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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
9章 レース

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244話 力と謀略

 鷹野家でも、訪問者を歓迎するための畳敷きの広間にて、高位貴族の面々が集まっていた。


「札束アターック!」


「さつたばゃあたっきゅ」

「さちゅだば〜」


 美しく輝くような灰色髪を靡かせて、アイスブルーのぱっちりオメメを輝かせて、将来は絶世の美女になる予定の鷹野美羽は、テーブルに置かれている端末を細っこい人差し指でポチポチ叩いていた。


 弟の空と妹の舞も、よちよちと歩いてテーブルに乗り上げるように手を伸ばして、キャッキャと嬉しそうにペチペチ端末を叩く。


 ピロリンと音がして、端末に売買成立と表示される。


「きゃー! みーちゃんはやりました。これも空と舞のお陰だよ」


「ぼきゅのおかげ〜」


「むふ〜っ。あたちのおかげ」


 3人で抱き合って、エヘヘと頬ずりして喜び合う。


 無邪気で楽しそうなほのぼのする光景がそこにはあった。


「パパ、わんわん商会の株を9%も買い占めたよ!」


 そのセリフは無邪気とは程遠い言葉ではあったが。


 鷹野美羽の父親である鷹野芳烈は苦笑しながらも、飛び込んできた美羽の頭を優しく撫でる。


「うん、よくやったね、みーちゃん。でも、教育に悪いからその必殺技名は封印しておこうか?」


「はぁい。マネーの力、スカイアタックにしておくね!」


「もしかしてTOBと掛けてる?」


「センス良いよね!」


 相変わらずのみーちゃんだなぁと、その柔らかい髪の毛を優しく撫でながら苦笑してしまう。


 私の娘はとても良い子だが、恐ろしく頭が回ると最近気づいた。


 たぶんドルイドの大魔道士の教育のお陰だろう。これが平民の頃ならば注意をするのだけれども……もはや狡猾さがないと生きられない世界に美羽はいる。


 悪いことには注意するが、この頭の良さは必要なのだろう。


 今回の作戦『犬の子犬』商会買い占め作戦。皆が結集してそれぞれ7〜8%の株式を買い占めた。


 全員が株を結集すれば、瑪瑙家の保有する株を上回る。そうすれば、瑪瑙家は動けなくなるし、同盟を結んだ家門は力を合わせる必要があるので裏切る可能性も低くなる。


 一石二鳥の作戦であり、たった今瑪瑙家及び神無家の持つ株を上回る株を手に入れたのである。


 ここにいる高位貴族。琥珀家11%、帝城家10%、油気家8%、粟国家7%、そして鷹野家が9%だ。計45%。


 対して瑪瑙家は33%、神無家が11%のはずなので、もはや筆頭株主であっても瑪瑙家は動けない。


 残念ながら残りの11%はどうしても手に入らなかったが問題はないだろう。


「ガハハハ! やるじゃないか。さすがは芳烈の娘だな」


 隣に座っている粟国燕楽が豪快に笑い、私の肩を乱暴に叩いてくる。懐に入れてあるマツさんに貰った『身代わりの符』が微かに熱くなっているので、一般人では怪我をする強さではなかろうか。


「良かったですね。これで瑪瑙家に楔を刺すことができましたニャン」


 対面に座る琥珀家女当主の琥珀ササミさんが、ニャンニャンと可笑しそうにお猪口に入った酒をクイッと飲む。


 ペルシャ猫のような耳と尻尾を持ち、童顔で小柄な美女だ。10代に見える若さを持っている。悪戯そうにニャンニャンと牙を覗かせて、隣に座っている娘さんが恥ずかしそうに俯く。 


「お母さん、その語尾はやめてくれないかなぁ? 歳をゲフッ」

 

「ごめんにゃ。たまたま肘が当たっちゃったにゃんね。でも、この語尾はウケるニャンよ」


 注意をする娘さんに、鋭い肘鉄を娘さんの横腹に入れてニャンニャンと猫招きのように手を振るササミさん。


 お腹を抱えて動けなそうな娘さんが気の毒だと、ため息を吐く。


「これで神無家の味方の中でも突出した瑪瑙家は抑えた。安心でしょう、殿下?」


 帝城王牙さんが、薄く目を細めて上座に座る青年へと話しかける。


 上座に背筋を伸ばして綺麗な正座をする青年。弦神信長様が目立つ虹色の髪を輝かせて、ニコリと微笑む。


「助かりました。これで神無家の横暴を防ぐことができます。皆さんに感謝の言葉を」


 頭を下げようとしてくる信長様を見て、慌てて止める。


「いえ、臣下として当然のことです。殿下、頭をおあげください」


「いえ、今回の功労者の皆さんにはこの程度しかできません。せめてこれぐらいはさせてください」


「たいしたことは――」


「ありがとうございます、殿下。そのお言葉は百金に勝りますな」


 私の言葉に被せるように、風道父さんが話しかけて、私をジロリと睨んできた。

 

 迂闊な言動だということだろう。内心でため息を吐きながらもそのとおりなので口を噤む。


 ここでたいしたことはしてませんと答えたら、きっとここで話は終わってしまう。ここで殿下から報酬を貰わなければならない。


 ここには、信長殿下と、闇夜ちゃんと父親の帝城王牙さん、鈴ちゃんと母親の琥珀ササミさん、粟国燕楽さん、玉藻ちゃんと父親の油気あぶらげ晴明せいめいさん。


 そして、私と風道父さんと美羽となぜか空と舞もいる。


 テーブルの前にはお酒と料理が並んでいる中で、穏やかに祝勝会とでもいうような宴を開いていた。


 もちろん、お酒は希少なるダンジョン産であり、料理も腕によりをかけた豪勢なものだ。


 この面子を前に、迂闊な言動で報酬を減らされた場合、鷹野家は今回協力した面々に借りを作ってしまう。


 鷹野家が中心となって、今回の作戦を立てたのに割りに合わないこととなってしまう。


 このような考えをすることに、内心でため息を吐きながらも信長様へと顔を向ける。


「もちろん、私の言葉が百金に勝ることなどありません。皆さんには神無家に楔を入れてくれた報酬を用意しております。この話は陛下にもご了承頂いておりますので、ご安心ください」


「それはありがとうございます。期待してよろしいのですニャン?」


「はい。皇族として表立って貴族の株を買い占めることはできません。その代わりに動いてくださった皆さんには、直轄の企業に限りとなりますが、今年の法人税を無料に致します。表向きは東京の解放に尽力をしている家門ということで」


「法人税を無料に……それはありがとうございます」

 

 代表で王牙さんが深く頭を下げる。


 法外にも思える言葉に、さすがの皆も驚きを隠せない。直轄とはいえ法人税が無料となれば大金だ。


 今回の作戦『犬の子犬』商会の株買い占めに金を使っても、株は残るのだ。それに加えて法人税無料とは法外すぎる報酬にも思えた。


 今年の日本の税収はかなり減ることとなるだろう。


 太っ腹なことだ。それだけ神無家が邪魔だったのだろう。


「直轄〜! ということは下手に直轄の会社を増やしたら来年はものすごーい税金がかかるかもしれないんですね! だって透明化しないといけないですもんね、子会社と違って!」


 おとなしくホーンベアカウのローストビーフを食べていた美羽が手を挙げて、無邪気そうに言う。


 その言葉に大人の全員がピクリと反応する。


「美羽さん。それは考えが穿ち過ぎです。皆さんは清廉潔白な経営をしていると信じてますよ」


「そうニャンな〜。清廉潔白な経営をしているけど、子会社との付き合いは色々あるもんニャ〜」


 信長様が苦笑交じりに答えて、目をそらして口元を歪めてお酒をササミさんが飲む。


 子会社との決算では、色々と……税を払わないようにする方法があるのだ。違法ではないし脱税でもないが、グレーな方法がある。


 ここで直轄の会社に組み込むと来年はとんでもない税金を払うことになるわけ……。報酬という名の甘い罠もしかけてあったのか。


「やれやれ。この中でも群を抜いて狡猾なのが、芳烈の娘だな」


「そうですな。末恐ろしい才能の片鱗が垣間見えよう」


 最近は、美羽の無邪気に見える言動に注意を払うことが多くなっている。燕楽さんが苦笑いをして、王牙さんは目を閉じて頷く。


「あまり欲張るなということですね。ありがとうございます、殿下。油気は感謝致します」


「もちろん私たちもです」


 私たちの言葉に、罠を仕掛けたことなど、欠片も素振りを見せずに、にこやかな笑みで信長様は答える。


「ありがとうございます。それでですね、特に活躍著しい鷹野伯爵には陛下より侯爵位の授与が打診されています」


「侯爵ですか!?」


 まさかの言葉に皆が驚く。日本魔導帝国が建国されてから、三公三侯の数は変化したことがない。それを美羽に?


「そのとおりです。ここ最近の鷹野伯爵の活躍はそれに相応しいかと。聖奈を上回る回復魔法の使い手であり、多くの人々を救い、日本魔導帝国のために尽力しております」


「……それは素晴らしいお話です」


 信じられない話だ。頬をつねって夢ではないかと確かめてもおかしくない。侯爵とは……。


 横目で窺うと、父さんも驚きを隠さずに目を剥いている。


「殿下っ! 私の活躍を耳に入れてくれてありがとうございます!」


 嬉しそうな笑顔で、バンザイと両手をあげる美羽。それを見て、うんうんと頷く信長様。


「いえいえ、それでは侯爵の授与の話を進めたいと思います」


「そうですね! 侯爵になれるなんてとっても嬉しいです。授与ということは、伯爵の爵位も残る……私は伯爵を返上して侯爵になるんですね! 資産はどう分けたら良いんですか?」


「あっ! あ〜そうですね。殿下、侯爵は昇爵でなく授与なのですね?」


 美羽の言葉の意味を悟り、なぜ侯爵の爵位を皇帝が授与するのか理解できた。


 高位貴族は兼任できない。ということは、膨れ上がって莫大な資産となっている鷹野家の資産を分与せよとのことなのだろう。


 神無家の勢力が弱まっても、それを上回る相手がいたら安心できないということだ。


 侯爵家と伯爵家。一時的には強力な家門となるが、将来的には反目させて敵対する敵同士となってもおかしくない。


 いや、必ず謀略を仕掛けてくるに違いない。大きな力を持つ侯爵家と伯爵家。同じ家門として伯爵家が満足する訳はないと、哀しいことだが簡単に想像がついてしまう。


 だが、美羽は受け取ると答えてしまった。どうするべきかと、皇帝の策略を悟り苦渋の表情で考え込む。


 だが、私の娘はニコニコと笑顔を崩さない。


「わかりました! それじゃあ、鎌倉のお花畑を貰いますね! お花屋さんをやりまーす」


「………素晴らしい決断だと思いますよ?」


 あまりの即断即決に、僅かに警戒心を見せる信長様。周りの面々も話が続くのだろうと、美羽を注視する。


 お花屋さんお花屋さんと口元に手を添えて、むふふと楽しそうに微笑みながら美羽は話を続けた。


「運送会社と伯爵の爵位は空に。海運は空いている子爵家を貰って舞にあげます!」


「む……鷹野伯爵家を昔と同じ規模に戻すと? 鷹野侯爵家は将来的な利益を考えたんですか」


 随分と資産を切り分けるつもりらしい。それでも運送会社が残るのならば伯爵家は随分力を持つ。骨肉の争いにならなければ良いけど……。


 鷹野家の力を充分に削ぐことができると考えたのだろう。信長様は機嫌良く微笑む。


「うん。皆が仲良くするためだもんね! 問題ないと思うの!」


 ニコニコと笑顔の美羽は、その辺りを想像できないのだろうか……。


 もう少し考えた分与をしなければならないだろうと口を挟もうとして、美羽の瞳が爛々と輝いていることに気づく。


「これぐらいでちょうど良いと思うんだ! しがらみのない私のお花屋さんに期待していてね」


 その瞳の光に気圧されたのか、ゴクリと唾を飲み込む信長様。周りの面々はそれぞれ面白そうな表情や、考え込んだりしている。


 うちの子は良い子なんだけど……やはりドルイドの大魔道士と教育方針について話し合った方が良いかもしれない………。


 大変なことになる予感がする。ああいう顔をした美羽は、いつもとんでもないことをするのだ。

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― 新着の感想 ―
知っている物語を読むのは苦痛を伴うから好きでは無いが、作品の出来次第で読み直すと色々と楽しめるから悩ましいものだ。
[一言] とんでもないことをする(フォンデュに顔を突っ込む)
[一言] えっパパ、娘の韜晦に最近気づいたんですか!? じゃあ伯爵家をこんな巨大にしたの、今まで一体誰だと思ってたのかと!? モブ補正まじこわーい!
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