256話 消されるなら、たくさん使えば良いよねっと
『太陽炎』の焔はいつかの時のように、『メガクイーン』を燃やさんと襲いかかる。
その焔は名前どおりに、太陽の熱と輝きを持ち、空気は燃え、地面は焔に掠るだけでジュッと音を立てて溶けていく。
世界は太陽の輝きの中にあり、全ては燃えてマグマの中にでもいるかのように、炙られたチーズのようにダンジョンは溶けて、天井は溶けて溶岩となり滴り落ち、地面は煮えたぎるマグマとなってしまった。
『魔法破壊』
再びイミルとやらが魔法破壊を放つ。『クイーン』に襲いかかる焔が一瞬かき消えるが、すぐにまた焔に包まれる。
「は、な、なぜ、消えない、消えないぞ、イミルッ!」
動揺のあまりにマイクをオンにしたままなのだろう。絶叫するフェンの声が聞こえてきた。
「……なぜだ?」
『魔法破壊』
戸惑う声が聞こえてくるが、まだ冷静さを保っているようで、再度美羽の魔法を破壊しようとしてきた。
だが、無駄なのだ。再び一瞬消えるけど、焼き直しのように焔が後ろから吹き出して『メガクイーン』を燃やしていく。
『魔法破壊』
追加の魔法にて、ようやく『太陽炎』は消えて周囲の焔も鎮火された。
「は、はは、と、トリック! 幻影だ、幻影でしかない」
狂乱の声が聞こえてきて、クスリと美羽は笑ってしまう。
「なんで幻影だと思うの?」
コテリと小首を傾げて、うりゅうりゅと瞳を輝かせて無邪気な微笑みで尋ねてみる。
「そそそ、そうに決まっている。でなければダンジョンが溶けていくなどあり得ない! この光景はトリック、幻影、精神攻撃のどれかだ!」
たしかに周りの光景は酷いものだった。『太陽炎』が解除されても、炎による暴虐はダンジョンを真っ赤に熱していた。
美羽も自分の魔法の副産物でなければ、暑いよぅとアイスを買いにテテテと走っていただろう。
真っ赤に燃える溶鉱炉の中か、マグマの中にいるかのようであり、『メガクイーン』を守っていたインペリアルアントたちは炎の力により、一瞬で燃え尽きていき、残り数匹となっていた。
残った数匹も、高熱の空間に耐えることができずに、膝から崩れ落ちて粒子となって消えていった。
現実逃避したいのはわかる。その気持ちは痛いほどわかる。
もはや酸素は存在せず、生命が生き残れる環境ではないからね。美羽だって、ゲーム仕様のフレンドリーファイア無効能力がなければ、アチアチだったはず。
「みーちゃんのトリックを破れるかな、瑪瑙フェン!」
「見破ってみせるわぁっ、この小娘が!」
可哀想だから、希望だけは残してあげることにして、再度手を翳す。
「それじゃアンコールに応えてあげる!」
『三連続魔』
『太陽炎』
『太陽炎』
『太陽炎』
「ウォォォッ! 多弾頭フリーズミサイルで対抗をっ!」
『メガクイーン』の後部が開き、噴煙を吐きながらミサイルが発射される。空中にてミサイルは分裂し複数のミサイルとなり、美羽へとその矛先を向けてきた。
美羽の身体は太陽のように輝き、プロミネンスがまるで焔の龍のように吹き荒れる。
その真っ只中に蒼き金属装甲を持つマジックミサイルは入りこみ爆発すると超低温の冷気を巻き散らそうとした。
常ならば、その冷気は周囲を凍らせて極寒の地へと変えるほどの威力があったのだろう。
しかし美羽の焔は太陽の焔。たとえ太陽に雪が降ろうとしても意味がないように、すぐにミサイルの外郭ごと溶けてしまい、一瞬冷気が微かに見えるだけに終わった。
「は、こ、このっ小娘、小娘がっ!」
『インペリアルアント召喚』
『魔法破壊』
再びインペリアルアントを召喚するフェン。それを助けるためにイミルが焔を消そうとする。
インペリアルアントたちは召喚されると、すぐさま『聖騎士の誇り』を使い、女王蟻を守ろうと健気な頑張りを見せる。
だが、焔に触れた途端に灰へと一瞬のうちに変わり、多くのインペリアルアントたちが倒されていく。
『魔法破壊』
「ぐううっ、まだ駄目なのか!」
イミルの苦しそうな声が聞こえてくる。連続しての『魔法破壊』は、かなりの反動もあるようだ。
その一瞬の間が致命的となり、残りのインペリアルアントたちもあまりの高熱に蒸発していく。
『ま、魔法破壊』
なんとか最後の『太陽炎』を消すイミル。だが、ますますダンジョンは溶けていき、遂に地面が崩落してしまう。
「ちょっとやりすぎちゃったかな」
落ちてくる瓦礫を足場にして、トントンとリズミカルに美羽は空中を移動する。
「くそっ、くそっ、話が違うっ! こうなれば最終奥義にて戦うのみっ!」
『フルドライブ』
『メガクイーン』がフェンの叫びに応えるように、紅きオーラを吹き出して、翅を大きく広げて羽ばたく。
「限界を超える技かな? それで何分持つの?」
「だまぁれぇっ! 小娘を捻り潰すのに充分な時間はあるっ。このクイーンアントの底力を思いしれっ!」
『インペリアルアント召喚』
怒鳴りながらも冷静さを保ってはいるようで、再びアリさんたちを召喚してくる。
だが、落ちながらの召喚のために、インペリアルアントたちの体勢は崩れており、『聖騎士の誇り』を使えそうにない。
なんとか落ちる瓦礫の上に立つインペリアルアントもいるが、瓦礫といえど高熱により溶けた岩。鉄板に乗る肉のように焦げていく。
それに、召喚したと同時に『メガクイーン』の纏うオーラが減った。どうやらエーギルと違ってマナに限界があるようだった。
その様子を冷静に観察しながら、むふふと笑う。
「召喚は打ち止めにしておいた方がいいみたいだね!」
何しろ召喚しても、喚び出す端からアリさんたちは燃えていく焦熱地獄の世界なのだ。
「多少時間を稼げればよい。その間に倒す! 殺す! 滅してやる!」
ホバリングをしながら『メガクイーン』は4本の剣を構え直す。
たしかにインペリアルアントたちは、燃えながらも『聖騎士の誇り』を使う個体もいる。なかなかの根性だ。
「それに、その魔法をまだ使えるのか? 貴様も限界が近いはず!」
「たしかにマナは空かな」
「そうだろう。こちらはまだまだ余裕があるのだぁっ!」
素直な美羽は正直に答えて、フェンはそれを聞き嬉しそうに吠える。
そもそもマナを持っていない美羽である。嘘は言っていない。
『MP:1124』
まだまだMPはあるけど、教えなくて良いよね。
それにそろそろ『太陽炎』も使えなくなりそうだ。
なにしろダンジョンは溶けていき、天井は崩れて地上まで穴が開きそう。
もう一撃放てば倒壊は確実で、二撃目で太陽の炎は外へと向かうだろう。
そして琵琶湖を蒸発させて、様々な人に怒られちゃう未来が見えるのだ。
だが、下地は充分だ。魔法は消されても度重なる『太陽炎』により熱せられた魔力の渦巻く焦熱世界へとダンジョンを変えた。
もはやインペリアルアントは高熱の世界に耐えられないから用をなさない。
あとはガチンコで戦うのみである。
「それじゃ、本格的に攻撃といくよ!」
鞭のように撓る光輝の剣をシャラリと鳴らして、手首を捻り『メガクイーン』に斬りかかる。
目にも止まらぬ剣速にて、光条が『メガクイーン』を寸断せんと空間を切り裂き向かう。
「そうは行くか! 『フルドライブ』の力を見るが良い!」
フェンの得意げな声が響き、驚くことに『メガクイーン』はその場に残像を残し、高速飛行にて後ろに下がると光輝の剣を躱す。
「速いね!」
「もはや貴様のスピードでもついてこれまい!」
崩壊していくダンジョンの中を、残像を残しながら『メガクイーン』は鋭角に空中機動を行い飛行する。
そうして『メガクイーン』の両脇に備え付けられている4門の機関砲が美羽を狙ってきた。
空中をクルリと回転して、美羽の周囲を回りながら、機関砲は大砲のような砲声を響かせて砲弾を発射させる。
空間を振動させるが如くドドドと轟く砲声に、50ミリはある無数の砲弾が嵐のように美羽を狙う。
『魔塵豪雨』
ご丁寧に武技らしく、黒きオーラを纏わせている。
「アダマンタイトッ! その砲弾の全てがアダマンタイトッ! これが瑪瑙家の底力だぁっ!」
「ギャンブルをやらない方が良いタイプだね」
砲弾にアダマンタイトを使用するとは、どうやら全ての資産を注ぎ込んだ模様。
涼しい顔で美羽は笑みを見せて光輝の剣を振るう。
『ミサイルパリィ』
迫る砲弾へと光条が触れると弾いていく。まるで蜘蛛の巣のように美羽の眼前に光輝の剣は展開されて、アダマンタイトの猛攻を簡単に阻む。
砲弾が光輝の剣に弾かれるたびに、閃光のように光波が空間に発せられて、衝撃波が波動となって溶岩と化した瓦礫を吹き飛ばす。
「それじゃ、追いつけるか試してみるかな」
『ヘイストⅤ』
支援魔法にて素早さを上げる。
『幻影歩法Ⅱ』
ステップを踏みながら身体を揺らして、さらに素早さを引き上げていく。
カッとおめめを見開き、魔法の力を体内に駆け巡らせる。
『縮地法』
最後に超加速の武技を使用して、魔導鎧の妖精の羽を展開させるとニヤリと笑う。
「鬼ごっこだ! 捕まえちゃうよ!」
「こ、この『フルドライブ』の発動した『フルドライブ』に、人間が、お、追いつけるものかっ!」
「フルドライブがかぶってるよ!」
フェンが恐怖の色を見せて叫ぶ。『メガクイーン』が残像を残して飛行して、弾かれてもめげすに機関砲を撃ち続ける。
美羽は前傾姿勢となると、その姿がフッとかき消えた。
一直線に『メガクイーン』へと向かう。フェンから見ると僅かに落下する瓦礫が弾かれることから、踏み台にしているのが辛うじてわかるだけで、速すぎてその姿を視認できない。
超高速の世界にて、世界が停止しているかのようなスローモーションの時間の流れの中で、美羽は光輝の剣を振るう。
『陣風刃』
刃が竜巻の如く、『メガクイーン』へと斬りかかる。
「は、速い! これほどの速さを人が出せるものなのか?」
フェンはなんとか美羽の剣撃を4本の前脚で防ぐ。だが、その速度は明らかに負けており、防ぎきれない攻撃を受けて装甲が傷ついていく。
「い、イミル! 小娘の強化魔法を消すのだ!」
「………さっきからやってはいるのですが……解除できるのは一部だけのようです。そもそも身体強化を解除できない。どうなっている?」
フェンとイミルのやり取りを耳にして、そりゃ身体強化していないからねと、内心でぺろりと舌を出す。
美羽の身体能力は素なのだ。魔法強化によるものではない。
「ああぁっ! トリック、トリックだぁぁっ」
なぜか恐怖で混乱してSAN値チェックに失敗したかのように狂った咆哮をフェンはあげて『メガクイーン』の肩当ての装甲を開く。
『ライトニングブラスター』
装甲内に搭載されていた水晶で作られた鏡のような魔導兵器が光り輝く。
雷光が発せられて、膨大な雷の奔流が美羽へと瞬時に命中する。
雷の奔流により、身体を焼かれながらも平然とした顔で光輝の剣を振り上げる。
「とやぁ」
『魂覚醒』
『コキュートス』
『幻影輪舞』
『融合しました』
『冥王の舞』
美羽の振るう剣がかき消えて、雷の奔流に蒼き輝線が奔り、瞬時に消失させる。
そして、『メガクイーン』に6条の凍れる蒼き軌跡が通り過ぎていくのであった。




