236話 変身前に倒したいんだぞっと
『霜巨人』へと美羽の振るった『雷霆槌』は命中する。
小柄な美少女の攻撃はまるで高層ビルに赤ん坊が蹴りを入れるようにしか見えず、まったく威力もないように見えた。
『霜巨人』に比べると、アリンコのようにちっこい体の美羽の一撃はされど凶悪なる威力を見せる。
「ウガガ」
苦悶の声をあげる『霜巨人』。その巨木よりも太い脚に、美羽の『雷霆槌』は命中し、抵抗がないかのように振りぬかれた。
バチバチと激しい雷が『霜巨人』の身体を駆け巡り、感電させるとともに、その身体を焼いていく。
美羽の強烈なる一撃を受けた『霜巨人』は口から煙を吐くと、膝をつき倒れ込む。
「とうっ!」
ズズンと高層ビルが倒壊したかのような音を響かせて、砂煙を撒き散らし黒曜石の床を砕き地に伏せる『霜巨人』。
巻き込まれて押し潰されないように、美羽は軽く地を踏むと数十メートルは離れた場所へと一瞬で移動した。
「さすがに一撃では倒せないようだね」
痙攣をしているが、まだまだ生命力はありそうな『霜巨人』を見て、レベル70台だからなぁと可愛らしいお顔で苦笑する。
「セキネンノウラミ!」
周囲の巨人たちが、怒りで顔を険しく変えて、美羽に棍棒を振り下ろしてくる。
トンッと軽やかに羽が舞うように美羽は次々と振り下ろしてくる棍棒から身を躱し続けていく。
巨人たちの棍棒は黒曜石の地面を砕き、爆弾でも落としたかのような激しい音をたててクレーターを作る。地面に棍棒が落ちるたびに突風が巻き起こり、美羽の灰色髪を靡かせるが、その攻撃は掠りもしなかった。
『幻影歩法Ⅱ』
腰を屈め身体を揺らし、複雑なステップを踏み、美羽は残像を残しながら巨人たちの合間を走り抜けていく。
まるで弾丸のような速さで移動する美羽を前に、『霜巨人』たちは逡巡し、巨大な身体がデメリットとなり、足元を駆け抜ける美羽を捉えることができない。
「いかに素早くても、その大きさじゃついてこれないよなっ!」
ポヨポヨの槌の先端を雷撃で形成して、美羽は巨人たちへと次々と攻撃を繰り出していく。
一撃、また一撃と、弱点である雷が付与された美羽のハンマーを喰らい続けて、5体の巨人たちは身体に青白い電撃が走り抜けていき、よろめかされてしまう。
「ヌウッ!」
何人かの『霜巨人』が唸り声をあげて、口を大きく開く。その口からは白き冷気が漏れ、魔法の力が集まっていく。
『氷雪の息吹』
口から全てを凍りつかせる氷雪が吹雪となって、美羽へと向かう。
だが、迫る猛吹雪を前に怯むこともなく、冷徹なる瞳にて、片手を張り上げると美羽は魔法を使う。
「凍れる息吹に対抗してあげるよっ!」
手首をクルリと回して、捧げるかのように手のひらを見せる。
『魂覚醒』
『火炎龍Ⅰ』
『火炎竜Ⅰ』
『融合しました!』
『二頭火炎龍』
ボウと火が巻き起こり、美羽の手のひらから膨れ上がり周りを埋め尽くすかのように炎が吹き荒れる。
炎は美羽の手のひらから伸び上がり、二頭の炎龍へと姿を変えると、氷雪が吹き荒れる吹雪の息吹と激突した。
爆発音と、相殺されたことによる水蒸気が発生し、視界を覆い隠す。
視界が埋まったことにより、僅かに『霜巨人』たちは怒りを和らげると落ち着きを取り戻そうとした。
「いただきだ!」
だが、一時の油断を前に小さな猛獣は牙を剥く。
水蒸気の壁を突き破り、美羽は雷の槌を大きく振り上げて、『霜巨人』たちの中心に全力で振り下ろした。
黒曜石の床が溶けて、周囲へとプラズマと化した電撃が広がっていき、『霜巨人』たちを感電させる。
再び動きを止めた『霜巨人』たちに、煌めく灰色髪をかきあげて、フンスフンスと美羽は笑う。
「修行の成果だ。血と汗と涙の成果を味わってもらえたかな?」
クールな美羽だぜと、軽装甲のお胸を張って得意げに微笑む。
今の美羽は2年前とは違うのだ。レベル上げにとっても苦労したのである。
「ダイヤモンドポヨポヨを17匹も倒したからね!」
東に牧場ダンジョンがあれば潜り込み、西にダイヤモンドポヨポヨの噂を聞けば飛んで駆けつけて、北にポヨポヨの巣があれば殲滅し、南はもう疲れたからいいやと放置する。
そうしてこの2年間、レベル上げに徹したのである。その結果倒したダイヤモンドポヨポヨの数は17匹。結構苦労したのだ。
普通のレベル上げ? そんな面倒くさいことするわけないでしょ。前世ではレベル上げは大嫌いだったんだ。
経験値をたくさん貰える敵しか倒すつもりはないよ。ちまちま敵を倒すのはノーサンキューです。
強くなった今の鷹野美羽のステータスはこんな感じ。
鷹野美羽
レベル97
メインジョブ:聖女マスター
セカンドジョブ:忍者マスター
サブジョブ:魔法使いⅣ☆☆☆☆
HP:1987
MP:2231
力:821
体力916
素早さ:1587
魔力:1394
運:356
固有スキル:二刀流、女神の加護、聖なる守り、神の癒やし、忍びの心、風聖属性耐性、武器装備時攻撃力200%アップ、神聖魔法大強化、魔法消費量減少
スキル:短剣技マスター、格闘技マスター、弓技マスター、槌技マスター、忍術マスター、神聖術マスター、道化技マスター、召喚術マスター、魔法Ⅳマスター、テイムマスター
結構な強さとなった。あと少しでレベル100になれるので、新たなるダイヤモンドポヨポヨを探したいところだ。
ダイヤモンドポヨポヨを探す過程で、雑魚敵も数多く倒したので、闘士、神官、魔物使いをマスターにして、複合ジョブ『聖女』もゲットした。魔法使いもマスターするので、次は『大魔道士』を手に入れる予定だ。
以前のステータスとは次元が違うと言って良いだろう。このステータスがあったから、雑魚敵には苦戦どころか、ダメージも負わなかったのである。
「とはいえ、圧倒的にパワーアップをしたよイベントは終わったみたいだけどな」
小説やアニメなどで、主人公が修行が終わったあとに、最初に出会った敵に無双して、パワーアップしたんだよとドヤ顔になるイベントはいつの間にか終わっちゃったらしい。
『霜巨人』たちはまだまだ元気そうで、死ぬ様子はない。あと10ターンぐらいは倒すのに時間がかかるだろう。
そして、遠くに見える不気味に脈動する闇の蛹はそこまで時間をかけたら、羽化する可能性は高い。
「なら、手数を増やすとするか!」
ちっこい手を空に掲げて、最後の召喚獣を召喚する。
「きたれ、アリさん!」
『インペリアルアント召還』
天井に魔法陣が描かれると、召喚獣枠に入ったインペリアルアントのアリさんが姿を現す。
ズシンと地面に降り立つその姿は10メートルの全長がある紅き外骨格を持ち白金の鎧を着込み、強大な魔法の力を宿す槍と盾を持つアリさんだ。
召喚枠に入ったことで、体格を変えることができるようになったために、最大サイズで姿を現したのである。
「チチチチ」
出番だよと、アリさんが奮起するように凛々しい顔で槍を構える。アリさんなので、凛々しい顔かいまいちわからないけど、たぶん凛々しい。
『霜巨人』たちが、自分たちには及ばすとも、巨体のアリさんに棍棒で打ちかかる。
盾を構えてガスンガスンと繰り出される巨人たちの攻撃を防ぐアリさん。
『聖騎士』であり、レベル97であるアリさんは山をも砕く巨人たちの攻撃を受けても、体幹は揺らぐことなく、押し下がることもなく、痛がる様子もない。
ブンブンと首を横に振り、そのとおりだよと肯定してくる余裕の表情のアリさん。アリさんなのでよくわからないが、余裕の表情だと思う。
『シールドバッシュ』
アリさんが一体の巨人に盾を叩きつけてノックバックさせる。包囲に穴が空くとその隙間から飛び出して、クルリと身体を回転させると魔法の力を宿した槍を振るう。
『聖光槍』
巨人たちへと聖なる一撃を加えていき、たった一体で善戦する。その戦いは怪獣大決戦のようだ。
その様子を見て、美羽は叫ぶ。
「アリさんは蛹を攻撃して! 私が『霜巨人』たちを倒しておくから!」
「チチチッ!?」
でも、さっぱり倒せそうにない。あからさまに火力不足だ。インペリアルアントの性能だと硬いだけなんだ。
美羽が『霜巨人』を攻撃している間、蛹を破壊してほしくて呼んだんだよね。
アリさんはわかったよと、肩を落として蛹へと向かう。
チラリとこちらを見てくる表情は、俺に任せておけと言っているかのような頼もしさを見せてくれる。アリさんだからよくわからないけど。
蛹へと向かうアリさんを、『霜巨人』たちは追いかけようとするが、それは少し待ってほしいんだな。
「お前らの相手は私だ〜っ!」
『雷霆槌』
再びプラズマで構成された槌を振りかぶり、巨人に叩きつける。周囲へと放電が広がり、巨人たちが再び電撃で身体が痺れて動きを止める。
その隙を逃さずに、美羽は巨人の足元に入り込む。
「ていていっ」
巨人の足に美羽の槌がめり込むと、衝撃波が巨人の体内を駆け巡り細胞を破壊していく。
「オノレッ! コノマママケルモノカ!」
麻痺が解けた『霜巨人』が魔法の力を棍棒に送り込み、冷気を吹き出し必殺の一撃を繰り出す。
『フロストバーン』
周囲の空気を白く凍りつかせて、世界を氷原へと変えて、『霜巨人』たちの氷雪の棍棒は美羽へと同時に振り下ろされた。
だが、美羽は余裕の笑みを浮かべて、淀みなく腕を構えて迎え撃つ。
『縮地法』
瞬時に美羽の姿はかき消えて、残像だけがあとに残る。
ズズンと音をたてて地面を凍りつかせて、氷塊へと変えるが、『霜巨人』たちは、攻撃を躱されたために体勢を崩す。
「もらった!」
『霜巨人』の脚をトントンと軽やかに登り、強く踏み込み飛翔すると、巨人の眼前に迫る。
『魂覚醒』
『雷鳴鳥Ⅰ』
『ヘキサゴンクラッシュ』
『融合しました』
『プラズマヘキサゴン』
槌の6連撃が単体雷魔法と融合し、プラズマの連撃が破壊の力を宿し、『霜巨人』の顔を横から頭上から、顔面にと炸裂した。
太陽のように耀くプラズマの連撃を受け、『霜巨人』は頭を文字通りに焼失させて、地面に倒れ伏す。
「グヌッ!」
仲間が倒されたことに憤怒の表情を浮かべ、棍棒を横薙ぎに振るってくる。
「とやっ」
倒れる巨人を踏み台にして、タンと軽やかな音を残し、美羽は迫る棍棒に自ら向かう。
突風を巻き起こし迫ってくる氷の棍棒の眼前でクルリと回転すると、棍棒を踏み台へと変えてその上を疾走する。
「2体目っ!」
『プラズマヘキサゴン』
棍棒を持つ腕に降り立つと、美羽はポヨポヨの槌を振るって破壊の連撃を打ち付けていく。
腕が焼失し、伝わる衝撃波で内部から燃え上がると2体目も崩れ落ちる。
「5ターンで倒してやるぜっ!」
雛のような愛らしい声音で叫ぶと、他の『霜巨人』たちも危なげなく倒していく。
そうして、5ターンかはわからないが、短時間で全ての『霜巨人』は美羽の前にひれ伏すのであった。
「おし! 全員倒したよ。アリさんの方はどう?」
グッと小さな拳を握り締めて、フンスと鼻を鳴らし、美羽は蛹へと向かったアリさんへと顔を向けて確認する。
戦闘中にチラリと見た時には、蛹をガスンガスンと槍で必死になって叩いていたけど破壊できたかな?
見ると……。
「チチッ!?」
振り下ろされている槍が、蛹から突き出されている手に掴まれていた。
全長10メートルのアリさんの持つ槍の大きさは電柱並みだ。対して蛹から突き出されている手は普通の人間の手でしかなかった。
だが、いくら押しても槍はビクともしないようで、アリさんの腕はぷるぷると震えている。
「ってえな、ガスガスと叩いてきやがって」
野太い男の不機嫌そうな声が蛹から聞こえてくる。
「お返しだ」
蛹から突き出された腕を軽く振ると、槍が浮き上がり、アリさんが天井へとピンポン玉のように吹き飛ばされて、轟音を響かせて叩きつけられてめり込む。
「アリさんっ!」
その光景に驚いてしまう。アリさんのレベルは97。しかも防御特化だぞ!
「ふん……。魔物如きで俺様を倒せるつもりだったのか?」
蛹がピシピシとヒビが入っていき、ガラガラと崩れ落ちる中から、男の声が響いてくるのであった。




