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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
9章 レース

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250/380

250話 ファンタジーなレースなんだぞっと

 先行するエリザベートは恐ろしく速い。


 みーちゃんとエリザベートは湖の畔を疾走している。右側に手つかずの森林が生い茂り、水面の上を走ったほうが速いために、二人とも水面の上を走っている。


 エリザベートの『浮遊板フロートボード』は、そろそろ最大速度に達するはずであり、最大速度の高い『魔王』ならばそろそろ追いつけるはずなのに追いつけない。


 それだけ腕がある、そしてレギュレーション内でのチューンナップに優れているのだ。


 魔導兵器の大家である瑪瑙家ということだろう。


 みーちゃんの『浮遊板フロートボード』も、失格ぎりぎりアウトまでチューンナップしているのだから、対抗できるとは感心しきりだよ。


 前世とは異なり、浄化効果を持つ魔物の棲む琵琶湖は、底まで見えそうな程に透明度が高い。その透明度の高い水面の上を疾走するエリザベート。水飛沫がキラキラと輝き、狼娘の躍動感のある姿を美しく見せている。


「なかなかやるね、エリザベートちゃん!」


 みーちゃんも手を振って、バランスをとりながら進みながら、前にいるエリザベートへと声をかけて、楽しそうに犬歯を剝いて笑う。


「…………突き放せないとは、やりますわねっ」


「私の『浮遊板フロートボード』も良い性能なんだよ」


「それと、その腕の動きが気になりますっ!」


「エリザベートちゃんの尻尾ディフェンスを防ごうとしてるんだ!」


 追い抜けない理由の一つ。それがエリザベート必殺の尻尾ディフェンスだ。


 みーちゃんの前でモフモフ尻尾をフリフリと振ってくるのだ。


 ついついスピードを緩めて、触れないかなと手を出すけど、右に左にと振られて触ることがなかなかできない。


 なんと恐ろしい技なのだろう。きっと奥義に違いないよね。


 あともう少しのはずなのに、このモフモフ尻尾め。あ、先っぽに触れた。むぅ〜。


「クッ、舐めてますわねっ! いつでも抜けるとの余裕に、怒りを覚えますわ」


「わかってるなら、降参する?」


「レースは始まったばかり。速度で負けても加速性能が高い『浮遊板フロートボード』の方が有利だと教えて差し上げます。第一チェックポイントで!」


 怒りを覚えると言いながらも、好戦的な笑みを浮かべるエリザベート。狼由来なだけはあるね。


 涼しい水面を高速で進むと、第一チェックポイントとやらが見えてくる。


 涼しい風が吹いてきて、頬をヒンヤリと撫でる。風の源となる先には白樺の木に見える白い森林が広がっていた。


「『静かなる樹氷森林』。ここをクリアできるかしら?」


「ちゃんと予習しているから大丈夫!」


 ちゃんと前年のレースは見てきたんだ。予習はばっちり、このチェックポイントの地形効果は知っている。


「夏でも寒い冬の森林。魔物も氷系統が多いんだよね!」


「そのとおりですわ。貴女に抜けることが、いえ、時間をかけずに逃げることができることができまして?」


「もちろんだよ! 鷹野家の奥義を見せちゃうから、刮目してよ!」


「面白いですわっ!」


 森林に突き進むと、刺すような冷気が襲ってくる。普通の身体ならば、その冷気でかじかんで動きが鈍くなる。


 『静かなる樹氷森林』は、魔法の地形だ。この一帯は常に真冬であり、空気は凍りつき、風が吹けば吹雪となって吹き荒れるのだ。


 地面は雪が降り積もり、歩こうとすれば、腰まで潜ってしまう程である。


 白樺に見えるのは、氷でできた細い木であり、木の葉は氷の結晶となり、キラキラと輝いている。


 エリザベートが先行して氷の森林に入り込む。冷気がエリザベートを襲うが、毛皮ビキニなのに赤く光る魔法障壁が体を覆い、完全に防いでいた。


「この密集した木々を『魔王』タイプで進むことができまして?」

 

 氷で作られた木々は密集しており、人が一人通れる程度の広さしかない。


 エリザベートは身体を僅かに傾けて、トンと『浮遊板フロートボード』を蹴ると、軌道が変わり鋭角に狭き通路を縫うように疾走していった。


 木々に触れる寸前で回避し、その腕前を当然とするように平然とした表情でエリザベートは進む。


「樹氷に当たれば、動きが鈍くなり速度も減衰する。『魔王』タイプなら致命的だと思っているんだろうね! でも、そうはいかないよ!」


 みーちゃんだってアプリゲームで練習したのだ。その腕前はイージーモードのコンピュータ相手ならば、ぎりぎり優勝できるかもしれない腕前なのだ。


「うぉぉぉっ!」


 木々にぶつかる寸前で、体を傾けて『浮遊板フロートボード』を叩く。軌道が変わり眼前の木を躱し、隣の木に衝突した。


 速度が減衰しそうになるが、計算どおり。


「秘策の一つ、ポチッとな!」


 フンフンと鼻息荒く、『浮遊板フロートボード』に隠された秘策の一つを使う。


 板に取り付けられていた魔石がマナを爆発する。その衝撃で『浮遊板フロートボード』は加速して、減衰した分を取り戻す。


「なっ! 魔石を砕きましたの!」


「大丈夫だよ。まだたくさん取り付けてあるから!」


 レギュレーションでは魔石を何個取り付けても違反ではなかったのだ。魔石は砕けば、一瞬暴走して加速する。前世のレースゲームでもあったニトロみたいなものだ。


 極寒の風が吹き荒れる真っ白な森林内を突き進みながらみーちゃんの秘策を見て、エリザベートが目を剥いて叫ぶ。


「信じられないわ。いくらの魔石を無駄にしてますのっ!」


「ほんの30億円程だよ。決闘に勝つためなら、問題ない経費だよね。レギュレーション違反じゃないのは確認済み!」


「……こんな無駄遣いをする人はいるわけないからですっ! いても一個が限界……貴女はいくつ搭載してきましたの!」


 ガツンガツンと木々にぶつかって、ビリヤードの玉のように跳ねながら進む小柄なみーちゃん。そのたびに秘策をポチポチと発動させていく。


 畏れの表情でエリザベートが見てくるけど、まだまだ魔石は搭載しているのだ。負けたくないからね。


「し、しかし、魔物の襲撃は防げますかしらっ! こんなふうにっ!」


 エリザベートが突き進む先にある雪で降り積もる地面から、突如としてウサギが飛び出してくる。


 ルビーのように真っ赤な瞳に、鋭き牙を剥いて、その耳は氷のように固く、そして鋭き刃となっていた。


 『氷刃兎フリージングラビット』だ。噛みつかれれば、氷の毒が体を蝕み徐々に凍りつかせて、その耳は魔法障壁をも下手すれば切り裂いてしまう。

 

 バネ仕掛けの玩具のように飛び出してきた『氷刃兎フリージングラビット』を前に、しかしながらエリザベートは余裕の表情で口を大きく開く。


狼咆哮ウルフハウリング


 狼娘の咆哮は魔法の音波となり、眼前まで迫った『氷刃兎フリージングラビット』の体に命中する。


 氷のような白き毛皮が弾けて、身体を震わせて地面に落ちる『氷刃兎フリージングラビット』。


 咆哮は麻痺の効果もあるのか、兎は動けなくなり地面に横たわる。その結果を見ずに身体をひねり、大きく飛び跳ねるエリザベート。


 繁茂する木の枝を突き破るように進み、エリザベートはふわりと地面に降り立つと、すぐに加速して進んでいく。


 なぜ飛び跳ねたのかは明らかだ。木の枝から落ちていった雪の欠片が空中で停止していた。目に見えない糸が張られていたのだ。


 残念そうに樹氷の幹に貼り付いて擬態していた『雪蜘蛛フロストタランチュラ』がカサカサと離れていく。


「蜘蛛の糸もあったんだ。それを見抜くとはやるね、エリザベートちゃん!」


「魔物に勝たなくても良いのですわ。貴女に真似はできまして?」


「私では真似できないやり方だよ。でも、私には私のやり方があるんだ!」


 スゥと息を吸うと、きりりと愛らしい顔を真剣な表情に変える。


「秘策その2! みーちゃんうるうるアイッ!」


 可愛いみーちゃんだよ。無害だよと、仲良くなろうよと、雪景色の広がる周りへとアイスブルーの瞳を潤ませて視線を向ける。


 そのうるうるアイに敵意を無くした兎が積雪の中から飛び出して、みーちゃんの前でコロンと転がり腹を見せる。


 蜘蛛がカサカサと一斉に幹から離れていく。他の魔物たちも、モグラのように積雪に潜り込み逃げていった。


「見た? 私の優しい心が伝わったんだと思う」


 愛の力が皆へと届いたのだ。練習相手にもならない魔物たちは、みーちゃんの愛のこもった瞳を見て感動したに違いない。


「ななな、し、しかし雪蜘蛛の凍れる蜘蛛の糸を受ければタダではすみませんわ!」


「大丈夫! こういう時にも虫取り網は活用できるから!」


 ハタキの代わりに虫取り網を振り回して、木々の間に潜む蜘蛛の糸を排除していく。虫取り網は豚魔王の光弾も弾き返すほど、強力な武器になるのだ。


 惜しむらくは高速で移動しているため、振り回す前に、蜘蛛の巣に引っ掛かり、ちょっぴり冷たかったことぐらいだろう。


 でも、この程度のトラップに引っ掛かっても、もはやみーちゃんにダメージを与えることはできない。今のみーちゃんは、南極の海でペンギンさんと一緒に泳ぐことができるのだから。


「非常識っ! 躱しているわたくしが馬鹿みたいに見えてしまいますわ!」


 魔物を咆哮で追い払い、蜘蛛の巣などのトラップを飛んだり、横滑りしたり、ドリフトで走ったりと、華麗なる動きで躱す忙しそうなエリザベート。


 たいして、みーちゃんは気にせずに突進していっている。魔物はみーちゃんの愛の前に姿を隠し、蜘蛛の巣を体中につけて、樹氷は突撃して破砕しながら突き進む。


 雪煙る白き世界にて、みーちゃんは勇気ある突進を繰り返していた。新発見、樹氷って砕けるのね。


 モニターにて観覧している人々はその光景を見て、さすがは女帝エンプレスと、みーちゃんの愛らしさを認識するのであった。


 ともあれ、お互いにスピードが抑えられて数十分後、同時に二人は『静かなる樹氷森林』を抜け出した。


「クッ、ほとんど同時とはやりますわね。ですが、次は『獣たちの騷しき水場』です。畔に屯する多くの魔物たちを相手にも同じことができるかしら?」


「第二チェックポイントが過ぎたらお昼ごはんにしようよ! お腹空いちゃった」


「ふふん、あの水場の魔物は毒や魔法を操り、素早い魔物や耐久力のある魔物と、多種多様。死なないように棄権を視野に入れることをお勧めしますわっ!」


 得意げなるエリザベート。『狼咆哮ウルフハウリング』に余程の自信があるのだろう。


 たしかに原作でも、あの技を利用して魔物を追い払い、余裕で武道大会に優勝していた。チートすぎる武技なのだ。


「負けるわけにはいかないからね!」


 みーちゃんはきりりと眉根を引き締めて、第二チェックポイント『獣たちの騷しき水場』に向かう。


 そして、第二チェックポイントを越える時には、エリザベートの姿はなかったのだった。


 なぜか『狼咆哮ウルフハウリング』が効かなくて、泡を吹いて混乱した魔物たちがエリザベートに襲いかかっていったのだ。


 戦闘になっていたので、しばらくは第二チェックポイントは通過できないだろうね。


 なんでなのかは、さっぱりみーちゃんはわからないや。


「それじゃあ、お昼ごはんにしよっと」


 ちょうどよい岩の上にビニールシートを敷いて、お昼ごはんにするみーちゃんだった。


 やった、タコさんウインナーも入ってる!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔導の夜やりやがりましたね!? ステがカンストでも回復スキルを怠らないのはGOOD とはいえ琵琶湖一周は長し 栄養補給では足りないかもしれないので金スキルの食いしん坊か進化スキルのドカ食…
[良い点] 透明な水の上を高速で移動するボードは楽しそうです。 [気になる点] お昼はボードから降りて食べていいんですね。チェックポイントは通過するだけでお題はないのかな。 [一言] 愛の力=威圧です…
[良い点] 虫取り網で取ってるように見えて効かないから良いやと全部破壊しながら強行突破してる!まさに破壊神みーちゃん! [気になる点] 会場に映ってるみーちゃん視点の映像はビキニ美少女のお尻と尻尾を追…
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