213話 どこかで見た光景
物凄い速さで転がる灰色髪ちゃん。なにあれ、タイヤ? タイヤなのか、あんなふうに丸まって移動する奴が、前世のゲーム主人公でいたなと僕は驚く。
一つ違うのは、愛らしい無邪気な笑顔なので、そんな姿も可愛らしいことだ。つくづく美少女はお得だよな。
しかし、僕や他の人たちがその可愛らしいアホな行動に生暖かい目を向けている中で、戦っている子豚星人の方だけが驚いていた。
「プキー! なんだお前、逃げるなよ、コラッ!」
『嵐撃風槍』
しかし、魔法を放つ子豚星人を見て驚いた。子豚星人は、杖を使わずに両手を広げて灰色髪ちゃんを狙っているが、その魔法の能力が生半可ではなかった。
全ての指先にマナを込めると、魔法を発動させる子豚星人。全ての指先に魔法陣が描かれると、暴風でできた槍を撃ち出す。
10本の暴風の槍は、空間をねじ切るように飛んでいき、コロコロ転がっている灰色髪ちゃんを貫かんと迫る。
灰色髪ちゃんは、転がるのをやめずに、身体を傾けて車のように右に左にと角度を変えて進み、暴風の槍を躱していく。
躱された暴風の槍が魔法床にぶつかると、強化されて鉄よりも硬いはずの床は砕けて石塊を舞いあげて大穴が空く。
「ドリフト走行だよ!」
コロリンコロリンと転がって、曲線を描きながら、可愛らしい声で叫ぶと、灰色髪ちゃんは寸前まで迫る暴風の槍の横をぎりぎりで通り過ぎていった。
もちろん転がっているだけなので、ドリフト走行ではないが、本人的には曲線を描いて躱すのはドリフト走行となるんだろう。
「プッキー、この連撃躱せるかっ!」
憎々しげに灰色髪ちゃんを睨みながら、子豚星人は次々と暴風の槍を撃ちだしていく。
「なんて魔力と精緻な魔法陣だ! あいつ、戦闘センスは天才的だな」
僕は子豚星人の戦闘センスを見て、目を剥いて驚いてしまう。
モブな説明係となった勝利が驚くのも当たり前であった。
なにせ、クールタイム無く、マナの枯渇で苦しむ様子も見せずに、魔法床を破壊するほどの威力を持つ魔法を使うのだ。
凡庸な魔法使いでは不可能だ。マナの保有量と魔法の展開の仕方、悔しいが天才的だ。
ズズン、ズズンと魔法床が音を立てて破壊されていく。まるでミサイルポッドからの尽きぬ連射のように、暴風の槍を撃ち出す子豚星人。
だが、動揺も見せずに灰色髪ちゃんはその全ての攻撃を躱して、リングを周回するように転がる。
正直、恐るべき胆力だ。よくあんな攻撃を前に前転で躱せるよな。なにあれ、前転の固有魔法か? そんなものがあるとは聞いたことがないけど。
「ムガーッ、ザコ女、ザコ女、ザコ女! 僕ちん本気になるもんねっ!」
激昂する子豚星人は顔を真っ赤にして、怒りの声をあげると両腕を左へと揃えて伸ばす。
「お遊びは終わりだっ!」
マナを集めてその体を緑色のオーラに光らせる。大技を使うつもりのようだが、魔法の発動が早い。その身体から逆巻く暴風が巻き起こる。
「風の魔法使い……。鷹野家の直系の血筋ってやつかよ」
僕は吹き荒ぶ暴風を防ぐために、顔の前に腕を翳して、驚愕の表情で恐るべき子豚星人だと呟き、隣へと視線を移す。
ラブラブなカップルが、バトルの実況役をする。そんな光景を期待して、聖奈さんの相槌を求めたが……。
「は、早く回復魔法を……。あぅ、頭痛い……」
気持ち悪そうな青褪めた顔で、俯けに地面に倒れていた。さっきの回復魔法の反動が返ってきたようだ。
「大丈夫ですか、聖奈さん!」
お姫様抱っこだ。お姫様抱っこしかないと、フンフンと鼻息荒く、手を震わせて聖奈さんへと手を伸ばす。
「水、水を下さい……」
お姫様抱っこをする僕。小説の世界に入って、遂にヒロインとのラブラブイベントが発生したと感動と、下心の顔になる。
だが、問題が一つあった。
「ウィングバインダーは外せないんですか? 物凄い邪魔なんですが?」
羽のような巨大な背部ウィングバインダーが物凄い邪魔だった。なにこれ、お姫様抱っこ妨害装置?
「あぅぅ……試作品だったんで……生姜湯でも……」
「はいは〜い。玉藻が連れていくね〜。コンコンまほ〜」
二日酔いのおっさんみたいなことを言う聖奈さんに、狐娘が観覧席から降りてくるとパチパチと背部ウィングバインダーを外すと抱きかかえて去っていった。
「くっ、宙哉の奴、ここまでの魔法使いだとはっ!」
最初から実況者は僕だけだったんだと、目を逸らして戦闘へと顔を向ける。お姫様抱っこをしたかったなんてことはない。少し涙目なのは気のせいです。
子豚星人はマナを集束して、ブヒヒと顔を醜悪に歪めていた。
「死ねっ!」
『嵐王昇竜』
巨大な魔法陣が空中に描かれると、その中から何かが姿を現してくる。脚には強力なマナを宿らせている鋭い鉤爪、身体には緑に光る竜の鱗がびっしりと生えており、黄金に光る爬虫類の瞳に、あらゆるものを噛み砕く牙が強靭な口元から覗かせている。
そして、その身体は渦巻くように風が覆っており、周囲に舞う砂埃や石欠片を風の刃で切り刻んでいた。
ズズンと音を立てて、降り立ったのは嵐竜であった。バサリとコウモリのような翼を広げると、その威容を見せつける。
「見たかっ! これこそが僕ちんの秘奥義『嵐王昇竜』召喚だ、プギー!」
コロコロと転がっていた灰色髪ちゃんは、それを見てトンと浮き上がると軽やかに床に立つ。
「ドラゴンを呼び出すなんてすごーい! 宇宙から召喚したのかな?」
アイスブルーな瞳をキラキラと輝かせて、ちっちゃな手でパチパチと拍手をする無邪気な灰色髪ちゃん。ドラゴンを前にしても、全然恐怖を覚えないようだ。あの娘は状況がわかっているのか? やばいじゃねーか。
「ウヒヒ。ウハハ、天才たる僕ちんの力なら当たり前だっ! 貴様と僕ちんの力の差を知って死ねっ!」
哄笑する子豚星人。どうやら勝ったと確信しているようだ。たしかにあのドラゴンを前にしたら、灰色髪ちゃんでは敵わないだろう。
「でも、ここで闇夜が助けに入るテンプレ展開だろ? って、なんであいつは場外に降りているんだよ!」
なぜか闇夜は場外に降りて、灰色髪ちゃんの戦闘の様子をカメラを持って見ていた。やばいじゃん、やられちゃうぞ、灰色髪ちゃん!
「やってみないとわからないよ!」
「はっ! Aランクの風魔法使いである天才たる鷹野宙哉に敵うわけないだろうがっ」
子豚星人は嘲笑いながら、手を振る。
「やれ、ドラゴンッ!」
「グォォォッ」
風のドラゴンは咆哮をあげると、灰色髪ちゃんへと向けて口を開く。
『嵐息吹』
ドラゴンの口内に風が物凄い速さで集束していくと、竜巻のような息吹が放たれた。
「私もでんぐり返しの奥義を見せちゃうよ!」
あらゆるものをミキサーに入れたかのように切り刻む嵐の息吹を前に、不敵に笑うと灰色髪を靡かせて、床を軽くトンと踏み込むと灰色髪ちゃんは空中に浮く。
「ほいさっ」
そして、魔導鎧の半透明の水晶で作られた装甲を光らせると高速で横滑りをした。
「逃すなよ、ドラゴン!」
子豚星人の言葉に従い、ストームドラゴンは息吹を止めることなく、首を振って灰色髪ちゃんを捉えようと追いかける。
暴風が魔法床を大きく削っていき、灰色髪ちゃんに迫る。
「当たるかな? 頑張って躱しちゃうよ!」
追いかけてくる息吹を前に、まるで木の葉のようにふわりと動き、くるくると回転して息吹を寸前で灰色髪ちゃんは躱していく。
止めることなく続き、追いかけるドラゴンの息吹。左へと回転して躱したかと思うと、背面飛びのように息吹を飛び越えて、素早く軌道を変えて、息吹の下をかいくぐり、灰色髪ちゃんは舞うように複雑な機動を行う。
「プギー、ちょこまかとっ!」
「操作に集中しすぎ!」
苛立ちの声をあげて、子豚星人が手を振って操るが、灰色髪ちゃんはそれを見て、笑みを浮かべて魔導鎧を光らせると急加速した。
それを見て、ストームドラゴンは口を閉じて脚を振り上げて爪で切り刻もうと攻撃を繰り出す。
だが、灰色髪ちゃんは地面に降り立つと、脚を強く踏み込んでさらなる加速をしてかいくぐり、ストームドラゴンの横を通り過ぎていった。
慌ててストームドラゴンが尻尾を振るうが、突風を巻き起こすだけで、灰色髪ちゃんは迫る尻尾に軽く手をつけると、前転をしてその上を飛び越えた。
「くっ、まずい!」
使役に全ての力を使っていたのだろう、子豚星人は慌てて構えをとろうとするが遅すぎた。
「ていてい」
ヒノキの棒のような武器を灰色髪ちゃんは子豚星人を狙って振るう。
「あだっ、いでっ」
まるで剣を振るうかのように、軽やかにそして的確に、子豚星人が防御をしようと魔法の盾を作っても、その隙間を縫うように叩く。
足を叩き、怯んで腕を下げる子豚星人の横っ面を叩き、クラリと体を揺らして下がると、身体を回転させて、勢いよく胴体へとヒノキの棒を食らわせる。
その動きは明らかに達人のものだった。子豚星人が杖を振って対抗しようとしても、絡めとって弾き飛ばし、突きを入れてカウンターをとっていた。
「天才たる僕ちんが、天才たる僕ちんが〜っ! このザコ女め!」
ブンブンと不格好に杖を振るう子豚星人と、達人の動きでヒノキの棒を振るう灰色髪ちゃん。その腕の差は明らかで、カンカンと打ち合う音がするが、灰色髪ちゃんの攻撃を子豚星人が食らうだけだ。
その光景に、僕はなぜかデジャヴュを感じて、眉を顰める。どっかで見たな、この光景。
「そ、その程度じゃ、僕ちんの魔法障壁は破れないぞ」
所詮ヒノキの棒での攻撃。魔法障壁を削ることはできないだろうと、子豚星人はせせら笑うが、なんか貫通しているように見えるの気のせいか? 魔法障壁は発動しているけど、痛みを感じているようだが……気のせいか?
「なら、ひおーぎを使うね!」
ヒノキの棒を投げ捨てると、ニパッと灰色髪ちゃんは笑い、ちっちゃな手を子豚星人に向ける。
「これぞ、でんぐり返しのひおーぎっ!」
『ローリングタックル』
そして足元に僅かにマナの光を巻き起こし、身体を抱えて空中で猛回転すると子豚星人へと突撃した。
子豚星人の身体にぶち当たると、その頬をひしゃげさせて、パチンコ玉のように吹き飛ばすのであった。
悲鳴をあげた子豚星人は、ボールのようにドカンドカンと床の上を弾んで場外へと落ちていった。
「ブヒィッ」
そうして僕の真横を通り過ぎて、地面に落ちると上半身がめり込んで、脚をピクピクと痙攣させるとオブジェへと変わった。なんて小説に相応しいやられっぷりだと僕は呆れてしまう。
「ぶいっ! さぁ、子豚さん、皆に謝ってくださいね!」
Vサインを作って、フンスと鼻息荒く灰色髪ちゃんが言って、戦闘は終わるのであった。
「ひええっ、まさか、まさか……」
「やりましたね、みー様!」
「精神回復を……騒がないでください。頭痛い……」
三者三様で皆が叫び、『聖奈さんファンクラブ』は『須佐之男』部隊に勝ち、その力を示した。
だが、僕はその光景を見ながら、なんだか見たことがある光景だと首を捻って不思議に思っていたが、ポンと手を叩く。思い出したぞ。
「これ、僕のイベントだ」
小説において、粟国勝利がシンとの決闘をするシーン。セリフも少し違うし、配役も違うが、そっくりだったのだ。
なんだか自分の出番が奪われたような感じがするが……まぁ、気のせいだろうな。




