218話 入学式なんだぞっと
座り心地最高のお高いリムジンにゆらゆらと揺られて、今日から通う中学校の正門前にみーちゃんは到着した。
「到着しました、美羽様」
「ありがとう、蘭子さん」
これぞ侍女とできる女性の蘭子さんが、ガチャリと車のドアを開けてくれるので、あくびを我慢しながら、楚々とした態度で車から出る。
だって、フカフカの椅子だから寝ちゃったのだ。今も椅子にはすやすやと気持ち良さそうに寝ているニムエもいる。
でも今や、鷹野家は36家門の高位貴族の中でも有数の資産家だ。みーちゃんもお嬢様な感じを見せないといけないので我慢する。
生徒の皆がリムジンから降りるみーちゃんに注目しているので、僅かに小首を傾げさせて、髪を靡かせてニコリと優しげな微笑みを魅せた。
「皆様、ご機嫌よう。しゃららーん」
スカートの裾を僅かに持ち上げて挨拶をする。
しゃららーんと擬音が付けば、上品な所作になるんだと、少女漫画から要らない知識を活用するみーちゃんである。
「おはようございます、みー様。セーラー服もお似合いですわ」
リムジンから降りるみーちゃんを見つけて、闇夜が足早に近づいてあいさつをしてくれた。
その所作は上品で、いかにもお嬢様といった風だ。烏羽根のような美しく艶めかしい黒髪は、腰まで伸びており、その顔立ちは将来美人になると思わせるもので、微笑む姿は大和撫子といった風を醸し出していた。
ただ、なぜか一眼レフカメラを肩に下げて、パシャパシャとみーちゃんを撮影し始めているので、少し大和撫子の空気を消している。
「闇夜ちゃん、寝っ転がるとセーラー服が汚れちゃうよ」
今にも地面に寝て、撮影をしようとするので、手で闇夜の体を押さえて押し留める。
「将来カメラマンになる練習なのですが、いつも夢中になってしまって……恥ずかしいです」
羞恥でポッと頬を赤らめて、闇夜はカメラを戻すと、微笑みを浮かべて上品な所作で立ち上がり、今度こそ大和撫子となった。
「エンちゃん、見っけ〜」
「玉藻ちゃん、おはよ〜」
首元に勢いよく抱きついてきたのは、玉藻だった。多少背が伸びただけで、その性格や容姿はあまり変化がない。
モニュッと、昔よりなにかの反動が返ってくるけど、みーちゃんは成長期だから問題はない。ないったら、ない。
「スベスベだね〜。ぷにぷに〜」
「コンコンッ」
「くすぐったいよ、玉藻ちゃん」
自身の金髪をサイドテールにして肩まで伸ばし、頭にちょこんと子狐を乗せて、悪戯しそうな顔は今では小悪魔風になっている。そしてスタイルは………みーちゃんたちトリオで一番成長したのかもしれない。
誰か追加装甲を売ってくれる人はいないのかな?
「玉藻ちゃんは、いつもベタベタしすぎですよ?」
「え〜、玉藻のほっぺもむにゅむにゅだよね」
「やり返しちゃうぞ〜」
ぷにぷにな頬を押しつけてきて、ニシシと玉藻は嬉しそうにする。なので、みーちゃんも頬を押しつけて、むいむいと玉藻のぷにぷにな頬を堪能しちゃう。
「ずるいですよ、玉藻ちゃん! 私も抱きしめます」
対抗するように闇夜も抱きついてきて、ほっぺたおしくらまんじゅう大会が開催された。どうやったら勝敗が決まるかは不明である。
「見ろよ、聖女トリオだぞ」
「ウワァ、可愛らしい〜」
「と、尊い」
「なんて見事なコブラツイスト」
正門にいる生徒たちが、みーちゃんたちを見て、ザワザワと騒がしくする。ちなみに蘭子さんにコブラツイストをかけられているのは寝ていたニムエです。
有名人に出会ったかのように、皆が嬉しそうにお喋りを始める。こういうところが、小説の世界だなぁと思うよ。
普通なら芸能人でもないのに、これ程の騒ぎにはならないからね。
魔導学院付属中等学校『弥生』に今日からみーちゃんは入学する。
広大な敷地に見事な桜並木通りが、噴水を挟んで建物まで続いている。何度も改築されて先進的な建物となっている学校は空にホログラムで入学式と書かれている。
この学校は魔法使いたちだけのものであり、裕福な者たちが多い。制服なども一般平均の月収はするし、マナも多く優れた魔法使いが多い。
エリート意識が高い子供たちだが、彼ら彼女らはみーちゃんたちを羨望の目で見ていた。
「見られてるね〜、照れちゃうよ〜」
コンコンッとふざける玉藻だが、まぁ仕方ない。設立してから『神聖武士団』はそこそこの活躍をしているのだ。
物凄い功績は上げなかったけど、回復魔法が欲しい人を癒やしに訪れて、神無公爵の派閥から抜けてもらったり、瑪瑙侯爵の『犬の子犬』商会の新発売製品よりも優れた同じ魔道具を作って、シェアを奪い取ったりと、名前は皆が聞いたことがあるレベルになっていた。
『神聖武士団』は関係ない? 大丈夫、回復魔法を欲しがる貴族には、皇帝派の『神聖武士団』の方からやってきましたと伝えているからね。
「クラスを見に行こうよ!」
ワクワクドキドキのクラス発表だ。優秀さを基準にしているわけではないから、どうなるか期待半分、不安半分なのだ。
「わかりました、みー様。1の3クラスから見に行きましょうか」
5クラスあるクラスで、なぜか真ん中を見に行こうと闇夜がふわりと可憐な微笑みを見せる。
「1の3は大人気だったから、大変だったよね〜」
なぜ大人気なのだろうか。運を天に任せるんじゃないの?
「でも先生方は新車を買ったり、お家をリフォームできて嬉しかったようですよ」
「エンちゃんと聖奈ちゃんが入ったクラスだから、足元を見てきたんだよね。もうオコオコだよ」
「キャンキャンッ」
先生たちは急に金回りがよくなったらしい。闇夜がおっとりとした口調で言うと、サイドテールをぶんぶん振って、玉藻が怒り、コンちゃんも怒っているよと、可愛らしく鳴く。
悲報、優秀さではなく、金の力が物を言う世界だった模様。
みーちゃんと聖奈は看板かな? 客寄せパンダかな? 商売繁盛笹もってこいかな?
パンダ繋がりで、笹を持ってこいとは、なかなかみーちゃんもやるねとクフフと笑いながら廊下を歩いていく。もうクラス分けを確認する必要がなくなったからね。
廊下を見るだけでも、この建物が金がかかっているのがわかる。なにしろ普通に絵画のような高価な調度品は置いてあるし、防犯用から、魔法感知用、それ以外にも室温を一定に維持する空調機器や、ホログラム製端末などもあるからだ。
エリートたるべき魔法使いたちは、そのためとてもプライドが高い。だが、みーちゃんたちを見るとすぐに脇によって道を空けてくれる。
これは教育に悪いかもしれない。闇夜たちがエリート意識になってしまうのは嫌だなぁと、ちらりと横を見る。
「初めての中学校。記念に動画を撮っておきますね、みー様」
「ここって、学食なんだって〜。メニューはたくさんあるのかな? ニッシッシ」
闇夜はいつの間にかカメラを構えて撮影をしているし、玉藻は端末型生徒手帳を確認していた。
どうやらいらぬ心配だったらしい。まぁ、小学生の頃からこんな感じだったのだ。今さら影響なんか受けないか。
1の3に辿り着くと、開きっぱなしの自動扉を通って中に入る。
教室には既に早くにやってきた生徒がいて、全員が注目してきた。その中で3人組がこちらに気づいて、声をかけてくる。
「お、エンちゃん、やっほー」
相変わらず元気なホクちゃんが、ぶんぶんと手を振ってウィンクをする。
「……お……は」
机に眠そうにうつ伏せになり、面倒臭そうに片手をあげるセイちゃん。
「皆同じクラスなんだねぇ」
朝ご飯なのか、丸パンをもぐもぐと食べているナンちゃん。
良かったよ、小学生からのお友だちは全員一緒らしい。これもみーちゃんの徳のお陰かな。
財力と権力は徳と同義語なんだよね。
「また一緒のクラスだね!」
それでも嬉しいものは嬉しい。ダッと駆け寄り3人と挨拶を交わす。帰りにスポーツセンターに遊びに行こうかな。
「あたしもいるわよっ!」
廊下から飛び込んできた少女が、みーちゃんたちの前に立ちはだかると、偉そうにムンと胸を張る。
セーラー服なのに、頭に三角帽子をかぶった少女だ。ピンク髪に強気な瞳、以前会った時よりも重装甲になっている。
「おはよう、ニニーちゃん! ましろんの婚約者になったんだっけ?」
「えぇっ、そのとおりよっ。真白お兄ちゃんがどうしてもと言うから、結婚前から日本で暮らすことにしたのよっ。魔塔を辞めて来たの」
ふむんと鼻息荒く、相変わらずのプライドの高さを見せてくれる。たしかに婚約するからと、エリートたちの目標である夢の場所である魔塔を辞めたとなれば、凄い話だ。
「本当は魔塔から、『ウルハラ』の魔法陣や聖花の育成方法、技術関係を調べに来たんだよね。ニニーちゃんは『ウルハラ』のスポンサーの鷹野家である私と仲が良いから」
「なっ! 知っていたのね……。でも、真白お兄ちゃんを愛しているから、引き受けたの。本当よっ。もうイエスイエス枕も購入したわ!」
額に冷や汗をかき、顔を引きつらせて、後退るニニー。
嘘なのは知っているんだよ。魔塔でも金に弱い奴らはいくらでもいるんだ。研究には金がかかるからね。
でも、真白を好きだからこそ引き受けたのだろう。原作と変わったけど、幸せそうで良かった良かった。
しかしイエスイエス枕って……ノーがないじゃん。まだ若いし真白は真面目だから大丈夫だとは思うけどさ。
「ふふふ………。ニニーさんとの婚約をもって、これで真白兄さんが継承者です。婿とかよくわからない妄言も口にしないと思います」
おめでとうございますと、闇夜が花咲くような満面の笑みでニニーにお祝いの言葉を口にするので、皆でお祝いの言葉をかける。これは、帰りはお祝いかな。
「これからは同じクラスですね、よろしくお願いしますよ」
「よろしくな、粟国公爵家の勝利だ」
次に入ってきたのは聖奈と恋人の粟国勝利だった。うぬぬ、聖奈め、裏切り者だ。どこらへんが裏切り者なのかはノーコメント。ヒントは装甲。
聖奈は変わらぬ優しい笑みを魅せて、頭を軽く下げてくる。勝利は力に自信がある強者特有の空気を纏わせて、腕組みをしながらの挨拶だ。
「おぉ〜、このクラスって凄いメンバーだね。豪華絢爛だね〜」
「だね、クラス対抗戦とか、楽々かもね」
最近、話に聞く者たちが勢揃いなので、ぴょんぴょんと飛び跳ねて玉藻が笑うので、たしかに偏りすぎかもねとコクリと頷く。
「あ〜、もう一人いるだろ」
腕組みを解いて、勝利が扉に目を向けると、コツコツと足音を立てて、一人の男子が二人の女子を引き連れて入ってきた。
「やぁ、皆さん早いですね。おはようございます。今日は晴れてもいるし、良い入学式日和ですよ」
爽やかな笑みを浮かべて、みーちゃんたちに挨拶をしてきたのは、神無シンだった。




