を使うと、その状態はわかる。解析できなくても、状態異常はわかるんだ。
「あの………いえ、なんでもないです」
錬金術師の館で、『病気癒薬Ⅰ』を買えばよいのではと思ったが、止めておく。あれも一個100万円するしな。金持ちならたいしたことはない金額だと思うんだが……どうも様子が変だ。買えるなら買っているはず。
と、すると買えない理由があるんだろう。高位貴族の紹介がないと買えないとかな。
ならば、俺のとる手段は決まっている。新魔法を覚えたことだしな。新魔法を使いたいのが理由じゃないぜ?
春の頭にぽすんと手を置くと、ニコリと微笑む。
「な、なに? みーおねーちゃん?」
「ちょっとした魔法を使ってあげるね」
不思議そうに見上げる春の頭に乗せている手に僅かに力を入れて、魔法を使う。
『快癒Ⅰ』
春の足元に金色の魔法陣が描かれてくるくると回る。魔法陣の光が春の顔を照らしだし、小さな星がチラチラと光の欠片を撒きながら春の身体に吸い込まれた。
『油気春の病気Ⅰを治した』
なんの病気か、毒だって呪いだって関係ない。欠損だって治してしまう。デバフでない状態異常は全て等しく治すのが『快癒』だ。もちろんⅠからⅣまで効果には違いはあるけどな。ゲームでは状態異常は色々あったけど、状態異常回復魔法は纏められていたんだよ。薬は別々に分けられていたから、魔法は凄い。
「え、え? なに?」
春が戸惑うが、治った感覚はなさそうだ。しかし、再度確認すると、状態異常の記載は消えている。まぁ、この程度の状態異常なら簡単だよ。ふふふ。
突如として使われた魔法に、皆が驚きの表情となっている。
「おぉ〜。何をしたのエンちゃん?」
好奇心の塊の玉藻が、キラキラとした目で見てくるので、ふふふと微笑んで返す。
「『魔力症』? っていうのを治したんだよ! たぶん治っていると思う……」
余裕そうに答えるが、よくよく考えると、治ったかよくわからん。ゲーム仕様の回復魔法だからな。
「………みーちゃん、『魔力症』を治したの?」
驚いた顔で母親が肩を掴んで揺さぶってくる。ガクンガクンと揺さぶってくるので、少し気持ち悪いよ。
「たぶん? でもたいしたことのない病気だから、回復魔法使いなら、簡単に治せたと思うよ?」
なんか様子が変だな? なにかおかしくないか? そういや、なんで回復魔法使いに頼らないんだ? こんな病気はチョチョイのチョイのはず。
俺の疑問の顔に気づいて、母親は困った顔になる。なにか問題があったらしい。
だが、ふぅと息を吐くと母親は落ち着いて、真剣な顔へと変わる。
「みーちゃんに今度お話ししないといけないことがあるわ。予想以上にみーちゃんの成長が早いから。でも、今日は玉藻ちゃんと遊んできなさい」
「? うん! 玉藻ちゃん、行こ〜」
「みーちゃん! ありがとうね。春を治してくれて」
玉藻母が感激に涙して、春を抱きしめる。ううん……なんかやっちゃったらしい。まずいことだ。ゲームでは簡単な魔法なのに変だな。
だが、それならばお願いがある。予想が正しいとしたら、極めてまずいことだ。
「んとね〜、それじゃあ、後で扇風機と来々軒と錆びた額冠を見せて! 魔道具見てみたいな」
「それぐらいたいしたことじゃないわ。もちろん良いわよ。良かったら差し上げるわよ? 旋風の斧と、雷鳴の槍と土塊の額冠で良いのね?」
なんか間違ったらしいが、9歳だから甘く見てくれ。
「ううん。見るだけで良いよ!」
それにアイテムはいらん。ジョーカーを持ちたくはないんでね。
「玉藻ちゃん、案内して」
「うん、行こうっ! 案内するね! 出来立てのチョコのクッキーあるんだ」
てってこと玉藻と、手を繋ぎ部屋に向かう。チョコのクッキーか。出来立てとか、額冠よりレアだよな。
「あ、玉藻ちゃん。後でちょっとお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。少しだけ一人にしてほしいんだ。でんぐり返しの奥義の練習をするの。1日に1回は練習しないといけないんだ」
雑な内容だが、玉藻は、おぉと目を輝かせちゃう。でんぐり返しの奥義を後で見せてねとお願いしながら、俺を部屋に案内するのであった。
さて、『ユグドラシル』が出てくるなら、少し真面目に鍛えないといけないが、まずはこのサブイベントをこなしておくか。
メインストーリーに無い話だが、俺はサブストーリーの方が得意なんだ。だって空気扱いされないからな。
何しろ俺はモブな主人公なんだぜ。




