249話 レースをするんだぞっと
空には雲一つない青空が広がり、燦燦と気持ちの良い陽射しが降り注ぐ。
琵琶湖の畔にみーちゃんは機動重視型にカスタマイズした魔導鎧『ウォータン』を着て、改造しまくった魔王タイプの『浮遊板』を手に持ち、ニコニコ笑顔で立っていた。
「今日は良いレースびよりだね、エリザベートちゃん!」
「オーホッホッ、随分余裕そうですわね鷹野美羽。ですが、その余裕の笑みがいつ消えるか楽しみですわ」
フッと笑い、高慢そうに口元を歪めるとドリルロールをかきあげる。
今回の決闘は絶対に負けられないと、みーちゃんもフンスと鼻を鳴らして、エリザベートと対峙すると睨み合う。
睨み合う視線がぶつかり、バチバチと線香花火のように輝く。
その殺気と緊張感は重苦しい空気となり、周りにいる人たちは恐れと恐怖を感じて遠ざかって距離をとる。
惰弱な奴等ねと、エリザベートはその様子を冷たい視線で見ながら、荒々しい声音で問い詰めてきた。
「なんで水筒の紐を肩にかけて、リュックサックを背負っているのかしら? 麦わら帽子も脱いだ方がよろしいですし、なぜ虫取り網も持ってますの!」
みーちゃんの戦士の容貌に畏れを抱いたのか、ツッコミを入れてくるエリザベート。
フッ、準備万端のみーちゃんの姿を見たか!
ぽかぽか陽気なので、しっかりと麦わら帽子をかぶって、水筒の中身は砂糖入りの麦茶なのだ。リュックサックにはおにぎりが入っていて、珍しい虫がいたら虫取り網で捕まえちゃうつもり。
緊張感のある重苦しい空気の中で、周囲の人々が感心したような顔で頷く。
もしかしたら、生暖かい目かもしれないが、気のせいである。
それに理論武装は完璧なんだよ。
「珍しい虫が採れるかと思ったの! お昼ごはんはママの握ってくれたおにぎりだよ!」
「遠足気分っ! このレースは最長8時間の長丁場。そんなことではわたくしに勝つことは不可能ですわっ」
「夕ご飯までには帰るから大丈夫。今日はママの手作りハンバーグなんだよ、バンザーイ」
キラキラした瞳で、両手をあげて、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。反抗期という名のシステムはデリート済みの素直なみーちゃんなのだ。
ママの手作りハンバーグは、エリクサーよりも貴重なのだ。しかもチーズと目玉焼きも乗せてくれると約束してくれた。
今日という日は幸せな一日だと、確定しているんだよ。
「クッ、ハンバーグがなんだというんですの。いくらでも食べられるでしょうに」
「ママの手作りハンバーグはサイコーなんだよ。手作りって美味しいよね」
手作りホーンベアカウジャーキーって、美味しいよねと、袋から取り出したジャーキーをフリフリと振ると、その動きに合わせるように狼娘もフリフリと尻尾を振る。
「クッ! わたくしは決して負けませんわ……。ワンッ」
クッコロエリザベートは、耐えきれなかったのか、ジャーキーにパクリと食いつくのであった。
「ジャーキーには勝てませんでしたわ……。その小袋買います……」
「あげるよ!」
みーちゃんは太っ腹なので、『ハイホーンベアカウジャーキー』を手渡す。『料理Ⅳ』で作った希少なジャーキーだから、用量用法をちゃんと確認して食べてね。
ハグハグと目の色を変えて、夢中になってジャーキーを口に頬張るエリザベート。すぐに食べ終わり、犬耳を萎れさせて、うるうると瞳を潤ませ、みーちゃんを見てくる。
もっとあげてもいいかなとは考えるが、いつもママにゲリやフレキに餌を与え過ぎだと怒られるみーちゃんは、苦渋の表情で、あと一袋ぐらいなら良いかなと考える。
最近は完全にペット化して、屋敷の皆に可愛がられている子犬モードの神犬たちに、山ほど餌をあげているのだ。
リュックサックから、もう一袋取り出そうとするわんわんに弱いみーちゃんだが、ストップの声がかけられた。
「皆、お前らが試合をするのを待っているんだ。サッサとスタートラインに立て!」
「は〜い」
「クッ、仕方ありませんわね」
今回の審判をしてくれる担任のロリ先生が、注意を促してくる。
只今、みーちゃんたちは元羽柴秀吉領地であった長浜の琵琶湖の畔にいる。
武道大会でも行われる競技の一つ『浮遊板』レースを行うためだ。
みーちゃんとエリザベートの一騎打ちである。
このレースのために、学校の生徒たちはほとんど全員観覧に来ており、公式に使われる観覧席に座っている。観覧席には大モニターも設置されており、レースの様子を観覧することができる。
二人のために学校を休みにしたのだ。さすがは小説の世界だと、みーちゃんは感心しきりだよ。
休みたい時は誰かに決闘をしてもらおう。
まぁ、長丁場なので、これを機会に他の競技の選抜試合もついでに行うんだけどね。
ちなみに騒ぎを聞きつけて、他にも大勢の人々が集まっていた。
「良いか〜。レースは武道大会と同じルールだ。琵琶湖のチェックポイントを決められた順に通過しながら、中心にある『霧のダンジョン』を進み、琵琶湖一周すること。武道大会では最短記録が6時間24分だ」
ロリ先生の説明を聞き終えて、お互いに真剣な表情で頷く。
「瑪瑙エリザベートは正々堂々と戦うことを宣言しますわっ!」
「みーちゃんも、ちゃんとレースをすることを誓います!」
お互いに誓いを口にして、スタートラインに立つ。
「よろしい。休憩は自己判断。その際の『浮遊板』のメンテナンスも自由。魔法による相手への攻撃、デバフはなしだ。良いな? 魔物を倒す制限はなし!」
「了解です。ブルルンって頑張りますっ!」
「瑪瑙家のレースを見せて差し上げますわ」
ひとしきりの注意事項の説明が終わる。
その様子を今か今かと生徒たちは期待に満ちた表情で観覧する。
「みー様頑張って〜」
「コンちゃんと応援してるよ〜!」
「フレーフレーエーンちゃん!」
闇夜たちが声援をくれるので、任せてよとフリフリと手を振って応える。
「エリザベート、なんで決闘になったかはわからないが、君なら勝てるよ」
「エリザベートさん、負けないでくださいよ」
「いつもどおりなら勝てますよ」
エリザベートにもシンたちから応援されて、余裕の笑みで手を振り返す。
「魔導鎧『ウォータン』の力を魅せちゃうよ!」
麦わら帽子が落ちないように、位置を直して、フンスとエリザベートに告げる。
「このわたくしの専用魔導鎧『金狼』に敵うかしら?」
不敵な笑みのエリザベート。着ている魔導鎧はオリハルコン装甲の上に、魔物の毛皮を取り付けた一見すると……。
一見すると、毛皮のビキニのようだ。二度見しても毛皮のビキニだ。極めて露出の多い魔導鎧である。黄金の毛皮がちょっぴり肌を覆っているだけなのだ。
引き締まった健康的な肢体が露わになって、胸も強調されており肌色多めなので、もはや水着と言っても良いだろう。この世界の特徴であるエロティックスーツの中でも、一、二を争う魔導鎧だよね。
ちょっとどころか、目に毒な姿なのに、しかしながら男子たちは特に何も思わない模様。
約1名を除いて。
「うぉぉ、エリザベートの生魔導鎧。胸スゲー、ウヒョー。アダッ」
「大変、勝利さんの頬に蚊が! 咄嗟に殴りましたが大丈夫ですか?」
エリザベートのスーツにただ一人エロさを感じて、観覧席に座る勝利が顔を真っ赤にして、発情した猿のように鼻の下を伸ばして興奮していた。
そして、隣に座っている聖奈が拳を叩き込んでいくまでがテンプレである模様。
……この世界の人間は、なぜかエロティック魔導鎧を見ても、エロさを感じずにいるのに、約1名興奮しているな。
アニメでも、エリザベートの出番は不自然に多かったし、人気キャラだったのだ。気持ちはわかるけど、あいつは馬鹿なのだろう。
もうトランクを用意していても良いかもしれない……。
アホな勝利はどんどん馬脚ならぬ、馬鹿を露わにしていくので、後で裏付けもとれるだろうと気にするのはやめにして、ロリ先生に向き直る。
「では、始めるぞ!」
レース用の信号機が赤から黄色に変わる。みーちゃんもエリザベートも前傾姿勢をとり、気合いも充分に深呼吸をする。
「スタートっ!」
青に変わった瞬間に、二人は同時にスタートした。
「負けませんわっ!」
「私の力を見せてあげるよ!」
『浮遊板』がふわりと浮くと、砂煙をあげて勢いよく加速する。
風圧により髪が靡き、二人は湖の端を疾走し始めた。
地面すれすれを、サーフィンをするように両手を横に広げて飛行する。
「さぁ、瑪瑙家の連綿と続いた魔道具作り500年の力、その眼に焼きつけなさい!」
「むむっ! 速いっ」
障害物の無い湖へと入り込み、水飛沫をあげながら飛行するが、みーちゃんよりもエリザベートの方が速い。
急加速タイプの『姫』を選んでいるのだろう。みーちゃんを突き放そうと加速していく。
『姫』タイプはスタートダッシュができるから、最初は有利なのだ。
対して、みーちゃんは最高速度の上限が高い『魔王』タイプ。加速性能が低く、腕前が物を言う『浮遊板』である。
当然の如く、エリザベートに先行されてしまう。
「勝負は始まったばかりだよ!」
「追い抜くことなどできないですわっ!」
レースは始まったばかり。二人のどちらに勝利の女神は微笑むのだろうか。とりあえず、聖奈はみーちゃんを応援してくれていた。
審判席に座る数人の公式審判とゲストのおっさんがモニターを介して、その様子を見ている。決闘の立会人として呼ばれたのである。
「伝説となったガツンガツン走法の使い手鷹野美羽対あらゆるレースを優勝して総なめした天才レーサー瑪瑙エリザベート。面白そうですな」
「ふっ、何方が勝つか……普通ですと瑪瑙エリザベートでしょうが……」
「そうですね。何しろ受け継がれた歴史の重みもありますからな」
ウンウンと頷く偉そうなおっさんたちである。公式レース審判員として、彼らの眼光は鋭い。ちなみに子供たちも連れてきていた。
「どうでしょうか、佐久間さん?」
審判の一人が、隣に座るメタボなおっさんへと話を向ける。
ゲストとして呼ばれた英雄佐久間は、ふむぅとでっぷりした顎を撫でて、口元をニヤリと歪める。
「私が買ったばかりのタブレットでシミュレーションしたところ、圧倒的に鷹野美羽ですな」
佐久間のおっさんの手元には、新品のタブレットがあり、『浮遊板』レースゲームが映し出されていた。
佐久間は新しいタブレットを買ったので、アプリゲームを始めてみたのである。
二人の名前でキャラクリをしたところ、なぜか鷹野美羽のステータスがカンストしていた。まだキャラクリしかしていないのに。
もう課金の必要はないよなと、クククと含み笑いをして、バグであろう不具合を運営に連絡するつもりゼロなおっさんは、ドヤ顔で鷹野美羽の勝ちを予測した。
「この英雄佐久間の眼力を以ってすれば、どちらか勝つのかなどと予測するのは簡単なこと」
「おぉ、さすがは佐久間さん。なるほど、鷹野美羽の方が強いのですな」
「えぇ。楽勝ですよ、うわっはっは。ああっ、買ったばかりのタブレットを落とした!」
胸をそらし得意げに高笑いをして、手を滑らせてタブレットをガシャンと落としてしまう。
「おとーさん、屋台でなにか買ってきたいのじゃ。お小遣いおくれなのじゃ」
おっさんの娘の幼女が、レースの観客目当てに集まっている屋台を見ながら手を伸ばす。ついでにタブレットをムンズと踏んでいた。
ああっと絶叫をあげるおっさんのポケットから財布を受け取ると、ぽてぽてと走っていった。
審判員の子供たちも同様に屋台に向かっていったので、お昼ごはんを食べられるか不安だ。
ともあれレースは開始されて、鷹野美羽と瑪瑙エリザベートの激闘が始まるのであった。




