212話 ハグは命懸け
対峙するのは愛しの聖奈さんだ。ぴったりと肌に張り付いているスーツがちょっとだけエロい。あと数年後にこのイベントはやってほしかった。
あちらは帝城闇夜を中心において、それぞれが相手をするつもりなのだろう。
瑪瑙ロビンは帝城闇夜が、子豚星人は灰色髪ちゃんが戦うつもりだ。
二人とも真剣な顔で身構えている。聖奈さんは抱き合って場外に落ちる駆け落ち的な感動の負け方だから、早くもその顔は赤く照れていた。
多分そうだと、勝利は脳内補完をした。
ちょっと気になるのが、聖奈さんの魔導鎧は、背部ウィングバインダーとなっているが、2メートル近くあって少し大きいところだ。なんだか、加速能力が恐ろしく高そうな気がするのは気のせいだろうか。
あれで突進してくるつもりなのだろうか。まぁ、たとえトラック並みの威力でも抱き止めるのは変わらないが。
魔導鎧『ウォータン』は、噂通りアタッチメントにより姿を変えて性能も変わるらしい。
帝城闇夜は左右の肩当てがカイトシールドのように大きい。手には漆黒の刀を持っており、その力は離れていてもわかるほどに凶悪なマナを宿している。
灰色髪ちゃんは、ヒノキの棒らしき物を手に持ち、各部が美しい水晶でできている装甲を付けている魔導鎧だ。
なるほど、見掛けはまったく違うのに同じ魔導鎧というのはたしかに凄いと、勝利は感心した。
ヒノキの棒らしきを持っている灰色髪ちゃんは、回復オンリーで戦うつもりなのだろう。なので、この戦いは闇夜がどれだけ戦えるかで決まる。
こういった場合の転生者のテンプレはよく知っている。一人だけ残って、後の敵を倒し大活躍。皆が驚き拍手喝采のパターンだ。
ちくしょう僕は負けないぞ転生者め、どうせチートな力を持っているんだろと、自分のことを棚に上げて勝利は妬む。
だが、よくよく考えると負けるのは決めているし、聖奈さんと抱き合えるんだから、まぁ、良いかと思い直す。
うへへとほくそ笑むその姿は、小悪党なヤラレ役のモブなのだが幸い誰にも気づかれなかった。
「ロビン! 負けるんじゃないぞっ! いや、あっさりと勝つんだぞ!」
瑪瑙ロビンの父親の瑪瑙侯爵が、血走った目で怒鳴っている。観覧席に座ることなく、身を乗り出してバンバンと壁の縁を叩いている。
「そうですよ、若! 『須佐之男』の団長が幼い少女に負けたらまずいです!」
「苦戦もなしですからね!」
「バカ殿、頑張ってください!」
瑪瑙侯爵の取り巻きも、必死な表情だ。もはや後はないと、瑪瑙侯爵は反対側の席に座る鷹野芳烈を睨んでもいた。応援の中にさりげなく悪口も混ざっているな。
様々な利権や派閥の争いがこの試合にはかかっているのだろう。
たしかに精鋭との触れ込みの『須佐之男』部隊団長が少女ばかりの儀礼部隊『聖奈さんファンクラブ』に負けたら、泥塗れの看板になるのは間違いない。
今回の試合。選抜されたのは、大人である団長以外は、聖奈さんとラブラブなゴッド勝利と、他星からやってきた子豚星人と子供ばかり。
その力はあまり変わらないし、『須佐之男』部隊は本来は腕の立つ大人ばかり。この試合で実力は測れないのだが、設立当初で負けたとあれば、その評判は地に落ちる。
「おのれ、鷹野芳烈。悪辣な謀略を!」
この流れは芳烈が作ったものに違いないと、瑪瑙侯爵の目は既に殺意がこもるほどに、危険な光を宿している。
『魔法の使えぬ魔法使い』だからなぁと僕も思うが、最初の混乱を巻き起こしたのは子豚星人なので、文句は言えない。
瑪瑙ロビンを推薦した神無公爵は、隣にシンと月を立たせて、細目のままで表情は穏やかそうなものだ。シンも同じ表情で、月だけがキョロキョロと周りの様子を窺っていた。
元服しているはずなのに、相変わらず弟の姿はない。ちなみに僕の弟はまだ元服していないので、留守番だ。
睨まれているにもかかわらず、鉄の胆力を持っているのか、芳烈は心配そうに娘である灰色髪ちゃんを応援していた。
「みーちゃん、気をつけるんだよ? 危なかったら、すぐに棄権するんだよ?」
「はぁい、パパ! 危なかったら、棄権するね」
ちっちゃな手をあげて頷く、素直な可愛らしい少女である。たしかに弱そうだから心配にもなるだろう。
「それでは、試合開始!」
レフリーの言葉が響き、お互いに武器を構える。
「うぉぉ! 圧倒的な力で勝つ!」
炎と雷の二本の剣を持って、雄叫びをあげてロビンは床を蹴る。ダンと空気が破裂するような音が響き、帝城闇夜との間合いを詰めると剣を振るい、戦闘を開始した。
「それでは、勝利さん、……や、優しくしてくださいね?」
「もちろん手加減します。安心してください!」
顔を赤らめて聖奈が僕を見てくるので、ニカリと歯を煌めかせて、爽やかだと信じている笑顔で答える。
鼻の下を伸ばして、今にもよだれを垂らさんばかりの爽やかな笑みを見ても、顔を赤らめたまま聖奈は身構える。
「いきます!」
「さぁ、来てください!」
フンフンと鼻息荒く、僕は両手を広げて天地勝利の構えをとる。これはどのような体勢でも相手を抱きしめることができる画期的な奥義で
『聖爆歩法』
聖奈さんはマナを足に集中させると足元を爆発させて、その反動で突進してきた。背部ウィングバインダーから、純白の粒子が吹き出して、一気に加速する。
風の壁を突き破り、聖奈さんの通り過ぎた石床は捲れ上がり、瞬きの間に僕の腹に飛び込んできた。
「ぐっふぅぅ!」
肺の空気が吐き出されて、踏み留まろうと足に力を入れても、その突進力を押し留めることはできずに、石床をガリガリと削って、リングから吹き飛ばされて外壁にめり込んだ。
ビシリと壁にヒビが入り、吐血してしまう。
「えぇぇ! 大丈夫ですか、勝利さん!」
僕がちょっと傷を負っただけなのに、聖奈さんは慌てた表情で地面に降り立つと抱きしめてくれる。
うへへ、僕って愛されているなぁと、ちょっと身体を痙攣させて口元を引きつらせて笑みを作る。この程度の怪我で慌ててくれるなんて、可愛らしいなぁ。
「きゃー、回復しますね!」
『生命回復』
ちょっと手足があらぬ方向に曲がっただけなのに、聖奈さんは自身の最高の回復魔法を使用してくれる。聖なる輝きに包まれると、なぜか冷たくなり始めた身体に暖かさが戻ってきた。
「ありがとうございます、聖奈さん」
「なんで、魔法障壁を解除して身体強化もしなかったんですか、危ないじゃないですか!」
血相を変える聖奈さんに、フッと息を吐いて髪をかきあげて、決め顔を作る。
「聖奈さんの柔らかい身体をしっかりと抱きしめたかったんです」
『貴女を傷つけたくなかったんです』
決まった。コレは決まったと勝利はフンスとドヤ顔になる。
聖奈さんは冷ややかな温度を感じさせるジト目となった。
……やべー、本音と建前間違えた。ちょっと頭をぶつけた反動が大きかった。
「勝利さんが大丈夫で良かったです。それでは私はみーちゃんたちの応援をしますね」
しかし、冷たい視線は気のせいだったのか、ニコリと微笑む優しい聖奈さん。
照れているのかなと、ポジティブシンキングで僕も試合を見る。これで、聖奈さんとの仲をアピールできただろう。悪いなシン。
周りが本当にそう見たかは不明であるが、少なくとも勝利はそう信じることにして、神にも祈った。
試合は闇夜とロビンとの激しい打ち合いとなっていた。
「なかなかの腕前だが、私の相手じゃないね!」
ロビンが余裕の笑みを浮かべて、二刀での攻撃を続けている。団長になったのは、コネだけではなく、実力もしっかりと持っていたようで、振るう二刀はまるで息のあった二人の剣士が攻撃をしているかのようだ。
通常、二刀流などは力の籠もらない攻撃となってしまう。所詮片方の剣は牽制に使う程度にしかならないのに、身体強化を上手く使い、それぞれの剣に力を込めて強力な剣撃へと変えている。
右からの横薙ぎが振るわれたと思ったら、同時に左の剣が袈裟斬りに振り下ろされる。闇夜は刀を繰り出される剣に合わせて受け流し、躱しきれないと悟るとバックステップをして、ぎりぎりで回避していく。
炎の軌跡が空中に舞い、超高熱の雷が闇夜を襲う。
「ははっ! どうだい? 負けを認めた方が良いよ?」
息を切らせることなく、連撃を繰り出し剣を振るい闇夜を詰将棋のように追い込みながら、ロビンがせせら笑いを浮かべる。
「どうでしょうか? 武の帝城家を侮らないでください」
漆黒の刀をひらひらと振るい、火花を散らして打ち合い、巧みに2本の剣を防ぐ闇夜が、動揺もせずに冷静な表情で答える。その姿はまだまだ余裕がありそうだ。
「ロビーン! 何をやっとるっ! 苦戦も許さんぞ!」
戦いが長引く中で、瑪瑙侯爵が焦った表情で怒鳴りつけてくる。
ちらりと親を見て、クッと口を噛むとロビンは二刀にマナを込め始める。
「仕方あるまい。怪我をしても回復魔法使いがいるんだ。大丈夫だろうよ」
ロビンは父親の指示に従い、マナを体内から放出させる。突風が闇夜の黒髪を靡かせて、周囲に吹き荒れる。
「私の奥義でおしまいだ!」
『雷火十字閃』
2本の剣に宿る火と雷が一層力が集まり、燃え盛り紫電を発した。
そうして、剣閃が闇夜に十字の軌跡となって襲いかかる。
あれは、魔法障壁では防げねーよと、見ていて慌ててしまうが、闇夜は冷静であった。
「ショルダーシールド展開」
闇夜が呟くと、カイトシールドのように大きな肩当てが分離して、構成している装甲が分離して広がると魔法陣を作り出す。
そして、半透明の闇の障壁が作り出されると、ロビンの剣を受け止めてしまう。
「な、なにっ? それは!」
障壁に阻まれて、二刀は絡め取られて動かすことができない。そのことに驚愕するロビンに、闇夜は凍えるような声音で告げる。
「みー様を守るため、重装甲の魔導鎧を頼んでいたのですが、なかなかの性能のようで何よりです」
「くっ! 重装甲障壁展開型の魔道具を仕込んでいたのか」
「それでは私の番のようですね」
『闇剣一式 巨骸剣』
闇夜の持つ刀に不気味な骨でできた剣身が作り出される。見るだけでわかる危険なマナを宿した刀だ。
「おしまいです」
「グッハァァッ」
右から左へと水平に振るわれた一撃をまともに受けると吹き飛んでいった。
勝利と同じように壁にめり込むと、苦しげな表情でガクリと気絶するのであった。
「ひ、ひえぇぇ! ロビーン!」
瑪瑙侯爵が悲鳴をあげて、周囲の貴族たちも驚く中で、闇夜は刀を一振りすると、勝ったことに喜ぶ姿も見せずに鞘へと納める。
これで決まったなと、僕はその様子を見て嘆息する。最後の灰色髪ちゃんと子豚星人の戦いは、闇夜が介入して終わりだろうと思っていたが
「てやぁ」
なぜかタイヤのような速さでコロコロと転がっている灰色髪ちゃんの姿があった。
なにやってるんだ、あれ?




