215話 現状を確認するんだぞっと
銀色に似た艶やかな灰色髪をさらりと流して、アイスブルーの瞳を輝かせて、いつまで経っても成長しない体躯にて、鷹野美羽はぽてぽてとソファに座った。
ソファに座ると、うんせと足を組んでフンスと胸を張る。
「軽重せよ」
「えと……傾聴せよでは?」
「言葉の違いをよくわかったね」
ふよふよだよと、みーちゃんは細っこい腕をパタパタさせる。小鳥さん、小鳥さんだよ。
小鳥さんだよと、立ち上がるとパタパタと手を振って、頭が花畑なところを見せちゃう満11歳の鷹野美羽ちゃんだ。唇もとがらせて、ぴよぴよ。
「はいはい、馬鹿なことをやっていないで、話を進めましょう?」
流れるような美しき金の髪をさらりと靡かせて、絶世の美女たる女神フリッグが手を打ち、ひよこなみーちゃんを嗜める。
そのままソファに座ると、すらっとした脚を組んで妖艶な笑みを浮かべるが、その姿は一枚の絵画のようだ。
「つまらぬ話ならば、研究を続けるぞ、お嬢?」
「あ、アイスカフェオレを作りますね」
オーディーンのお爺ちゃんがフンと鼻を鳴らし、気弱なフレイヤがカフェオレを乗せたトレイを手にして、トテトテとテーブルに近寄って、カフェオレを置いていく。
鷹野美羽、オーディーン、フリッグ、フレイヤ、アリさんの4柱が揃うこの地は神域である『マイルーム』である。アリさんは違うけど、常にいます。ポヨリンは噛み付く柱がいるので、仕舞ってあります。
端末や積み重なった本、びっしりと書かれた書類などが置かれており、神域というより、誰かの研究室のように見えるが気のせいだ。
フレイヤがせっせとワインの空瓶とかを掃除をしてくれるので助かってます。
コトリと置かれたアイスカフェオレを手にして、ココアの方が良かったなと思いつつ、角砂糖をぽちゃぽちゃ入れて、アイスカフェオレだと角砂糖は溶けないやと、しょんぼりみーちゃんとなって、がっかりしちゃう。
「まぁ、良いや。それじゃ会議をはじめまーす」
さり気なくアリさんに角砂糖カフェオレを渡しつつ、キリリと凛々しいかもしれない顔で話し始める。
「現状の確認をするね。まずは『ニーズヘッグ』」
「『ニーズヘッグ』の残りは、シンモラ、エーギル、フルングニルね。そして、ボスのスカジよね?」
フリッグお姉さんが指折り数えるので、コクリと頷く。
「そのとおりだよ。それと真のボスである側仕えのスィアチが強敵で残っている。あと謎の傭兵だね」
「不死の軍勢であるエーギルは相手になるまい? ならばシンモラやフルングニル、スカジとスィアチか」
隻眼を光らせて、オーディーンのお爺ちゃんが話に加わるが、エーギルはたしかにボーナスキャラだ。『ロキ』モードで、フレイヤと組めば楽勝、それにオーディーンのお爺ちゃんとフリッグお姉さんが加われば、敵ではない。
「でも、それは個別に戦闘となった時だよね。ここは現実だよ。全員で一斉にかかってきてもおかしくないと思うんだ」
足をパタパタと振って、みーちゃんは真剣な表情で皆を見据える。アリさんが器用にガリガリと角砂糖カフェオレを食べているけど、よくアリの前脚で飲めるね。
「そ、その場合、こちらも全員を揃えて攻撃すれば……というか本拠地を殲滅すれば良いんじゃないでしょうか?」
「フレイヤの言うとおりだけど、敵が勢揃いするのは危険だよ? 本拠地には一般人の信者さんもいるんだ。強力な魔法使いたちも揃っているはずだしね」
おずおずと意見を口にして、フレイヤはカフェオレをクピリと飲む。
わかってはいるけど、本拠地の攻略は面倒くさいと反論しておく。
「べ、別に気にしないで良いのでは? 島ごと吹き飛ばして、残りの敵は少なくなるはずです」
相変わらず、見かけによらず人をナチュラルに虫とかと同列に考えるフレイヤである。
「過激だなぁ。う〜ん………」
「駄目よ、フレイヤ!」
腕を組んで迷うみーちゃんだが、意外なことにフリッグお姉さんが顔を険しくして、バンとテーブルを叩く。
意外と優しいらしい女神だった。
「お宝があったらどうするのよ! 全部海の藻屑になるのよ!」
予想通り、お宝に優しい女神だった。
「どちらにしてもフレイヤの意見は却下だよ。『クロウリーの箱』を手に入れないといけないし、『レーヴァテイン』もたぶん向こうの手に渡っていると思うんだ」
「たしかにお嬢の言うとおりだ。一つの神器が敵の手に渡っているのならば、もう一つも渡っているだろう。明らかに敵は原作とやらよりも強化されているようだからな」
オーディーンのお爺ちゃんの言うとおりだ。恐らくは敵は残りの神器を手にしているはず。
全ての神器を揃えないと、アシュタロトは完全復活できない。なので、海の藻屑になってしまっては困るんだよ。
「その謎の傭兵がシンというのは、確かなのかしら?」
「同じ魔法や能力を持つ者の可能性もあるよ。でも、可能性としては低くないかな?」
フリッグお姉さんの言葉に、コテリと小首を傾げて、推論を口にする。なにせ、黄金の姿に『完全魔法耐性』を使う相手だ。シンの可能性は極めて高いだろう。
「その場合、なぜシンが大人の姿でいるか? そして、そのシンを知っている様子の聖奈は歳通りなのかが問題だと言うのであろう?」
「うん。推論はある?」
頼りにしているよ、オーディーンのお爺ちゃん。
「その者の解析をすればわかるであろう」
思い切り脳筋の考えだった。たしかに一番確実な方法だけどさ。みーちゃんもその方法は思いついたけど問題がある。
「『ユグドラシル』に侵入しろって?」
ムゥと顔を顰めて、フレイヤが新たに持ってきてくれたカフェモカの生クリームをペロリと舐める。甘くて美味しい。ウインナーコーヒーの方が良かったかな?
「あら? 簡単ではないのかしら? フギンやムニンに偵察に向かわせれば良いじゃない」
「島だから孤立しているし、烏が飛んできたら目立つでしょ」
「み、見つからないのが、フギルやムニンの力のはずです」
フリッグお姉さんやフレイヤは、烏を送ることに賛成らしい。だが、みーちゃんは反対なんだ。
ポスッとソファに寝転ぶと、アイスブルーのくりくりおめめを細めて、顎を撫でる。
「それは止めておきたいんだ」
「お嬢は神の存在を気にしているのだろう? 神ならばムニンやフギンの存在に気づく。そして、こちらの手札が無駄にバレるということになる」
「当たり。たぶん誰かが神様だと思うんだ。恐らくはスカジだと思う」
「ふむ……黒幕のスィアチではないのか?」
鋭い指摘のオーディーンのお爺ちゃんに、コロリと転がりうつ伏せになって、推論を口にする。
「原作でね、おかしい表現があったんだよ。教主スカジは『生贄魔法』を得意としてて、ゲームでも傷ついた五人衆を癒やすために側仕えを何度も『生贄』にしているんだ」
「だが、側仕えが黒幕だったか……なるほど、それは変だな。とするとだ、スカジとの戦闘はどうだったんだ?」
「アシュタロト復活時に、あっさりと倒せる。その後に復活の儀式を黒幕のスィアチが行うんだよ。自分の命を生贄にね」
スカジは回復魔法使いなので、あっさりと倒せる。でも、スカジは気絶したことになって、戦闘が終わったと安心するシンたちに、隙を見て側仕えが復活の儀式を行うのだ。
空気なプレイヤーは、「後ろ後ろシン!」とテレビ越しに叫んでいたよ。
これ、スィアチとは戦闘とならないんだ。そのまま高笑いをして自分の命を捧げて生贄になるだけ。
常に『生贄魔法』により、ホイホイ代わる側仕え。そして戦闘をせずに生贄となり、アシュタロトを復活させる側仕え。
これ、ストーリー的に破綻していると、当時は思っていたが、いつの間にか消えていたスカジが本当のボスならば、話の筋は通る。
偽物のボスと見せかけて、本当のボス。一度偽物と思われたボスが本物だとは誰も思うまい。
スカジが最初から『生贄魔法』を使っていた。ただそれだけだったんだ。
「相変わらず鋭いわね。なんでお嬢様はいつもはアホなのに、真面目にすると恐ろしい知恵を持つのかしら?」
「げ、原作と現実の差異を見つけて、見抜く力はさすがはみーたんですね」
フリッグお姉さんは呆れた顔でカフェオレを飲み、フレイヤがプラチナブロンドの髪を指に巻きつけて褒めてくれる。
そんなに褒められると、ちょっと照れちゃうねと、足をパタパタさせちゃう。
「しかし、スカジが神だとは限るまい?」
「だから、可能性だよ。スカジがこの世界の元管理者だったとしたら、自分が管理者の新世界を作るんじゃないかなって思うんだ。で、タイムリープをしたのは、シン、聖奈、スカジだと思う?」
身体丸ごとタイムリープしたのが、シン。精神のみが聖奈。スカジは不明だけど神ならば、タイムリープに加わっているだろう。
だが、みーちゃんの推論を難しい顔をしてオーディーンのお爺ちゃんは聞いて首を横に振る。どうやら、推論が違うらしい。
「それなのだが……。本当にタイムリープをしているのか?」
「ん? だってシンも聖奈も未来を知っているみたいだったよ」
特に『霜巨人』の設計図なんて、未来人でないとわからないだろう。なんか違うのかな?
「本来時間は不可逆のものなのだ。これは神の間では当然の事実。過去を変えることはできない」
「そうね、完全な神でも過去には行けないわ。それができるなら、神が他の神に負けたり、支配されることはあり得ないもの。過去に向かっていると思っても、そっくりな平行世界に行ってるだけなのよ」
オーディーンのお爺ちゃんとフリッグお姉さんが衝撃の内容を教えてくれる。たしかにタイムリープは変な話になるんだよね。
卵が先か鶏が先かという話。過去に行って未来を変えるならば、そもそもタイムリープをする世界線はどこに行ったんだと言うことだ。
「なるほど……時間を支配するクロノスが雷の神ゼウスに負けるのは、そもそも変だよねと思っていたけど、たしかにそれだとわかるね。むむ、だとすると予知?」
それだとシンの歳が変じゃない? しかも聖奈たちも同様に予知能力を持っている可能性は低い。
「うむ……儂はこの問題をずっと考えていた。そして一つの仮説を立てているところなのだ」
「おぉ〜、教えて!」
重々しく頷くオーディーンに、ムクリと起き上がって、アイスブルーの瞳をワクワクと輝かせて質問する。
フリッグお姉さんやフレイヤもオーディーンのお爺ちゃんに視線を集中するが、オーディーンのお爺ちゃんは、ゆっくりと首を横に振った。
「もう少し情報を集めなければならないのだ。恐らくはアシュタロトを倒す時に真実がわかるであろう」
そう言って、オーディーンは隻眼に深淵の光を見せるのだった。
その前にオーディーンのお爺ちゃんなら、わかるだろう。期待しているよ。




