252話 出るのが遅かったんだぞっと
みーちゃんは霧のダンジョンを突き進む。5階層あるダンジョンで、チェックポイントは3階層に置かれている。
1階層、2階層と次々と襲いかかってくる魔物をものともせずに、順調に進み3階層に入る。
4階層からは、さすがに魔物のレベルが高くなるからだが……。
「罠を仕掛けるんだから、強さは関係ないよね」
ポツリと呟き、板を軽く蹴る。みーちゃんの身体は軽く10メートルは飛翔して、くるりと縦回転をする。
「グルオーンッ」
咆哮が響き、さっきまでみーちゃんがいた場所を霧で形成されている口が襲いかかった。地面を大きく抉ると土を呑み込み、その姿を露わにする。
それは霧の怪物であった。水竜に似た長い首を持ち、身体が霧でできている魔物だ。
「『霧竜』か。随分とまぁ珍しいものを用意したよ」
『霧竜:レベル55、物理耐性、弱点魔法』
身体の端が揺らいでおり、霧に溶け込んでいるように見える竜だ。霧でできた竜鱗の胴体とコウモリのような翼を持つ四足の巨大な竜である。
攻撃を躱されたことに気づき、すぐに空中にいるみーちゃんへと頭を向けてきた。
白き霧で身体を形成している『霧竜』は、固有スキル『霧化』を持っており、通常攻撃に耐性がありほとんどダメージを与えることができない。
解析ではわからない防御スキルを持つ『霧竜』は魔法を使わなければ倒すことは難しい厄介な相手だ。
「それに『霧竜』はボス級……どうやって用意したんだ?」
恐らくは瑪瑙家が用意した魔物だろうが、強すぎる魔物だ。『ソロモン』が援助した魔物だろうことは簡単に推測できるが、今までと格が違う。
「原作ではやられ役の奴らだったけど……どうやら話が違うみたいだな」
少しだけ本気になろうと軽く息を吐き、眼光鋭く『霧竜』へと視線を向ける。
原作では弱い魔物しか使役していなかった。ゲームでも雑魚魔物使いはレベル30程度の魔物を使役するのが限界だったはずなのに、予想外に強くなっていた。
『霧竜』は空を飛ぶみーちゃんを撃墜するべく口を開けると、霧を口内に凝縮させていく。
周囲に漂う白い霧が口内に集まると、カッと眩しいほどに光り、息吹が放たれた。
『霧の息吹』
白き霧がブレスとなり迫ってくるので、『浮遊板』を軽く傾けて、滑空する。
霧を切り裂き、みーちゃんは『霧竜』の周囲を回りながら躱していく。
『霧竜』はみーちゃんを狙って、首を傾けて霧の息吹を吐き続けて、周囲を薙ぎ払っていった。
薙ぎ払われた場所にある木々や岩山は、泡となりあっという間に溶けていく。常ならば、魔法障壁すらも溶かしてしまう強力な腐食の息吹なのである。
「しょうがない。お遊びはここまでだね」
フッと愛らしい顔をアヒルに変えてグワッグワッと微笑むと腰を僅かに屈めて身体をゆらゆらと揺らす。
追いかけてくる息吹を右に左にと飛行して躱しながら、『霧竜』へと向けて素早く手を振る。
手からキラリと光る手裏剣が無数に放たれて、空を駆っていく。
『石火』
投擲の武技が発動し、『霧竜』の身体が機関砲でも受けたかのように大穴を空ける。
「クルォォ」
だが、ひと鳴きすると『霧竜』は空いた穴を霧で塞いで、瞬時に元に戻ってしまう。
「相変わらずの回復能力。ドラゴンの中でも使えるその能力は美しいビジュアルも含めて気に入っているんだ」
ゲームでは物理攻撃が効かない『霧化』により、ほとんどの攻撃は回避されてしまった。
現実でも同様の能力を持っているんだねと、ムフフと口元をちっこい手で嬉しそうに押さえる。
『霧竜』は、霧を引き裂きながら飛行するみーちゃんに怯むことなく、その身体にマナを巡らせる。
「ルルルル」
優しい音楽を奏でるような鳴き声をあげて、魔法を放ってきた。
『霧鎖縛』
「おっとっと、ゲームと同じ魔法か。でも、レベルが違いすぎるよ!」
周囲の霧が無数の鎖と変わり、みーちゃんを捕縛しようとするが、迫る鎖に対して『浮遊板』を添えるように突進する。
ジャラリと音を立てて、霧の鎖が弛む。サーフィンをするかのように、鎖を波と見立ててみーちゃんはサーファーとなり、包むように迫る鎖の真っ只中を進む。
「だいまどーの力を魅せちゃうよ!」
鋭い目つきで、口元を凶暴なる笑みへと変えて、パンと柏手を打つ。
自らの莫大な魔法の力が体内から吹き出して、光のラインを描く魔法陣を形成すると、破壊の力を発動させる。
『魂覚醒』
『コキュートス』
『コキュートス』
『融合しました』
『冥王の冬』
魔法の力が発動し、吹雪がみーちゃんから吹き出すと、周囲へと広がり吹き荒れる。
吹雪が一瞬のうちに全てを凍らせる。まるで時が止まったかのように『霧竜』はピタリと動きを止めて、霧の鎖は霧散し氷の結晶となりハラハラと地へと降っていく。
「残念だったね。哀れ、サブストーリーをクリアしたプレイヤーを前に、メインストーリーのボスは弱いと決まっているんだよ」
スイッと地面に降り立つと、みーちゃんは氷像と化した『霧竜』へとフフッと笑うと、コツンと叩く。
「即死効果、拘束効果のあるこの魔法は攻撃力もあるんだ。魔法に弱い敵では相手にもならない」
鳴き声すらもあげずに、即死した『霧竜』。残念ながら最近『大魔道士』ジョブを手に入れたみーちゃんの相手ではない。
『霧竜』の凍りついた身体が、みーちゃんの叩いた箇所からヒビが入って、遂には砕けて散らばっていった。
残酷にして美しき氷の欠片がキラキラと光る様子を見ながら、軽く笑うと氷の欠片の中から落ちてきた魔石をパシッと虫取り網でキャッチする。
「『霧竜』の魔石ゲットだぜ」
一抱えはある白き魔石が虫取り網の中でマナの力を視覚化するほどにキラリと光る。
「これは後で活用するとして……。エリザベートちゃん、なんで先に進まなかったの?」
霧の中へと面白そうに声をかけると、ゆらりと霧が揺れてコツコツと足音が聞こえてきた。
「てっきりわたくしへの罠と思っていたのですが……どうやら違ったようですわね」
先に進んだはずのエリザベートが板を小脇に抱えて、厳しい目つきで睨みながら現れた。
「……私はこの程度の罠なんか仕掛けないよ。真面目で素直だもん」
「どうも貴女の言うことは信用できない感じがしますが……ならばこの罠は?」
「わかってるでしょ?」
「そうですわね。てっきり罠を仕掛けるなら、貴女だと思ってましたわ。なにせ先行していたのに、わたくしを待っていましたし、私が先に進むのも見過ごしましたからね」
「あぁ……そうだね。他者視点だとそうなっちゃうよね」
ありゃりゃ。たしかにそうだ。今回のレースは瑪瑙家が罠を仕掛けやすいように選んだんだけど、反対にみーちゃんが仕掛けていてもおかしくなかった。
自分を中心に考えていたから、その考えは浮かばなかったよ。失敗、失敗。
「……瑪瑙家では、これだけの魔物を使役することはできませんわ」
「手伝っている人がいるんでしょ」
血肉の混じった氷の欠片を見ながら、苦渋の表情となるエリザベートだが、原作と離れてきたこの世界では『ソロモン』の暗躍が目立ってきている。
隠していた真の力を見せ始めたのか、技術水準が上がったのか、はたまたその両方かはわからないが、このレベルの魔物を使役している可能性は高い。
『ソロモン』でなければ、神無家か瑪瑙家が手に入れた技術となるので、それはそれで面倒くさいけどね。
「お父様はプライドがない男ですが、こんな危ない橋を渡ることはしませんわ。レース中にこんな目立つ罠を仕掛ければ、監視がなくともあとの痕跡でバレる可能性は高いのですもの」
「むぅ……エリザベートちゃんがそう評価するのか……」
「わたくしを馬鹿だと思っているでしょうっ! これぐらい簡単に予想できますわ」
プリプリと怒り始めるエリザベートを他所に、たしかに現実的に考えるとそのとおりだと考える。
みーちゃんは今や世界一の回復魔法使いだ。そのみーちゃんを殺すとなれば大騒ぎになるのは間違いない。
だが、今回はわかりやすい形で襲われている。……いったい何がどうなってる? 小説の世界だから、単純だろうと無意識に考えちゃったか。
今の人々はその楔が外れかけているかもしれないのに。
むぅ、と考え込むみーちゃんを見て、エリザベートがクスリと微笑む。なにか気になることでもあった?
「あぁ、ごめんなさい。常にアホなふりをする貴女の真剣な表情があまりにいつもと違いすぎて、ついつい笑ってしまいましたの」
「キリリッて、いつも呟けばかっこいいかな」
キリリッと呟き、可愛らしいお顔を引き締めるみーちゃんに、空を仰ぎ見ると肩を竦めて呆れるエリザベート。
「韜晦するのは、そこまでにしてくださいませ。断言します、この罠は瑪瑙家のものではありませんわ」
「断言しない方が良いと思うけど、で、どうするの?」
「仕方ありませんわ。共闘してダンジョンを抜けませんこと? 第4チェックポイントから、再度レースは再開すれば良いですわ」
「私と一緒に進むとたぶん危険だよ? 命の危機に陥ると思うんだ」
エリザベートは瑪瑙家の罠ではないと断言するが、みーちゃんはそうは思わない。
今まで不自然な謀略があった。単純極まるわかりやすい謀略などだが、相手は疑問も持たずに行動していた。
今回も同じだとすれば……瑪瑙家の罠の可能性は極めて高い。現実に照らし合わせると、浮き出てくるものがあるんだよ。
「貴女は恐ろしい力を持っているようです。今の竜をたった一撃で倒す魔法もあるようですが、それでも一人では危険ですわ。なにせ、これだけの魔物を用意する相手ですからね」
「う〜ん、わかったよ。それじゃあ、一緒に進もうか」
「えぇ、このわたくしの力を見せて差し上げますわ」
お互いに顔を見合わせて、クスリと笑いあった時であった。
戦闘が終わって油断していたみーちゃんたちへと、霧の中から光弾が飛んでくる。
足元に魔法陣が浮かびだして、マナの力が吹き出してきた。
「むっ!」
「これはっ!」
マナの力は物理的な暴風となり、みーちゃんとエリザベートを吹き飛ばす程の強力な力を見せてくる。
『魔法破壊』
空間が歪み、マナの光に覆われた魔導鎧や『浮遊板』が煙を吹き出す。
「ま、魔法がっ! 身体強化も消えました!」
どこか遠くから聞こえてくるような、エリザベートの焦った声を聞きながらも、みーちゃんは身動きがとれなかった。
「これが……」
震える世界。己の存在を揺るがす魔法。
『魔法破壊』
あらゆる魔法を破壊する原作最高の魔法である。どれほど凄いかというと、『魔法解除』の場合は、魔法を解除できたかは自身の魔力や、相手の魔力の大きさによる。
しかし、『魔法破壊』は違う。問答無用で魔法解除が自動成功となるチートな魔法なのだ。
地面に密かに設置していたのだろう。『霧竜』を使って、誘導を仕掛けていたのだろう。
まさか『魔法破壊』を地面に仕掛けておくなどとは、美羽も予想はしていなかった。
魔法陣の光が美羽とエリザベートを照らしていき、魔導鎧や『浮遊板』の魔法が解除されて、ただの金属塊へと変わる。
「この魔法はシン様の! どうしてっ」
魔法が解除されて、ただの女の子に戻ったエリザベートが膝をつく。身体強化が完全に解除されてしまい、魔導鎧や『浮遊板』の重量に耐えきれないのだ。
美羽はといえば、『魔法破壊』による衝撃が身体を駆け巡り、その存在を揺らされて身動きが取れずに、大きく目を見開き動揺を露わにしていた。
『劫火魔法陣』
鮮烈な紅き魔法陣が天を覆い尽くし、輝く灼熱の炎の柱が立ち上り、超高熱の炎吹き荒れる世界に変わっても、対抗できずにその身体を焼かれてしまうのだった。




