247話 何処でも悪巧みはあるんだぞっと
3階VIPルームに辿り着くと、一際豪華な内装の部屋が目の前に現れた。
億はするだろう名画や、調度品。アンティークなチェストなどが配置されており、真ん中にはテーブルと埋まってしまう程に柔らかいソファが置かれている。
「この部屋は私が調整したんだよ!」
得意げにえっへんと胸を張って、皆へと言う。
名画の中に空や舞の描いた絵がこっそりと混ぜてあるから、高評価よろしく。たぶんこの部屋で一番高価な絵だと思うんだ。
「むぅ……もう今日はここで寝る」
みーちゃんの背中から素早く降りると、セイちゃんがソファに座って、ズブズブと沈み込む。身体の半分がソファに隠れて、すやすやと寝息を立て始めるセイちゃん。
「素晴らしくふかふかなソファですね。反発力はあるのに、とっても柔らかい。こんなソファは初めて見ます」
「コンちゃんが巣にしちゃったよ〜!」
つんつんとソファをつついて、闇夜がポヨンと反発するプリンのような感触に驚いている。
玉藻の頭からソファへと飛び降りて、コンちゃんはくるりと丸まり、満足そうに目を瞑ると巣にしちゃう。
そうだろう、そうだろう。家具には拘ったのだ。
「本人が最適だと思う柔らかさになる魔法のソファ『ポヨポヨソファⅣ』だよ!」
『錬金術Ⅳ』で作った『マイルーム』用のインテリアだ。その座り心地は天国の雲に乗っているかのようである。
フレーバーテキストに書いてあったから、間違いないと思う。
座る人によって、固さが変わる魔法のソファ。セイちゃんはソファに沈んで姿が消えたけど、他の人たちは少し深く沈む程度だ。
それぞれ寛いだ表情なので、作った甲斐があったというものだよね。
「鷹野家は家具関係にも進出するつもりですの?」
少しきつい目つきで、エリザベートが尋ねてくる。
「今年の法人税は無料になったから、新会社を作る予定って、パパに聞いてるよ」
なんで法人税が無料になったら、新会社を作るのか関連性がよくわからないけど、パパのすることだから問題ない。
「そうですの……。また新たなる金の卵を産む鶏を見つけたのですわね」
なにやら、含みのある笑みを零すエリザベート。
なるほどね。その方面で攻めるつもりなのかと、話を聞く前から予想できちゃう。
なので、フンスと余裕の笑みを見せて脚を組む。大物っぷりたい年頃な鷹野美羽なのだ。
傍目には、小柄な身体も相まって、黒幕ごっこを楽しむ可愛らしい少女にしか見えなかったりする。
黒幕ごっこには見えるが、その予測は正しく、思った通りのセリフをエリザベートは語り始めようとする。
「どうでしょうか、わたくしは……」
「あ、待って。注文を終えてからね」
店員さんからメニューを受け取り、サッと目を通すと注文をする。メニュー表は料理名だけが書いてあり、値段が記載されていない。
「値段が書いてなーい」
ホクちゃんが、メニューを掲げて悲鳴をあげるので、むふふと笑みを向けてみせる。
「セブンブリッジぽいよね!」
「セレブですよ、みー様」
「私に勝ったらタダになります!」
闇夜との漫才を終えて、皆でメニューを見る。
「ちなみにみーちゃんカードを使うから、ここは全部100円均一のお値段になります」
ペカリーンとポケットから、ヒヨコが描かれているプラチナ製のカードを取り出して、みんなに見せる。
みーちゃんカードとは、鷹野家の経営するお店では100円均一まで値段を安くしてくれるカードのことだよ。家族しか持ってないのだ。
さてと、なにを頼もうかな……。コース料理はお昼ごはんには相応しくない。ステーキの気分でもないから、ここは魚かな。
「鯵のなめろう定食ください」
渋い料理を選ぶみーちゃんである。前世の悪霊が影響している可能性あり。
「私もみー様と同じ物をください」
「稲荷寿司をコンちゃんに。玉藻は狐そば〜」
「無重力ハンバーグステーキ〜」
「………おにぎりセット」
「わたくしはホーンベアカウのステーキセットを」
「皆と同じ物でお願いしま〜す。ぜーんぶ待ってきて〜」
闇夜たちもそれぞれに注文をする。店員が頭を下げて、少しして料理が運ばれてくる。約1名斬新な頼み方をした結果、別のテーブルに移動したけど、料理が乗り切らなかったから仕方ない。
そうして、店員さんが去ったあとに、ホーンベアカウのステーキを切りながら、おもむろにエリザベートが話し始めた。
「鷹野美羽。単刀直入に言うわ。皇帝派から抜けなさい」
「随分直球だね!」
遠回しの貴族的な言い回しをしてくると思ったので、少し驚いてしまう。
鯵のなめろうが箸から零れ落ちて、中々掴めないのも驚いたせいだよ。みーちゃんが不器用だからじゃないからね。
「それは神無家の派閥に入れと言っているんだよね? それが難しいことは明らかだと思うんだけど?」
予想したとおりだなぁと、またもやなめろうがぽろりと零れ落ちてしまうので、しょんぼりしちゃう。なめろうって、食べにくいなぁ。
「違いますわ。神無家と敵対している貴女が派閥を乗り換えるなんて、いえ、もう既に築いている派閥を投げ捨てるなんて、思っておりません」
ステーキにザクリとフォークを突き立てると、豪快に口に入れて咀嚼するわんわん少女。おっと、予想外のセリフだね。
「ん? 違うの?」
「えぇ。もう噂は流れてますわ。貴女は侯爵を授与されるとか?」
むしゃむしゃゴクリとステーキを飲み込み、鋭い目つきで睨みながら牙を覗かせるエリザベート。そのまま店員さんにおかわりを注文する。ナンちゃんも同じ物をと注文する。ナンちゃんの胃袋は異次元に繋がってるの?
次々と空のお皿を量産するナンちゃんのフードファイターっぷりが目の端に入って、微妙にエリザベートに集中できないみーちゃんに話を続けてくる。
「侯爵を授与させるのは、途轍もない栄誉ですわ。でもその代わりに資産を分与することになった。違いますか?」
「うん。もうどう分与するかも決めてるよ」
小煩い分家とは別に、新たなる分家を立てて配下にする予定だ。英雄さんたちやルグ、その他にも今まで助けてきた人たちを中心に、みーちゃん集権体制をとるのだよ。えっへん。
やはりシミュレーションゲームは一から建国したほうが楽しいしね!
「そうでしょう? 見た目は華やかな報酬に見えますが、その実は鷹野家の弱体化を狙ってます。皇帝陛下は貴女を警戒し始めてますわ。ともすれば、神無家よりもです」
「でも、みー様は皇帝陛下に敵対するつもりはありませんよ? 今だって皇帝陛下のために動いています」
なめろうを掴めなくてしょんぼりしてるみーちゃんに見かねて、なめろうを摘んで、みーちゃんのお口に運んでくれる優しい闇夜が口を挟む。
だが、肩を揺すってエリザベートは笑い飛ばす。
「はっ! 神無家と敵対し、皇帝陛下の派閥に入るフリをして、勢力を伸ばしてきたと考えられてもおかしくないですわ。貴女のお父上はやりすぎました」
「パパは凄いからね!」
頭の良いパパなんだよと嬉しそうに微笑むけど、なるほど、確かにそう見られてもおかしくない。
「だから、独立した派閥として勢力をお作りなさい。そうしなければ、皇帝陛下は鷹野家の弱体化をこれからも狙ってきて、謀略を仕掛けてきますわ。皇帝陛下すらも手出しするのを躊躇う派閥を作るんですのよ」
中1にしては重装甲の胸を目立たせるように、腕を組んでエリザベートが見つめてくる。
ほ〜ん……。原作では大好きなシンのために盲目的に動くアホ狼だったけど、現実ではなかなかの狡猾さを見せてくれるじゃん。
その狡猾さから導かれるのは一つだ。
この狼娘はシンの茶番を知ってやがったな……だから、原作では盲目的に手伝っていたのか。しかも単純な性格のフリをしてたな。
当然か。放逐された主人公を助けようとする元婚約者の金持ちの純粋な少女なんて、いるわけないもんな。特に謀略渦巻く侯爵家なら、お花畑な性格では喰い物にされるだけだしね。
やだやだ、原作の裏側を見るもんじゃないよね。とはいえ、なかなか興味深い提案だとは言えよう。
大きな報酬に作られた落とし穴。今回の侯爵授与の報酬はそのようなものだった。そして、受け取りを拒否することも難しかったのだ。
初の侯爵授与だから、断れば皇帝の面子は潰れるし、そうなれば確執があるのではと邪推されて、皇帝派ではないとの噂が生まれてしまう。
神無家は息を吹き返してしまうかもしれないし、それでなくても派閥に不協和音が生まれてしまう。
よく練られた報酬だったのだ。鷹野家の急成長の理由は、一つは皇帝派だったからであり、忠誠心厚い帝城家のバックボーンがあったからでもある。恩義に仇で返すことはできない。
上手く皇帝はその点を突いてきた。なかなかの狡猾さだ。原作では神無家にやられるばかりだったのになんでだろう。……いや、想像はつくな。少し前から考えていたことがあったんだ。
みーちゃんが黙り込むのを見て、ニンマリとエリザベートは笑う。
「わたくしの提案に心が動いたようですわね。貴女が頷けば、ここにいるご友人は同調してくれるでしょうし、わたくしが同じ席で食事をしていたことの意味も周りに伝わりますわ」
「ふむぅ……それは瑪瑙家が支援に入るってことだよね」
「表立ってはできませんが、追い込まれてもまだまだ多大な資産がある我が家です。お手伝いできますわよ?」
神無家と鷹野家の2家に支援をして、ダブルスタンダードをとるということか。
どうしよっかな〜。みーちゃんの勢力は下級貴族は結構取り込んだけど、36家門の高位貴族に対してはまだ影響は薄い。
鷹野家が急速に力を持ったせいだと言えるだろう。人材不足の次は人脈不足ってわけだ。
金と人材が集まった後は、深い人脈が必要となる。成り上がりって大変だよね。豊臣秀吉の政権がすぐに終わった理由もわかるというものだ。本当に様々なものが成り上がるためには必要となる。
「わかったよ」
「のりますのねっ!」
歓喜の表情で、ガタンと椅子から立ち上がるエリザベート。テーブルが揺れて、その隙に玉藻が大事にとっといてた狐そばの油揚げをサッと奪い取るコンちゃん。キャーと絶叫する玉藻。
いまいち緊張感がない中で、テーブルを指でトンと叩く。
「それじゃあ、決闘で決めよう」
「決闘ですの?」
「うん。選抜大会もあるし、決闘の一つ『浮遊板』で決めようよ。なにを賭けるかは、デザートを食べたあとにね」
ニコリと花咲くような笑みを魅せて、みーちゃんはデザートを作るために席を立つのであった。
今日はフルーツパフェを作ろうかな。『料理Ⅲ』ぐらいなら良いよね?




