220話 テンプレの魔法合戦なんだぞっと
次の日である。
春うらら隣の人は何食うかな、ボケコッコーと、みーちゃんは川柳を口にしながら、グラウンドへとちっちゃな手足を振ってぽてぽてと来ていた。
だだっ広いグラウンドで、魔法で強化された壁に囲まれている。壁際には射撃場のように、魔鉄製の的がずらりと並んでいて、何に使うのか容易に推測できちゃうだろう。
1の3の生徒が皆集まっており、ワイワイと楽しそうにお喋りをして、これからやる授業に期待で胸を躍らせていた。
まぁ、期待するのもわかる。なぜならば、今から魔法の実践を行うからだ。
スパルタな魔法学院は、早くも魔法の練習を行うようなのだ。実に、小説でありがちなテンプレと言えよう。
ただ一つ違うのは、原作者の悪意により、男子はジャージ、女子はというと、ピッタリと肌に張り付くレオタード型スーツであるところだ。
昔の体育着であったブルマどころではない。完全に嫌がらせレベルだ。しかし、小説の世界では許される不思議。アニメ化を見据えて、皆が見てくれるように原作者が頑張ったと思われるため、自分たちの姿に少女たちは疑問を持たない。
もちろん、男子もチラチラとは見てくるが、そこまで気にしている様子はない。まさしくローファンタジーの世界だと思うよ。まったくもぅ。
とはいえ、最近は『ウォータン』が流行っているためにそこまで露出は多くない。『ウォータン』の基礎スーツはスーツ全体を覆う薄手の軽装甲があるからだ。
紳士諸君が、びっくり仰天、そんなスーツはいらないよと抗議の電話をしてくるだろうが、性能が物を言う世界だからね。
一流の専用機を作る人たちには関係なさそうだけど、一流の専用機は高いから、使用しているのは少数だ。
「よし! 皆、集まりましたねぇ〜。それじゃあ、今日は皆の魔法の力を確認します。壁際に設置してある的を撃ちなさい。マナ計測器が威力を算出するからね〜」
担任の先生が集まった生徒たちへ説明を始める。まさしくテンプレだ。ワクワクみーちゃんは、体を揺らしてソワソワしていた。
ここで主人公は注目されちゃうのだ。おぉ、なんだあの子は、と皆に注目されちゃうイベントなんだよ。
ここはモブから、メインキャラになっちゃうイベントだ。大事なことなので、2回言いました。
2年の雌伏をもってして、今鷹野美羽は飛躍します!
フンスフンスと気合いを入れて、自分の番が来るのを待ちながら、生徒たちの様子を見る。
ここはあれだ。まずは無詠唱。
無詠唱で魔法を使って、皆が驚くんだよね。あれは無詠唱! ば、馬鹿な! とか。ワクワク。
『火球』
生徒の一人が無詠唱で的へとドカンと炎を命中させた。
「おぉ、『無詠唱』って、まずは皆覚えるよね。魔法で詠唱するのは面倒くさいもんね〜」
フリフリとモフモフ尻尾を振って、玉藻ちゃんがニシシと犬歯をちらりと覗かせて言う。
……うん、たしかにそうだね。魔法を使う方法って、子供なら面倒くさいから、まず無詠唱を覚えようとするよね。魔法の練習で詠唱を覚えるのが嫌な人は絶対にこっそり無詠唱の練習をするもんな……。
というか、玉藻も闇夜も無詠唱だった。
真実を知っちゃったよ。テンプレは嘘だった。純真な子供ならば、絶対に無詠唱を練習するから、たぶん反対に詠唱を覚えている方が驚かれる予感。
あいつ、オートマじゃなくて、マニュアルで車を運転できるよ、すげー! とか。暗記大変だもんね。
まぁ、めげることはない。まだまだテンプレはある。それじゃあ、次は複数の属性の魔法を使うところだ。
『火球』
『風球』
『石球』
「おぉ〜! さすがは魔塔の天才だ!」
「見たかよ、3属性を同時に使ったぞ!」
「ニニーさん、素敵〜」
ニニーが杖を振って、3属性の魔法を放っていた。
皆はそれを見て、称賛している。
「ふふんっ、どーよっ! このニニー様の天才ぶりを見たかしらっ?」
髪をかきあげて、これぞドヤ顔という表情となり胸を張りフンスと鼻を鳴らすニニー。三角帽子が傾いて、慌てて直す可愛らしさも見せていた。
そういや、天才ニニーがいたや。彼女は威力は弱いが、ほとんどの属性を器用に使いこなすからなぁ。
同時に3つの魔法陣を描いて、魔法を使うとは天才的だ。『大魔道士』の3連続魔みたいなもんだよね。
羨ましくなんかないよ。パチパチ拍手をして称賛しちゃうよ。ちょっと不満そうにみーちゃんの頬がぷっくりと膨らんでいるのは、気合いを入れているからだよ。
「すごいです、さすがは天才魔法使いのニニーさん。では、私の番ですね、負けないように頑張るとします」
パチパチと拍手をしていた闇夜がニニーの次に的を狙う。真剣な表情で、片手を水平に伸ばしてマナを集めていく。
次のテンプレは、的の破壊だ。的を破壊して後ろの壁すらも破壊する。なんて破壊力だと、皆が呆然とするのが、テンプレなんだ。
だから手加減してね、親友よと願いを込めて視線を送る。届け、みーちゃんの思い。着払いで良いかな?
闇夜はみーちゃんの視線に気づき、強い笑みを見せる。うんうん、信じているよ闇夜。
「ハァァァッ!」
『闇剣創造』
手のひらから、黒きオーラが吹き出すと、凝縮していき、漆黒の剣を作り出した。一目見て禍々しさを感じさせる剣だ。
マナが見れないはずのみーちゃんでも見れる程に強力なマナのオーラだ。
「みー様、見ていてください、私の力を!」
なぜか気合い入りまくりの闇夜が剣を振るうと、さらにマナを集め始める。
『闇剣一式 巨躯剣』
闇の剣から骨が生まれて集まっていく。2年前とは違い、不吉なる恐怖の骨の剣は、スラリとした細身の剣身となり、その鋭さを見せていた。
以前はただ巨大な棍棒にも見える骨の剣だったが、今は綺麗に圧縮されており、人骨が浮かぶ鏡面のような刃となっている。
叩きつけるのではなく、切り裂くことができる剣となっていた。修行を欠かさなかったのだろう。
『唐竹割り』
剣を両手に持ち、足を踏み込むと、闇夜は的へと振り下ろす。闇の斬撃は一瞬で的へと伸びると、チーズのようにすっぱりと断ち切った。
「おぉ、すげーぞ!」
「さすがは武の帝城家」
「結界に守られている地面も破壊しちまったぜ」
周囲が闇夜の力に唖然として、ザワザワと騒ぎ立てる。
地面も切り裂き、深い溝を残している。魔法金属製の的を破壊して、なおかつ地面も切り裂くなんて物凄い威力だ。
みーちゃんの心にも溝を作ったよ。なんで、そんなに頑張るのかな。
「わ、わぁ。凄いよ、闇夜ちゃん!」
「ふふ、ありがとうございます。みー様の期待を裏切るわけにはいきませんからね」
片手を振って生み出した刀を消すと、闇夜が頬を染めて嬉しそうな顔になる。うん、本当に成長したね。
『帝城闇夜:レベル40、闇耐性』
うん、専用機を装備していないのに、レベルが高い。かなり修行した闇夜である。
だが、まだだ、戦いは終わっていない。的の向こうにある壁すらも破壊するというイベントが……。
「玉藻も負けないよ〜! コンコンまほ〜」
『妖炎』
狐耳をピンと伸ばして、尻尾をブワッと膨らませた玉藻が手を振るう。辺りを熱する白き炎がその手から生み出されて、的へと一条の光線のように放たれた。
白き炎は地面を焼いて、的に命中する。まるで紙のように魔法にて強化された的を貫くと、そのまま白炎は壁へと向かう。
的よりも遥かに強固な結界で守られた石壁は、されど白炎が命中すると耐えきれず、アイスクリームのようにドロリと溶けて、大きな穴が空くのであった。
「馬鹿なっ、石壁が破壊されるなんて!」
「あれはシェルター並の硬度のはず!」
「あれ程の強さを持っていたのか……」
騒然とするギャラリーの皆さん。
「てへっ、やりすぎちゃったかな?」
ぺろりと舌を出して、えへへと身体をくるりと翻す玉藻。狐っ娘の愛らしく戯ける姿に皆は見惚れる。ファンクラブとかできそうだね。
「随分威力が上がったね、玉藻ちゃん!」
「うん、とっても頑張ったんだ〜。山篭りもしたんだよ〜。バシャバシャって、滝行もしたんだよ」
「この間の滝行体験ツアーだよね?」
それ、皆で行った旅行じゃん。とはいえ、パワーアップはしている。
『油気玉藻:レベル45』
強い。素でここまでパワーアップしているとは思わなかったよ。
闇夜も玉藻もかなりパワーアップしている。どこまで強くなるのかな、この二人。
「次はみー様ですよ。期待していますね」
「がんば、エンちゃん!」
で、後に残ったみーちゃんは何をすれば良いのかな? なにこれ、ネタ切れだよ。闇夜たちの期待の目が痛いよ!
まだ残っているネタ………ネタ……。ぬぅぅぅ。
今世に転生して一番の危機に陥るみーちゃんは、思考を高速回転させて、どうすれば良いか考える。
ボスとの戦闘よりも遥かに真剣に考えて、ふむんと頷いた。これしかない。
「それじゃあ、私も見せちゃうね!」
こっそりとアイテムボックスから、万が一の時のために用意していたアイテムを取り出す。
「手帳ですか?」
「魔導書だね〜!」
「うん、私は詠唱魔法でいくよ!」
みーちゃんの手には小さな手帳があった。これこそが秘策である。みーちゃんはたいしたことがなかったねとか、これなら噂されないはず。
魔導書なのかと、皆が注目する中で、手帳を開くと両手に持って、スゥと息を吸うと詠唱を始める。
「春うらら。今日は陽射しも柔らかく、晴天となりました。私たちは今日から魔法使いとなります。将来に向けて、学業に遊びにと頑張っていきたいと思います」
朗々と詠唱を諳んじると、皆の顔色が変わる。
ふふふ、そうだろう、そうだろう。みーちゃんの詠唱にびっくりしているね。
結構長い詠唱なのだ。5分は続く詠唱なのだ。その後もシンと静まり返った空気の中で、みーちゃんの詠唱は続き、魔法は完成した。
『風弾Ⅲ』
そうして、的へと手を翳すと、風の弾丸が放たれて、あっさりと的をひしゃげさせて砕くのであった。
カランカランと金属の破片が地面に転がり、ヒューと一陣の風が虚しく吹いていった。
「みー様……新入生代表をしたかったんですね」
「で、でも的は破壊したよ。さすがエンちゃん!」
「そうだよな……的は破壊した」
「美羽さん、凄いです!」
「後で飴ちゃんあげるね?」
周りの人たちも、拍手喝采だ。ありがとうありがとう。
女子たちが集まってきて、よしよしと頭を撫でてくる。バッチリウケたようだね。うん、もはや長い詠唱で魔法を使うしかなかったんだ。
なので、手元にある詠唱文っぽいのを選びました。後悔はちびっとしかしていないよ。全科目満点とか不可能だからね。新入生代表になれると思っていたんだよ。
まぁ、みーちゃんを侮ってくれる人がいるなら良いやと、周りをこっそりと窺う。
かつて、三国志の曹操は皇帝の狩ろうとしていた鹿を横取りして、周りの反応を見て、褒めてくれる人を味方。怒る奴を敵だと考えたらしい。
もうテンプレはできなかったから、次策にしたんだよ。さて、馬鹿にしてくる人たちの顔を覚えておこうかな。
キラリとくりくりオメメを光らせて、周りを窺うと、馬鹿にしてくる顔ではなく、優しげな瞳しかなかった。慰めるためにお菓子を用意しなくちゃと、購買に走っていく人もいる。
あれぇ? なんか予想と違うね。あ、飴をくれるの? ありがとう!
なぜかわらわらと人に皆に囲まれて、わたわた焦っていると、なんか声が聞こえてきた。
「なんだ、その威力の小さそうな薄っぺらい魔法は? そんなしょぼい力で公爵の跡取りとは笑っちまうぜ。同じ公爵家の嫡男とは思われたくないな。どうだ? 僕が真の力を見せてやるから決闘をしろ!」
なぜか、反対側で練習をしていたグループから、イベントっぽい話が耳に入る。
なんだ、あれ? たしか粟国勝利だよね。シンに指を向けて、侮るように顔を醜悪な笑みに変えている。
どうして決闘とかいう話になっているんだ?




