24話 レースをするんだぞっと
俺たち5人はレースをするために、幼年部用シャボンチューブへと移動した。幼年部用なので、1階周りに作られているだけだが、くねくねとS字になっていたり、凹凸があったりと、結構凝っている。
高学年用だと、3階にまでチューブは伸びており、複雑な軌道を描いている。大人たちが遊ぶ浮遊レース専用のセンターが、このパークから少し離れた所にあるが、宙返りは当たり前。チューブが途切れていて、ジャンプする道もあり、面白そうだが、まだ9歳には遊ばせてくれない。残念だ、チェッ。
『浮遊レース』は、レギュレーションが決まっており、決められた魔力値を加速性能、最高速度、旋回性能に割り振った『浮遊板』を使う。割り振りは自由なのだが、これまでの蓄積された経験からだいたいいくつかのパターンにわかれる。
魔法使いも一般人も一緒になって遊べるゲームだ。まぁ、魔法使いは身体強化があり、反応速度が速いからどうしても強いけどな。
プロでは、魔法による妨害ありの、ド派手な魔法使いのレース。一般人のレースがある。レースも森林まるごとレース場にしたりとか、かなり派手だ。プロ用は数十メートル浮遊できるから、レース道を作る必要がない。なので、どこでも開催できるんだよ。
レースの種類も豊富で、決められた場所に設置してあるターゲットを手に入れたり、洞窟を進んだりな。もちろんそれだけ激しければ、防御壁が壊れて怪我をする危険もあるが、それは前世でも同じだろう。速度を出したら簡単にひっくり返る車に乗ってレースをするもんな。レースに懸ける熱い思いは常に危険を超えるもんだ。
俺は遊ぶのは好きでも観戦は好みじゃないが、かなりこのスポーツは人気がある。他のスポーツに比べても、道具は『浮遊板』だけで、ルールは簡単だからだろう。
やはり簡単なルールと、少ない道具で遊べるのは重要だ。そのため、サッカーとかも宙を飛んだりしていて面白いけど、それ以上に人気がある。
「今日は負けないぞ〜、お〜!」
「コンッ」
玉藻が片手を上げて、肩に乗るコンちゃんもそうだねと鳴く。玉藻はフンスと強く息を吐き、やる気充分らしい。勝つ気でもあるらしい。ふふん、そう簡単には負けないぜ。
「うちらも負けないから!」
セイちゃんたちが、負けじと手をあげて気合を入れる。
「ふふ〜ん、私も負けないから!」
美羽ももちろんふんふんと興奮して鼻をならすと、てってけとスタートラインにつく。幼い少女たちは遊びでも本気なのだ。
なので、俺も本気を出す。
『浮遊レース 選手タイプを選んでください』
『勇者』
『魔王』
『姫』
『竜騎士』
『道化師』
なぜか俺にしか見えないステータスボードが目の前にあった。
『魔王』
俺は『魔王』を選択する。そうすると身体にマナが漲り、『魔王ボード』に相応しい、重心が下半身に偏りどっしりとした身体になる。いや、見た目は変わらないよ? たぶん重力とか、そんなんだろうな。美少女美羽ちゃんは常に可愛らしい。魔法物理法則が変わったのだろう。
ナニコレと最初は思ったものだ。でも、すぐにゲームのサブゲームだと気づいたよ。あのゲームの題名はファイナルドラゴン世界樹……どこまでも長くなるから、もう題名はいらんよな。
オープンワールドで凝っているというのは伊達ではない。サブゲームもぎっしりと詰まっている。原作にはこういう遊戯は小物として、背景のニュースとかに扱われるだけだったが、ゲームでは設定されていた。
『勇者』が加速、最高速度、旋回性能が平均的、『姫』が旋回性能特化、『魔王』が最高速度特化、『竜騎士』が加速性能特化、『道化師』が初期から妨害魔法を使える。もはや、ツッコミはなしでよろしく。さすがに、ルートに妨害アイテムの入った箱はないからな。走行中にゲージが貯まると妨害魔法が使えるようになるんだ。
ちょっと卑怯だが、俺はゲーム仕様のモブ主人公だ。この身体に相応しい本気を出すぞ。
5人でスタートラインに立つと、ホログラムの信号が現れる。チューブでレースをする人たちは、その映像をパークのモニターに映し出すので、紳士や子供たちが癒やされようと見学を始める。おい、あの紳士諸君は子供の付添いだよな?
ピッピッピッ、スタート!
信号が青になり、皆がボードを発進させて駆け出す。
「負けないよ〜」
竜騎士ボードに乗ったホクちゃんが、真っ先に先に出る。
「あとに続く〜」
「うりゃー」
「待て待て〜」
ナンちゃん、セイちゃんも同じく竜騎士ボードなので、加速して突っ走る。あっという間に、差がついちゃうが、仕方ない。4番手が玉藻ちゃん、最後にのろのろ運転の俺だ。『魔王』ボードは最高速度特化だからな。しかもピーキーで、加速性能、旋回性能は最低だ。
このサブゲーム。スタートダッシュする裏技がないんだわ。なので、俺は遅れてしまう。まぁ、ゲームの時もスタートダッシュできるのは3回に1回だったので、使わないと思うけど。
「追いかけちゃうぞ〜」
不利なのは最初だけだ。俺にはまだ秘策がある。
加速させている間に、ボードを停止。すぐに起動。それを繰り返す。慣性の法則で流れていくボードに何度も起動がかかり、そのたびに俺のボードは加速する。たいした違いではないと思うだろうが、この少しの時間が後から効いてくるのさ。
名付けて、RTA階段走法。由来はゾンビゲームのRTAチャレンジ時に、階段を銃を構える、構えを解くというアクションで進むと普通に登るより速く登れるからだ。名前なんか、どうでもいいよな。
ブルン、ガタン、ブルン、ガタンとボードが音を立てて、激しく上下する。だが、ボードから俺は落ちることはない。壁に激突して落ちることはあってもこの程度は天才的な運転で……嘘だ。ゲームでは落ちなかったからだ。
「へいへい、追いついちゃうぞ〜」
最高速度に達すればこちらのものだ。追い抜いちゃうぜっと。
灰色髪の美少女はキラリとアイスブルーの瞳を輝かせて、美しい髪を靡かせながら、シャボンチューブのシャボンを舞い散らし、走行するのであった。
モニターで見ている観衆たちは幼年部のレースに注目していた。店員も子供たちもその光景に注目している。
「おぉ〜。あの娘速いな!」
シャボンチューブのシャボンを波しぶきのように散らしながら進む少女たち。少女たちは幼いのに、ボードから落ちることも、壁に当たることもなく、走行していた。
トップは肩に子狐を乗せたサイドテールの女の子だ。金髪がキラキラとシャボンの中で靡いて、その顔はやんちゃそうで可愛らしい。先程から他の友だちを追い抜いて、トップになっていた。
「S字の所とか、進むの上手いんだよ。アウトインを繰り返して、最短ルートで進んでいるんだ」
「あの歳でかなりのもんだよ。ほとんど減速しないから、ほとんど最高速度で進めるんだ」
「あの歳でねぇ」
見ている大人たちがプロレースのベテラン観戦者だとばかりに熱心に話し合う。彼らは休みなので、子供を連れてきた男たちだ。
子供がチャンスとばかりに目を光らせて、パパ、アイス買ってとお強請りして、観戦を邪魔しないようにとパパはお小遣いを渡す。確実に夕食を子供が食べられなくなるのは間違いない。アイスと称して、ハンバーガー屋へと駆けていったからだ。奥さんから男が怒られるのも間違いないだろう。
「なんだよ、あの娘、やっぱり遅いじゃん」
「だよなぁ、魔王ボードなんか使えないんだよ」
先程美羽をからかった悪ガキたちが、最後方の美羽を笑うが、それもS字ルートに入るまでであった。
灰色髪の美少女は、フンスと猛禽のように目を光らせてS字ルートに入ると、最初のスラロームの壁に激突しそうになる。最高速度なので、操作し切れなかったのだろうと思われたが、ガスッと壁に掠りジャンプ、その先のスラロームに飛んでいき、またもやガスッと壁に当たり踏み台にすると先に進む。
「おぉ〜! 凄え!」
悪ガキたちはその強引な運転を見て、驚き感嘆の声をあげる。口を大きく開けて、ダイナミックな運転に拳を握りしめて、注目する。
「ふむ、あの娘はなかなか。防護用シャボンが発動しないギリギリを狙っていますな」
「あの粗い運転で良くボードから落ちないものだ」
「先行している者たちを抜いていきますぞ」
「パパ、ジュースほしいの」
自称識者たち紳士はうんうんとそれらしく頷き、またお小遣いを貰った子供はたこ焼き屋に駆けていった。もはや夕食は一口も入らないことは確定した。
トップを走るサイドテールの少女へと灰色髪の少女はニヤリと笑って迫っていく。その様子を固唾を呑んで、皆は観戦するのであった。
あっさりとセイちゃんたちを追い抜いて、美羽はどんどん先頭の玉藻に接近していく。
「やられた〜」
「てへへ、ごめんね」
セイちゃんたちの横を通り抜けて、テヘッと小さな舌を出すと、直線を突っ走る。最高速度特化の魔王ボードに、俺の身体は今は魔王特化。どんどんと玉藻に迫っていく。
シャボンがふわふわと辺りを舞い、幻想的な光景の中で距離を詰めていく。玉藻は追いつきそうな美羽をちらりと見て、むむむと口を尖らせる。
「旋回性能特化じゃ、最高速度特化に敵わないよ!」
「そうかな? 玉藻は負けないからねっ! 変化っ!」
不敵な笑みを浮かべると、玉藻は魔法を使う。ぽふと狐っ娘に変身すると、尻尾を悪戯そうに揺らす。身体強化系統だから、ルール違反じゃないなと俺は警戒する。
「これが狐っ娘となった玉藻の力だよ!」
そして、次のS字ルートに減速しないで入っていく。身体を傾けて、壁へと突っ込む。
「あ〜、玉藻ちゃん、危ない!」
「ふふふ、これが新技だよっ!」
しかし、玉藻は壁にボードを貼り付けるように進み、倒れそうなほどに身体を傾ける。そのまま壁を滑って天井まで登り、螺旋のようにS字ルートを突き進んだ。玉藻が飛ばしたシャボンが、ザバァとシャボンチューブを埋め尽くす。
普通は天井を滑っていくのは不可能だ。類稀なるバランス感覚がないと不可能だ。狐っ娘に変化したことで身体強化され、その走法を可能にしたのだろう。
「勝った!」
俺も壁をジャンプ台にするガスガス走行をするが、距離はほとんど詰まらなかった。
しかし、俺も負けるわけにはいかない。最後のL字ルートがチャンスだ。
どんどん進み、直線で詰めるものの、あと一歩追いつけない。だが、最後のL字ルートに入る。玉藻はさすがに減速して進む。
だが、俺は減速しない。
「うおぉぉ!」
そのままL字の壁にボードでガツンとぶつかると、パチンコ玉のようにガツンガツンとジグザグに壁に当たって、飛んでいく。
ぐるぐると身体を回転させながら、飛んでいき
「え〜っ!」
玉藻を追い抜き、ゴールに辿り着くのであった。
「ウィーン! うっしっし」
くるくると回転しながら、俺は指を立てるのであった。これぞ禁断のガツンガツン走法だ。壁にぶつかり反動で突き進むんだ。すぐに体勢を取り戻せば、減速しないですむ奥義だ。
灰色髪の美少女は、にこやかな笑みを浮かべて、くるくると回転し続けるのであった。回転するごとにシャボンがその身体にまとわりつき、美しい幻想的な姿だった。
「魔王すげー!」
「俺もあれにするぜ!」
「ファンになっちゃった」
悪ガキたちはそのダイナミックな走法に憧れて、魔王ボードを我も我もと取りに行く。
「なかなかやりますなぁ」
「いやはや、良いものを見せてもらいました」
「妻に怒られる………」
自称識者のおっさんたちも感心して、今のレースの批評をするのであった。
魔王ボード。そのポテンシャルを美羽は魅せたのである。
後日、ガツンガツン走法は禁止と規則に加わっていた。
解せぬ。




