225話 オリエンテーリングの準備をするんだぞっと
『マイルーム』のリビングルームにて、みーちゃんはソファに座り、明日のオリエンテーリングの準備をしていた。
テーブルの上にリュックサックを広げて、うんせうんせと荷物を入れている。
オリエンテーリングは2泊3日なので、荷物は厳選しないといけないと、可愛らしい顔は真剣だった。
「やっぱり『料理Ⅳ』で作ったお菓子は持っていかない方が良いのかなぁ」
だが、お手製の麩菓子を手にして、リュックサックに入れておこうか、ウーンと迷っちゃう。
この麩菓子は斬属性の攻撃に対して5%ダメージを減少してくれる優れ物なんだけどなぁ。それにとっても美味しい。
「中毒性が強いから止めておいたほうが無難ね、お嬢様」
対面のソファに寝そべり、雑誌を読みふけっているフリッグお姉さんが忠告してくれる。
「中毒性は無いよ! 普通のお菓子だよ! フレーバーテキストには、食べたら天国の雲の上にいる感じになると書いてあったけど、比喩表現だから!」
「周りを気にせずに、夢中になって食べる食べ物は怪しいと思うわよ? それに名前の通りの効果が出るんじゃない?」
「むぐ……たしかに……。止めておいたほうが良いかな。私たちは普通のサクサクした甘いお菓子としか感じないけど………」
抗議の声をあげるが、フリッグお姉さんの言うことも一理あると目を逸らす。
ゲームキャラでないと、『料理Ⅳ』の食べ物は衝撃的な美味しさを感じるみたい。
オリエンテーリングで、皆が目を虚ろにして、麩菓子〜麩菓子〜とゾンビのように群がってこられても困るしね。
「オリエンテーリングが恐怖のイベントに変わっちゃうもんな〜」
「あ、あぁ、なるほど。みーたんがなぜ麩菓子を出してたのかわかりました」
「そこは笑うところだと思うよ」
「ふふふふで麩が4つです」
紅茶を持ってきたフレイヤが、テーブルに置いてくれるので、むぅと口を尖らせちゃう。渾身のジョークだったんだけど。
フレイヤの方が返しが上手いかも。ぬぬぅ、やるね、フレイヤ。
「貴女たちって仲いいわねぇ。どちらも面白くないけど」
「フレイヤとはなんか気が合うんだよね。それと面白いから。抱腹絶倒だよ」
流れるような漫才を見て、フリッグお姉さんが呆れた表情になるので、ひょいと肩をすくめておく。面白いもん。
テーブルの上に麩菓子をポイと投げて、リュックサックに入れて持っていくのは諦める。
「それじゃあ、『料理Ⅰ』にしておこうかな」
それならば大丈夫だろう。飴ちゃんでも持っていくとしよう。美味しいのが良いよね。
アイテムボックスをテテテと叩いて一覧表示をさせると、どれにしようかなと指を彷徨わせる。
これは重要だよと考えていると、端末を操作しているお爺ちゃんが睨んできた。
「馬鹿な会話は充分だ。そろそろ本題に入らぬのか?」
「はぁい。明日は早いし本題に入るよ」
おふざけはおしまいと、座り直して脚を組む。
ボスっぽさを見せようとするが、残念ながらちびっこみーちゃんなので、可愛らしい。
みーちゃんの雰囲気は一応変わったので、『マイルーム』にいるいつもの神様メンバーは、視線を向けてくる。
皆の視線が集まったので、コクリと頷き会議を始めることにした。
「それじゃあ、今回の議題の内容である、この間の試合を映すね」
撮影はもちろんしていたので、ポチポチと携帯型バングルを操作して、ホログラムをテーブルに映し出す。
シンと勝利の試合の様子が映し出されて、皆は興味を持って眺める。ニムエに撮影しておくように命じておいたのだ。
なかなかの戦いで、二人とも結構強い。特にシンの剣の腕前はかなりのものであり、ゲームでいうと熟練度Ⅲはありそうだ。
そうして麩菓子をモキュモキュと食べながら眺めていると、気になるシーンになる。
『炎無効領域展開』
シンの装備する魔導鎧から白金の粒子が発生し、リングを覆うと勝利の使うクリスタルビットが、ただの空に浮くオブジェクトに変わったところで停止させる。
「見てよ、これ。炎を無効化させるフィールドを使ったんだ。ちょっと信じられないんだけど?」
「ほぅ……なかなか考えたようだな。面白い効果を持つ魔導鎧だ。試作品か?」
白髭を扱きながら、お爺ちゃんが面白そうな口ぶりで口角を釣り上げるが、みーちゃんとしては面白くない。
「これ、かなり危険なアイテムじゃない? ゲームでは『大魔道士』の使う『精霊力支配』と同じじゃん」
ペチペチとテーブルを叩いて、焦った顔になりお爺ちゃんを睨む。こういうチートアイテムがポコポコ使われると困るんだけど?
『精霊力支配』は、そのフィールドで使われる属性魔法を一つだけ封印する『大魔道士』のネタ技だ。
なんでネタ技なのかというとだ。
「たしかに同じ効果のように見えよう。なら、保って2ターンであろう?」
短いターンしか保たないのである。『大魔道士』がこんな魔法を使っても、絶対に複数の属性を敵は使ってくるから意味がないのだ。
「でも、この世界の人たちは単属性しか使えない魔法使いが多いから、結構世界が変わると思うんだ」
ぶるぶると身体を震わせちゃうみーちゃんだ。無効化能力は上書き禁止だとはいえ、かなり強力な能力を持っている。
36家門はそれぞれ得意とする属性魔法を持つ。それらが無効化されたらどうなるか?
高位貴族の優位が一気に失われてしまう可能性があるのだ。その影響は計り知れない。
「お嬢様って、敵との戦闘に恐怖するんじゃなくて、斜め上の考えをまず考えるわよね」
「敵との戦闘ではたいした影響はないでしょ。それよりもこんな魔導鎧が開発された影響を考えなくちゃ。『ウォータン』が売れなくなっちゃうよ」
フリッグお姉さんがジト目で見てくるが、テーブルをさらにペチンと叩く。その様子は可愛らしいが、セリフの内容はかなりまずいものだ。
敵の属性を封じる魔導鎧は、爆発的に売れるに違いない。魔導鎧の出力よりも、属性無効化の方が皆は欲しがるだろう。
「たしかに粟国家の炎を完全に無効化できたとなれば、『ウォータン』は見向きもされなくなる可能性があるな」
デモンストレーションとして、試合で使いやがったなシンめ。
「でしょ? シンめ、人の商売の邪魔をしないでほしいよ」
「か、株価が微妙に下がり始めてますし」
「鬼、悪魔、邪神! 酷いよ、地道に数十倍まで値上がりさせてたのに!」
うわーんとテーブルに突っ伏して泣いちゃうよ。なんかフレイヤが子犬さんの株価は2年で暴落してましたけどとか呟いているけど、気のせいだろう。
「おのれっ、もう影響が出始めている! 仕手株にしようとする奴は病死してもらうから!」
マネーゲーム禁止! 頑張っている人たちの邪魔をしないでほしい。
「物騒なことだな。しかし……もう欠点はわかったぞ」
「ほんと! 素敵! さすがは魔法の神様! で、欠点とは?」
ガバリと顔をあげて、アイスブルーの瞳をキラキラと輝かせちゃう。
「まずこの魔導鎧はいくらかかる? 単体なら防げるアイテムをお嬢も作れるであろう」
「うん、現実では効果が変わるかと考えて、ためしに作ってみたけどネタアイテムなのは変わらなかったよ」
アイテムボックスから、バラバラと宝石を取り出して見せる。ルビー、サファイア、トパーズにエメラルド、他にも様々な宝石だ。
「アイテムとして『使う』。そうすると一回だけ属性魔法を無効化できるバリアを張れるんだけど、たった一回防ぐのに一ターンをアイテムを使うのに消費したくないよね」
みーちゃんは『魂覚醒』があるから、それでも行動はとれるけど、一回のために行動を一回消費したくない。
前世では、なんでこんなアイテムがあるのか、攻略サイトでは極めて疑問とされていた。
敵が大技を使う前に使うらしいけどさ。
「『錬金術師Ⅳ』でようやく作れるんだから……レベル60は必要? とすると……ハウマッチ?」
「百億はかたいわね。実用にはならないアイテムなのかしら」
寝そべっていたフリッグお姉さんがムクリと起き上がると、楊枝をどこからか取り出す。なんで小皿を用意するの?
たこ焼きじゃないからと、ガードをするみーちゃんと、シュシュと素早く楊枝を宝石に刺してくるフリッグお姉さんの攻防が始まる。
「でも粒子にもしてたよ? 多少高くても買うんじゃないかな?」
「恐らくは『霜巨人』の製作時の技術を応用しているのだろう。『火炎無効』の魔物の魔石を使っていると推測できる」
「高価なだけではなく、希少でもあるわけね」
ふむふむ……ということは、そんじょそこらの貴族では買いたくても買えまい。セコいなシン。詐欺まがいのデモンストレーションをしたわけ?
「小型化に成功したのだろうが……。実物を手に入れないと、何ともわからぬ。まぁ、この展開された無効化の領域は消せるしな」
「どうやって?」
「ここを見よ。粟国勝利のクリスタルビットの周囲の粒子は急速に消滅している。炎を吸収する力が弱いのだ。恐らくは粟国勝利が炎の魔法をあと数回使えば、粒子はあっさりと消えただろうよ。脆すぎる粒子だ。他にも簡単に消せる方法がありそうだな」
映像に映るクリスタルビットを指差すお爺ちゃん。たしかにクリスタルビットの周りは粒子が減っている。常時炎を展開させる魔法だからだ。
「はぁ……ハッタリばかりだったんですね。あ、でもクリスタルビットが炎を発していなければ気づけなかったですよね」
フレイヤの言う通りだが、無効化されたと考えてしまったら、もう粒子が消えるまでその魔法を使うまい。
ハッタリとしては充分だ。それに数回魔法を吸収する能力はあるわけだし。
「なら、高価で希少。そしてその弱点も噂をされれば、影響は少なくなるかもね」
「それでもこの技術を進歩させることができればと考えて投資をする輩はいるだろうがな」
お爺ちゃんの言うとおりだ。これはきっと希望のある技術だからな。即ち投資する価値があるということだ。
瑪瑙家を潰せるかと思ってたけど……そこまで馬鹿ではなかったか。
「進歩の可能性がある技術なのかを調べることが必要だね。オリエンテーリングで手に入るかも」
「シンを襲うのかしら?」
「失礼な。きっとオリエンテーリングにつきものの、こんな場所に現れるわけがない魔物が出てくると思うんだ」
テンプレ展開。オリエンテーリングで現れる魔物。魔物は生徒たちに襲いかかり、皆が恐怖で逃げ惑う。
そこで助けに入るのが主人公だ。うん、茶番にしても面白そうだね。
「明日のオリエンテーリング、とっても楽しみだね。シンの能力も含めて」
肘をついて、みーちゃんはニヤリと微笑む。ふふふと悪戯そうにする可愛らしい美少女だ。
「あぁ、レベルが違ったというやつだな。それならば原作で善人であった心情も理由はわかる」
つまらなそうにお爺ちゃんはフンと鼻を鳴らすと端末に顔を向ける。もう興味を無くしたらしい。
たしかに相談するまでもないかもな。オリエンテーリングに出てくるシンの性格はどうなんだろうか。少しみーちゃんは興味があるよ。




