205話 フラグは回収されたんだぞっと
『霜巨人』の残骸に、多くの魔物たちの死骸。死屍累々の地獄のような世界が目の前に広がっていた。
魔物たちの死骸からの異臭により、顔を顰める者もいる。
「これだけの数だと臭いも凄いね」
みーちゃんも鼻に手をあてて、くちゃいくちゃいだ。
「必要な素材をとったら、すぐに燃やしちゃいますので、それまで我慢です、みー様。それまで私が抱きしめてあげますね」
「アンデッドたちは灰になって、消えちゃったよね〜。死霊術だから仕方ないけど、がっかりじゃない? 魔法の武器も全部消えちゃったよ〜」
優しい闇夜がみーちゃんを抱きしめてくれるので、少女の匂いになる。なんだか良い匂いがするね。
玉藻は灰となっている魔骸たちを見て、がっかりと狐耳をぺたんと畳んでいた。
そういや、そうだと不思議に思う。死霊術なのに、ドロップあったな。
ゲーム仕様だからか、ラッキーだった。それなら、無限アイテム増殖ができるかもと思ったけど……。たぶん敵で現れた時しか、ドロップはないんだろうなぁという予感がする。
「これ、分配はどうなるんだろうな?」
「これだけの数だから、たっぷり貰えるはずだよ、無駄口叩いていないで、さっさと仕事しな」
嬉しそうに口元を綻ばせて、マティーニのおっさんと金剛お姉さんたちが、せっせと魔石をとったり、使えそうな素材を解体して回収している。
「おとーさん、頑張ってなのじゃ」
「貴方、お小遣いが復活するのかの瀬戸際よ」
「えぇっ! 臨時収入になるんじゃないのか?」
大規模な戦闘を見て、牧場ダンジョンに行こうとしていた冒険者たちが恐る恐る見に来たので、手伝わせている。お金になるのならと、冒険者たちは大喜びだ。
レベル30台の魔物達もいるので、今回の儲けはかなりのものになるだろう。ざっと見て数百億円かな。
それよりも、物凄いことがある。
「これが魔導兵器なのか……?」
「設計がわかりますか?」
「破壊された時点で、自壊するように設定されていたようです。調査はかなりの時間がかかるでしょう」
聖奈が近衛兵たちと会話をしている。倒れているのは聖奈たちが倒した『霜巨人』たちだ。
みーちゃんの倒したのは、完全にスクラップになっちゃったからね………。ぺしゃんこだ。たぶん素材となっている魔法金属だけしか回収できない予感。
残っているのは闇夜たちが倒した2体だけだ。『永久凍土』を破られた『霜巨人』はそこまで強くなかったらしく、普通に倒されていた。
闇夜と聖奈が前衛で活躍したらしいよ。聖奈はモンクだったっけ? 装甲を殴った跡がクレーターのように穴を空けているしね。
「魔物の肉体も利用しているので、腐敗しそうです。保存の魔法を使っておきましょう」
テキパキと説明している聖奈を見ながら考える。
どうして『霜巨人』を知っていたのか。エーギルのことも知っていた。
普通に考えると、皇族の情報網で既に知っていたということだ。
普通でないなら、転生者だな。これは、みーちゃん自身が転生者だからこそ、思いつく考えだろう。
普通の人なら、そんなことを考えついた時点で、厨二病ですかと真顔で相手が心配しちゃうに違いない。
でも転生者の線はさすがにないかな。転生者であるなら、立ち回りが下手すぎる。
みーちゃんもそうだけど、しっかりと裏で勢力を拡大させると思うんだ。
というか、敵の名前を口にするとか、わざとでなければマヌケすぎる。そういうのは、小説やアニメの中だけの話だ。
そんな迂闊なことをする転生者なんか、現実ではいないと思う。みーちゃんだって、そんなことはしないよ。
とすると、やはり皇族の情報網だろう。
だが、あまりに危険な相手なために、隠すことを諦めて教えるしかなかったとしたら、転生者ということになる。
今度さり気なく会話をして探ってみるとするか。まぁ、今は敵ではなさそうなので、静観かな。
聖奈のことはとりあえずおいておいて、次にメインストーリーのことに考えを馳せる。
メインストーリーとはどういう意味なのだろうか、プロローグとは? ここはゲームの世界ではない。なので、未来予知のようなストーリーはあり得ない。
しかし、ログに表示された。これがどういう意味を持つかというとだ………。正直わからない。
オーディーンのお爺ちゃんとお話する必要がある。
未来予知……。未来予知なのだろうか? 一見、未来予知のようなストーリーに見えるが、スタンピードの時も、ナーガラージャ戦の時も教えてはくれたけど………。
単なる第三者目線から、現在起こっている内容を語っているだけのような気もするんだよなぁ……。
神様目線というやつだ。
なにが過去に起こっているのかを知り、現在の内容を踏まえて教えてくれる。ただそれだけのような気がする。
ゲームストーリーに見せかけた、単なる忠告なわけ。こういうのも叙述トリックというのかな。
確かめることはできないから、考えるのもこれまでかなと、気を取り直す。
「ねーね、玉藻ちゃん。あの『霜巨人』はどれぐらいお金かかってると思う?」
「んーとね、ざっと見た限りだとミスリルにオリハルコン、アダマンタイトに魔鉄、マナドライブに使用している宝石……。一体につき500億円はかかってるかな〜」
「今回の戦闘………敵は破産したかな?」
「これだけの大規模な作戦だったのです。しばらくは動けないはず。素材やお金の流れからも、『ニーズヘッグ』の尻尾を掴めるに違いありません」
さすがは魔導の大家である油気家。玉藻は目をキラキラと輝かせて、興味津々で倒した『霜巨人』の残骸を見ている。
スウッと目を細めて、闇夜は冷静に今回の事件の内容を考えているようだ。
近衛兵たちが残骸の周囲を警備して、近寄らせないようにしており、近づけないのだ。機密にするつもりなんだろう。
でも、宝石は確保しておかないと、カサカサ動いているなにかが拾っていっちゃうよ。
しかし、マナのコストを抑えても、製造コストがかかりすぎだ。これは使えないね。原作だと100体以上揃えていたから、後の『ニーズヘッグ』の崩壊の理由もわかると言うものだ。
首領たちが死んで、資金がなくなれば、そりゃ崩壊するよね。
それに闇夜の言うとおり、『ニーズヘッグ』の尻尾も掴めるだろう。他の人が調査の邪魔をしなければだが。
この先の展開を闇夜にぎゅうぎゅうと抱きしめられながら色々と考えていると、近衛兵の一人が空から飛んできた。
「後藤隊長たちを発見しました!」
その人は、思念通信にも出ない後藤隊長たちを心配して探していた者だった。
その焦った表情から、なにか大変なことが起きたことがわかる。
どうやらフラグは立ってしまったらしい。
「急いで行きましょう!」
「うん!」
聖奈の言葉に頷いて、みーちゃんたちは斥候の案内を受けて、案内された場所に向かうのであった。
案内された場所は酷い光景となっていた。
木々は砕けて倒れており、地面が捲れ上がりクレーターとなっている。焼け焦げた跡や、激戦だったのだろう、多くの敵味方の死体が転がっていた。
「これは……。みーちゃん、治せるでしょうか?」
聖奈はみーちゃんの回復魔法の効果を知っているので、期待の目を向けてくるが……。
「……むぅ………そんな馬鹿な………」
倒れている死体の内、近衛兵らしき死体に近づき確認する。
『返事がない。ただの屍のようだ』
時間が経ちすぎている。もはや回復魔法は通じない。
「駄目だ、もう完全に死んでるよ。……身代わりの符を念の為に売ってあげたのに、なんで殺られたんだろ」
後藤隊長がフラグを立てまくっていたので、これは確実に死ぬだろと思って、マツ特製の『身代わりの符』を全員分渡しておいたのだ。
売ったとも言うけど、致命的な一撃をうけたら逃げるようにと言っておいた。身代わりの符が発動しても、さらに戦闘を続けたってところか。
仕方ない。そいつが選んだ選択だ。
……逃げればよかったのに。切り札が敗れたら逃げるのは常識なのに。多少憐れみを覚えるが、多少だけだ。
戦士が戦うことを選んだのだ。それ以上思うことはない。
ここらへんが、鷹野美羽の冷酷なところなのだろうなと思う。闇夜たちは沈痛な面持ちだけど、美羽はまったく心が動かないから。
ゲーム画面に映る登場人物たちを見ているがごとく、家族と友人以外の人たちを見る。それが鷹野美羽なんだ。悪いな、近衛兵さんたち。
「後藤隊長がいました! まだ生きております」
「すぐに向かいます!」
暗い表情となっていた聖奈が近衛兵の叫びに顔をあげて、走り始める。みーちゃんたちも追いかけると、木の幹にもたれかかる後藤隊長の姿があった。
袈裟斬りに身体を斬られており、出血が酷く、内臓まで明らかに達している。なんで生きているのかわからないレベルだ。
「後藤隊長! いったい貴方ほどの者がなぜ? いえ、今は癒やしを」
跪き、聖奈は回復魔法を使い始める。んん? バトル中も気になってたけど、そういえば連続で回復魔法を使えるようになってるな。
なんでこんなにも急速に腕前をあげたのかな。不思議だ。みーちゃんと同じレベル制?
不思議に思うみーちゃんを他所に、聖奈は魔法を発動させた。
『生命回復』
とっておきの回復魔法を使った聖奈。純白の粒子が後藤隊長を包み込む。粉雪が降り注ぐように光の粒子が後藤隊長の身体に染み込む。
これで後藤隊長は身体を回復した。……とは、ならなかった。
パシンと音がして、回復魔法が弾かれてしまったのだ。
「え? な、なんで?」
驚く聖奈。顔をしかめさせて、みーちゃんも手を翳す。
『極大治癒Ⅲ』
「む?」
だが、同じように弾かれてしまった。なんだこれ? 回復妨害の呪いかな?
『ムニン、解析をして』
カァとどこからかカラスの鳴き声が聞こえてきて、後藤隊長を解析する。
『後藤又兵衛:レベル45』
それだけだった。ステータス異常が表示されない。
なんだこれ? どういうことだ?
「せ、聖奈様……」
「後藤隊長、気づきましたか! なにがあったのですか?」
「も、申し訳……ありません……ゴフッ」
口から血を吐くと、激しく咳をする後藤隊長。
強制イベントシーンかなと思うが、ここは現実だ。強制シーンはみーちゃんがちっちゃい足で踏みつぶしちゃうぞ。
皆が悲しみの表情を浮かべて、死にゆく後藤隊長を見つめる中で、ただ一人鷹野美羽だけは冷静に思考を回転させていた。
状態異常ではない。回復魔法も通じない。前世のゲームでも同じような展開はあった。
ダンジョンから帰ってきた男が重要なことを口にして気絶する。なぜか回復魔法が通じないんだ。状態異常でもなかった。
見た目はおかしくないのに、起きない理由があった。その理由は簡単にして盲点なところだったのだが……それと同じだ。
後藤隊長の手を握りしめて、聖奈が話をなんとか聞き出そうとしているのを横目に考える。
回復魔法が通じない。
状態異常でもない。
何も異常はない。
さて、答えは……?
そのパターンを前世の膨大な記憶から探す。もう後藤隊長は息を引き取る寸前までいっている。
死んでも数十分は大丈夫だけど、できれば生きている間に回復させたい。
「そうか、わかったよ、回復魔法が通じない理由!」
指をパチリと鳴らして、ムフンと笑う。
「わかったのですか?」
「うん、たぶん当たってる」
聖奈たちが驚いた顔で、見てくるのでコクリと頷く。
「たぶん魔法が通じない付与魔法をかけられているんだ。反射されないところを見ると、神聖魔法無効系統がかけられている」
付与魔法による反射や無効は、ステータスに表示されないからな。
「そんな魔法が? 聞いたことがありませんが……」
「あるんだよ。それなら魔法解除で解除できる」
「では、すぐに使用します!」
なかなかの多才らしく、聖奈は再び魔法を使おうとして、よろりとよろけて地面に手をつけてしまう。
『生命回復』はさすがに反動が大きいらしい。
「聖奈様、ここは我らにお任せを」
すぐに近衛兵の一人が前に出てきて、手を翳す。
『魔法解除』
パアッと光が後藤隊長を包み込むが、パチリと弾かれてしまった。
「あっ! 駄目みたいです」
「むむ、神聖無効じゃないのか……」
となるとだ。あと一つある。
『完全魔法無効』だ。この魔法は諸刃の剣だが、なるほどこんな使い方があるのか。
『フリッグお姉さん、『消失』を使用してくれる?』
『ん? 了解よ』
すぐにフリッグお姉さんから了解と返ってきて、森林から光の弾丸が飛んでくる。そうして、後藤隊長の身体が僅かに歪む。
これで良いだろう。
『極大治癒Ⅲ』
もう息を引き取る寸前だけど、まだ大丈夫。すぐに手を翳して回復魔法を使うと、今度は後藤隊長の体は完全に回復した。
「おおっ! 治った!」
「やりましたね、みー様」
「さすがはエンちゃん」
「ふわぁ、凄い……」
皆がドッと喝采をあげて褒めてくれる。むふふと微笑みを浮かべながら、内心で苦々しく思う。
『消失』はあらゆる魔法効果を打ち消す。それは、魔法無効であっても例外ではない。
しかし『完全魔法無効』を使える人間となると……。
なにが起こったのか、後藤隊長にヒアリングするかな。
誰がやったのかは知らないが、後藤隊長にえげつない魔法無効をかけて、さらにモブな近衛兵さんたちを殺した始末はきっちりととってやるぜ。




