206話 後藤隊長の話を聞くんだぞっと
完全に回復した後藤隊長は身体を触って治ったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
「癒して頂き感謝を、鷹野伯爵」
頭を深く下げて、お礼を言ってくるので、気にしないでと手を振って返す。
「わ、私にもあの魔法を……く、下さい」
『生命回復』の反動で気持ち悪そうな聖奈。精神回復魔法はかけないでと言っていたけど、やっぱりきついらしい。手をぷるぷると震わせてしがみついてお願いをしてくるので、ホホイと『精神快癒』をかけておく。
精神だけは回復して顔色が良くなり、ふぅと安堵の溜息をしてから、聖奈は真面目な顔になる。
「助かりました。ありがとうございます、みーちゃん。それで、後藤隊長、いったいなにがあったのですか?」
聖奈の問いかけに、深刻そうな顔をして後藤隊長は話してくれる。
「実は、探索の結果、ここに『ニーズヘッグ』の『スルト』及び怪しい者たちを発見しました。私たちは捕縛に向かったのですが……ご覧のとおりです」
周りを見て、部下が死んでいることを確認すると辛そうな顔になる。自分だけ生き残ってしまったとか思っていそうだね。
ここは戦場、彼らは戦士で戦いを選んだのだ。彼らは死を覚悟していたんだ。周りがいるのに判断ミスとか口にはしないでほしい。死んだ人が報われない。
みーちゃんのお願いが届いたのか、慣れているのか、後藤隊長は気を取り直すと、こちらを見てきた。
なんだか責めるような視線だけど、なんだろ?
「鷹野伯爵、回復魔法には感謝をしているが、この『身代わりの符』は起動しなかったぞ?」
懐から取り出したのは、紙を人型に似せて作られた『身代わりの符』だ。
たしかに見た目はきれいで、壊れてはいなさそうだ。
発動しなかった? 不思議に思いコテリと首を傾げてしまう。『身代わりの符』は、みーちゃんたちゲームキャラには使えない魔道具だ。アクセサリー枠に装備すれば使えるけど、使い捨てのアイテムを装備するつもりはない。
しかしこの世界の人間ならば、自動で発動するはず。なにより、みーちゃんはマツの力を信じている。レベルも50越えだしね。
「えっと、マツさんの作った『身代わりの符』は、たしかな品質です。後藤隊長もしっかりと確認しましたよね?」
『身代わりの符』は一枚1億円で販売したのだ。不良品と言われるとうちの信頼も失われちゃうよ。
後藤隊長は顎をさすって、眉を顰めて顔を険しくさせる。その顔はみーちゃんへの怒りではなく、他の事柄で思い当たることがあるようだ。
「たしかに……私も保有されているマナを確認しておりますし、その効果が『身代わりの符』であることも買う時に見ました」
自傷して試したからね。後藤隊長も疑り深すぎる。
「でしょう? いつもニコニコ安心安全の『ウルハラ』の魔法紙を使ったんです。マツさんの腕前もたしかなもんですもん」
エヘンと胸を張り、ムフンとドヤ顔なみーちゃんを見せちゃう。
理由もすぐにわかったよ。『完全魔法耐性』のせいだ。あらゆる魔法を無効化する魔法のために、魔法障壁も『身代わりの符』も発動しなかったのである。
『完全魔法耐性』が諸刃の剣の証拠である。本来は自分にかけて、あらゆる魔法を防ぐが、その反面支援魔法や回復魔法も無効化してしまう。
ゲームでも、この魔法は使わなかった。使いにくいことこの上なかったしね。ゲームでは敵にかけることはできなかったが、現実では使えちゃうのか。
まさか、敵も後藤隊長が助けが来るまで生きているとは思わなかったのだろう。だからこそ、『完全魔法耐性』の存在に気がついたんだけどね。
「とすると、やはり敵の攻撃が特殊だったのですな……」
「なにがあったのでしょうか? 後藤隊長のお持ちになっていた刀が粉々になっていますが?」
闇夜が地面に転がっていた柄を取り上げて見せる。本来は刀身があったのだろうが、綺麗に破壊されていた。
「おぉ………。見せて見せて……これミスリル刀身が完全に破壊されているね。コンコンって壊されちゃってる」
柄を玉藻は受け取り、じっくりと確認すると、珍しいものを見たと驚いて、ブンブンと尻尾を振る。
「それが……国際指名手配犯『スルト』を発見したために捕縛に向かおうとしたところ、護衛と思しき敵兵との戦闘になりました」
「負けたんですよね。あ、『スルト』はペチャンコにしておきました」
「さすがは鷹野伯爵ですね」
空気を読まないみーちゃんである。なんだか長くなりそうだったので、さっさと要点を教えてください。
後藤隊長は苦笑いをして頷く。
「負けました。ですが、最初に斬り合った感触から、正直に言いますと負けるとは思いませんでした。マナの保有量はかなりの多さ、剣技も一流でしたが、それでも私の方が勝てると考えていたのです」
そこには戸惑いがあり、見栄を張っているようには見えない。本当に勝てると予想していたようだ。
このおっさんは、自身に絶対の自信を持っている。たぶんレベルに現れない巧みな剣技や魔法の技があるに違いない。
「でも負けたんですよね?」
「はい。剣技は私の方が上でした。そして私の秘奥『タケミカヅチ』に敵は完全についてこれておりませんでした」
「『タケミカヅチ』?」
なんか名前から凄そうな魔法技だ。雷系統か?
「後藤隊長の『タケミカヅチ』は神速の攻撃技です。素早さを大幅に上げて、剣速も目にも止まらぬ……という名前が相応しいものなんですよ、みーちゃん」
「みー様、後藤隊長は日本有数の剣の腕前です。近接戦闘では負けるとは思えませんが……」
聖奈と闇夜が保証するほどに強いらしい。なるほどねぇ。超一流の侍さんだったのね。
「相手は近接戦闘特化らしく、距離をとってからの攻撃は魔道具頼りでした。なので、押し込めると思い、『スルト』を逃さないためにも、一気に倒そうとしました」
そこで言葉を切り、不可解そうな表情で考え込む。
「敵の隙をついて使用した『稲妻流し斬り』が完全に入ったと思ったのですが……。斬ったはずの敵の胴体はまったく傷一つなく、代わりに私の刀が粉々に砕けておりました」
「斬ったはずなのに、刀が破壊されていたのですか?!」
聖奈が玉藻が持っている柄を見て、驚いた表情となる。たしかに斬った方が武器破壊を受けるなんておかしい。ゲーム的に無しだよ。
「そうなのです。こう………胴体を斬る瞬間に敵は黄金のオーラを吹き出しました。初めて見るオーラで、魔法構成も読み取れませんでしたが、それでもまさか刀を破壊する技だとは予想だにしませんでした」
黄金のオーラという言葉に、聖奈が僅かに目を見開いて反応を示す。
「固有魔法でしょうか? 触れた相手を破壊する魔法?」
「だとすると、危険な相手だよね〜」
「たしかに怖い魔法だよね。防御魔法なのかな!」
闇夜と玉藻は、その内容にふぅむと考え込む。みーちゃんも二人に合わせて、顔を顰めさせる。
だが、内心では舌打ちをしていた。黄金のオーラという言葉には心当たりがある。
聖奈も知っているようだ。なるほどね……。迂闊だね、聖奈。反応を見せるべきではなかったよ。
「未熟なことに私は動揺のために、僅かに動きを止めてしまいました。そこを敵は斬りかかってきて……魔法障壁が発動せず、私は斬られました」
「『身代わりの符』は発動しなかったの?」
「えぇ、こうやって話すことにより、考えが纏まりました。恐らくは敵はこちらの魔法を妨害する魔法を使用していたに違いありません。魔法障壁も発動しませんでしたし、『身代わりの符』も同じように発動しませんでしたから」
後藤隊長は今回の事柄を思い出すことにより、推測できたらしい。
そうか、魔法が発動しなかったのか……。すぐにかけたら、からくりがバレると思ってぎりぎりまで隠して、必殺の一撃を入れるタイミングを見計らっていたんだろう。
「どのような容姿だったのですか?」
聖奈が身を乗り出して尋ねる。
「まだ若い……20代に見えましたが、顔は仮面をかぶっていたためにわかりません」
「そうですか……。それならば、指名手配犯にはできませんね」
がっかりですと、顔を俯けて落胆をする聖奈だが、ちらりと見える表情は落胆でなく、もっと深刻な表情だった。
それは心当たりがありそうな顔だ。相手のことを知っているように見える。
ふむ……みーちゃんも心当たりがあるんだよ。
「おーい、とりあえず撤収といかないかい? こんな所にいると、またぞろ敵の襲撃があったら困るさね?」
「そうですな。すぐにこの場を離れましょう。聖奈様たちの方は片付いた様子。帰りがてら教えて頂けると助かります」
街道からかなり離れており、危険な森林内にいることを危惧して、金剛お姉さんが声をかけてくると、後藤隊長は部下へと死んだ仲間たちを回収するように命じて、テキパキと指示を出す。
回復したばかりなのに、元気なおっさんだこと。
「まぁ、そんな悪人はすぐに捕まるよ、せーちゃん」
ニパッと元気な笑みで、深刻そうな聖奈の頭を撫でてあげる。
「そ、そうですね。お父様にもお願いして、こんなことをしでかした相手を絶対に捕まえませんとね」
気を取り直した聖奈が、ニコリと微笑む。空元気に見えるが、まぁ、良いだろう。
「みー様。私も悪人に逃げられて落胆してます」
「玉藻はその次ね〜。ナデナデ〜ってして!」
なぜか闇夜と玉藻も頭を突き出してくるので、クスリと笑って撫でてあげる。艷やかな黒髪が触り心地良い闇夜と、モフモフな狐耳が気持ち良い玉藻の頭である。
空を飛んで帰る中で考えを改める。
聖奈は皇族の情報で『霜巨人』のことを知った訳ではない。
さりとて、転生者であるから知っていたというわけではなさそうだ。
そして、後藤隊長が戦った相手に心当たりがある。
魔法を発動させない武技に『完全魔法耐性』。『スルト』から話を聞いたところによると、傭兵が持ち込んだらしい『霜巨人』の設計図。
たぶん同一人物だ。そして、魔法を発動させない武技に、『完全魔法耐性』を使用できるのは、ゲームでも一人だけだった。
主人公であるシンだ。
唯一無二の魔法を使ったことにより、その人物像が推測できた。
もちろん、他にも同じ魔法を使える人物はいる可能性はある。
でもシンだとすると年齢が合わない。歳をとりすぎている。しかし、それは『霜巨人』の設計図を持ち込んだことから推測できる。
本来は未来において『スルト』が作るはずであった魔導兵器『霜巨人』の設計図を持っている。
まさかとは思うが、未来から来たシンか? 設計図の内容は転生者ではわからない。小説でもアニメでも、当たり前だけど魔導兵器の詳細な設計図なんか描いていないからね。
そういった理論などを知っているのはこの世界の人間でしかあり得ない。
だが、相手を知っているような素振りを見せる聖奈も同様に未来から来たのか?
たしかに聖奈が時間をループする理由はあるかもしれない。何しろ皇族は自分を抜かして死亡。そして、日本はシンの活躍に比例して、多くの犠牲者を出している。
時間をループする方法があって、さらに愛しているはずのシンに愛想を尽かすことがあれば……時間をループしようとするかもしれない。
だが、ここでおかしなところがある。聖奈は年齢相応の姿だ。幻影や変身をしていない。
精神のみが戻った? なら、シンはなんで歳上なんだ? おかしくない? シンは特別だった? 今の時点で子供のシンと大人のシンの二人が存在するのか?
タイムパラドックスは関係ないのか?
そして夜が明けない『魔導の夜』の意味。オーディーンのお爺ちゃんが言っていた推測……。
わからない。まだピースが足りない。
それまでは様子を見るしかないだろう。転生者ではなく、未来から来た人間がいる場合……。小説やアニメ、ゲームでは描かれなかったことを知っているはずだ。
「これは厄介だね」
苦笑しながらも、美羽は言葉とは裏腹に楽しそうに瞳を爛々と輝かし、灰色髪を靡かせて空を飛んでいくのであった。




