204話 巨人と戦うんだぞっと
『霜巨人』の足元の地面がひび割れて崩れていき、その身体を沈み込ませる。
「な、なんでぇっ! あの程度の攻撃でぇっ!」
いつまでもホログラム通信を繋ぎっぱなしのスルトが、顔を歪めさせて悲鳴をあげる。
美羽は空中でホバリングをしながら、灰色髪を靡かせて、周囲を確認する。
計3体の『霜巨人』。スルト以外は雑魚だが、邪魔されると厄介だ。
ヒュウと息を吐くと、猛禽のような鋭い眼光を見せて、ポヨポヨの槌を振りかぶる。
「てりゃぁ」
可愛らしい声と共に、急下降すると地面へと槌を叩きつける。
『爆風衝槌』
足元の地面が蜘蛛の巣のようにひび割れていく。
そして、周囲の空間を振動させる轟音が響き渡り、地面から爆風が吹き出すと『霜巨人』の巨体をポップコーンが弾けるように吹き飛ばした。
「アンギャー!」
悲鳴をあげるスルトの乗った『霜巨人』がクルクルと回転しながら、一番遠くまで飛んでいき、森林内に墜落して、粉塵が巻き起こった。
他の『霜巨人』は比較的近くに吹き飛んで、地面に転がっている。
「私はスルトの乗った『霜巨人』を倒すよっ! だから、皆は残りの『霜巨人』をよろしくっ! 闇夜ちゃん、玉藻ちゃん任せたよ! せーちゃんは回復でフォローしてあげてね」
「みー様、ですが、あの巨人は危険です。私たちだけでも共に戦います!」
「大丈夫、とっておきの神聖魔法を使うから! 私を信じて。さぁ、ここは私に任せて、あっちの敵を倒しに行って!」
巨人に対して、神聖魔法は絶対の優位を示す。だから、渋々と皆は納得をして……。
「いえ、全然神聖魔法関係ないですよ? どう考えても、関係ないですよね?」
聖奈が片手をあげて、鋭くツッコミを入れてくるが、問題ない。
「常に回復魔法を使いながら、叩きまくるよ! 私だけなら回復しながら戦闘できるの!」
ポヨポヨの槌を掲げて、ふふふと装甲の薄い胸を張り、儚げな笑みを浮かべてみせる。
完璧な理論だよね。
「あぁ……そういう………。上半身だけでも回復させましたものね」
なぜか遠い目をする聖奈。
「それでも痛いんじゃないかな〜? 大丈夫、エンちゃん?」
心配げに狐のもふもふ尻尾をしょんぼりとさせて、眉を顰めるので、頭を撫でて安心させる。
「高機動魔導鎧も装備しているし、なるべく当たらないように戦うつもりだから、大丈夫!」
「むぅ……。それではさっさと、あの2体を倒してきますので、待っていてください」
不満たっぷりだが、闇夜も頷いてくれた。
周りの皆も、なぜだか遠い目をして反対意見は出なかった。金剛お姉さんたちは困った顔だけど、巨人相手には不利だと理解しているのか、口を挟まなかった。
みーちゃんも護衛役ができていないとは言わないよ。あまりにも敵が強すぎるし、この戦いはみーちゃんが望んだものだからね。
「それじゃ、行ってきます! あの2体もかなり強いようだから、気をつけてね!」
足を屈めて、力を込めると大きく飛翔する。『ウォータン』がみーちゃんの意思に従い、スラスターからマナの粒子を吹き出す。
ゴオッと強い風圧が顔にかかり、髪がバタバタと靡く。空中で直角に軌道を曲げて、スルトの乗る『霜巨人』を追いかける。
「ざけんなよっ!」
怒りの表情を露わにスルトがホログラム越しに怒鳴り、森林が爆発するように木々を吹き飛ばし、中から『霜巨人』が飛び出してきた。
ほとんどダメージを負ったように見えない。まぁ、あの技は敵の隊列を変更させるのが主の武技だったから、仕方ない。
それに『霜巨人』はHPだけは多いのだ。
超低温の冷気を纏い、みーちゃんへと『霜巨人』は拳を繰り出す。
「回復なんざ、させないかんねっ! ぺしゃんこにしてやる!」
『冷気拳』
「それはどうだろうな!」
みーちゃんモードから、美羽モードへと意識をカチリと切り替えて、背後霊の力を借りることにして、不敵に笑い返してやる。
岩山のような大きさの拳が、風の壁を突き破り迫ってくる。美羽に命中したら、たしかに普通の人ならぺしゃんこになるだろうな。
『縮地法』
スラスターを吹かせながら、素早さをあげる武技を使用する。
眼前までに迫る拳を前に、クンと身体を傾けて、残像すら残さずに消えるように横にスライドして回避した。
「逃さないかんね!」
躱されても、スルトは怒りの表情でさらに拳を繰り出してくる。左からのフックに、右からの振り下ろし、トドメにタックルを仕掛けてきた。
その猛攻は、小さな岩山なら、粉々にできるだろう威力だ。
「空中でなかなかのバランス感覚。やるね」
しかし、美羽は冷めた目つきで、肩のスラスターを吹かして斜め下に回避し、くるりと身体を回転させてフックを躱すと、脚部スラスターの力で、右からの振り下ろしをスウェーする。
「こっちもお返しだ!」
『魂覚醒』の真骨頂を見せてやるぜ。
タックルを仕掛けてくる『霜巨人』へと、槌を握りしめて身体を横回転させると、魔法の力を込める。
『魂覚醒』
『ロケットバスター』
『ロケットバスター』
『連携されました!』
『ツインロケットバスター』
2回行動で、ある種の武技を組み合わせると、連携技となる。
「連携技を受けてみなっ!」
力いっぱい振られたポヨポヨの槌がロケット噴射の様に高速で敵に向かう。
ツインロケットバスターとなったために、ロケット噴射は2つの噴煙を軌跡に残し、威力は大幅に倍増している。
「いっけぇ〜!」
迫る『霜巨人』は、美羽と比べると象とアリだ。それぐらいの体格差はあるのだが、ポヨポヨの槌が『霜巨人』に命中すると、その結果はスルトにとって、全く予想できないものであった。
「うぉぁぁっ?」
楊枝で突かれたのような、小さい攻撃であったのに、『霜巨人』の肩は大きく陥没し、装甲は歪み砕かれると、その体は強い衝撃により吹き飛ばされた。
森林内に転がって、砂煙をあげて『霜巨人』はトラックにぶつかったかのように、吹き飛んだ。
「ば、へ? な、なんで、押し負けるの?」
「しょせん武技を使えない『霜巨人』では、人には敵わないんだぜ」
スラスターを吹かせて、風を切って『霜巨人』へと迫りながら教えてあげる。
「武技なら、使えるっつーの!」
すぐに体勢を立て直し起き上がった『霜巨人』が片手を翳してくる。
『極寒掌』
掌にマナが凝縮すると、吹き荒れる吹雪が生まれて、美羽へと襲いかかる。
だが、無駄だ。
『完全水耐性』
森林から支援魔法が飛んできて、美羽の身体を青い障壁が包み込む。
その後に吹雪が美羽を凍らせんと、その身体を包み込むが、触れると同時に雪が溶けるように消えていった。
「なぁっ!」
「一つの属性に特化するのは、お薦めしないぜ!」
驚くスルトに、ムフンと凶暴な笑いを見せてやると、槌で攻撃をする。
『霜巨人』の身体に命中するごとに、大きな衝撃が発生する。槌が命中するごとに、氷の装甲は剥がれていき、身体の各所から紫色の血が噴き出す。
「ま、負けるかっ! これは魔導兵器なんだかんねっ!」
「お前は銃弾を掴めるのか?」
『魂覚醒』
『幻影歩法』
『縮地法』
冷ややかに告げてやり、さらなる加速をする。
『加速Ⅴ』
森林に隠れているフリッグからの支援魔法でさらなる加速を始めて、『霜巨人』の周りを残像を残して飛び回る。
「ブンブンとハエか、あんたはっ!」
手をブンブンと振って、足で蹴ろうとするが、遅すぎる。忍者でなくても、当たるとは思えない。
「同じ速さの敵なら、小さい方が有利だってことを教えてやるよ!」
フフンと笑い、美羽は槌を次々と叩きつける。『霜巨人』は攻撃を喰らうごとによろめき壊れていく。
「まだだ、これでも喰らえっ!」
スルトの咆哮と共に、『霜巨人』の胸の部分が開くと、巨大な水晶が姿を見せる。
「氷耐性があっても、これには耐えられないでしょ!」
水晶が煌めき始めて、膨大なエネルギーが集まっていく。
その技は知ってるよ。
『フリッグ!』
『了解よ、お嬢様』
思念を送ると、フフッと笑うフリッグお姉さんの思念が返ってくる。
『雷付与Ⅴ』
美羽の持つ槌に魔法陣が発生すると、バリバリと放電を始める。支援魔法最高レベルの雷属性付与が行われたのだ。
「遅いんだよ、ちび! こちらの方が速いかんね!」
勝利を確信した嗤いを見せて、スルトが必殺の魔法を使用する。
『極限氷河期』
『霜巨人』がカッと輝き、冷たき閃光が周囲に広がっていく。
地面も森林も、その全てが氷河に覆われて氷の世界へと変わる。冷たき氷に覆われた世界が一面に広がっていた。
あまりの低温に天が曇天に覆われて、雪が降り始めてしまう。
雪の結晶が『霜巨人』から吹き出して、静寂の世界となり、スルトは声をあげて嗤う。
「みたぁ? これが『霜巨人』の最終決戦兵器だよ。おっと、答えられないよねぇ?」
「そんで、撃ち終わった後の水晶を見せたモードだと、装甲が開きっぱなしで脆弱になるんだろ」
「これを喰らった敵は死んでるから、だいじょ………え? なんでぇ、なんで生きてるの?」
「ホログラム通信が繋がったままなんだから、気づけよな……。勘違いしているから、言っておくけど、私は水属性無効だから」
「水属性無効?」
「うん、水属性無効」
コテリと首を傾げて聞いてくるので、ニパッとみーちゃんスマイルで答えてあげる。
「だから、その機体は役立たずなんだ。お金ばかりかかって、弱いよね」
ふわりと『霜巨人』の頭上に飛んでいき、大技を使って動きを止めているのを確認し、槌を振り上げる。
「スクラップ確定」
「ばばば、ま、待って――」
「待たない」
恐怖で蒼白となるスルトへと、にっこりと答えてあげると、魔法の力を身体に巡らせて、ポヨポヨの槌に注入していく。
『攻撃3倍化』
フリッグからの支援も届いて、準備完了。
『魂覚醒』
『ロケットバスター』
『回転槌』
「それじゃ、あばよ、スルト」
ポヨポヨの槌が魔法の力を受けて、太陽のように光り輝く。
『連携されました!』
『ダルマ落とし』
そうして、美羽は身体をコマのようにクルクルと横回転させて、『霜巨人』へと肉薄する。
「ていていてい」
可愛らしい声で槌を『霜巨人』に叩きつける。
巨人に比べると、あまりにも小さな槌を叩きつける。
しかし、その威力は巨人をも倒す雷の一撃。
頭をスイカのように破裂させる。
腕を引きちぎる。
胴体を折り畳む。
足を吹き飛ばす。
ダルマ落としのように、『霜巨人』の身体に攻撃を連続で繰り出していく。
そうして、『霜巨人』を逃げることも許さずに破壊していった。
弱点の雷により、『霜巨人』の身体からは火が吹き始めて、辺りにはバラバラとなった残骸が散らばるのであった。
「アンギャー、なんだよ、この兵器役立たずじゃねーか! あの男、なにが最高の魔導兵器の設計図だ。手も足もでねーじゃん!」
いつまでもホログラムを消さないスルトの悲鳴に、美羽はピクリと眉を動かす。
今、なんか変なこと口走ったな。設計図を貰ったのか? スルトが開発したわけではなく?
それに変だ変だと思っていたけど、こいつ……コックピットに乗っているな?
ふむ……。気になるな。
ぽてぽてと巨人の胴体に近づくと、スクラップ同然の胴体の下部がガタガタ動いていた。どうやらコックピットハッチのようだ。
歪んでしまっているので、開かないのだろう。
「たいへん、たいへん。今助けてあげるね」
良い子なみーちゃんは、ハッチを掴んで開けてあげる。
金属のハッチを掴んで、ギギィっとな。まだ『戦う』は解除されていないんだよね。
「アンギャー、化け物、化け物だ! 参った! 降参するから、ね?」
助けてあげたのに、なぜか涙を流して首を激しく振って身体をガタガタと震わすスルト。
椅子にしがみついて、嫌々と駄々っ子のように泣き叫ぶので、その頭をガシッと掴んで、ニコリとみーちゃんスマイルで優しく声をかけてあげる。
「スルトちゃん、聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
みーちゃんのお話を聞いてくれるかな?
そのすぐ後に、『重圧槌』が炸裂し、『霜巨人』の残骸は完全なスクラップとなって、轟音と共に吹き飛ぶのであった。




