219話 放逐されなかったんだぞっと
神無シンは誰をも魅了するような爽やかな笑みを浮かべて、みーちゃんたちの方へ近づいてきた。後ろには義妹さんの月と、婚約者の瑪瑙エリザベートを連れている。
神無月はセミロングまで伸ばしている紫色の髪に、紫水晶のような綺麗な瞳。小柄な体躯で小動物のようだ。
瑪瑙エリザベートは、金髪ドリルの古き良きプライドの高い少女だ。犬耳と尻尾を生やしている狼っ娘である。
「きゃぁ〜、シン様よ!」
「ほとんどの属性魔法を使えるそうよ」
「素敵ね、まだ婚約者は決まってないんでしょ?」
「勝利様のことよね。私は押せば落ちそうな勝利様が良いわ」
婚約者が隣にいるのに騒ぐ生徒たち。かなり図太い性格なのだろう。それか集団心理かな? 勝利も騒がれているな。
シンはにこやかに周りへと軽く手を振り、勝利はムスッとした顔で生徒たちを無視していた。対照的な二人だ。
聖奈の恋人は死ななかった。これからイベントで死んじゃうのかな? もう原作は崩壊しているから、さっぱりわからないや。
エリザベートは騒ぐ生徒たちを威嚇するのかと思っていたら、なぜかみーちゃんを親の敵のように、眉を顰めてガルルと睨んでいた。
「私、おやつ用にホーンベアカウのジャーキー貰ってるよ」
なので、お腹が空いているんだねと、こっそりとホーンベアカウジャーキーをエリザベートに手渡す。
おやつ用にジャーキーを持ってくる、極めて少女らしくなったみーちゃんである。まだ前世の呪いが残っているのかもしれない。
「なっ! 馬鹿にしないでくれます? 鷹野家はライバルでモガッ」
「まぁまぁ、食べて」
無理矢理開いたお口に放り込む。憎々しそうに睨むと、むしゃむしゃと食べて、またすぐに怒りだそうとするが
「クッ、な、なんですのこれ?」
縦ロールがビヨーンと立つと、ジャーキーなのにとっても肉々しいですわと、むしゃむしゃと食べ続けた。
「エンちゃん、私にもちょうだい〜」
「たくさんあるから、あげるね」
ナンちゃんが、みーちゃんにだらーっとしがみついてきたので、とっても美味しいよと分けてあげる。
「うぬぬ……わたくしにも、もっとお寄越しなさい」
悔しい顔をしながらも手を伸ばしてくるエリザベート。あっという間に食べたらしい。
「尻尾をモフモフさせてくれたら、あげるよ!」
「………クッ、わかりましたわ。さぁ、お寄越しなさい」
「ありがとう。もふ……玉藻ちゃん?」
わーいと、エリザベートから生える尻尾をモフモフしようとすると、玉藻が襟首を掴んできた。犬の尻尾をモフモフしたいのに、なにかな?
「大丈夫。玉藻の尻尾があるよ〜」
ドロンとコンちゃんと同化して、目の前でゆらゆらとモフモフな狐の尻尾を揺らしてくるので、ジャーキーをエリザベートに渡すと、玉藻の尻尾にしがみつく。
モフモフ最高〜。何回モフモフしても、玉藻ちゃんの狐の尻尾は最高だねと、顔を緩ませちゃう。
「クッ、美味しい……今までの中で一番美味しいですわ!」
受け取った傍から、ガジガジと齧るエリザベート。美味しすぎて口が止まらないようだ。
そうだろう、そうだろう。『料理人Ⅳ』で製作したホーンベアカウジャーキーだからね。ちなみに体力が8時間の間20%上がるよ。
「ちょっとエリザベート! 文句を言うって言ってたじゃないっ!」
「クッ。このジャーキーがいけないのですわ。口が止まりませんの!」
月がジャーキーに夢中なエリザベートに文句を言うが、もはやジャーキーの虜となっている。
「くっころか………」
なぜかフンフンと興奮する勝利。なるほど、座布団を一枚あげてもいいよ。
「まぁ、エリザベートは少し気性が激しいからね。皆さんと一緒のクラスになれて良かったです」
月に激しく体を揺さぶられても気にせずに、ガジガジとホーンベアカウジャーキーを食べるエリザベートを見て、シンは軽く肩をすくめたあとに笑いかけてくる。
主人公らしく爽やかな笑みで、その顔には含みがなさそうに見えるので、反対に凄い。まだ中学生なのに、こんな演技ができるのは神無シンぐらいだろう。狡猾な主人公だよ、まったく。
「うん、シン君たちと一緒で嬉しいよ! これからよろしくね」
なので、みーちゃんは嬉しいよと、ニパッと無邪気な笑顔で答えてあげる。
「これからよろしくお願いします」
「よろしくね〜」
闇夜と玉藻も挨拶を返し、ホクちゃんたちも同じように挨拶をする。
「『マナ』の覚醒おめでとうございます。シンさんは信長お兄様と同様に、複数の属性を扱えるとお聞きしました」
小首を僅かに傾げさせて、パムと両手を合わせてニコリと微笑みお祝いを口にする聖奈。流石はメインヒロインだ。とっても可愛らしい。
「……おめでとう、シン。お前どうやって覚醒したわけ?」
勝利が微妙な顔でお祝いを口にするが、その顔はなぜか納得いかなそうだ。複数の属性に覚醒したシンが妬ましいのかな?
「幸運の女神に愛されているようでね。年齢ぎりぎりだったから焦ったよ」
「………弟は事故死したらしいな? お悔やみを申し上げるぜ」
「うん、とっても悲しかったよ。魔物が急に現れてね。魔法の練習をしていた弟はそこで……。魔物というのは本当に怖いよね」
悲しげに顔を俯けるシン。
そうなのだ。シンの弟は死んだ。
2年の間の嫌がらせにより神無家は勢力を削られた。
今、一番勢いのある派閥は皇帝派。その中でも帝城家だ。なにしろ『須佐之男』部隊と、『武士団』のトップである。
軍のトップを神無家は譲ってはいないが、その勢力は削られている。神無家の大きな支援者である瑪瑙家の経営する『犬の子犬』商会は地味に売り上げが下がっており、配下の貴族も減っている。
そのために、次に力があるのが鷹野家で、三番手は皇帝派でありながら、争いには介入しない龍水家。粟国家は派閥を持たずに、あっちに顔を出したと思ったら、こっちにと節操がないので派閥がない。
なので、神無家の勢力は4番手まで落ち込んでしまったのである。
『ウルハラ』の魔導鎧が軍にも採用されるとなれば、ますます神無家は追い込まれる。
事ここに至って、神無公爵は皇帝を狙う茶番を諦めたらしい。このままでは皇帝を狙うどころか、没落しちゃうからだ。
シンは『マナ』に目覚め、弟は用無しとなって事故死となった。
シンは悲しそうな顔をしているが、エリザベートに文句を言っている月は、まったく動揺も悲しい姿も見せていない。ちょっと中途半端だよ。周りの仲間を気にしないとね。
予定通りだが、実はシンは『虚空』属性に覚醒したのではなく、神聖以外の通常の属性に覚醒したと発表している。なぜ『虚空』を隠しているのか疑問だ。
不可解だが、なにか理由があるのだろう。警戒するなにかだ。たぶん逆転するための手段の一つにしていると思われる。
「これからは信長お兄様のもとで、ご活躍を期待していますね、シンさん。なにせ、未来を作るのは、これからは私たちなんですから」
ムンとサムズアップをして、小動物のような可愛らしい姿を見せる聖奈。
その言葉を受けて、ニコニコとシンは答える。
「はい、これからは一層頑張りたいと思います。信長様にも神無シンがお支えしますと、お伝えください」
「はい、もちろんです」
穏やかな空気を醸し出して見つめ合う聖奈とシン。推定で二人は未来の記憶があるはずなのに、よくこれだけの演技ができるものであると感心しちゃうよ。
可愛らしくて無邪気なみーちゃんにはこんな演技は不可能だよ。
「友だちだしな。よろしくな、シン」
ウッキーと勝利が見つめ合う二人の間に入り込む。邪魔をするらしいが、どうでも良いや。
「皆さん、そろそろ入学式です。体育館に向かいましょう」
闇夜の言葉に、そうだねと頷くと、みーちゃんたちは入学式に向かうのであった。
「挨拶は試験でトップをとったシン君だっけ」
「そうですね、全て満点だったらしいですよ。学院設立以来、初の点数だとか」
はい、小説のテンプレ頂きました。闇夜のセリフって、いろいろな学園物でよく聞くセリフだよね。
魔法学とか、チートなゲームキャラのみーちゃんでも満点はとれなかったよ。というか、大人であっても、受験で全科目満点は無理だから。
どんな挨拶をするのか、楽しみだね。
「でだ、明日から早速魔法の練習を行う」
なぜかクラスの担当となった先生が説明をしていた。
みーちゃんは席に座って、聞いている。
あれぇ? 入学式は?
体育館に到着して、椅子に座って……校長のながーいお話があって……。その後の記憶がない!
「大変だよ、闇夜ちゃん。入学式の記憶がないの」
隣の席に座る闇夜へと小声で尋ねる。もしや魔法攻撃?
「みー様はすぐに眠りましたよ。すよすよと可愛らしい寝姿でしたので、ここまで運んできました」
ほわぁと頬を手で押さえて、幸せそうな顔になる闇夜。
「寝ちゃった?」
「はい。気持ち良さそうに」
「そうか……校長の『呪歌』の力だね」
校長め、どういう顔かも覚えていないけど、凄腕の魔法使いだね。なかなかやるじゃん。状態異常をほとんど防ぐみーちゃんを寝かせるなんてね。
でも、そうするとだ。問題があるよ。
「生徒会長の挨拶は? シン君のお話は?」
なにか意味有りげな視線を向けてくる生徒会長や、含みのあるセリフを挨拶に混ぜるシン。
そんなイベントがあると思ってたんだけど?
「そういえば、生徒会長は聖奈さんを見ていました。神無さんも同じですね」
「へー」
どうやらモブなみーちゃんはスルーされたようだ。
なにこれ、世界の運命なの? みーちゃんは中学生でも空気なようだね。
寝ているみーちゃんに注意しないなんて、先生も酷いなぁ。
鷹野家に手を出すと痛い目にあう? こういうので、恐れられても困るんだけど。後で遠慮なく怒るようにパパを通してお願いをしておこう。
パパには怒られちゃうけど、仕方ないや。これからは睡眠無効のアクセサリーを装備しておこうかな。
「全員、班を作っておけよ〜。来週にはダンジョンに潜るんだから、装備もきちんとしておけよ〜」
先生が注意してくるので、皆ははーいと返す。よくわからないけど、みーちゃんも頷いておく。
オリエンテーションで、ダンジョン探索かぁ………。
『メインストーリー:波乱のオリエンテーリング』
原作だと、高校生になってからなんだけどなぁ……。
まぁ、モブなみーちゃんが暗躍するかな。
目の前に映し出されたログを見て、フワァとあくびをする。
あんまり夜更しをしないようにしようかな。




