223話 炎無効
まさかの『炎無効』だ。たしかに炎を得意とする粟国と戦うには、『炎無効』が一番良い。それだけ『炎無効』は圧倒的な力を持っている。
だが『炎無効』なんて炎系統の魔物ならともかく、魔法でも魔道具でもほとんど聞いたことがない。
『炎耐性』なら幾らでもあるが、粟国家の炎は耐性をつけても、意に介さずに焼き尽くす強力な炎を扱う。なので、『炎無効』を用意してくるなどとは思わなかった。
いや、一つだけあった。だが、その魔道具を持っているはずはない。
「今度は僕からだね!」
考えこもうとする僕へと、面白そうな声をあげて太陽が口角を吊り上げて駆けてくる。
「ちっ!」
考える時間はないらしい。舌打ちをしつつ後ろに下がり、態勢を立て直すべく魔法を使おうと迫る太陽に手を向けた。
『溶岩流』
再び溶岩が地面より吹き出して、迫る太陽に一直線に向かっていく。だが、太陽は余裕の笑みで軽くステップをして溶岩流の軌道からずれて速度を変えずに肉薄してきた。
『一閃』
腰に下げている刀に手を伸ばすと、居合いの一撃を繰り出してくる。キンと音がしたと思った瞬間には、刀は抜き放たれて、その刃は僕の首を狙ってくる。
反応ができずに、身体を強張らせてしまうが、カキンと金属音がして、太陽の繰り出した高速の斬撃は弾かれるのであった。
弾かれても、すぐに踏み込み懐に入ると太陽は素早く連撃を繰り出してくる。剣閃がいくつも空中に光り、キキンと複数回の金属音が鳴り響く。
太陽は僅かに片眉をピクリと動かすとバックステップで、間合いをとると感心したように口を開く。
「それが今や君の代名詞とも言えるクリスタルビットか」
「はんっ! そのとおりだ。この僕の攻防一体の魔法『紅蓮水晶』だ!」
太陽が涼しい表情で僕を見てくれるので、余裕を取り戻してニヤリと不敵に笑ってやる。
勝利の周りを取り巻くように、ルビーのように美しい炎の水晶が32個、宙を舞っていた。
これまでのダンジョン攻略などでの戦闘で活躍を見せる魔法。その名を轟かせている勝利の固有魔法『紅蓮水晶』は、今や有名となっている。
勝利は動揺して隙を見せていたが、『紅蓮水晶』は、自動で盾となり太陽の攻撃から守ってくれたのである。
「『術者よりも優秀な魔法』という噂、どんな攻撃も防げるって聞いたことがあるけど、本当なのか試させてもらうよ!」
刀を再び握りしめて、僅かに腰を落とすと跳ねるように太陽は突進してきた。
「誰が魔法よりもアホだ、こらぁっ!」
そんな二つ名はいらねーよと、ビキリと青筋を浮かべて怒りの表情で迎え撃つために手を振るう。
『水晶剣変化』
宙を舞う16の水晶が僕の手に集まると、長剣へと姿を変える。ムンと真紅の剣を構えて、太陽の振るう刀を抑えようとした。
横薙ぎでの一閃が迫るが、剣身を横にして受け止める。勝利の頑丈な紅い水晶の長剣に対して、刀は耐久性に劣るのだろう、太陽はすぐに刀を引き戻すと、再度の連撃を繰り出してくる。
「剣だって、修行したんだぜ!」
身体を揺らして機敏に動き、太陽が僕の隙を狙うように刀を振るうが、こちらも剣を合わせて防ぐ。
右からの胴体狙いを剣で防ぎ、足元を狙う牽制の一撃を振り弾く。突きを繰り出されると、横に半身をずらして反対に突き出された刀を折ろうと剣を振り下ろす。
その目論見は見抜かれて、太陽はすぐに刀を引き戻してしまうが、その笑みが僅かに硬くなっているのを見て、フフンと僕は鼻を鳴らす。
「魔法だけだと思ってたか? だが、もちろん魔法も見せてやるぜ!」
「クッ!」
宙に浮かぶ水晶たちが、太陽へと意志を持つかのように炎を噴射させて、矢のように飛んでいく。
太陽は刀を素早く振るい、後ろに下がりながら、複数の水晶を全て正確に弾き飛ばす。
自信がありそうな態度だが、たしかに剣の腕前はたいしたものだと、僕は内心で驚いていた。
剣の腕前はたしかに僕よりも上だ。ただ身体強化が弱いために僕の剣の腕でもなんとかついていけるのだ。
だが、それは剣で対戦した場合。これは魔法使いの試合なのだ。
ならば、この粟国勝利が負けることはありえない。マナの保有量、先程の魔法の威力を見て確信した。
何よりも僕には『紅蓮水晶』がある。攻防一体の最強の魔法が。
水晶の矢を防ぐ太陽へと、剣先を向けてマナを練る。
『爆炎』
剣の先に魔法陣が描かれると、爆発音を響かせて、扇状に爆炎が吹き出す。
猛火が水晶の矢を相手にしている太陽へと向かう。その攻撃範囲は広大で回避は不可能だ。
炎に巻き込まれる太陽を見て、今度は油断せずに構えを解くことなく様子を見ると、爆炎がリングを燃やす中で、炎を突き破り、太陽は風を身体に纏わせて迫ってきた。
「『炎無効』だと教えてあげたはずだけど?」
焦げ一つない太陽は、余裕の笑みで刀を振るう。
「たしかにな。だが、それはいつまで保つんだよ?」
思念で水晶を引き戻して、さらに太陽の動きを牽制させるように指示を出しながら、剣で受け止める。
「……それはどういう意味だいっ?」
「言葉通りだっ! そんなハッタリは腐るほど見てきているんだよっ!」
鍔迫り合いをしながら、睨むように見てくる太陽に、せせら笑いを見せながら答えてやる。
水晶の矢が再び後ろから迫ってくるのを見て、太陽は顔を歪ませて後ろに下がると手を向けてくる。
バチバチと紫電がその手から放電されると、雷鳴が轟く。
『雷蔦』
雷がその手から放たれて、まるで雷で作られた蔦のように僕を覆うかのように迫ってきた。
だか、慌てずに僕は床を強く踏み込み、剣を構えて突進をする。
「効かないと見せかけるハッタリでは!」
『炎剣猛牛』
雷を水晶の盾があっさりと受け止めてかき消すと、炎を猛牛の形に身体に纏わせると、角に見立てた炎の剣を突き出す。
「バレていたか!」
白金の魔導鎧が輝くと、繰り出した僕の炎の突きを刀であっさりと弾き返す太陽。触れた瞬間に僕の纏っていた炎はかき消えてしまう。
迎撃する隙を狙って、放った頭上からの矢は気づかれて、鋭角にバックステップを踏み、太陽は後ろへと下がる。
その様子を見て、僕は余裕の態度で剣を構える。
「その『炎無効』は回数があるんだろ? あと何回使えるんだ?」
「……驚いたよ。まさか看破されるなんてね」
ふふっと余裕の笑みを崩さずに、太陽は笑い返してくる。
「『炎無効』付与とか言えば、僕が炎の魔法を使うのを諦めるとでも思ったか? いや、少なくとも躊躇うと思ってたんだろ? だから最初に使ってみせたんだ」
「………そのとおりさ。これは回数制限ありの『火炎無効』。気づかれるとは思わなかったんだけどね」
苦笑を浮かべる太陽に、得意満面に鼻をフンフンと鳴らす。
永遠に『炎無効』とする魔導鎧なら、僕の攻撃をそもそも防ぐ必要はない。なのに、太陽は炎魔法を回避して、回避ができない炎魔法だけ無効化してきた。
アニメや小説でテンプレなあるある作戦だ。敵にその攻撃は無駄だと思わせて、優位に闘う。まぁ、後半あたりで気づかれてピンチに陥るんだけど。
しかし、神たる僕にはそのような浅知恵は通じない。すぐに違和感に気づいてしまったのだ。さすがと言えよう。
聖奈さんも、僕の天才ぶりにメロメロだろう。瞳にハートマークを浮かべているかもしれない。
ちらりと観覧席へと目を向けて、ラブラブな聖奈さんの姿を確認する。
「このポップコーン、と、とっても美味しいです! もっと食べて良いですかっ?」
「うん、私が全力で作ったんだよ」
灰色髪ちゃんと一緒にポップコーンをポリポリと食べていた。ポップコーンにメロメロになっていた。
まぁ、決闘ではなく、ただの試合だからなと、がっかりするが、そのアホな余計な行動が隙を生み出してしまった。
「それじゃあ、作戦を変更して、短期決戦でいくしかないようだねっ!」
再び白金の魔導鎧が輝く。その輝きは先程よりも強い光で、太陽の周りに白金の粒子が生み出されていく。
「はっ、無駄だ! 太陽、テメーの魔法の威力は見抜いている。たしかに複数の属性を扱えるようだが、マナも威力も足りねーんだよ! 僕には敵わないぜ!」
やられ役のセリフを口にしながら嘲笑して、内心はちょっとヤバいかもと警戒する。
なんだか、切り札的な力を使おうとしている予感。
「さあ、残りパワーを全て使い切るよ!」
『炎無効領域展開』
粒子がリングを覆うと、宙を飛び交う燃え盛る『紅蓮水晶』も、手に持つ炎の剣も、その炎があっさりと消火でもされるようにかき消えてしまった。
「な、なぬっ!」
自身の持つ炎がかき消えて、封じられたことにあわわと慌てふためく。なんだよ、周りの炎も抑制できるわけ?
やべー、身体強化しか残っていないぞ。身体強化だって、炎の身体強化魔法も上乗せしていたのに、その分が消されてしまっている。
まずい、格闘戦に持ち込まれたら負ける!
「短時間しか使えないけど、僕が勝つには充分な時間だっ!」
得意げな表情で、太陽が向かってくる。踏み込むたびに床にひびが入り、高速で間合いを詰めてきた。
ヒョエー、『紅蓮水晶』のエネルギーは炎だ。エンジンが壊れたみたいに、ただふよふよと宙に浮く役立たずになってしまっている。
「なんとぉ!」
一瞬、こちらも切り札を使おうとの考えがよぎるが、それは諦める。こんなただの試合で使えば親父に殺されてしまう。
「こうなれば、マナの保有量で押し潰す!」
体内のマナを全開にして、武技を使いまくって倒すことを決心する。
『強撃』
『強撃』
『強撃』
ウキーと、マナを剣に纏わせて、一撃が強力な武技を使いまくる。一撃だ、一撃当たれば勝てるかも!
「炎が使えずに慌てふためき、無様に負ける君の姿を群衆に見せたかったんだけど……。僕も余裕はないんでね!」
「けっ! 性格の悪いやつだな!」
ふふっと、酷薄な嘲笑を浮かべて小声で呟く太陽に、なんてムカつく奴だと睨みつける。
ぶんぶんと剣を振り回すが、太陽は冷静に剣を受け流して、隙を見て攻撃を叩き込んでくる。
やはり剣の腕の差は明らかだ。強力な武技なのに、確実に受け流して、こちらへと攻撃を当ててくる。
ジワジワと魔法障壁のエネルギーが減っていく。周囲の白金の粒子も薄れているので、あともう少しで炎魔法が使えるようになるかもしれないが、その時には負けているだろう。
太陽が大技を使えば、カウンターか、相打ち狙いで大技で対抗するのに、セコく攻撃してきて逆転の目が見えない。
「これで勝ちだ!」
太陽が勝ちを確信して、さらに踏み込み胴体へと一撃を入れようとしてくる。
負けたと僕が顔を引きつらせるが
「ガッ?」
太陽の頭が揺れて、タタラを踏んで体勢を崩す。
「ちゃ、チャーンス!」
『強撃』
『強撃』
『強撃』
馬鹿の一つ覚えのように、武技を使用する。なぜか体勢を崩している太陽にその一撃は綺麗に入り、どんどん魔法障壁を削っていく。
そうして、無駄にマナを使いまくり、勝利の連撃が太陽を叩き続けると、ピピーッと笛の音が響いてきた。
「それまでぇ! 神無シンの魔法障壁は3割を切りました。粟国勝利の勝ちですぅ!」
ウォォォと、群衆が歓声をあげる。
「かっ、勝ったのか?」
汗だくになって、僕は剣をおろして安堵の息を吐く。ヤバかった。負けるかと思った。
なぜか太陽が体勢を崩してくれて助かったと、額の汗を拭い、群衆に向けて笑顔で手を振る。
パキとなにかを踏んだ音がしたので、床を見るとなにか小さな物が見えた。なんだこれ、ポップコーンか?
まぁ、気にすることはない。
やはり神たる僕は負けることはないと、ウハハハと高笑いをして胸を張るのであった。




