227話 オリエンテーリング開始だぞっと
「ヤッホー」
灰色髪がそよそよと吹く春風を受けて、サラリと靡く。サファイアのように蒼い瞳を輝かせて、鷹野美羽こと、世界一可愛らしいみーちゃんは声を張り上げた。
目の前に広がるのは、緑溢れる森林だ。春となり新緑が森林の色を変えて、深呼吸をすると体に美味しい空気が染み渡る。
遠くには山脈が連なり、空は雲一つない晴天で、まさしく遠足日和と言えよう。
「やっほー」
周りのお友達も同様に声をあげて、キャッキャッと楽しげに笑う。楽しそうな笑みを浮かべるお友達を見て、みーちゃんもなんだか楽しくなって、ウキウキと花咲くような笑みになる。
キャンプとかは、前世の時から大好きだった。とはいえ、キャンプは子供時代しかしたことないけどね。前世の友人たちはアウトドア派じゃなかったし。ソロキャンプをするほど積極性もなかった。
だからこそ、こういったイベントは楽しみだよ。海に山、花火に縁日と非日常を感じさせるものは大好きなのだ。
森林前の空き地にて、皆は魔導鎧を着込み、リュックサックを背負っている。
「ほらほらぁ〜。皆はぁ、ちゃーんと準備をしてきたのかなぁ?」
ニャンニャンと猫娘が注意を促してきて、はしゃいでいたみーちゃんたちは顔を向ける。
猫娘こと、琥珀鈴生徒会長が、他数人の先輩たちと共に、みーちゃんたちを見てくる。
「はぁい。全員オーケーです。お菓子もたくさん持ってきました!」
みーちゃんは班長さんなので、ピシリと手をあげてきりりと凛々しい表情で答える。たぶん凛々しい。癒やされますとか、闇夜が呟いているけど。
「よろしい〜。今日から2泊3日のキャンプを行いまーす。先生からはもう説明されたけど、みぃちゃん復唱せよ〜」
のんびりとした口調で鈴が指差してくるので、コクリと頷き先生から説明された内容を復唱する。
「2泊3日を森林内でサバイバルします! そして強い魔物を倒して、質の良い魔石を手にいれたチームは良い得点をとれるんだよね。これぐらい品質の良い魔石なら高得点間違いなし!」
ポッケからレベル40の魔石を取り出して、かざして見せる。日差しを受けてキラリと輝く魔石はマナをたっぷりと含んでおり、これ一つで億はする。
「よろしい〜。で、なんで提出用の魔石をもう持ってるの〜?」
「釣りとかでもボウズにならないように用意しておくよね」
コテリと小首を傾げる鈴に、ニパッと無邪気な笑顔で返す。
「おぉ〜、その心は?」
「皆でゆっくりとキャンプを楽しめるんだよ。バンザーイ」
強い魔物を探さなくても良いから、提出用の魔石を用意しておくのは常識だよね。予習はちゃんとしておく良い子なみーちゃんです。
両手をあげて、バンザーイ。
「わぁ、まったく罪悪感がないんだねぇ、みぃちゃん」
鈴がにこやかな笑みで言ってくるけど、罪悪感ってなぁに? 予習だよ、予習。
「先生はいつも予習復讐は忘れないようにねって、言ってるから問題ないよ」
「うん、女帝と再び呼ばれ始めたらしいけど納得〜。後、物騒なイントネーションだったような?」
幼稚園時代のあだ名が中学生になって、復活してきているけど意味がわからないね。
なんでだろうね?
「最近のみー様は、頭が良いところを見せてますものね」
うふふと闇夜が頬に手を添えて、嬉しそうに話に加わる。
「うんうん、ファンクラブもできたよ〜。『みーちゃんのお料理を食べる会』。玉藻もファンクラブに入ったよ」
「コンコンッ」
玉藻の頭の上に乗っているコンちゃんも、ファンクラブに入ったんだよと、パタパタと尻尾を振る。会員2番だよと、金属製のカードを見せてきた。
やけに本格的な会員カードだ。とすると、1番は闇夜かな?
「会長は私だよぉ〜。エンちゃん、お腹空いた〜」
違った。ナンちゃんだった。
べたりと背中に張り付いてきて、クゥとお腹の音を小さく鳴らす。なるほど、納得。
でも、普通のファンクラブではないのね。
「エンちゃんが配ったドーナツを食べた人たちは、みーんな虜になったもんね!」
「……あれは衝撃的。昼寝を止めて食べる価値があった」
ホクちゃんがアハハと笑い、セイちゃんが眠そうな目で頷く。
これからよろしくねと、手作りドーナツを皆に配っておいたのが効いたらしい。
ほっぺが落ちるほどの美味しさとフレーバーテキストには書いてあったけど、『料理Ⅲ』レベルのドーナツだったから、そこまで夢中にはならないと思うよ。
「というわけで、ゆっくりとキャンプをしたいと思います! 今日のご飯はバターチキンカレーを作る予定です!」
「うん、このオリエンテーリングの意義を打ち消す発言ありがとう〜。でも、魔物との戦闘はみぃちゃんたちはたくさんしているから、後は野営訓練だけだよねぇ。まぁ、いっか」
「エェッ、生徒会長。よろしいのですか?」
鈴があっさりと許すので、他の先輩の一人が驚きの声をあげる。
「予備としてもう一個忘れないように、先生に渡しておいたよ! 予備だから、後で提出した時に捨ててくださいって。予習したのは偉いねって褒めてくれました!」
「もう提出まで終わっていた! あくら……ゲフンゲフン。わぁ、さすがは鷹野家ですね。わかりました。先生がそう言うなら良いかと」
先生の許可も得ていると知って、顔を引きつらせて、先輩は黙りこくる。
「ニッシッシ、女帝だからね〜」
玉藻が可笑しそうに笑うとおり、新型プレス機のみーちゃんです。この2年間で少しだけ狡猾に動くようにしたんだよね。
その成果はちょっぴり出ているようだ。良かった良かった。
「それじゃあ、ここらへんでキャンプをしておしまい?」
「ううん、危険な所で野営をする訓練は必要だから奥に行くよ! 魔物は出会ったら倒す感じで行きたいと思います!」
「おぉ、真面目にオリエンテーリングはするつもりなんだねぇ。了解っ。それじゃあ、みぃちゃんがリーダーシップをとって、レッツゴー」
「うん、レッツゴー!」
片手をあげて、ビョンと小さくジャンプをして、みーちゃんは掛け声をあげちゃうのだった。
ぞろぞろと森林内に皆が入り込む。鬱蒼たる草木、見上げるほどの巨木が立ち並び、木漏れ日が枝葉を通して幻想的に地上に降り注ぐ。
今回のオリエンテーリングはテンプレだ。
班を組んで山中に入り、魔物を倒しつつ野営をする。先輩たちが護衛に付き添い、野営訓練をするのだ。
中学一年生がする訓練ではないと思うが、剣と魔法と魔導学院モノである『魔導の夜』の世界では普通の訓練なんだ。
他の異世界小説でもよくあるシチュエーションだ。だいたいやられ役のモブが何故か強い魔物に遭遇しピンチとなる。
そこで、主人公が助けるまでがお決まりと言えよう。
みーちゃんの班は、闇夜、玉藻、ホクちゃん、セイちゃん、ナンちゃんの6人。護衛に琥珀鈴と数人の先輩たち。
とはいえ、これでは暗殺してくれと言っているようなものだから、実際は教員が雇った冒険者と共に森林内で様子を見ている。
貴族たちが傷ついたら大変だからね。というか、よくよく考えてみると、小説とかでよくあるテンプレのこの訓練って、教員はクビを懸けているよね。
だって普通に考えて、数人の教員が護衛についていても、フォローなんかしきれないだろうから、魔物に襲われて怪我をする貴族は必ず出てくる。責任問題となり、物理的に首が刎ねられてもおかしくない。
実は主人公に嫌がらせをする悪役の教員も立派に命を懸けていたんだなぁと、ウンウンと感心しながら歩き続ける。
「みー様、大丈夫ですか?」
地面には木の根っこが突き出したり、草が絡まり歩き難い。
未だに『戦う』を選択しないと、身体能力は上がらないみーちゃんなので、闇夜が心配げな顔で聞いてくる。
「うん。大丈夫だけど、皆早いね」
「マナが消費しないレベルでの身体強化ができるように訓練しているからね〜。テテテって走れるように頑張っているんだよ」
玉藻が軽やかに木々の合間を歩いていく。みーちゃんから見たら飛ぶような速さだ。羨ましい。
「不思議だね〜。なんで、みぃちゃんは戦闘以外では魔導鎧を稼働させることができないんだろうねぇ」
「う〜ん、もう癖になっちゃったのかも。戦闘でしか本気にならないぞ〜って。イップスとかいうやつだと思う」
少し後ろをついてくる鈴が不思議そうに言ってくるので、適当に誤魔化しておく。
「イップスって、苦手なことがトラウマにまでなっちゃうんじゃなかったっけ?」
「そうだっけ?」
「みぃちゃんって、そのばしのぎにしか見えないのに、素直に受け取ると痛い目にあうよね〜」
「それは風評被害だと思うよ」
適当すぎたかもと、テヘヘと舌を小さく出して笑う。
のんびりとした顔で、鈴はもういいやと口をにゃんこにして、追及を止めると歩き続ける。
ニャンニャンと口ずさみ、ぴょこぴょこと歩く姿は可愛らしい。猫娘って癒やされるよね。
原作の鈴を知っているけど、髪もショートにして苛烈にして暴虐なる軍人のような少女だった。
力を是として生徒会を仕切り、恐怖で学院を支配していたのだが、今の鈴を見るに、もはやその展開はないな。
いち早く鷹野家の目論見を理解して、『ウルハラ』の技術力に目をつけて、資本提携や共同研究をしようと取引を持ち込んできたのが、琥珀候爵家の『猫の子猫』商会だ。
なので、原作における家門は没落寸前、商会は倒産間近であったために、再興しようと厳しい性格を装う少女はここにはいない。
のんびりポワポワな鈴な方が良い。
お友だちになれて、原作破壊ができて本当に良かった。
「さて、奥に行くと言ってもどこを目指しますか?」
バングル型端末をピコピコと動かして、マップを見ながら闇夜が尋ねてくる。
「せーちゃんたちの班はどこらへんを目指しているの?」
聖奈、ニニー、シン、月、エリザベート、勝利が班を組んでいる。正直、意外な組み合わせだ。聖奈はかなりシンを嫌っているようだし。
「そうですね……。かなり高速で動いていますよ。甲府を目指しているようです」
「鉱山ダンジョンでも目指しているのかな〜?」
「他の班は?」
「ほとんどの班が同じように移動していますね。ゴールドゴーレムが甲府の山奥には徘徊していますが、魔石の質は良いのに弱い敵なので狙い目なんです」
「どうもそんな話が流れているようだよ。鉱山ダンジョンでゴーレム。倒そうって」
「そっか。そんな話が流れているんだね。それじゃあ、私たちも鉱山ダンジョンを目指そうかっ!」
それならば追いかける必要があるだろう。そんな話が流れているのは不穏な感じだ。
テンプレなイベントがあるなら、参加しないといけないと思う。
空気なみーちゃんだから、参加してもおかしくないよね。仲間はずれにしたらギャン泣きする所存です。
大丈夫。どうせみーちゃんはスルーされるんでしょ。参加しても気づかれないかも。
「それじゃあ、もう疲れたから、召喚しまーす」
追いかけるつもりなら、のんびりと歩くのは止めだ。もう疲れたし。
なので手を翳すと、フンスと鼻息荒く、可愛らしい声をあげる。
「きて、グーちゃん!」
魔法の力が発動し、魔法陣が描かれると、稲光を放ちグリフォンが姿を現すのであった。




