234話 原作どおりではないエーギルだぞっと
アンナルたちと聖奈たちの激闘が開始される。
「マナさえ回復すればこちらのものです!」
「だね! それそれ〜っ!」
闇夜が豹のように素早く敵の懐に入ると、刀を振るう。玉藻が扇を広げて無数の狐火を飛ばして、援護する。
「主要なメンバーは殺すっす!」
「させるかっ!」
アンナルも対抗してレイピアを繰り出し、鋭い突きを放つ。それを燃え盛る水晶剣を持つ勝利が迎え撃ち、剣戟が奏でられていく。
「ぽよ〜」
「ガハッ」
ポヨリンが身体からダイヤモンドでできた触手を伸ばして、敵を薙ぎ払う。
「皆さん、勝利さんたちの援護に徹してください!」
聖奈は周りに指示を出しながら、恐ろしい威力の拳撃を繰り出して敵を殴り倒す。
敵が地面をボールのように転がっていくので、援護とはなんぞやと頭をひねる光景である。相変わらず脳筋な銀髪美少女だ。
シンたちもセイちゃんとグーちゃんが戦いに加わり優勢だ。残りはエーギルがシンたちに向うか、こちらに攻撃をしてくるか、どう動くかと警戒する場面となった。
「『聖女』になっただと……ならば、その力が本物か試してやろうではないか。『死海のエーギル』がなっ!」
みーちゃんと戦うことを決心したのか、歯軋りをしてエーギルは余裕なさげに言いながら、己の周囲に禍々しい瘴気を撒き散らす。
「今日は日が悪いから、また今度、会おうではないか! その時に貴様の力を見させてもらおう。クカカカ」
そして、背中を見せて、空に浮いて猛然と逃げ出した。
………転移が封じられたので、自力で逃げることにした模様。あいつ、ボスとしてのプライドゼロだな。
「待て、エーギル! 逃がすわけには……くっ、フレッシュゴーレムが邪魔だ!」
フレッシュゴーレムと戦うシンが、なぜか自分を恐れて逃げ出したかのように、エーギルへと叫ぶ。
「敵のボスはシンさんを恐れて逃げ出しました! 今がチャンスです!」
「うおぉぉ!」
その言葉に合わせて、皆の戦意が上がり雄叫びをあげる。
おかしいね? みーちゃんを恐れて逃げ出したように見えるのは気のせいかな? みーちゃんはハブられているね。
流石に違和感があるけど、まぁ、良いや。エーギルを追いかけよう。
てててと走り出すみーちゃんの前に、敵が何人か立ちはだかるので、フゥと息を吐きカチリと意識を切り替える。
『退け、下郎』
強き思念を乗せて睨むと、モーゼが海を割ったかのように、身体を震わせて敵は跳ねるように横へとずれた。
かっこいいよね。ムフフと内心でニマニマと笑ってしまうみーちゃんだ。
新型プレス機の押しの強さを見せて、早くも洞窟奥に消えていくエーギルを追いかける。
『縮地法』
美羽の身体がその場からかき消えて、僅かに土煙が漂うだけとなるのであった。
坑道を影すら残さずに美羽は駆け抜けていくが、エーギルも同様に高速移動魔法を使用しているのか、なかなか追いつけない。
「待て待て〜、まってぇ〜」
「だ、誰が止まるかっ! 化け物め、この化け物めっ!」
鬼ごっこをしているかのように、可愛らしい声で呼び止めようとするが、エーギルが止まることはない。
リッチのくせに、恐怖で声を震わせながら怒鳴るエーギル。
……どういうことだ? このストーリー。なんか美羽とエーギルだけはまともだな……。まともというか、現実を見ている。
他の人たちはどことなく変なような……勝利も普通だったかな?
気になることがあると、考え込む悪い癖を出して、僅かに足が遅くなる。それを見て、必死な声でエーギルは『クロウリーの箱』を突きつけてきた。
「来たれ、眷属。我をあの化け物から守れぇっ!」
『不死の軍勢』
『クロウリーの箱』がいくつもの箱に分裂し、蒼き炎が吹き荒れる。
『魔骸』たちが、燃え上がる冷たき炎からゆっくりと現れてきた。漆黒の鎧には魔宝石が嵌められており、その身体は3メートル近く、強烈な瘴気を纏っている。
全ての『魔骸』たちは、死をもたらす禍々しい魔法のグレイブと、魔法耐性を備えている宝石がリング状に嵌められている魔法のタワーシールドを装備して、その動きも骨とは思えない滑らかなものだ。
『高位魔骸:レベル55、弱点打火聖』
「なるほどね、奥の手は残していたわけか。でも『高位魔骸』を出しても無駄だと思うぜ」
にやりと凶暴なる笑みを美羽は浮かべて、猛禽のように鋭き眼光を光らせる。
『高位魔骸』たちは、通路を塞ぐように素早くフォーメーションを組み、タワーシールドを地につけて迎え撃とうとしてきた。
「倒させて」
「ハァッ!」
前傾姿勢となり、攻撃に入ろうとするが、女性の声が響き、美羽の横を白光が通り過ぎ、一瞬で『高位魔骸』の一体を盾ごと貫く。
まるで炙られた発泡スチロールのようにドロリと溶けて、あっさりと消滅していった。
「ふふっ、お嬢様、ここは私に任せなさい」
美羽の後ろから来たのは、フリッグお姉さんだ。美の女神が助けに来てくれたようである。
キラキラと見たことがない瞳の輝きを見せ、妖艶なる笑みを浮かべながら、黄金の髪を大きく靡かせて、フリッグお姉さんが美羽の横を通り過ぎ、『高位魔骸』へと向かっていく。
その魔導鎧はピンク色で、背部ウィングバインダーを搭載しており、軽装甲ながら全身を覆うタイプだ。
手には魔導のサブマシンガンを持っており、魔法の輝きが宿っている。
「さぁ、私の挨拶を受けてくれるかしら?」
『念動槍弾』
フリッグお姉さんがサブマシンガンの引き金を引くと、タララと乾いた音がして黄金の弾丸が無数に放たれる。
黄金の弾丸は空中で溶けると、薄く細き槍へと姿を変えて、『高位魔骸』の盾を貫きその体を串刺しにしていく。
バラバラと歯抜けのように溶けていく『高位魔骸』たちは、態勢を立て直そうと咆哮をあげて、攻撃に転じてくる。
「ぐぉぉ!」
フリッグお姉さんとの間合いをたった数歩で『高位魔骸』たちは詰めてきて、手に持つグレイブを同時に突き刺してくる。
『瘴気槍衾』
回避不可能な程に埋め尽くすように突き刺してくる『高位魔骸』の魔槍。瘴気に満ちた槍衾はフリッグお姉さんをハリネズミのように突き刺そうとしてきた。
「ふふっ、無駄ね」
『予言』
余裕の笑みで美しき女神は、絶対回避のスキルを使用する。フリッグの身体へと向かう全てのグレイブは、世界の理を歪められて、その横を通り過ぎていき、命中することはない。
「あら、残念ね? は、ず、れ」
悪戯そうに艶めかしい笑みを見せ、サブマシンガンの銃口を、攻撃を躱されて、たたらを踏む『高位魔骸』へと向ける。
タララと銃声が響き、また何匹かの『高位魔骸』たちがその身体を貫かれて消滅していく。
不死の軍勢は仲間が倒されても、恐怖することもなく、動揺することもなく、機械のように反撃に移ってきた。
身体をひねり、大きく身体を回転させると、グレイブを横薙ぎに振るう。
身体の柔らかさを魅せるように、スウェーをして一寸の見切りでフリッグお姉さんは躱す。
その隙を逃さんと、続いて左右から合わせて袈裟斬りを繰り出す『高位魔骸』。
その息のあった連携と、高速の斬撃は空間を切断し、回避不可能な程に見事な攻撃であったが、フリッグお姉さんは余裕の笑みを崩さない。
『隠れる』
その身体がスキルの力により蜃気楼のようにボヤケて姿を消す。
姿が消えてしまい、攻撃が虚しく空を切ったことにより、『高位魔骸』はすぐさま周りを確認しようとするが、その顔にコツンと銃口が押し当てられる。
「こちらの番で良いのかしら?」
『旋回螺旋弾』
フリッグお姉さんは軽く引き金を引くと、身体をくるりと回転させる。放たれた無数の弾丸は周りの『高位魔骸』を巻き込む竜巻のように周囲を回転し、ミキサーにかけるように砕き打ち倒す。
そうして、あっという間に敵を半減させると、ニコリと微笑みを美羽にかけてくる。
「さぁ、ここは私に任せて先に行きなさい、お嬢様。ちなみに倒したこいつらのドロップは全て私に所有権はあるわよ」
さらなる『高位魔骸』たちの攻撃を軽やかに躱して、蹴りを繰り出し吹き飛ばし、戦闘を繰り広げながら、手を振るフリッグお姉さん。
もう絶対に横殴りはさせてくれなさそうだ。
「はいはい。それじゃあ、先に行きまーす!」
「また敵がカモを召喚したら教えるのよ!」
「はーい」
仕方ないなぁと、苦笑しながら素直に頷き、エーギルを追わんと坑道を走り出す。
「私の御手からは逃れられないんだから、諦めて〜!」
とりあえず、追いかけながら叫ぶ。可愛らしい声が坑道内を響くが、少し追いかけるのが遅かったようで、反応がない。
どう逃げても空間が歪み、逃げることはできないんだけどな。
諦めて戦いを選択しても良いのに、まったくボスらしくない骨だなと、テテテテと脚を素早く動かして坑道内を進む。
そうして、坑道からまたもや大きな洞窟へと辿り着いた。
「なんだここ?」
天井がやけに高い。百メートルはあるのか?
細長い鍾乳石で作られた柱が天井を支えるように聳え立ち、洞窟は広すぎて奥の方は見えない。寒々とした空気と不気味なる雰囲気がある洞窟であった。
ドームでもここまでは広くない。鉱山ダンジョンにしては広すぎる。もしかしてダンジョンボス部屋だろうか?
周囲を物珍しそうに観察しながら、歩き続ける。行き止まりだと良いんだけどな。
ヒンヤリとした黒曜石のような床をテコテコと進む。転んだら痛そうな地面だが、薄暗い洞窟にはピッタリな雰囲気だ。
キョロキョロとしながら歩いていると、奥から人の足音が聞こえてきた。
「可笑しかったでしょう?」
「む?」
メイスを構えて、奥から聞こえてきた女性の声音に反応し、警戒し目を細める。誰だ? エーギルの声じゃないな。
「苦笑を禁じ得ないでしょう? あそこまで無様な劇は見たことがありません」
美しきカナリアのような声音だが、その声音に含まれる強者の雰囲気にますます警戒する。
「誰なのか教えてほしいんだけど? 私は鷹野美羽です!」
「ふふふ、こんにちは鷹野美羽。初めましてですね」
暗闇からゆっくりと女性が姿を現す。その身体は漆黒のロングコートを羽織り、フードを被っており顔は見えない。
女性の隣には、よろよろと身体を揺らめかせて、エーギルが幽鬼のように力なく歩く。
「お姉さんのお名前は?」
「この姿なら知っているはずでしょう?」
可笑しそうに笑う女性に、頭を振って否定する。
「先入観で決めないことにしているんだ。そっくりさんかもしれないからね!」
見たことはある。原作でもアニメでもゲームでも同じ姿だったけど、確信はしない。
「まぁ、たしかにそのとおりですね。では、名乗りましょう。私は永劫を生きる『空間の魔女』です」
納得したかのように頷き、口元を僅かに緩ませて、面白そうに告げてくる。
「それで、ご感想はいかがでしたか? あの出来の悪い学芸会は?」
「監督さんはお姉さんかな? なら、感想を話すからじっくりと時間をくれない?」
『空間の魔女』へと、メイスを向けて鷹野美羽は笑う。
どうやら予想外の敵が現れたらしい。これは面白そうだね。




