25話 ストーリーは突然にだぞっと
レースを終えて、なぜか俺だけ係員にしこたま怒られて、俺たちは休憩していた。
「なんで怒られたんだろ」
ウォーターサーバーのお水をコクコクと飲みながら、美羽はコテンと首を傾げる。規則に従ってたよ?
「あはは、さすがはエンちゃんだよね。でも、次からは禁止って言われちゃったね」
「あれは見ていて危ないよ〜」
「そうそう、ヒヤヒヤした」
「ジュース買わない?」
面白そうに笑う玉藻と、ホクちゃんたち。ウォーターサーバーの水はキンキンに冷えていて美味しいじゃん。これも魔導の力だよな。保冷の効き目が強すぎる。
レースを終えたあとも、色々なゲームを楽しんで、そろそろ夕方だ。俺は空に浮きながら飛んでいるホログラムの風船を撃ち落とすゲームが一番面白かった。
「そろそろ帰ろっか。明日も遊ぶ?」
明日は土曜日。休日だ。この世界、土日は休みなんだ。玉藻は明日も遊びたいらしい。う〜ん、闇夜はダンジョンに行かないのかなぁ。この間のストーンゴーレム事件で、ダンジョンはしばらく禁止にされちゃったからなぁ。
「明日はパパと演劇〜」
「私は歌舞伎見に行くの」
「ピアノの発表会」
なんだかセレブっぽい、用事をホクちゃんたちは答える。玉藻は残念と顔を悲しくさせるが、エンちゃんはと、俺を見てくる。
俺の用事か。朝はでんぐり返しと受け身の練習。その後は、授業の予習復習。お昼寝、おやつ、夕ご飯、以上。
「用事ないんだね! それじゃあ、お泊りしない? ホーンベアカウのお肉がたくさんあるから、今日はすき焼きらしいんだけど」
「ママに電話するね!」
キラキラと目を輝かせちゃうぜ。謎肉のすき焼き楽しみだ。すき焼きは俺の好物のベストスリーに入るんだ。ちなみに前世では焼肉用の和牛カルビをすき焼き肉に使っていた。近場のスーパーは在庫が溢れるのか、ちょくちょく半額シールを貼るんだ。分厚い焼肉用の肉をすき焼きにするの美味しいんだよ。
玉藻ちゃんちに御迷惑をかけないようにねと、楽しんでねと母親はクスクスと笑って、お泊りを許してくれた。すき焼きをアピールしたのが許可のポイントだろう。一旦帰って来るようにと言われたけどね。お泊りセットを持っていかなければならないのだ。
あと、母親は手土産持って送ってくれるらしい。友だちの家に泊まるのって、子供の頃は大変なのな。前世で俺は幼い頃に友だちの家に泊まるって経験したことがなかったんだ。
というわけで、皆とバイバイをして帰る。玉藻ちゃんはエンちゃんのことがよくわかってるねと、ホクちゃんたちには笑われたけど、謎肉食べたいんだ。この少女の身体が叫ぶんだ。本当だぜ?
帰宅して着替えてから、母親に車で送られることになった。車内で、灰色髪の少女はウキウキと身体を揺らす。
「ママ、ホーン……なんとかたくさんあるんだって!」
「もぉ、ちゃんとお行儀良くするのよ?」
「うん! 肉、野菜、野菜、豆腐、肉の順番で食べるね!」
お呼ばれしたんだ。遠慮は大切だよな。俺がフンスと答えると、クスクスと母親は笑う。相変わらずの優しげな笑みだ。うちの家族仲は良いままなんだぜ。
「お土産は何にしたの?」
「駅前の和菓子屋の羊羹よ」
「あそこの羊羹美味しいよね!」
食べ物のお土産って、お客様に出すことがあるよねと、灰色髪の美少女はそわそわしちゃう。羊羹好きなんだ。ププッと吹き出すように笑って、母親は車を運転する。
そうして、玉藻の家が見えてきた時であった。玉藻の家は魔法使いの家だ。とはいえ、戦闘レベルには達していないし、魔道具作りをしているらしい。腕が良いので裕福だ。なので、高級住宅街にある。
大きな豪邸が窓から通り過ぎていくのを見ながら、そろそろかなと思って前を見ていたら、変な光景が目に入ってきた。変なというか、困っているだろう光景だ。
「誰か玉藻ちゃんのおうちにいるよ、ママ?」
玉藻の家には何度か遊びに行ったことがある。なので、玉藻の家もよく知っている。瀟洒な豪邸だ。景観を崩さないように、綺麗だがしっかりとした壁で、門だってある。さすがに門番はいないけど、召使いは雇っているんだ。
執事さんだろう。門の前で3人の人となにやら話していた。だんだんと俺らはその集団に近寄っていき、キィとブレーキが掛かり車を停止させた。
「みーちゃん、お外に出ないで、ここにいるのよ」
「うん! 私待ってるね」
なにか剣呑な空気を感じたのだろう。母親は眉を顰めて、その口調は硬い。話し声が聞こえるように窓をウィーンと開けておく。
まぁ、そりゃそうだ。なんというか……。怪しさしか感じないからね!
執事と話している奴ら、白いローブを着込んでいるんだもの! しかも頭の先端は尖っているタイプのフードだぜ。あいつら、よく職質受けねーよな。
しかも背中には大木の刺繍がされている。かなり凝っており、枝葉が1枚1枚見てとれる。
俺は窓を開けながらも、彼らの正体を知っていた。
「『ユグドラシル』……」
「みーちゃん、知ってるのかな? たしかにあれは『ユグドラシル』ね」
母親が嫌悪の表情で、3人を見つめる。母親はほんわかしており、めったに嫌悪の表情にならないから、これは珍しい。それだけ、あの3人が怪しいんだけどな。お巡りさんをそろそろ呼ばない?
小説ならではの光景だ。顔を包帯で巻いて現れる殺人鬼、道化師の格好をして道路の角からふらりと通りすがる魔術師、怪しげな格好のローブの男たちとかな。あいつら、目立ってしょうがないだろ。現実なら、お巡りさんこちらですルートは確実だ。
だが、ここは小説の中の世界。しかもローブ姿の奴は結構いるんだよな。ほら、冒険者の後衛とか。普通に杖にローブの姿で歩いているんだ。悔しいが、世界の背景がそんな感じだから、怪しまれないんだろう。………本当かぁ? お巡りさん呼んでみない?
『ユグドラシル』。敵組織のメインとなる団体だ。他にも敵組織はいるが、最終的に残ったのは『ユグドラシル』だ。
彼らは表向きには人々の救済を行うため、トップである聖女の力で難病の人々を治している。もちろん法外な金額でだ。宗教団体『ユグドラシル』。それが彼らの団体の名前だ。
裏では世界の再構築を目指すため、『魔神アシュタロト』を復活させようとしている。本当の名前は『ニーズヘッグ』。世界を滅ぼさせて、再構築した理想の世界で暮らすつもりだ。もちろん、その際には『ニーズヘッグ』に乗って、世界崩壊を免れるつもりらしい。『ニーズヘッグ』って、ラグナロクを生き残れる力があるんだと。
主人公は『ニーズヘッグ』の使役を妨害し、復活した『アシュタロト』を倒す。それがこの『魔導の夜』のメインストーリーだ。ベッタベタな王道ファンタジーというわけ。
ゲームだと隠しルートがあるんだけどな。ゲームでもほとんど同じストーリーだから、覚えているんだ。あいつらの拠点がランダムに現れるから、襲うと良い稼ぎになったんだ。世界を破滅させる悪人に人権はないと昔の小説であったよな。盗賊だっけ?
ゲームの内容だから、覚えている。特に『ニーズヘッグ』は激レアアイテムを落とすから、何度もロードして倒したんだ。いちいちイベントを聞くのが辛かった。あのゲーム、スキップ機能なかったんだよ。なので、『ニーズヘッグ』のことは覚えていた。俺も記憶力はあるんだよ。
こっそりと覗いて、さてどうなっているのか、様子を窺う。たしか、分かりやすい敵の基準があったような……何だったかなぁ。サブストーリーをしまくって、レベル上げしまくったから、メインストーリーの敵は一律雑魚だったんだよな。
オープンワールドのゲームあるあるといえよう。寄り道しまくるとレベルが上がり過ぎちゃうんだ。小説でも書いてあったような気がしたような……。
ふわりと灰色髪を靡かせて、コテリコテリと可愛らしく首を傾げて、記憶を探す美羽。なかなか思い出せないなぁと、困り顔に可愛らしい顔がなっていたが、彼らの会話は進んでいた。
「『魔力症』を治すには、このポーションが一番ですよ。今なら1ダースを無料で差し上げます」
「この皮膚を綺麗にする石鹸も差し上げます」
「『ユグドラシル』に入教頂ければ、全てが無料です」
ちらりと聞こえてくる内容だが、物凄い詐欺っぽいことを言っていた。なんか、誰も引っかからなそうな話し方である。こういうテキトーな会話を聞くと、小説の世界にいるんだなぁと思っちまう。雑魚悪役とか、セリフ単純だもんな。
「なにあれ?」
もう少しまともな勧誘かと思えば、極めてしょうもないトークスキルだ。あれでは誰も入らないに違いない。なにあれ? 美羽ちゃんはジト目になっちゃうぜ?
敵対組織で最後のボスもあの宗教の裏教祖だったはず。あれじゃ、マルチ商法とかの詐欺集団にしか見えないぜ。黒幕が急にしょぼくなるじゃねーか。
執事さんはもちろん嫌そうな顔で断って………あれぇ? なにか様子が変だ。俺なら無言で睨みを利かせて、ドアを荒々しく閉めて終わりだ。それか、スマフォでお巡りさんルートだ。
しかし困っているが、断る様子がない。はっきりと断らないと駄目だぜ。俺が断ってやろう。
ふんすふんすと鼻息荒く正義の美少女美羽ちゃん参上だ。シートベルトを外して、外に出ようとするが、この金具なかなか外れないんだよ。小さい手でカチャカチャやるが外れない。
「ママ、シートベルト外して?」
速攻、先程の約束を忘れる美羽の頭をコツンと叩いて、母親は小声で教えてくれる。
「あれは足元を見てるんだわ。油気さんのお家には、『魔力症』のお子さんがいるのよ。玉藻ちゃんの弟ね」
「『魔力症』ってなぁに?」
聞いたことのない名前だ。名前から魔法関係の病気に聞こえるな。ゲームにはなかったぞ。小説でも、た、多分なかった。俺、10巻までしか読んだことないんだ。
「『魔力症』は、魔法使いの子供が稀にかかるの。喘息みたいなものかしら。めったに死にはしないけど、体の『マナ』が暴走して、病弱になり大人になるまで何度も高熱を出すわ。その際に顔は火傷跡のように爛れて、ニキビ跡みたいに顔にぼつぼつが残るのよ」
それは気の毒だ。死にはしないが、そうなると大人になった時に可哀想だ。
「あのポーションが効くのかな?」
「わからないわ。医薬品認定されていないようだし……だからこそ困っているのね。『ユグドラシル』はある程度効力のあるポーションを本当に持っているようだし」
この世界、ポーションは医薬品認定していないと販売不可なのか。だが、それなら薬屋で買えば良いのに。なんで、あんな怪しげな薬に躊躇いを見せるんだ?
ポーションはたしかに高い。ゲームでも一本1万円からだったからな。そういや、この世界ではいくらなんだろ?
今度聞いてみようと俺が思っている中でも、詐欺師みたいな語り口の男たちは執事が困っていても余裕そうにポーションを勧めている。
「どうです? 我が『ユグドラシル』は、貴方の主と縁を作りたいと思っています。それに魔道具も買いたいと言ってます」
「大変申し訳ありませんが、お引き取りを。貴方がたの態度はどうも頂けません」
執事は耐えきれなくなり、突っぱねることに決めたらしい。ため息を一つつくと、男たちを睨む。だが『ユグドラシル』の信者たちはヘラヘラと笑っていた。断られることを前提にしていたようだ。どうりでマニュアルどおりな行動だったはずだ
「まぁ、おふざけはここまでにして、前回ご連絡したとおり、油気さんの秘蔵品の魔道具とエリクシールを交換致しませんか? 我が主は旋風の斧と、雷鳴の槍、土塊の額冠がコレクションとして欲しいのです」
「何度も言いましたが、お断りするとお伝えしたはずです」
スーツ姿の執事はピシッと断りの言葉を口にするが、男たちは諦めなかった。先頭の男はニヤニヤと笑いながら腕を組む。
「では、どれか一つではどうですか? 必要ではないものをいただけないでしょうか? 遺物を主は集めておりまして。どれかでも良いでしょう。主に聞いてみてください。また明日来ますので」
丁寧に頭を下げると、男たちはくるりと身体を翻して去っていった。執事は男たちを苦々しい表情で見送る。
なんとなくわかったぜ。これは相手に選んでもらうふりをして、自分が欲しいものを選ばせる手品師の技だ。心理学的な誘導だ。名前忘れたけどな。
あいつら土塊の額冠が欲しいんだな。俺も欲しいぜ。分かりやすい。通称は錆びた額冠という名前の魔道具だ。
……でも、変だな? あれは違うところにあったような?




