245話 認識され始めちゃってるんだぞっと
大人たちが、和気藹々と化かし合いをしてお酒を飲み始めたのを他所に、みーちゃんはとてちたと自分のお部屋に闇夜たちと共に戻った。
狸と狐の化かし合いには、みーちゃんはお付き合いする気はないのだ。
無邪気なみーちゃんにとっては、大人のお話は難しくて困っちゃうしね。
わかってる風を装って、えっへんとお胸を張れば良いのだ。だいたいは自信ありげにしていれば、相手は勘違いしてくれるものなんだよ。
「みー様、本当はどれぐらいの『犬の子犬』商会の株を買い占めたんですか?」
ぽてぽてとみーちゃんのお部屋に向かっていると、こっそりと耳打ちを闇夜がしてきたので、僅かに驚いちゃう。
「闇夜ちゃん、なんでそう思うの?」
コテリと小首を傾げて、不思議不思議のみーちゃんだ。今まではそういった疑問を闇夜は持ってなかったのに、なんでだろ。
「ニッシッシ〜。だってエンちゃんのおめめが、油揚げを狙うコンちゃんと同じ顔をしていたんだもん。コンコンって〜」
「コンコンッ」
玉藻が口元に手を添えて面白そうに笑い、頭の上に乗っている子狐がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「そうだよぅ〜。私びっくりしたよぉ。悪人が目の前で私の財布を狙ってるって、背筋が凍ったよぉ」
「それは言い過ぎですよ、みー様の鋭い表情は何枚撮影しても足りないぐらいに素敵なんですから」
最近はカメラを標準装備にしている闇夜が、ニコニコと鈴に微笑む。なぜか凄みを感じて後退る鈴。
カチャリとドアを開けて、自室に入りながらどう答えようかと迷う。
何か違和感を覚えるぞ。いや、これが普通なんだろう。今までが変だったのだ。
なんだか、みーちゃんが認識され始めている予感がする。とすると、正直に答えるかな。闇夜たちは親友だしね。
「ナイショなんだけど、私の個人資産で10%買い占めているんだ!」
「そんなに買い占めているんですか!」
「うん、念の為にね」
裏切り者が現れたら困るしね。粟国家とか粟国家とか粟国家とか。あのコウモリは利益という蜜があれば、どこにでもフラフラ行くからな。
「しっかりものだね。さすがエンちゃん」
「えへへ。ポチポチするの楽しかったの」
空と舞と一緒に株を買い占めるの楽しかったんだ。ポチポチ皆で押したんだ。金額? 金額なんか見ないのがお金持ちというものだよ。
こっそりと瑪瑙家の切り崩しも裏でやっていて、瑪瑙家の分家から円満に持ち株を譲ってもらっているので、本当はさらに11%株を上乗せできるのは秘密です。
もちろん、株の名義は『ガルド』農園、『ウルハラ』カンパニー、『エイン』警備会社名義だから、バレることはないよ。
不確定要素はできるだけ排除したかったんだよね。金ならいくらでもあるし。
「うーん……他にもなにか隠していませんか?」
闇夜が額をコツンとつけてきて、ジッと見つめてくるので、隠し事なんかないよと、ぱっちりおめめで見返す。
ムゥと頬を膨らます闇夜だが、追及するのは諦めたらしく、離れてくれた。
「それよりも中間テストが終わったら、どっかに遊びに行く?」
毛足の長いふかふか絨毯が敷かれて、ガラスのテーブルが配置されており、床にはいくつものポフポフクッションが置かれているみーちゃんのお部屋に皆で入ると、ぽふんとクッションに身体を投げ出す。
足をパタパタさせて、コロンと仰向けになって問いかける。
「そうだね〜、どこかに行こっか〜?」
「海に行きますか? 海ダンジョンを攻略が楽しそうです。みー様の新しい水着を買いましょう」
「最近、いつもダンジョン攻略しているからな〜」
玉藻もクッションに座り、顎に人差し指をつけて提案を口にする。闇夜が海と言うけど、みーちゃんはまだ成長途中だからね。まだ新しい水着は必要ないんだ。まだまだ成長途中だからね!
「ちょ、ちょっと待ってよ〜。中間テストが終わったら、全国武道大会が始まるんだよぉ。選抜された生徒は強制参加〜」
慌てたように鈴がにゃーにゃんと、手を振ってくる。
あぁ、そういや武道大会とかあったか。5巻だっけ? いや6巻だったかな……。5巻はフルンニグルとの戦闘回だったから……。
たしか6巻が学院の選抜大会。7巻が武道大会だ。
おかしいなぁ。高等学校からのイベントなのに、また早まってるな。
「選抜大会から始まるんだっけ?」
知ってはいるけど、一応確認。現実となった今では設定が違うかもしれないし。
「だよぉ〜。中等部の部、フリーの部に生徒は出る予定」
「へぇ〜、闇夜ちゃんたちなら優勝できるかも! 頑張ってね、応援するよ!」
なにせ、闇夜たちは原作よりも遥かに強くなっている。大人を合わせても日本有数の強者なのは間違いない。
シンと勝利を抜かせばだが。勝利はトランクが頭にぶつかって、そろそろ事故死するかもしれないから強敵はシンだけとなるだろう。
聖奈の恋人でなければ、もう事故死しても良かったんだけどね!
たぶんあいつだと思うんだ。まだ確信はないけど。
闇夜たちなら優勝できるよと、鈴が頷くと思っていたら、予想外のセリフを口にしてきた。
「みぃちゃんも選抜大会に出るんだよぉ〜。みぃちゃんも強いでしょ?」
「私も?」
「うん、みぃちゃんも。だってこの間、ゴーレムを一人で倒していたよね? 魔導兵器も楽々に倒してたよねぇ? 独り占めしてたよねぇ?」
「………」
ふむ? マジかよ、この間まで認識していなかったじゃん! みーちゃんの活躍を目の当たりにしても、皆は見てみぬふりをして、みーちゃんをいじめてたじゃん!
いじめいくないと、不満げだったけど、認識されるのも困るな。
なんでこんなことになってるんだ? ……原因……原因は?
『メインストーリー:波乱のオリエンテーリング:クリア済み』
突如として、眼前に前回のメインストーリーをクリアしたとの表記が映し出されて、少し驚いちゃう。
『クリア済み』との一言だけど、何かが変わったのか。
むにゅうと眉を顰めさせて、戸惑うみーちゃんだが、これ以上考えてもわからないのでおいておく。
なので、闇夜たちは和気藹々と選抜大会について話し始める。
「武道大会と言っても、色々な種目がありますよね」
「だね〜。私は何に出ようかなぁ〜。やっぱりバトル部門かな?」
「私も、バトル部門かなぁ」
物騒な話をする3人。バトル部門かぁ、みーちゃんはパスします。
『戦う』を選ぶと手加減できないからね!
デコピンでも下手したら相手は死ぬ。
吹き飛ぶのではなく、その場で頭が爆発しちゃう予感がするのだ。
「今年の一年生は三年よりも強そうだから、中等部部門は優勝間違いなしぃ」
正確に一年生の力を測っているらしい。
確かに本命シン、対抗聖奈、ダークホースにセイちゃん。大穴に闇夜と玉藻、死亡者に勝利だと思う。
一人だけ変な感じがするのは気のせいだよねと、みーちゃんはなににでようか迷う。
「はーい、皆さんおやつを持ってきましたよ」
腕組みをして、うんうんと唸っていると、ニムエがトレイにパフェを乗せて入ってきた。
デザートは別腹! ホーンベアカウをたくさん食べたけど、女の子は別次元にもう一つ胃があるのだ。
パフェ用の長細いグラスに入ったパフェはキラキラと輝いていて、眩しいほどだよ。
サクサクシリアルが底に入っており、その上にアイスクリームと生クリーム。その上にソフトクリームとたっぷりの生クリーム。周りには果物が宝石のように飾られている。
「パフェだ! やった〜」
ガバリと起き上がり、テーブルの前にお座りする。
パフェだよ、パフェ。みーちゃんの宿命の相手だよ。
青髪の美少女メイドは、人数分のパフェを置いていく。みーちゃん、闇夜、玉藻に鈴、そして一番大きなパフェはニムエ。
「なんで一番大きなパフェがニムエに!」
「食べたかったんです、ご主人様」
ケロリとした顔で、メイドという名前の意味を辞書に間違って書いているニムエである。
「おかわりをするからね! いただきまーす!」
でも強奪しなくても、お金持ちなみーちゃんはおかわりができるのだ! ふふーん。
「あ、美味しいです。ガルド農園の果物ですね?」
いちごを口に含み、闇夜がおっとりとした口調で蕩けるような表情で感想を言うと、玉藻もコクコクと同意する。
「飴みたいに甘いよ。さすがはダンジョン産だね〜」
「ふわぁ、生クリームもふわふわ〜。メレンゲのようなふわふわな舌触りもするし、不思議だねぇ」
皆もパフェに夢中だ。ダンジョン産は味のランクが文字通り違うんだ。
でも、皆はパフェの食べ方を知らないね!
まずは刺さっているウェハースから食べるんだよ。
サクサクサクサクとリスのように齧り、ウェハースで少し乾く口を果物で癒やすのだ。
「おかわりを持ってきますね、お嬢様」
「うん、私はまだ食べ終わってないんだけど?」
「私はもう食べ終わりました」
一番大きなパフェだったのに、既に空にしているニムエである。大食い選手権にでもでるのかな。
ドアを開けてスキップしながら出ていくニムエ。ドアが閉まる寸前に、誰かが飛び込んできてクロスチョップがその首元に炸裂する様子が見えたけど気のせいだろう。
「みー様はウェハースがお好きなんですね」
「うん、サクサクして好きだよ!」
「それじゃ、私の分もどうぞ。みー様はウェハースがお好きなんですね」
「うん、サクサクして好きだよ!」
繰り返してきた闇夜に、満面の笑みで答える。ウェハースを差し出してくるので、あ〜んとお口を開けて齧りつく。
「みー様はウェハースがお好きなんですね」
「3回目だよ、闇夜ちゃん?」
「何度も聞きたいのです」
なぜか端末を持って録音をする闇夜である。これだと永遠にウェハースを食べることになっちゃうよ!
ウェハースは好きだから永遠に食べることができるけど、そろそろ本命に移りたい!
「闇夜ちゃん、抑えて抑えて。どうどぅ」
「はぁ……いつもこんな感じなのぉ?」
闇夜の肩を押さえて、宥める玉藻。それをスプーンを咥えながら呆れた表情で眺める鈴。
ふむぅ、たまに闇夜は変になるよね。
まぁ、いっか。今考えるのは武道大会の出場となぜみーちゃんが認識され始めたかだ。
認識され始めたとすれば、今後はこれまで以上におとなしくしなければならない。
……簡単な話かな。みーちゃんはおとなしい神葬のお嬢様だから。神を倒したことがあるから神葬で良いよね。
ウェハースを食べ終えて、真っ白な生クリームにスプーンを差し込む。
「生クリームも美味しいね。ホーンベアカウのミルクだね!」
グルメな私は味にうるさいのだ。食べる順番は果物、生クリーム、ソフトクリーム、果物かな。
適当に食べると、シリアルだけが後に残っちゃってパサパサな舌触りに哀しくなるんだよね。
「油断はできないよ!」
完ぺきにパフェを食べないといけないのだ。
このパフェはみーちゃんのものだからね!
パクリと生クリームを口に入れて、ほわほわと顔を緩ませて、みーちゃんはパフェを食べるのであった。




