203話 小さくても強いんだぞっと
眼前に立ち塞がるのは、『霜巨人』であった。
ゲームでは『霜巨人』は、終盤に現れる敵であった。
ラストストーリー、『首都侵攻』だ。たしか、『ニーズヘッグ』の幹部である『スルト』が製作した『霜巨人』の大軍が攻めてきて、大混乱になるんだよね。
倒した後は、その混乱に乗じて学院に侵入した『ニーズヘッグ』の首領が魔神復活をさせて、ラストに続く。
なぜ、ゲームなのかというと、原作の流れは知らないから。アニメでもやってたけど、ゲームの方がインパクトあったから、記憶がそちらに上書きされちゃってる。
なにせ、『霜巨人』や上級ニーズヘッグ兵、なぜか近衛兵の一部も敵だったからね。
時間制限なかったから、延々と狩っていた覚えがある。ドロップがかなり美味しかったから……。
それはさておき、『霜巨人』だ。
目の前に立っている『霜巨人』は、ゲームの時よりも簡素化されている。
『丘巨人』の身体を素体としているのだろう。体は太く皮膚は金属製で各所に菱形の水晶体が埋め込まれており、顔はバイザー型のフルヘルム。半透明の氷の装甲をさらに皮膚の上につけている。
ゲームだと、肩にミサイルポッド、片手に大型マシンガン、体ももっとシュッと細身で、完全に量産型ロボットさんだった。
「あれは『霜巨人』です! 見たことのない機種ですが近づかないでください。強力な冷気により凍りついてしまいます!」
聖奈が鬼気迫る顔で、皆へと注意を促す。確かに『霜巨人』ならば、接近するのは極めて危険だ。
でも、なんで知っているんだろうね? そこはかとなく予想はできるけど、それは後にしておこう。
「ムニン」
カァ、とカラスの鳴き声がどこからか聞こえてくると、敵の解析が行われた。
『スルト搭乗、プロトタイプ霜巨人:レベル65、弱点雷、水無効』
『プロトタイプ霜巨人:レベル45、弱点火雷、水無効』
『プロトタイプ霜巨人:レベル41、弱点火雷、水無効』
プロトタイプか……ゲームでは見たことがない敵だけど、実験機ということかな。
『霜巨人』は、魔導兵器でも異質な兵器である。魔物を素体にすることで、消費マナを抑えて、搭乗者のマナに同調。搭乗者と同様の戦闘力を持つことができるという、お金のあまりかからない革命的な兵器だ。
その巨体に備わる岩山をも砕く怪力と莫大な耐久力、そして恐ろしく強力な冷気技。搭乗者がいることにより、動きは鋭く速いので、巨人特有の鈍重さも無い。
理想の魔導兵器と言えよう。
問題はどこで巨人を捕まえてくるかというところだけど、『ソロモン』が絡んでいたら簡単な話だったんだろう。
「あははは。叡智の炎『スルト』ちゃんさんじょーう! どう? どう? 絶望を味わってほしいなぁ」
悪戯そうに無邪気な少女の甲高い声が『霜巨人』から聞こえてくる。
「プロメテウスにその二つ名は相応しいと思うんだけどなぁ」
皆が険しい表情で武器を構えているが、ついつい口にしてしまった。ゲームの時から思ってたんだよね。
「あぁっ? なんか言ったか、ちびぃ?」
痛いところを突かれたのか、スルトが乗る『霜巨人』が身体を傾けて顔を突き出し睨んでくる。
やっぱり気にしているようだね。
スルトは天才魔道具作りの一人だ。たしか、『ニーズヘッグ』にいるのは、あらゆる魔導兵器を予算を気にせずに、そして魔物を素体とした国際条約で禁止されている研究もできるからだった。
そのために国際指名手配犯にもなっている。人間を実験に使ってはいないが、資金集めのために、製作した魔導兵器をテロリストに売り払ってたから、指名手配犯とされたんだ。
なんで、こんなにも詳しいのかというと、前世の記憶では気に入っていた美少女キャラだったからだ。
悪ふざけの度がすぎる敵だけど、そういうところもいいなぁと思ってた。まぁ、仲間に入らないから残念だったんだけど。
ゲームでは、『霜巨人』を倒すと逃げちゃうんだよな。原作でもエピローグの後日談でちらりと姿を現していたから、『ロキ』同様に死なない相手なんだ。
なにせ『スルト』は固有魔法『遠きに近き』という魔導兵器遠隔操作魔法がある。あの『霜巨人』にも搭乗していないのに、まるで搭乗しているかのように、自身の力と同調させているんだ。
ゲームではそうだったから、たぶん同じだと思う。危険なことはしないタイプなんだよね。
だけどその固有魔法は知られることはなく、『霜巨人』が倒されたことにより、『スルト』も死んだことになり、指名手配から逃れたんだ。
「もう一回言ってみろ、てめぇ」
凄みを見せて、みーちゃんの目の前にホログラムが映る。ホログラムにはボサボサの長髪に隈のある不健康そうな乱暴そうな妙齢の美女が映っていた。
そう、指名手配となっている『スルト』は美女のスルトなんだ。常に変装をしており、時折美女の姿で周囲に姿を見せるから、誰も少女だとは思わないんだよね。
原作でも早くからチラチラと出てくるけど、姿を誰にも見せていない。
それならば、なぜ知っているのかと言われれば、一人きりの時に変装を解くんだよ。読者目線だから、そのシーンを見れるわけ。
本当は少女であり、原作ではシンと同じ歳だったけど、ヒロイン枠ではなかったんだよね。
記憶の中からサルベージをするに、幼い頃から魔道具作りに天才的な素質を持ち、両親が金稼ぎに使ってたんだ。実はテロリストに魔道具を売り払っていたのも、両親である。……とか、悲惨な話だった覚えがある。
まぁ、兵器を作った科学者が犯罪者になるというのは、歴史を紐解いてもおかしな話だからなぁ。
だが、大友伯爵を倒して、立ちはだかるのであれば、仕方ない。倒させてもらおう。
「叡智の炎って、凍っていると思うよ! もしかして自虐ネタ?」
「バッ、ばっかでしょー? ふざけないでよね、凍っていても叡智の炎なんだよ!」
コテリと首を傾げて、つばを吐きながら焦りまくるスルト。自分でも、うまいこと言われたとか思ったんだろうね。座布団ください。
動揺しているスルトを横目に、大友のおっさんに目を向ける。大型魔導兵器の先端に乗っていたために、機体を潰されていても上半身は残っており、氷像となって地面に突き刺さっている。
その凍りついた恐怖の表情から、『霜巨人』の力が一層強調されている。ナイス背景なおっさんだ。
「良かった、コールドスリープ的な感じでまだ生きてるね」
ポヨリンにお願いすると、身体を砲からプリンに戻して触手を伸ばして、大友伯爵の身体を引き寄せてくれる。
「とりあえず回復させておくね」
紅葉のような手をフリフリと振って回復魔法を使用してあげる。
『魂覚醒』
『快癒Ⅳ』
『極大治癒Ⅲ』
『凍結』状態が解除されて、下半身が光り輝く粒子により形成されると、大友伯爵は完全に回復した。
「ゲホッゲホッ、いったいなにが………」
凍っていた身体に血が流れ始めて、赤く肌が染まり、体温が戻ると、咳き込みながら大友伯爵は首を振る。
「おいおい、完全に死んでただろ! 下半身なかったぞ?」
「コールドスリープ的な感じだったから助けられたの!」
「あれはコールドスリープとは言わねぇよ?」
なぜかマティーニのおっさんが驚愕して叫び、周囲の人たちも目を剥いてみーちゃんを見てくる。
でもコールドスリープ的なものなんだって。本当だよ。凍ってたでしょ。
「さすがはみー様!」
「ニッシッシ〜。もう玉藻は驚かないよ〜」
「回復魔法の定義がやはりおかしいです……。自信無くします」
ほら、闇夜たちは驚いていない。コールドスリープ的ななにかだから、回復できるってわかってんだよ。
「さて、半裸のおっさんは後ろに下がっていてください。これからは鷹野美羽がお相手するよ!」
その姿はアウトだから。警察呼ぶよ、大友のおっさん。
シャキンとポヨポヨの槌を構えて、『霜巨人』へと凛々しい表情となり立ち向かう。
「はぁ……な、なに今の? あんた、化け物なのっ?」
「だから、コールドスリープ的ななにかです!」
ホログラムに映るスルトが、口元をワナワナと引きつらせて、目を見開いているけど、回復魔法使いがいるなら、こんなもんでしょ。
身体が全て氷の破片になったら、回復できなかったからやばかったけどね。
「まぁ、良いや……。いや、良くないけど……。ス、スルトちゃんの最高傑作の力を見せてあげるよ!」
悪ぶっているが、どことなく安定しない口調でスルトは戦闘を開始することにした。
『永久凍土』
『霜巨人』の身体から冷気が吹き出す。白き煙が辺りに広がって、吹雪を巻き起こし、地面を凍りつかせて超低温の世界へと変えていった。
「ふふん、『霜巨人』の『永久凍土』。たっぷりとマナが込められているもんね! 近づいただけで、あんたらは凍りつき死ぬ!」
得意げにスルトは語るが、確かにゲームでもそうだった。継続ダメージがかなり痛い技だったな。
「くっ、遠距離での攻撃でないと、こちらが凍りつき倒されてしまいます」
やはり聖奈は『霜巨人』の性能を知っているようで、鋭い声で叫び、皆へと注意を促す。
ゲームでは、シンの仲間の一人、粟国弟の炎の魔法『アグニ』が効果的だった。
『永久凍土』を無効化して、敵への大ダメージを与えられる『アグニ』。即ち粟国弟の見せ場だったということだ。
粟国弟いないけど。聖奈の恋人である兄のなんちゃらもいないよね。ストーリー的には、兄はここにいて活躍する場面だったんじゃないかなぁ。そんで相打ちとなって死んじゃう。
そういうストーリーだった予感。そうすれば、聖奈に恋人がいなかった理由にもなるしね。
「それを許すほど、スルトちゃんはぁ、間抜けじゃないよっ! 全員攻撃しちゃいな!」
ドンと地面を蹴り、大穴を空けて『霜巨人』たちが駆けてくる。
猛然と駆けてくる『霜巨人』に合わせて、周囲も凍りついていく。
接近戦となったら、皆は凍りつくのを気をつけながら戦闘をしないといけないだろう。
『フリッグお姉さん、そろそろ働いてくれない?』
なので、仲間のフリッグお姉さんへと思念を送る。
『このダイヤモンド消えちゃう前に食べたかったのよ。まぁ、仕方ないわね』
ポヨリンのダイヤモンドを食べようとしているフリッグお姉さんの姿が映る。
『後で、リッチのドロップは山分けよ?』
どうやってリッチのドロップ内容を知ったのか、不思議なお姉さんだが、ようやく働いてくれるようで、フフッと妖艶に微笑む。
『地形支配』
森林から一条の光が放たれて、『霜巨人』の前方に着弾すると同時に巨大な黄金の魔法陣が展開されていく。
そうして、黄金の魔法陣と共に、『霜巨人』の『永久凍土』は解除されて、白く凍っていた土地が元の赤土に戻り、超低温の世界は消え去った。
「はぁっ? な、なんでぇ?」
動揺のあまり、スルトは『霜巨人』を止めてしまう。
「残念だったね! 見せ場を潰すのが、鷹野美羽なんだよ!」
美羽モードへと切り替わって、背部スラスターを噴かせてトンと飛翔すると、『霜巨人』へと向かう。
『魂覚醒』
『ツインロケットバスター』
眼前まで間合いを詰めるとニッと笑い、武技にて加速したポヨポヨの槌を振り下ろす。
ロケットのように速く、そして強力な一撃が『霜巨人』の肩に食い込み、衝撃波が波紋のように巨人の体内を駆け巡る。
「う、うびゃぁぁ!」
スルトが顔を歪めさせて叫ぶ。
巨人の体躯に比べると、楊枝のように小さな一撃だったが、その威力は正しく発動し、あまりの威力に『霜巨人』は身体を地面に沈み込ませるのであった。




