232話 シンの活躍イベントだぞっと
広間に突如として現れた魔法陣から放たれる紫色の輝きがみーちゃんたちを照らす。
「こ、これは?」
「ち、力が抜けていくよ〜」
「マナが吸収されてるみたいよっ!」
なにか身体から抜けていっているのだろう。闇夜たちが膝をつき、苦悶の表情となる。
クラスメイトたちも、同様に耐えきれないかのように地面に倒れていく。
「くっ、これは……」
みーちゃんも周りを見て、マナが吸い取られていると感じ取り、ガクリと膝をついてしまう。
「や、闇属性の儀式魔法『魔力吸収陣』です! でも、これだけ強力な効果は見たことがあ、ありません」
闇夜がこの魔法陣の効果を教えてくれる。マナが急速に吸い取られているために、身体強化魔法も解除されてしまい、身体に力が入らない。
「クカカカ。また会ったな、鷹野美羽。貴様のマナは数分で空になる。以前のように神聖魔法を使えるかな?」
「『死海のエーギル』!」
洞窟の奥からカチャカチャと骨の鳴る音が聞こえてきて、ローブを羽織ったスケルトンが姿を現した。
頬骨に腐った筋肉組織がへばりついており、青白い炎が眼窩に宿っている。骨の手には神器である『クロウリーの箱』を持っていた。
死者を操り、死を振りまく不死の王『死海のエーギル』がそこにはいた。
「も、もしかして罠だった?」
みーちゃんも力を失い倒れそうになる中で、なんとか声を絞り出す。
「そのとおり。貴様らは誘導されていることにも気づかずご苦労なことだったな」
「だ、誰がこのようなことを」
刀を杖代わりにして震える体を叱咤し、闇夜がなんとか立ち上がろうとする。
「あー、ごめんっす。それは俺っちすね」
倒れ込んでいるクラスメイトの男子の一人が平気そうな顔で、スタスタとエーギルの隣に立つ。
平凡そうな顔の男子で名前は知らないが、ニヤリと笑うとその身体が真っ黒に代わり溶けていき、その中から男が姿を現した。
「アンナルだったのかよ……。て、てめぇ!」
勝利は相手の正体を知っているのだろう。膝をついて倒れそうな勝利が憎々しげに叫ぶ。
「め、瑪瑙家の新型魔導兵器を強奪したのも貴方たちでしたか」
這いつくばっているエリザベートがなにか変なことを口にする。新型魔導兵器? この魔法陣が?
「ふ、一瞬でスクラップにされたゴミのことを言うならそのとおりだ。小手調べに使うつもりだったが、まったく役に立たないゴミだったな」
「ご、ゴミでは………いくらかかっていると……」
なんだか、あそこに転がっているスクラップのことだったらしい。みーちゃんの記憶になかったけど、どうやら中ボスだったようだ。
瑪瑙家は魔導兵器を奪われていたのか。なるほどねぇ。
「クカカカ、そろそろマナも尽きたであろう」
「ま、まずい……」
みーちゃんも力が抜けて、地面に倒れてしまう。
残りマナはどれぐらいか、ステータスボードを確認する。
『MP2101』
恐ろしい速さでMPが減っていっているよ。
「フハハ! このチャンスを一日千秋の思いで待っていたわ!」
「くっ!」
『MP2101』
駄目だ、残りマナがほとんどない。
「念の為に用意してきたもう一つは必要なかったようだな」
「なんとか魔法を……」
グッと力を入れて、立ち上がろうとするみーちゃん。
『MP2106』
あ、寝転んだから休息扱いになって、グーちゃん召喚に使った分が少し回復した。
駄目だ、これ。まったく影響受けてないや。薄々思っていたけど、MPはマナポイントじゃなくて、マジックポイントだ。
悲報、みーちゃんはこの世界のマナすら使ってなかった模様。
でも、空気を読まないといけないだろう。みーちゃんは空気を読める良い子なのだ。
とりあえずイベントなのだろうと、クッと言って苦しんでいる表情を浮べれば良いだろう。名少女優賞のみーちゃんなら大丈夫。
「一撃でも……」
震えるおててで、エーギルへと魔法を放つ。なんか一矢を報いたいモブキャラを演じるのだ。
『天国光』
「ゲッハァ」
人差し指程度の細さの純白のレーザーがエーギルの身体を貫く。神聖魔法の『天国光』。アンデッドへの特効魔法である。
「グァァァ! か、身体が灼けるっ! なんという威力。おのれっ!」
地面にもんどりうって倒れると、悲鳴をあげるエーギル。
ごめんなさい。少しダメージが大きかったかな。
すぐに立ち上がり、警戒を露わに腰に下げていた袋から拳大の魔石を取り出す。
「ほとんどマナも残っていないはずなのに、これだけの威力の神聖魔法を使うとは……やはり侮れん! これも喰らえっ!」
『神聖無効領域展開』
宝石を割ると、闇の粒子がエーギルの周囲に展開されていく。どうやら神聖魔法を無効化にする技術のようだ。
というか、これはシンが使っていた技術だよね?
神聖魔法を封印する領域が展開されて、エーギルは満足げだ。
「瑪瑙家の研究所を襲撃した挙げ句に、悪用をするとは許しませんわっ!」
苦しみながらも、エリザベートはエーギルを非難する。
説明ありがとうございます、エリザベートさん。
あぁ、小説とかのイベントが目の前で展開すると………展開すると……不自然極まりないなぁ。
「クカカカ。なんとでも言うが良い。貴様らの苦悶と絶望の表情こそが甘美なる美酒である」
「クッ、まずい……」
地面はゴツゴツして硬くて寝にくいので、とりあえず体育座りにして、イベントを眺めることにする。
とりあえずフリッグお姉さんにも連絡だ。
「うぅ、ここで死ぬの?」
「マナさえあれば……」
「先生たちはどこに?」
「安心せよ。そなたたちは実験材料として丁重に扱ってくれるわ」
さらなる絶望を味わわせようと、エーギルは哄笑する。
そろそろ出番だよね、何もないならそろそろみーちゃんが主人公っぽい活躍を見せちゃうよ。
シンへと視線を向けると、魔導鎧が輝きを放っており、立ち上がろうとするところだった。
「やれやれ……こんなところで使うことになるとは思ってもいなかったけど、仕方ないな」
クールな顔つきになって、シンは静かな闘志を燃え上がらせて、エーギルへと不敵な笑みを浮かべる。
主人公、主人公が活躍するところだよと、みーちゃんはワクワクとその光景を眺める。
エーギルはシンへと哄笑を返して……返して……。
なぜかみーちゃんをジッと穴が開くように見てきていた。
ちょっと主人公のイベントなんだから、みーちゃんを見てこないでよ。ほら、あっちあっち。
追い払うように、シッシッと小さなオテテで手を振る。
「貴様……。なにか変ではないか? 様子が?」
ポテチも食べていないし、サイダーも飲んでないよ。普通だよ、普通のモブな美少女だから。こっちみんな。
「僕の力をここで見せるつもりはなかったんだけどね……。でも仕方ないか」
なにかセリフを口にしているよ。ほら、主人公に集中してよ。なんでエーギルはみーちゃんを認識しているんだよ。
顔を俯けて、苦しんでいるアピールで、でんぐり返しをしておく。コロリンと転がっておけば、苦しんでいるように見えるはず。
「き、貴様……まさか効いていないのか?」
震える指を向けてきて、エーギルが動揺した声をあげる。やばい、なんでバレたんだろ。
みーちゃんは動けないよと、ますます身体を縮こませてコロリンと転がっておく。
エーギルがさらに声をあげようと口を開き
「うぉぉぉ! これが僕の魔法だっ、エーギル!」
エーギルのおかしな態度をまったく無視して、シンは片手を掲げて、マナを凝縮させる。
シンのイベントだ。一巻ではこんなイベントなかったから、エーギルとの初めての戦闘イベントとの複合イベントっぽい。
でも、エーギルとのイベント戦なんかあったっけ? ゲームでは記憶がまったくないなぁ。
エーギルが疑わしい顔でみーちゃんを見つめて、他の皆はシンに注視している中で、シンが魔法を放つ。
『魔法破壊』
原作ではシンだけが使える唯一無二の『虚空』魔法が放たれて、地面で光っている魔法陣へと向かう。
「ハッ! ま、待て! こいつの様子が変だ。やめろぉ〜!」
シンが『魔法破壊』を放とうとするのに気づいて、エーギルが慌てて止めようとする。
「もう遅いっ!」
なんだかエーギルのセリフが変だが、気にせずにシンは魔法陣を破壊しようと力を込める。
魔法陣が『魔法破壊』により遂にガラスが割れるような音と共に破壊され、残滓のマナが空中を舞う。
「やった!」
魔法陣が破壊されたことにより、身体強化魔法を使えるようになった玉藻が立ち上がり、扇を構える。
「助かりました」
闇夜たちも次々と起き上がるが、僅かに身体が揺らいでいるので、吸収されたマナは元に戻っていないようだ。
「マナは戻っていません。皆さん、気をつけてください」
なんとか立ち上がった聖奈が皆へと忠告する。
「私達はまだまだマナが残っていますわ。新型魔導鎧は魔法耐性を一時的に高める『耐性強化領域システム』を搭載していますからっ!」
胸を張って、エリザベートが得意げにする。
ちょっと『犬の子犬』製の魔導鎧推しすぎないだろうか?
「あぁ、僕たちなら戦えるっ! 月、エリザベート!」
「任せてお兄ちゃん」
「了解ですわっ」
シンの掛け声に合わせて、月とエリザベートがそれぞれ武器を構えて、凛々しい笑みを返す。
3人とエーギルとの戦闘イベントだ。
「みんなっ! ここはシン君たちに任せよう。私たちはこっちに!」
ここから激闘が始まるのだろう。皆で壁際に移動して応援しよう。ポテチもサイダーもあるよ。
ワクワクして戦闘を眺める。ちょっと不謹慎だけど、原作イベントが目の前で展開されるのはワクワクしちゃうよね。
まずはエーギルが先手をとる。
「ク、クカカカ、また会おう! なにか嫌な予感がするのでな!」
ローブを翻して、哄笑し戦闘を開始……ではなく、早くも逃げようとするエーギル。こいつ骨のくせに危機感知能力が高すぎるぞ。
『瞬間移動』
『フリッグの御手』
「な、なにが? 我の魔法が打ち消されただとっ!」
瞬間移動の魔法は発動せずに、かき消える。
どうやらフリッグお姉さんは間に合ったようだ。良かった良かった。
逃がすわけないでしょ、エーギルさん。
「行くぞ、エーギルっ!」
刀を構えて、シンたちがエーギルへと攻撃を仕掛ける。
「ちいっ! だが神聖魔法が使えなければ、我の負けはないっ!」
エーギルも迎え撃つべく、骨の杖を翳す。
『フレッシュゴーレム召喚』
その杖からマナが放たれて魔法陣を描くと、オークのようにでっぷりとした体のアンデッドが現れる。皮膚は乱暴に縫い合わされており、継ぎ接ぎだらけの身体に、ネジやらホースやらが付いている。
その数は10体。フランケンシュタインとかいうやつに見える。
「魔導兵器と組み合わせた新たなる我の軍団。魔骸より耐久性もあり、怪力であるフレッシュゴーレムの力を見せてやろう」
どうやら新型を作ったらしい。
『フレッシュゴーレム:レベル50、物理耐性、弱点雷』
かなりの強さだ。これが召喚獣とはなかなかやるね。
『エェェェッ! 魔骸を召喚しないわけ! 大変よ、お嬢様、バグよっ! ちょっと叩いて直してよ』
どこからか、訳のわからない悲鳴が聞こえてくるが、とりあえずエーギルは古いテレビじゃないと思うよ。




