216話 さらなる現状だぞっと
オーディーンのお爺ちゃんの謎はおいておいて、それならば現実的な話に移ることにする。人間諦めが肝心だからね。
「次は子供のシンだね。あの子、全然主人公らしくなかったと思わない?」
「原作では心優しい正義感の持ち主という王道主人公であったからか?」
「うん、わざと敵派閥の粟国勝利を指名したのに、代わりに入ると口だけでも言わなかったよね?」
オーディーンの問いかけに、なぜ試合においてあのメンバーを選んだのか説明する。
瑪瑙ロビンは『ウォータン』の宣伝に、火星人は当然だけど、最後の粟国勝利を選んだのは、聖奈が確実に勝ちを得ることができるのと、もう一つ理由があったからだ。
即ち、敵対派閥の粟国勝利には任せられないと、声高に意見をするのではないかと、シンの様子を見ていたわけ。
だが、予想に反してシンは口を挟まなかった。
「貴族であれば当然じゃない? お嬢様があそこまで舞台を作ってたんだから、普通は口を挟まない、いえ、挟めないでしょ」
「えっと、みーたんの言うこと、わ、わかる気がします。そういうしがらみを気にしない空気を読まないのが、主人公というわけですよね?」
「フレイヤの言うとおりなんだ、フリッグお姉さん。空気を読まないのが王道主人公シンなんだよ。でも、彼は空気を読んだんだ」
シンはところ構わず、間違っていると思えば、口を挟むんだ。不利な条件の味方に加わるのは、主人公の特性ともいえよう。
「『マナ』に目覚めてないことにしているからでしょう?」
「それも変な話なんだよね。なんで『マナ』に目覚めていないシンを神無公爵は受け入れるわけ?」
フリッグお姉さんは不思議に思わないようだけど、これ変なんだ。今回、みーちゃんがシンを指名したらどうするつもりだったのだろうか。ちょっとシン君はお腹が痛くてとか言い訳はできない。
言い訳をしたら、その時点で『須佐之男』から追い出されるはずだ。
「それならば、魔法を使えるのだろうよ。解析してみたのだろう?」
「むふふ、バレたか。もちろんしておいたよ」
オーディーンのお爺ちゃんの言葉に、悪戯そうにペロリと舌を出しちゃう。見たに決まってるでしょ。ムニンにこっそりと解析をしてもらった。
で、結果はというと、こんな感じ。
『神無シン:レベル72』
「思い切り強いじゃない。魔導鎧を装備していないで、そのレベルなのかしら」
呆れた声音でフリッグお姉さんが言うが、そうなんだ。シンはゲームでのラスボス前のレベルに近い。この世界だと、ゲーム仕様のみーちゃんたちと違い、実際だと魔導鎧を装備をすれば、さらに総合的なレベルが上がるに違いない。
「ふむ……では、シンも聖奈と同じ存在か」
「だと思う。で、実はこの表記はおかしいんだよ」
ザンバラの白髭を扱きながら、オーディーンのお爺ちゃんが目を細めるが、それだけではないんだ。
「ふ、普通だと思いますが?」
「それが変なんだよね。まぁ、それはこれからの調査でわかるだろうけど、それでも聖奈と同じ存在なのは確定だよ。ちなみに気になったから、聖奈の解析もしておいた」
聖奈の解析結果はこんな感じ。
『弦神聖奈:レベル71』
「レベルは嘘をつけないのね」
「うん、回復魔法の連発もできるようになってるし、おかしいなぁと思ってたんだよ。急に強くなったし、性格も少し変わったらしいよ。サクサーラとヤシブに調べさせたんだけど、以前よりも無邪気なところがなくなったと侍女たちが言っていたと調査結果にあるんだ。最近、ゲーム的ななにかパワーアップイベントあったっけ?」
「あったな。恐らくは……ナーガラージャが降臨した時だ。あの時、一瞬であるが世界が変わった。運命の環が壊れたのだろう。その際に記憶を取り戻したに違いない」
「記憶を取り戻した?」
なにそれ? タイムリープは無理だと言ってなかったっけ? 疑問のうるうるおめめを向けても、手をひらひらと振ってオーディーンのお爺ちゃんは答えをくれない。むぅ。
「話を戻すと、シンは『マナ』に覚醒しているどころか、パワーアップ済み。なのに主人公らしからぬ態度をとった」
1000億円を担保に、お披露目会という遊びの試合に見せかけて試合をすることにしたけど、それでも仲間を助けようと、八百長試合をする勝利を追い出してもおかしくなかったんだ。
「いったいあの試合で何個策略を巡らせていたわけ? お嬢様の謀略には、愛の力もびっくりね。きっと話が合うと思うわ」
「概念と話が合うわけ無いでしょ」
スゥと息を吸って真面目な顔になり、皆を見渡す。
「以前から思ってたけど、シンは神無公爵とグルだ。原作でも茶番を演じていたに違いない。聖奈とシンのレベルがほぼ同じだとすると、シンも記憶が戻っているはずなんだ。なのに、主人公らしからぬ態度をとったということから、確信したよ」
「皇帝を目指すためね。でも、失敗したらどうするの? 原作では神無公爵は勢力を広げてたんでしょう?」
「うん、そこなんだけどね。どちらでも良かったのかもしれない」
「優秀な嫡男を使い捨てにするつもりだったというわけ?」
フリッグお姉さんの疑問ももっともだ。シンの立場はかなり危ういように見える。
「主人公補正があるから、最後は勝つと読者は知ってたけど、現実だと意図的な根回しが補正の隠れた力ということになる。……たぶんシンを助けた魔女もグルだ」
シンは放逐されたあとに、魔女に助けられる。その魔女は空間を操ることに長けており、シンの力を見抜いて気に入り、学院入学までをサポートして鍛えるんだ。
「ひ、人から隠れるように暮らす隠者……。パトロンがいますよね?」
ちらりとオーディーンのお爺ちゃんに目線を向けて、フレイヤがおどおどと言う。
「そのパトロンが神無公爵か、『ニーズヘッグ』か、はたまた、まだ見ぬ貴族かはわからないけど、そういうことだと思う。路地裏で死にそうになったシンを助ける都合よく現れた魔女。単純な劇だよ」
「まぁ、魔女がたまたま偶然通りかかるなんてないものね。でも、原作はシンの視点がメインだったんでしょう? 善人だったんじゃないの?」
苦笑をするフリッグお姉さんだが、原作でのシンの心情について疑問を口にしてくる。
たしかにそのとおりだ。叙述トリックでも、あそこまではっきりと正義感溢れる善人を演じるのは不可能だろう。
ある一つの方法を除いては。
「どちらでも良いというのは、神無公爵が勝てば、双子の弟が皇帝になる。シンが勝てばそのまま皇帝になる。どちらにしても、片方の勢力が消えれば、もう片方だけの勢力となるから、皇帝の座は神無家の物なんだよ」
「あぁ……わ、わかっちゃいました。古臭い双子のトリックなんですね」
ポムと手を打つフレイヤ。どうもフレイヤの方がこういう推理力は高いな。
「元から弟などいないで、シンただ一人だったという訳か……なるほどな」
「ゲームでも弟って、ほとんど出てこないんだよ。神聖以外の属性を使いこなす魔法使いなのに、おかしくない? 神無公爵はいつも敵として出てきたのに。それに元服パーティーとかで、弟の姿を一度も見ていないんだよね」
いくらなんでも、凄腕の魔法使いをパーティーなどで呼ばないなんてあり得るか? 魔法の使えない子供ではないから、扱いが酷いと公爵家の評判が下がるだけだ。
まさか、公爵家の闇は深いなとか、アホな考えをするわけはない。弟だって、十分に使える人材なのだ。
「一人二役……。だが、学院生活もあるのだぞ? もしも……いや、だからこその善人のシンというわけか」
「なにか、分身のような魔道具を使っているのかもしれない。アネモイの分身みたいにね。たぶん分身の表層意識で心情を誤魔化している」
みーちゃんと同じような分身の魔道具だ。それならば、一人二役の方法がわかる。
「分身ならば、命の危険はない。いくらでも仲間を助けるために命懸けの行動をとれるわけだ」
「だね。酷い話だけど、現実だとそうなるのかぁ。いっつも命懸けの行動をシンはとっていたけど、そりゃそうなるよな」
分身が傷ついても、怖くもなんともないもんね。酷い主人公だ。
知りたくなかったシンの裏設定。マジかよ、これを一部分でも未来の聖奈が知ってしまったとすると……。エンディングシーンで姿を現さなかった理由もわかるよ。
全ては皇帝になるための茶番。大勢の骸で作った玉座に神無家が座るためだったのだ。聖奈が何らかの方法でやり直そうとしても、まったくおかしくない。タイムリープ以外の方法は気になるけど。
勢力争いって、恐るべき酷さだと呆れると同時に、原作の酷さをよく隠したものだと感心してしまうよ。
だが、真の裏設定がわかれば対応はできる。
「皇帝になるには、神無家が圧倒的な力を持つか、圧倒的な力を持つ神無家を打ち倒す功績が必要になるというのが原作ストーリーの根本的なところだね」
そうならないように、さくっと邪魔をしておこうかな。
「今でも、神無家は力を落としているけど、ガンガンこれからも邪魔していこう。瑪瑙侯爵や目ぼしい味方の力を削いでいく。そうなったらシンを放逐もしないだろうよ。皇帝を狙えなくなるからね」
弱体化した神無家を潰したって、全然功績にならない。迂遠だけど、この方法が一番確実だ。
『ニーズヘッグ』と神様関連の対応は後回しだ。どちらにしても『魔神アシュタロト』を復活させるための神器も足りないし。
「これからは地味な嫌がらせをするというわけね?」
「当座は信長を皇帝にするように働きかけようと思ってる。そうすれば、鷹野家も重鎮として皇帝に扱われるから、将来安泰だし」
「必ず利益を求めるその姿には感心するわ」
フリッグお姉さんが、髪をかきあげながら、胡乱な目つきでみーちゃんを見てくるけど、ほら、一番重要なのは揺るがないから。
「家庭円満、お友だち大事に、家門の隆盛、モブな人々をできるだけ助ける。この順番です!」
ソファから立ち上がり、ふんすふんすと鼻を鳴らし、皆へと告げる。
悪いけど。みーちゃんの平和は、家庭円満からなんだ。
シンには悪いけど、じわじわと追い詰めちゃうよ。
……そうして、鷹野家の動きが活発となり、2年が過ぎたのだった。




