258話 ゲーム仕様の聖女は凄いんだぞっと
凍れる世界にて、みーちゃんの吐く息は白い。
「さぶいっ。春の最中の真冬かな? なんか違う気がする」
良い例えがあるような気もするけど、思いつかないやと、考えることはあっさりと止めて、ぽてぽてと氷の世界を歩く。
生命の存在しない静寂に支配される蒼き氷の世界で、みーちゃんの足音だけがツルンステンと寂しく響き、ゴツンと大きな音を立てた。
「『戦う』コマンドが切れちゃうのがみーちゃんの弱点だよね」
アイテテと頭をさすって、壁に開いた少女型の穴から這い出る。
「どうしよう……外に出る前にやっちゃうか」
天を仰ぐと、雲一つない青空が見える。ダンジョンは綺麗に崩壊しており、巨大な隕石でも墜落したような大きな穴が開いているのだ。
しかも壁面は氷に覆われており、極低温の冷気が靄となっている。
「こんなところに氷のダンジョンがあったなんて知らなかったや」
たぶんこの氷は溶けない予感。琵琶湖には雪の森林もあるし、新たな観光名所になれば良いだろうと、目をそらし現実逃避をしておく。
それにそんなことを気にしている暇はない。もっと大変なことがあるのだ。
アイテムボックスからエリザベートの『焼け焦げた死体』を取り出して、ポイッと無造作に地面に放る。
バサッと音がして、灰が舞い上がるが気にせずにぽてんとあぐらをかいて座ると、ふぅと息を吐く。
「キリリッ。さて『聖女』の『蘇生』を使うかな」
『聖女』にしか使えない回復魔法『蘇生』。この魔法が現実で使えるかは不明だ。
おいそれとは試すことができない魔法だからね。もしも蘇生できる回復魔法があるとなれば大騒ぎどころではない。
だけど使うべきときに使わないのは本末転倒というものだ。エリザベートは『蘇生』を受けるだけの理由がある。
もちろんみーちゃんに巻き込まれただけという理由だけど。同じ被害者とも言うけど、ちょっぴり罪悪感が湧くんだよ。
まぁ、失敗したら派手な葬式をしてあげるから成仏してね。
誰かが様子を見に来る前に蘇らせなければならない。
少しだけ真剣な顔になると、息を整えて魔法の力を体に巡らせる。
純白の魔力がみーちゃんの身体から靄のように吹き出す。
発動すれば、酒場に吹き飛ばされた仲間以外は絶対に蘇生させる最高の回復魔法。たとえ一粒の塵となっていても、元に戻すゲームでの大きな味方だ。
エリザベートを蘇らせるために、『聖女』最高の魔法を発動させた。
『蘇生』
ゲーム仕様の蘇生魔法が発動し、天使たちが死体に舞い降りるエフェクトが発生する……と思われたが。
「ありゃ? なにこれ?」
発動したと思ったら、世界が闇に包まれてしまった。慌てて見渡すと氷の世界はどこにもなく、地面も壁も天井すらない。
空中に浮きながら、地面に立っているようで、足場が固定されているようで、無重力にいるような不安定な不思議な感じの世界だった。
そして闇の中を天の川のように光の糸が下から上へと現れた。
「おぉ……とっても綺麗………」
神秘的な光景に言葉を失うほどに見惚れてしまう。目に映る光景は、まるで光で作られている毛細血管のようであった。周囲全てが光の、いや黄金の糸に埋め尽くされている。
闇の中で黄金の輝きを見せて、黄金の糸は周囲を照らす。よくよくみると、黄金の糸は脈動しており、寄り集まって太い木になったり、細長い枝のように姿を無限に変えていた。
「これは……世界を構成している糸?」
どこかで見たことがある。薄っすらとはっきりと間違いなく見たことがあるから忘れることにする。
思考が混乱しているなぁと思い苦笑する。
そうして流れる河のように脈動する黄金の糸を見ながら、複雑に絡み合う黄金の糸の合間に、光る球体が垣間見えることに気づく。
まるで豊作時の果物のように、黄金の糸、いや枝葉に無数に絡みつく光る球体。
それがなにを表しているのか、みーちゃんは本能で理解しちゃう。
「あれは魂。あらゆる生命の魂……」
優しい黄金の光に顔を照らされながら、ほぅと息を吐く。
「そうか。『蘇生』はこの光る球体を核に肉体を作る魔法なんだね」
なんて神秘的な光景だと感動しながら、みーちゃんは手を翳す。
「なんかみーちゃんの周りだけ黄金の糸がないよね。いじめいくない」
なぜかみーちゃんの周囲だけ闇なのだ。他の場所は黄金の糸が埋め尽くしているのに、みーちゃんの周りだけぽっかりと空き地となっているのだ。
キョロキョロと周りを見るが、みーちゃん以外は誰もいないので、ツツツッと横に移動して黄金の糸に手を伸ばしちゃう。
みーちゃんの周りにも黄金の糸が欲しいんだもん。少しだけなら良いよね。
「そっと……そ~っと糸を移動させればばれないはず」
優しい手つきで糸を掴んで、みーちゃんの身体に絡めちゃうのだ。これでモブは卒業できる予感がする。美羽の運命を主人公格に変えちゃうのだ。むふふ。
ブチブチ
「あわわわ、千切れちゃったよ! 綿飴みたいに柔らかいや!」
見た目は頑丈そうなのに、簡単に千切れちゃったよ。どうしようどうしよう。
はわわと慌てふためき、とりあえずでんぐり返しをして気を落ち着ける。
ふぅ………なんかまずいことをしちゃったかも。額にかいた汗を拭いつつ、立ち直って手の中の綿飴を見て、こういった場合の対応策を思い出す。
「誰も見ていないのは、なにもしていないということになるって、偉い人が昔言ってた!」
フンスと息を吐いて、証拠隠滅と綿飴を口に放り込む。モキュモキュゴクン。
「とっても甘くてふわふわだよ! 最高級のソフトクリームみたい! おいしーい!」
なんということだろう。口の中に入れたら、ふわっとした舌触りと優しい甘さが広がり、身体が痺れるほどに美味しい!
こんな物があったなんて、とっても感激しちゃう。魔法の世界バンザイ。これを食べられることができて本当にこの世界に来て良かったよ。
ほっぺが落ちちゃうよと顔を蕩けさせて、もう一口だけ食べてもバレないよねと、ハムハムゴクン。
もう一口ぐらい食べても良いよね………。ちょっとだけ。こんなにたくさんあるんだもん。ばれないばれない。
『蘇生の準備ができました』
目の前にログが表示されて、もぐもぐと食べていた口を止めて、はたと思い出す。
あ、エリザベートのこと忘れてたや。
いつの間にかみーちゃんの前に、光の球体が浮いており、黄金の糸が撚り集まり、肉体の形となっていた。
なるほど、知識がこれに魔法の力を注げば蘇生されると教えてくれている。
「魂さえ滅ぼさなければ、復活は可能なのか………でも不滅というわけでもなさそう」
黄金の糸の合間にふわふわと浮く魂。その中でも小さく力なく明滅している物もある。
なんらかの理由で、滅びかかっている魂なのだろう。
まぁ、エリザベートの魂は元気に輝いている。復活には問題はなさそうだ。
「そにじゃ、つかふかみゃ」
最後に黄金の糸をお口に放り込みつつ、みーちゃんは自身の魔法の力を体内から手のひらに集めていく。
『蘇生』
カッと純白の光が生み出されて、世界に色を付けていく。
闇はかき消えて、黄金の糸は姿を消し、元の世界へと戻っていき、眼前のエリザベートの焼け焦げた肉体が元に戻っていく。
灰がピンク色の筋肉繊維に変わり、艷やかな皮が覆っていく。
髪の毛が生えていき元の長さに戻り、ふさふさの狼耳と尻尾が姿を現す。
そうして、エリザベートの肉体は完全に元に戻り、一糸纏わぬ姿となるのであった。
エリザベートの胸が鼓動を打ち始めて、その口から吐息が漏れる。
ゆっくりと目を見開くと、
「ハックションッ」
大きなくしゃみをして、勢いよく起き上がった。
「寒っ、寒いですわっ! ななな、凍りついてしまいます!」
肌の色が赤くなり霜焼けになりそうな狼娘である。下手したら凍りついちゃいそう。
「エリザベートちゃん、これをどうぞ」
アイテムボックスから毛皮のローブを取り出すと、ぺいっと手渡す。
「『耐寒』付与付きだよ」
「あ、ありがとうございます。ここはいったいどこですの? なぜわたくしは裸なんですか?」
毛皮のローブを着込みつつ、エリザベートは尋ねてくる。
「ここは真の姿を見せた霧のダンジョン。エリザベートちゃんは炎のトラップで危うく死に」
『世界に拒絶されました。以降『蘇生』は条件が揃わなければ使用不可となりました。直接食べちゃうからだよ』
ログが表示されて、ギクリと身体を強張らせてしまう。むむむ、『蘇生』が封印されちゃったか。
条件って、なんだろう。簡単には達成できないんだろう予感がする。そう簡単にはいかなかったか。
まぁ、エリザベートを助けるためだ。後悔はしていないよ。最後の一行はきっとバグだろう。みーちゃんがパクパク食べたせいじゃないもん。
乙女は甘い物が大好きなんだもん。……そっか、あの世界には簡単にはいけなくなったのね。しょんぼりだ。チェッ、もっと食べたかったのに。
「どうかしましたか?」
「あぁ、死にかけていたから回復させたんだよ。危ういところだったんだ」
黒焦げから元に戻る姿はちょっと怖くてホラーだったよと内心で思いながら、ニコリと笑みを浮かべて答える。
「そうでしたの………。『魔法破壊』を受けた後に炎に巻かれた事まで覚えていますわ………」
額に手を当てて、落ち込んだ顔になるエリザベート。だが、その顔には困惑もある。
「シン様しか使えないはずの『魔法破壊』。ですが、観覧席にシン様はいました。これはどういうことですの? それに炎の儀式魔法は誰が使いましたの?」
「意外と使える人は他にいたのかも。切り札として隠し持っていた人とかさ」
「あの魔法はそんな簡単には使えないはず………」
「それと罠はそこの氷粒となった人が使ってきたんだ。おっきい魔導兵器で殺しに来たから返り討ちにしたんだけどね。家門の意地をかけて戦いを挑んできたブルドッグさんだった」
みーちゃんが指差す先には氷粒が山となって積み重なっている。もはや元がなにかはわからない。
だが、エリザベートはピンと来たのだろう。みーちゃんを鋭い視線で一瞬睨んだあとに、すぐに視線をそらし、頭を振ってため息を吐いた。
「新型魔導兵器はお父様専用機でした。あれを破壊できるとは、正直信じられませんが、そういうこととなったのでしょう」
「恨んでも良いよ? 瑪瑙フェンは私との戦いで命を落としたからね」
「…………いえ、そこまで恥知らずではありませんわ。加害者なのに被害者の顔をするほど厚顔無恥ではありませんの。ある意味貴族らしくお父様は死んだのでしょう」
深くため息を吐いてかぶりを振ると、立ち直ったかのように背筋を伸ばして、悲しげな影を僅かに見せつつ微笑むエリザベート。
「立派だね。それじゃレース再開といく? 予備のボードあるよ。ノーマル仕様だけど」
「………良いですわ! お父様が亡くなったことで、混乱が起きるでしょうから、落ち込む暇はこれからはなさそうですし、貴女との決着はつけておきたいので受けます」
「それじゃ、ほいっと」
市販の『浮遊板』を2枚取り出して、一枚を渡す。予備として全種類の『浮遊板』を持ってきたんだ。
空元気を見せつつ、エリザベートは『浮遊板』に飛び乗る。
「霧のダンジョンというのは本当ですの?」
「うん! ある条件が揃うと真の姿を見せるみたい。ほら、あそこに霧が残ってるでしょ?」
冷気から生み出される靄を指差して、断言をしておく。
正直者なみーちゃんだからね。教えてあげるのだ。
真の姿を見せると氷のダンジョンになるなんて、凝ってるダンジョンだよね。
本当にびっくりだ。だから、疑うような視線を止めてくれるかな?




