237話 影と戦うんだぞっと
蛹から現れたのは2メートルちょいの背丈の大柄な体格の男であった。ボサボサの黒髪は肩まで伸ばしており、筋骨隆々で鋼のような身体をしている。
上半身は裸で、頑丈そうなズボンを履いているだけだ。その顔つきは、強い意思を示すかのように太い眉根と、鋭い好戦的な獣のような黄金の瞳で、傲慢そうに口角を釣り上げており、全身で自らが強者であると伝えてきていた。
明らかに小物の中の小物王エーギルではない。別人だった。
ただ影だからだろう。その全身は闇に包まれている。
ただならぬ雰囲気がある。なぜならば、その身体からオーラが漂っているのが見えるからだ。
雛のように鋭い本能がぴよぴよと警告するように教えてくれる。
これはマナではない。『戦う』を選んでいないのに、美羽の目にオーラが映るということは、マナではないのだ。
美羽はマナのオーラを見ることができないからね。なのに、見れるということは………あの力はなんだろうね。
警戒する美羽を前に、にやりと獣の笑みを見せて歩き出そうとする男だが、パラパラと天井から石の欠片が落ちてくる。
「お、まだ粘るか」
「チチチチ」
面白そうに口を歪めて、頭上を見上げる男。天井にめり込んだアリさんが抜け出して、男を狙い落下してきた。
さすがは『聖騎士』レベル97。たった一撃では倒されなかった模様。
アリさんの槍に魔法の力が集まり、純白に耀く。
『聖光槍』
光り耀く聖なる槍を男に向けて、貫こうと急降下していくアリさん。
だが、鷹揚な態度で男は落下してくるアリさんに向けるように軽く腕を振る。
落下してきたアリさんは身体をひしゃげて、なぜか空中で横殴りされたように吹き飛ぶ。
「残念だったな。虫野郎じゃ、この俺様には触れることもできねぇよ」
腕組みをして、せせら笑いをする男。吹き飛ばされたアリさんは、吹き飛ぶ先で攻撃を受けたかのように弾かれて、再び吹き飛ばされる。
さらに吹き飛んだ先で再び吹き飛ばされる。
男の見えない攻撃は止まることなく、アリさんはピンボールのようにバシンバシンと弾かれて、空中を吹き飛ばされていき、止めに壁に吹き飛ばされて、その身体がめり込むのであった。
「アリさ〜んっ!」
ガラガラと壁が砕けて瓦礫がアリさんを埋めていく。
「アリさんが何もできずに倒されるなんて……なんかいつもどおりの流れな感じもするけど、なにをしたんですか?」
点心と共に飲むお茶のようなアリさんを横目に、男へと問いかける。
最初に腕を振った以外は、何もしていないように見えたのに、アリさんは見えないなにかに攻撃を受けていた。
こいつ、念動力でも使えるのか?
それと共に、ムニンに解析をするようにお願いする。
「ネタバラシをする奴はいねぇだろ?」
「そこはヒントとか。最近のボスは自分の攻撃方法を説明してくれるんですよ、弱点も教えてくれる親切設定が流行りなんだ」
「そうかい? 俺も目覚めたばかりだからな。最近の流行りには疎いんだ。わりぃな。それと……カラスの眼力じゃ、俺様を見抜くことはできねぇよ」
「………っ!」
男が余裕の笑みを浮かべて、睥睨してくる。
カァとムニンの鳴き声が聞こえてくるが、その鳴き声が戸惑ったような鳴き声であった。
『M?%2ガ♯Fの影:レベル※、弱点※』
解析がバグっている! こんなことは初めてだぞ。むぅぅ、こいつ只者ではないね。
チッと舌打ちをして、男を睨んで尋ねる。
「私の名前は鷹野美羽です。中学一年になりました。オリエンテーリング中で、皆とワイワイ楽しんでます!」
「影の姿で名乗っても仕方ねぇだろ。まぁ、ちびが死ななかったら教えてやるか考えてやるぜ?」
「挨拶できない人はパパに怒られるんだよ!」
『戦う』
『謎の影が現れた!』
コマンドを選ぶと、身体能力が跳ね上がり、魔法の力が満ち溢れる。
「俺の親父は酷いやつだからな。そんなことで怒らねぇよ!」
「私が一言注意してあげるよ!」
腰を僅かに屈めて前傾姿勢をとり、ポヨポヨの槌を横に構える。
「それっ!」
『縮地法』
足を踏み込み、美羽の身体がその場からかき消える。僅かな砂煙と残像だけがその場に残り、一瞬で男との間合いを詰めると、槌を振るう。
「ファーストアタックだ!」
『雷霆槌』
ポヨポヨの槌をプラズマが覆い、超高熱の電撃の槌と変わると、男へと必殺の一撃が繰り出される。
「むっ?」
パシン
だが、『雷霆槌』の一撃は、男の手のひらにあっさりと止められてしまう。
プラズマ放電が男を感電させて、超高熱で燃やそうとその身体を電撃が奔るが、男は平然とした顔で槌を掴んでいた。
「はっ、『雷霆槌』とはな。だが、その攻撃じゃ俺様に傷一つつけることはできねぇよ!」
「なぬっ!」
槌を掴んでいた腕を振ると、その怪力に耐えられずに振り回されてしまう。
そのまま、地面に叩きつけられてしまい、クレーターを作りめり込む美羽の身体に拳を振り下ろしてくる。
「むむっ」
『空蝉』
素早く印を組み、空蝉を使用する。空間がボヤケて敵の攻撃を防ぐ分身が美羽の身体に重なると同時に拳が腹にめり込んだ。
「おらぁっ!」
雄叫びをあげ両手を強く握り締めて、拳の連打を繰り出そうとしてくる男。一撃一撃が強力すぎるほどに強力で、攻撃を受けるたびに爆風が発生し、美羽の小柄な身体が地面にめり込んでいく。
「くっ!」
『ボックスチェンジ』
かなり強力な攻撃だ。この攻撃を受け続けるとまずいと、手品を使用する。魔法の力が発動し、美羽の身体をハテナマーク柄の箱が覆う。
男の拳が箱ごと破壊するが、バラバラになった箱の中身は消え失せていた。
「なんだ?」
顔を持ち上げて怪訝な表情となる男の少し後ろにハテナマーク柄の箱が現れると、パカリと分解されて、美羽が姿を現す。
「場所をチェンジする手品だ。楽しんでくれた?」
ザッと地面を擦りつけるように足を移動させて、男との間合いを詰めると下から掬い上げるように槌を振るう。
風の壁を貫き、ポヨポヨの槌が男へと迫るが回避行動もとらずに立っていた。
なぜだと疑問に思うが、槌がピタリと男の目の前で停止してしまったことにより納得した。
「無駄だ。俺様には傷一つつけられねぇって言ったろ?」
「面白い手品だね。だが、これならどうだ?」
『魂覚醒』
『雷鳴鳥Ⅰ』
『ヘキサゴンアタック』
『融合されました』
『プラズマヘキサゴン』
プラズマを纏う高速の連撃が男を襲う。斜め右から打ち出して、左からの胴体狙い、足下への一撃に、突きを繰り出し、くるりと回転して打ちつけながら、さらにジャンプすると最後に頭上からの振り下ろし。
6連撃の全てが一瞬の間に繰り出されて、男を倒さんと迫る。
「ふんっ! なかなか面白い技を持ってやがるな!」
『鱗転』
好戦的な獣のような笑みを浮かべて、男は軽く腕を振る。
たったそれだけで、空中で渾身の力を込めたプラズマを纏う6連撃は滑るように受け流されてしまう。
なにかすべすべした壁でもあるかのように、右からの振り下ろしも、胴体を狙った攻撃も、足下に攻撃しても、突きを放っても、頭上からの強烈なる一撃も、つるりと滑って、男に触れることもできなかった。
「力の差を理解したか?」
微動だにしない男が余裕の笑みで聞いてくる。
なんというムカつくやつだと、むむぅと唇を尖らせて、不機嫌に顔を顰めちゃう。こいつ、どんな防御手段を使っているんだ?
「おらぁっ!」
拳を引いて腰だめに力を込めると、男が攻撃に転じる。
ヒュッと風斬り音がしたと思うと、男の拳が眼前に迫る。
クンと小首を僅かに傾げて、顔に迫る拳を寸前で回避して、通り過ぎる腕を下から弾くように掬い上げる。
左拳が続いて向かってくるが、半身をずらすとその腕を掴む。
『一本背負い』
闘士のスキルにて、くるりと身体を半回転させて敵を背負い投げ飛ばす。
しかし男の身体は地面にめり込む前に、空中でピタリと止まってしまう。
「やるなっ!」
美羽の掴んだ腕を掴み返すと持ち上げて、またもや地面に叩きつけてこようとする。
「そうはいかないよ!」
その腕を巻き込むように持ち上げると、身体を回転させて、男の腹に蹴りを繰り出すかのようにぶつける。
『巴投げ』
くるりと身体を回転させて、男を投げ飛ばす。男は投石機で投げ飛ばされた石のように、高速で空中を飛ぶと地面に落ちて、またもや寸前でピタリと止まってしまった。
「おいおい、なかなかやるじゃねぇか。ちび」
面白そうな顔で体勢を立て直し、地面に降り立つ男。なんだよ、あれどうなってんの?
「そのカラクリを教えてくれても良いんだよ?」
「さぁてね?」
うるうる攻撃をしてみたが、とぼけて肩を竦める男。
打開策を見つけなくてはなるまいと、攻撃手段を変えることにする。
「それじゃ、たくさんの魔法を披露するよ!」
「おぉ、楽しませてくれよ」
ヘラヘラと笑う男をジッと観察しながら対抗策を考える。手に魔法の力を集めて、次の攻撃を繰り出す。
雷は無効だった。とすれば反対属性で攻撃だな。
『魂覚醒』
『氷結鳥Ⅰ』
『大地鳥Ⅰ』
『融合しました』
『岩氷鳥』
岩で形成され、その身体を氷の鎧で覆った鳥が、美羽の手のひらの前に描かれた魔法陣から飛び出す。
周囲を空気を冷気で凍りつかせて、男の数倍の大きさまで巨大化した『岩氷鳥』は、空中に雪の結晶を残して、一直線に高速で飛行する。
「引き出しの多いちびだな!」
しかし、慌てることもなく、男は腕組みをしたままで、『岩氷鳥』を迎え撃つこともせずに、ただ立っていた。
そして、先程と同じように空中で『岩氷鳥』は止まって大爆発を起こす。
冷気による霧が巻き起こり、霧により視界が埋め尽くされる中で、険しい目をしてしまう。
たぶんダメージを与えていない。もしかして万能以外は効かない?
いや、『一本背負い』も『巴投げ』も感触はあった。ダメージは与えられるはず。なにかカラクリがあるのだ。
空中に見えない防御壁でも作ることができるスキルなのだろうか。
「力の差を思い知ったよな? それじゃあ俺様の攻撃といこうか!」
「そのまま余裕の態度を貫き通していても良いんだよ」
「それは面白くないんでな!」
霧の中から、男の声が聞こえてくると同時に、美羽の身体を横からなにかが叩いてくる。
「ぐっ?」
気配もないその強烈なる一撃に、美羽は吹き飛ばされてしまうのだった。




