214話 試合の結果
平民用の孤児院はみすぼらしい。外壁はヒビが入っているし、内装だって壁紙は色褪せているし、テーブルも机も年季が入った黒ずんだ色をして、ガタもある。
高級ホテルのような魔法使いの孤児院とはあらゆる点が違うなぁと思いながら、勝利はさり気なくわざわざ買ってきた新聞をテーブルに置いた。
「紙の新聞って、久しぶりに買った感じがするぜ」
食堂の椅子に座りながら頬杖をついて、新聞を見ながら言う。
食堂には大勢の子供たちが集まっており、色々な内職をしている。
今日はちょっと近くに寄ったので、顔を出した勝利である。たまたま新聞を買ったので持ってきたのだ。
「新聞紙って、掃除とかに結構使えるらしいよ、お婆ちゃんの知恵なんだってさ。なんだっけ、知恵袋?」
対面に座り、ちまちまと聖花の栞を作っている魅音が、顔をあげて新聞紙を手に取る。
「貰って良いなら、片付けておくけど?」
「まてよ、少しは気にならないか? 色々なことが書いてあるぞ。テレビ欄とか4コマ漫画とか」
早くも折り畳もうとする魅音を手で制して、おすすめを勧める。
「テレビ欄って呆れた、ニュースじゃないの?」
「あぁ〜、そういえば、ニュースもあったな。なんて書いてあるんだ?」
横目で新聞を見ながら、魅音へと尋ねる。新聞の内容をまったく見なかったんだよな〜。
「はぁ? 読んでいないのに、持ってきたとか……。えっとね、……今期の国債は………利率が、えっと………」
「経済欄じゃなくて、オホンゲヘン、なにか面白いニュースないか?」
「ウルハラの発表した魔導鎧に使用されている技術において……この漢字なんて読むんだっけ」
「そこじゃなくって、最近のニュース出てないか?」
ここらへん、ここらへんだよと、指で叩く。
「もう飽きちゃったよ。それじゃこれは有り難く唐揚げの敷紙に使っとくね」
「だめー! だめだから、だめー。ここだよ、ここ。このニュースッ!」
最大の重要ニュースが載っている場所を指差して、ここだよ、こことアピールする。絶対に見てほしいところがあるんだよ。
「はいはい、このニュースのために新聞買ってきたんでしょ? 新設した『須佐之男』部隊、少女で構成された『聖女部隊』に敗北」
新聞を手に持ち、ふんふんと魅音は読む。その次だよ、その次。その次を読めとソワソワと身体を揺らして、うへへと笑みを作り、期待して魅音を見る。
「間抜けな勝利は開始10秒で敗北。その間抜けな表情は一見の価値なし」
「そんなことは書いてねーだろうがっ! というか、一見の価値ありだろうが」
発言すらも悪意があると、勝利がテーブルを叩いて立ち上がると、ヘッと魅音はジト目で見返してきた。
「ここでしょ? 恋人を傷つけることを恐れて、魔法障壁すらも発動させなかった馬鹿な男の子粟国勝利」
「馬鹿なはなかっただろ、馬鹿なは!」
「聖女と熱愛発覚、婚約者候補のあぐにーばかとし〜」
「熱愛だってさ、熱愛! いや〜、参ったね、熱愛。婚約者候補だってさ。いや〜そんなつもりはなかったんだけど。困ったな〜」
もう婚約者候補だってさと、うへへへへといつもよりも爽やかに笑う。
食堂で聖花の栞を作っていた他の子供たちが、勝利の笑みを見て、ウワァと変顔になり、ドン引きするほどに爽やかだ。
「婚約者じゃなくって、婚約者候補じゃんか。なんで候補止まりなわけ? 聖奈」
魅音が僕の後ろに視線を向けて尋ねるので、うん? と振り返ると美しきメインヒロインが立っていた。
「候補止まりなのは、まだ爵位を継いでいないからですね、魅音さん。廃嫡される可能性もある殿方を婚約者にするわけにはいかないのです。私も一応皇族ですので」
僕たちへとニコリと優しげな笑みを向けて、聖奈さんが隣に座ってくれる。
「眩しい笑顔ですね、聖奈さん。その笑顔でご飯3杯はいけます!」
「ふふっ、ありがとうございます、勝利さん」
メインヒロインへと、これぞと思う褒め言葉を口にする勝利。
そのセリフを聞いても、微笑みを崩さない聖奈。まさしくその姿は聖女に相応しい。
ちなみに周りの子供たちは、ラブラブな二人のやり取りを見て、ますますドン引きしていた。
「それにしても爵位が必要なんですか。そうだったんですか。なるほど……親父にいつ引退をするか聞いてみます」
婚約者候補って、どうして候補止まりなのか不思議だったが、なるほど爵位が必要だったのか。
たしかに原作だと、勝利は嫡男の座から滑り落ちている。貧乏暮らしは、聖奈さんにはさせたくない。
しかし今の僕は原作を網羅した神である勝利だ。嫡男の座からは滑り落ちない。というか、弟が原作よりもアホそうなので、実質公爵家を継げるのは僕しかいないと思う。
「そうですね、今爵位を継がれると婚約者になると思います。キャッ。少し宮廷は混乱していますが頼りにしています」
「もう少し候補で頑張ります」
頬を手で押さえて照れる聖奈さんだが、宮廷争いは嫌なので、もう少し親父に頼ろうと思います。
「宮廷争い?」
不思議そうに魅音が首を傾げるので教えてやる。平民では知ることもないからな。
「今の宮廷は、皇帝派が強いけど、貴族派というか神無公爵派も力があるんだ。そして、そこに皇帝派とはいえ、少し力がありすぎる鷹野家が加わった。鷹野家は今まではパッとしない家門だったけど、今や下位貴族の多くを纏めているし、高位貴族にも手を回し始めているんだ」
人に教えるのは優越感があるなと、得意気に人差し指を振って教えてやる。
「なんだ、鷹野家は皇帝派とかいうのなら良いんじゃないの?」
「そう簡単にはいかないんだなぁ。鷹野家は急速に力をつけすぎている。それに当主代行の鷹野芳烈は、今孔明と呼ばれるほどに、優れた策士だ。勢力図が今は大きく書き換わっているから、どの貴族たちも権謀術数を駆使して力をつけながら、様子を見ている」
今は誰につけばよいのか、さっぱりわからない。
皇帝派につくか、皇帝派とはいえ、その思惑が読めない鷹野家につくか、貴族派の神無公爵につくか。
口にはしないが、『ニーズヘッグ』や『ソロモン』の暗躍もある。原作が始まると大変なことになるのだ。
「そうなんです。みーちゃんは私の親友ですし、粟国家も頼りになる勝利さんがいるから安心なんですけどね」
聖奈さんがパンと手を打って小首を傾げて、見惚れてしまう笑みで嬉しいことを言ってくれる。
「だから、このタイミングで爵位を継ぎたくはないわけ。そうだな、6年後ぐらいかな?」
そのぐらいなら、原作はエンディングとなり、シンが全てを解決しているはず。安心である。
粟国家は原作では、弟がシンと親友だから隆盛を………んん? 僕が生き残っている場合はどうなるんだろ?
首を捻って考えこんでしまうが、聖奈さんが真剣な瞳でジッと見てくるのに気づく。
「どうしましたか、聖奈さん?」
「いえ、なんでもないです。ちょっと勝利さんの凛々しい顔に見惚れてしまいました」
僕が問いかけると、小さな舌をペロッと出して、柔和な笑みとなる聖奈さん。
「そうなんですか。いやぁ〜、いくらでも見てください。そんなに凛々しいですか」
「はいはい、そういうの良いから。だから、ヘタレなあんたは爵位を継がないと。ふーん、話はわかったよ。あんがとさん」
ヘドロのように顔を緩ませて、照れる勝利に魅音がお礼を言う。ヘタレは余計だろうと言いたいが凛々しい勝利はそんなことで文句は口にしないのだ。
「まぁ、神無家の力は衰えているからなぁ。混迷の宮廷なんだよ。『須佐之男』部隊も団長代わったしな」
「あれだけ簡単に負けては、精鋭と謳った『須佐之男』部隊の団長に相応しくありませんからね。瑪瑙ロビンさんには申し訳ないことをしました」
「帝城闇夜に簡単に負けましたからね。当然の結果ですよ」
団長に就任した『瑪瑙ロビン』はその日に更迭されて、代わりに『帝城真白』が副団長から繰り上がって団長となった。
神無公爵と瑪瑙侯爵は揃って、頑強に反論した。ただのお披露目会であると。その責任を問うのはおかしいと。
だが、その実力に不安があると皇帝が告げると、反論できずに押し黙るしかなかった。
そのため、『須佐之男』部隊は帝城家が武士団に続き、トップに。いずれは真白は武士団のトップになるだろうが、ちょうどよい下積みとなるだろう。
そして、神無公爵の虎の子の部隊なのに、帝城真白がトップについてしまったので、自由に動かせないことだろう。
なんだか、神無公爵の勢力が不思議と削られている。その中心にいるのは、帝城家だ。転生者の闇夜が裏で動いているに違いない。原作が少し変わる予感がするよな。
「よくわかんないけど、平民のあたしたちには関係ないかな? それじゃあ、しばらくはあんたは候補のままなんだ」
「将来的には、こ、こんにゃくしゃになる予定だけどな」
堂々たる態度で答えてやる。少し噛んだのは忘れてほしい。婚約者とか照れるだろ。
「ふーん、まっ、いいや。ところで聖奈は何しに来たの? そこのアホは新聞屋になるつもりなんだろうけど」
「なんで、新聞屋なんだよ!」
「何部買ってきたわけ?」
「新聞が見られない奴がいると可哀想だからな。買い占めてきた」
ジト目で僕の足元に置いてある新聞の束を見てくる魅音。皆に見せてやろうと、買い占めてきたんだよ。良いじゃねーか!
「私は孤児院に慰安に来たんです。絵本とカレー粉を持ってきました」
「おぉ、ありがとさん。皆、聖女様の差し入れだよ〜!」
聖奈さんの後ろにいた侍女が段ボール箱を持ってくる。中にはぎっしりとカレー粉が入っているようだ。でもなぜ、カレー粉? カレー粉があれば、なんでも食べられる? へー、なんか聞いたことがあるぞ、サバイバルとかでの必需品だとか。
「それじゃ、取って置きのココアを持ってきてあげるよ!」
「可愛らしい聖奈さんの婚約者候補の僕にも一杯くれ!」
「へーへー、こんにゃくしゃ候補のあんたにも持ってきてあげるよ」
魅音が立ち上がって、ココアを注いできてくれる。ちょっと喉が渇いていたからちょうど良いや。
直ぐにココアを入れて魅音がテーブルに置いてくれる。僕はせっかく持ってきた新聞をハリセンや兜に変えようとするガキから守りつつ受け取る。
「ありがとうよ。それでこいつらどうにかしてくれ」
「兜折ろうぜ! 兜!」
「ビリビリ〜。花吹雪〜」
「ハリセン、ハリセン!」
ガキたちが群がってくるのを押しとどめて、助けを求めるが肩をすくめてきやがった。
「新聞に興味なんか持つわけないじゃん」
「ふざけんな、これ新品」
「もーらいっ! 逃げろ〜」
遂に束を丸ごと抱えて、笑いながらガキたちは逃げ出した。もう回収は無理そうだ。
「あ、美味しいです。ありがとうございます、魅音さん」
ココアを飲んで、ニコリと微笑む聖奈さん。そんな聖奈さんも可愛いなぁと思いながら、新聞を諦めて僕もココアに口をつける。
口に味が広がると、クワッと目を見開く。
「ぶはっ! まじいっ! 辛いっ! なんだこれ、カレー粉入れただろ!」
思わずココアを吹き出して、ゲホゲホと咳をする。
ココアの味にカレー粉の辛さが混じり合い、物凄い味となっている。
「せっかくだから、カレー粉も飲ませてあげようかと思ってさ」
「おまっ、ふざけるなよっ!」
不味ぅ、なにこれ飲めるの? 文句を言う僕へとなぜかプウッと頬を膨らませて、舌をベーッと見せる魅音。
「婚約者候補なんだから、差し入れぐらいは飲めないといけないんじゃない?」
カレー粉とココアを合わせるんじゃね〜よと、しばらく魅音と罵り合う勝利であった。




