224話 聖奈の恋人が勝ったんだぞっと
粟国勝利と神無シンの試合が終わり、おぉとアイスブルーの瞳をキラキラと輝かせて、みーちゃんはぱちぱちと拍手をした。
「凄かったね! 見応え抜群だったよ。今度はキャラメル味を作ってこようかな」
塩味だけのポップコーンじゃ、飽きちゃうよねとみーちゃんは試合に勝った聖奈の恋人を褒め称える。
「ふふっ、みー様は夢中になりすぎてポップコーンを投げ捨てちゃいましたものね」
口元に手を添えて、闇夜がクスクスと笑うので、無邪気なみーちゃんはコクコクと興奮気味に頷き返す。
「うん! 手に持って応援してたらどっか飛んじゃった!」
頑張れ、勝利とポップコーンを手に持って、手をぶんぶんと振ってたら、勢い余って飛ばしちゃった。もったいないことをしたよ。しょんぼりみーちゃんです。
「随分遠くまで飛んでしまいましたものね。さすがはみー様です。なんとか視認できましたが、危うく見逃すところでした」
「観覧していたら、よくあることだよね!」
「そうですね。ポップコーンが一粒飛んでしまうなんて、観覧していたらよくあることです」
意味ありげに微笑む闇夜。周囲を確認するが、誰もそのことには気づいていない。聖奈も気づいていないようだし、気づけた闇夜が凄いということだろう。
そうなんだ。夢中になってしまって、腕を降るときに、『石火』を使っちゃったかもしれない。
うんうん、不幸な事故だったよ。でもこめかみにポップコーンが命中したぐらいで、体勢を崩すなんて恥ずかしいことは言えないよね。
誰も声高に抗議をしてこないので、この件はよくあることで解決。そうに決まった。
やることが悪人? そんなことはないよ。みーちゃんは常に良い子だよ。良いことしかしないもんね。ポップコーンは落としちゃったんだ。
「それにしても、粟国勝利君は強いね!」
「たしかにそのとおりです。いくら隙を見せたとはいえ、あれだけの武技を連撃で繰り出せるのは彼だからでしょう。普通の魔法使いなら、一撃を入れることができれば良い方ですから」
勝利を褒める闇夜だが、みーちゃんも同意見だよ。たったあれだけの隙で勝利できるとは、大した男である。
なんで原作で出番がなかったのだろうか?きっとみーちゃんが読んでいない巻で、聖奈の過去を語る中で出てくるキャラだったに違いない。
私には昔とても仲の良い男の子がいたんですと、沈痛な表情でシンに語るのだ。好きだった男の子がいたんですが、亡くなったんです……と。
聖奈というキャラを深掘りする感動的なイベントである。
まだ生きているけどね。シンに勝てたということは、死なないルートに入ったかな。
「せーちゃん、恋人が勝利して良かったね! 勝利が勝利……ぷぷぷ」
なんてナイスな名前だろうと、クスクスと笑っちゃう。これ絶対に弄られる名前だから、仕方ないと思うんだ。
「はい! まさか勝利さんが勝てるとは思っていませんでした。でも、勝て〜、勝て〜、とお祈りをしていたんです。それと、次は塩味とキャラメル味のハーフアンドハーフにしませんか?」
両手を胸の前で重ね合わせて、満面の笑みで喜ぶ聖奈。
よほど嬉しかったのだろう。その頬は真っ赤でふんすふんすと興奮していた。
まぁ、シンは主人公だからね。敗北イベントは滅多にない。ゲームでも圧倒的な力を見せる相手に負けて、見逃されるテンプレイベントはあったけど、こういう試合に負けるイベントはない。
ちなみに敗北イベントでも、勝つのが前世のみーちゃんだけど、なぜかプレイヤーが勝ったあとに、負けたイベントに変わったけどね。クッ、強い! とか膝をついてシンが負けるんだ。
空気なプレイヤーは、運命を変えることはできないのである。
「ニッシッシ。これで神無シン君と聖奈ちゃんはお友だちになったんだね〜」
「はい。これでいつでも遊びにいける間柄になりました。とっても嬉しいので、いつ訪問するか勝利さんと話し合いたいと思います」
玉藻が笑うと、聖奈はワクワクしちゃいますと、頬を赤く染めて嬉しそうだ。
良かった良かった。仲良しグループが増えたね。
きっと神無家に訪問して、見られたらまずい書類を見つけたり、怪しげな相手と話し合っているところに乱入できるようになるだろう。
そのため、神無公爵はこれからの行動にかなり神経を使わないといけない。
狡猾な神無公爵は、それでも秘密裏に動くだろうが、浅いとはいえ楔を埋め込んだことになる。
やったね、聖奈ちゃん。我が事のように嬉しいよ。
みーちゃんの持つポップコーンのカップにナンちゃんが手を突っ込んでくるので、全部あげるよと手渡して、試合会場に目を向ける。
シンはゆっくりと立ち上がり、一瞬鬼のような形相になるが、すぐににこやかな笑みに変わると、勝利へと手を伸ばす。
「やられたよ。まさかあんな方法があるなんてね。僕の負けだ。素直に認めるよ」
「ふふん、そうだろう! だけど、シンもまぁまぁ強かったぜ。僕には劣るけど、まぁまぁ強かった」
シンと握手をしながら、上から目線で胸を張って調子に乗っている勝利。
表情に出るなんて珍しい。シンはあんな顔をしないはずなんだけどね。余裕がなくなっているのだろう。
「アハハハハ、見てください、みーちゃん。シンさんのあの顔を見ましたか? こーんな顔をしてましたよ。こーんな顔。あんな顔を見たのは初めてです!」
笑い転げるメインヒロインが隣にいた。聖奈の未来の恋人じゃないの? 仲が悪すぎるな。
コンコンな顔でねと、玉藻が戯けて自分の頬をむにゅんと両手で押さえるのを横目に、みーちゃんも薄く笑う。
神無公爵への嫌がらせは順調らしい。ここで無理をして下手な行動をとってくれれば話は簡単になるんだけどなぁ。神無公爵はこういう時だからこそ、おとなしくなるタイプだ。やらないだろうよ。
でも、神無シンはどうかな? 推測だけど、分身にて英雄的な行動をこなしていたシンはプライドが折られた場合……楽しいことになりそうだ。
「せーちゃん、恋人にちゅ~をしにいかないの? 決闘で勝ったんだしね!」
「そうですね。みーちゃんの言うとおりです。ふふっ、勝利さんにちゅ~をしにいってきますね」
ハイテンションなのだろう。冗談に頷くと観覧席から立ち上がり、壁を乗り越えて降りると、聖奈はてててと勝利へと駆け寄っていく。
うんうん、ラブラブなイベントだねと、ワクワクしてその光景を見つめる。
現実で恋人同士が抱き合って、ちゅ~をするなんて見たことないからね。
「勝利さん!」
「せいにゃしゃん!」
さすがのメインヒロイン。皆が見惚れる輝くような笑みで勝利へと抱きつこうと飛びつく。
さすがのモブな勝利は、ここでセリフを噛んでワタワタと両手を広げて聖奈を受け止めようとする。
「ゲハァッ」
そして、ロケットみたいに飛び込んだ聖奈の頭突きを受けて吹き飛んだ。勢いも威力もありすぎた模様。なんかの格ゲーで見たことがあるような頭突きである。
「きゃあっ! だ、大丈夫ですか勝利さんっ! 勢いあまりました。ごめんなさい」
「いえ、だ、大丈夫です。聖奈さんの額はすべすべですね」
慌てて謝る聖奈だが、ふらつきながら立ち上がり、額と額が重なり合ったと、うへへと下衆な笑みを浮かべるめげない勝利。あいつ凄いなぁ。あれでも嬉しいらしい。
しょうがない人ですねと、クスリと笑うと聖奈は回復魔法を使っていた。魔法障壁を消していたらしい。
シンはニコニコと笑みを浮かべて、何を考えているかわからない表情で去っていく。取り巻きの女子たちが取り囲み、慰めの言葉をかけると、今度は頑張るよと、悔しいだろうに笑みを崩さない。
よくできた男だよ。ここで悔しがれば底の浅さがわかるんだけど、そんなところは見えない。
でも、きっとやり返すことを考えると思うんだ。人生順風満帆、皇帝まで昇りつめたはずの英雄たる主人公が、ここで石ころに躓いた。
さて、面白そうなイベントになると良いな。
イベントとっても大好きです。
「今日の授業はこれで終わりだね!」
「そうですね。帰宅して遊びましょう」
闇夜たちが頷き、席を立つ。そうなのだ、この小説の世界は決闘があったりすると、授業が潰れるんだ。
入学してから、早くも一日が潰れました。やったね、これで終わり、おーわり。
皆で和気藹々とお喋りをしながら、帰宅をするみーちゃんでした。
それと気になることがあった。試合前にシンを解析してみたんだ。
『神無シン:レベル42、弱点、万能』
はてさて? シンはなぜレベルが下がっていたんだろうね。分身か……。いや、分身ならば、そういった記述が解析結果に記載されるはず。
しかし、シンは本物であった。それなのに前回に解析した時よりもレベルが半分になっていた。おかしいね?
それに……なぜ万能が弱点になっているんだろう。
原作のシンとは違う。そして、この解析結果はみーちゃんに、さらなる情報を齎してくれた。
魔導鎧が問題なのだろうか? 万能属性が弱点の魔導鎧なら話はわかるが、ゲームでも万能属性が弱点の魔導鎧など見たことがない。
シンの魔導鎧は万能属性が弱点ではないだろう。恐らくはシン自身の弱点なのだ。
しかして分身ではない。
レベルも半分。
ふふふ、面白そうな魔法を持っているようだね。たぶん、勝利を舐めプしていたに違いない。
勝利には、後でお礼をしないといけないかな。この試合はとっても面白かった。
オーディーンのお爺ちゃんも、この話を聞けばきっと面白がるだろう。
そして……メインストーリーも始まったようだしね。
『メインストーリー:波乱のオリエンテーリング』
『弦神聖奈は粟国勝利が神無シンとの激闘を制して、決闘に勝ったことを喜ぶ。しかし、粟国勝利が勝ったことは、新たなる波紋を生じ始める。神無家の凋落の証明だと噂が遂に広がり始めたのだ。しかし、その裏で謀略が動き出す。その中でオリエンテーリングが開始されるのだが……?』
相変わらずの抽象的な説明文だ。でもオリエンテーリングか……。
「闇夜ちゃん、オリエンテーリングはいつだっけ?」
「例年通りなら来週だと思いますよ。ちょっと危険な場所なので、準備は万全にしておきましょう」
「ニッシッシ〜、楽しみだね! 野営をするんだよね〜」
「この学院って、スパルタだよね。軍人でも作る気なのかな」
魔物と闘う人材を作るためとはいえ、入学してから一週間経たずに、野営込みのオリエンテーリングか。
小説の世界が現実になると大変だなぁ……。
でも、オリエンテーリングは楽しみだねと、ニコニコと笑みを浮かべるみーちゃんであった。




