20話 謝罪とは利益を得るものである
帝城侯爵家は和風の屋敷だ。帝城侯爵家は武門の一族であり、質実剛健、魔物から人々を守る剣と言われている。
武士と言われるイメージそのままに、帝城侯爵家は和風の建築だ。建ち並ぶ屋敷はまるで平安時代に戻ったようで、どこかの宮殿と言われてもおかしくない広さと見事な宮造りの屋敷であった。
さすがに現代の世で、平屋であるのは土地が勿体ないために、鉄筋コンクリートのビルや、3階建ての建物はあるが、それでも本家の一族は中心にある平屋の屋敷に住んでいる。その土地の使い方が帝城侯爵家の裕福さと力を見た人に与えるようになっていた。
無論、今の世は科学と魔導両方で厳重なセキュリティが必要なために、見えない所で、監視カメラや、赤外線センサー、魔法感知などの装置が設置されているのは言うまでもない。
そして、質実剛健と呼ばれながらも、その裏では侯爵家の力を保つために、権謀術数に長けていることも、高位貴族なら知っている。
建前は必要だが、武門一辺倒で政治にかかわらない家門などないのだ。武門一辺倒などと嘯く家門は食い尽くされて骨も残らない。
現実とは厳しい世界なのである。権力を持ち、財力を保ち、武力を抱えるのは綺麗事ではないのだった。
政治の世界は魑魅魍魎が住み着く闇の世界。質実剛健の裏には、狡猾な政治力も持っている。それが帝城侯爵家であった。
そんな帝城侯爵家には、今、大勢の人間が本邸の1つの広間に集まっていた。何十畳もの畳が敷かれ、なにか大きな話し合いを行う際に集まる、めったに使われない広間だ。
上座には帝城王牙があぐらをかいて座っており、その隣に鷹野芳烈。壁際に刀を腰にさした一族の精鋭が厳しい顔で座っている。
対面にはスーツ姿の男と小さな子供が座っており、その後ろに剣を腰にさした男たちが並ぶ。
「この、馬鹿者がっ!」
スーツ姿の男の顔は憤怒で真っ赤であり、その燃えるような赤毛と同じくらいであった。隣に座る子供に激昂して怒鳴っていた。
その体格は190センチはあり、鍛えられているために筋肉の鎧でスーツが弾けんばかりだ。顔つきは粗暴にして乱暴で燃えるようであり、触れただけで喧嘩を挑んできそうなイメージを与えてくる男だった。
「よくも帝城侯爵家のお嬢さんと、鷹野伯爵家のお嬢さんを危険に晒しやがったな、このドアホウがっ!」
「グゥッ」
怒りをそのままに、小さな男の子の頬を強く殴る。男の子は思い切り殴られたために、吹き飛び畳を擦って倒れる。
だが、男の激昂した表情は治まらないのを見てか、よろよろと立ち上がると頭を深く下げる。
「も、申し訳ありません父上」
涙混じりに答えるのは勝利であった。頬は腫れて、畳で擦ったために、肌は内出血を起こし、血がにじみ出て痛々しい。
父上と呼ばれた男は粟国当主の粟国燕楽だ。粗暴な粗忽者に見えるが、これでも粟国公爵家のトップであり、炎を操らせたら、ナンバーワンとの声も高い凄腕魔法使いでもある。
その炎を宿した赤毛が性格にも宿っているのか、怒りの表情は消えずに、さらに怒鳴る。
「てめえが謝るのは俺じゃねぇだろ! 帝城さんと、鷹野さんだ!」
「は、はい。も、申し訳ありませんでした」
勝利は震えながら、畳に這いつくばり、土下座をする。まだ9歳の幼い子供の謝罪だ。しかも土下座をして、涙を流している。
もう良いですとの謝罪を受け止める言葉もあがってもおかしくなかったが、帝城王牙は平然としており、顔色1つ変えていない。芳烈の方は、気の毒そうな沈痛な顔になるが、それでも口を強く結んで、赦しの言葉を口にしなかった。
その様子を見て、燕楽は座り直すと深く頭を下げる。
「すまねぇ。俺の教育不足だった。まさか召喚獣を遊びで使ってみようなどと、この馬鹿息子が思うなんて考えてもいなかったんだ」
公爵家の当主自らの謝罪に、後ろに座る公爵家の護衛たちは僅かに驚く。滅多なことでは頭を下げない当主自らの謝罪。その謝罪を受けて、ようやく王牙は口を開いた。
「今回の件。なぁなぁで済ますことはできないのは理解しているでしょう。どのような落とし前をつけるつもりで?」
「本当なら、この馬鹿息子は嫡男から外して、放逐し、謝罪の言葉としたい」
燕楽の言葉に、顔を青褪め、体を震わす勝利。だが、燕楽は話を続ける。
「が、こいつはまだ9歳。しかも召喚獣を暴走させたのは、こいつの部下だ。まだ、幼いことと、召喚獣を見たいだけだと言っただけで、部下が失敗したのを押し付けるのは、幼いこいつには、ちと酷だ。そう思いませんか、芳烈さん?」
「えぇ。たしかにそうですね。ですが、ここで注意するだけとは、私共も納得できません」
ストーンゴーレム事件から3日が経過していた。ストーンゴーレムの暴走事件は勝利が召喚獣を見たいと強請り、部下が魔法宝石から召喚獣を喚びだしたが、召喚獣を操った経験がないために暴走させてしまった。
そのような痛ましい事件となったのだった。幸い怪我人は出たが、死者は無し。怪我人も美羽が癒やしたために、問題はなかったが、一つ間違えば死人が出ていた。しかも被害にあったのは、帝城侯爵家の長女と鷹野伯爵家の回復魔法使いの娘なので、燕楽は急遽全てのスケジュールをキャンセルし、謝罪に訪れたのだった。
闇夜と美羽は同席させなかった。優しい2人、特に美羽は勝利の謝罪に絆されて赦すかもしれないからである。しかし、死人が出てもおかしくない事件。簡単に赦すわけにはいかないために、王牙と芳烈の二人で、対応することにしたのであった。
「ありがたいっ! そう言って頂けて安心している。俺も実の息子を放逐するなんざ……したくなかったんだ」
男泣きするように顔を手で覆うと、再度燕楽は深く頭を下げて感謝の意を示す。鷹野家を放逐された芳烈は、他人事ではないと、顔を緩める。なんと言ってもまだ9歳なのだから、きちんと謝罪をしてくれれば良いと仏心を出して、優しい顔になった。
美羽は無事であったし、実のところ、逃げることができたのに、娘はストーンゴーレムを倒しに突進していったということもあった。相変わらず、正義感の強い娘で誇りに思うが、その反面、自分をもっと大事にしてほしいとも考えていた。
だが帝城王牙は冷酷な瞳で見据えており、一言も口を開くこともせずにいた。その様子を見て、顔から手を離すと、燕楽は後ろの部下に目線で合図をする。
部下は頑丈そうな銀色のトランクケースを運んできて、3人の間に置くと、パカリと開いた。
「粟国さん、これは?」
片眉をピクリと動かして、中身を見た王牙は、燕楽に問いただす。燕楽はピシャリと太腿を叩くと、豪放磊落な笑みをして、トランクケースを王牙たちに差し出す。
「今回のことの謝罪だ。こちらで勝手に決めて悪いが、今回のようなことがあっても、防げるようにとの思いもあって、これを渡そうと思う」
開けられたトランクケース。その中身は衝撃吸収材に覆われた桐の箱。いや、桐の箱の中にあるルビーとエメラルドであった。
魔法を宿している証明に、宝石の中にはルビーには炎が宿り、エメラルドには風が宿っている。
「炎の召喚獣の宿るサラマンダーのルビーは帝城さんに。風の召喚獣の宿るグリフォンのエメラルドは鷹野さんにお詫びとして渡したい」
「魔法宝石をですか! その、これは、恐ろしい金額がするはずです! 受け取れません!」
魔導省に勤める芳烈は、この宝石がどれほどの価値があるか、希少な魔法のかかった品物なのかを知っているために、驚きの声をあげてしまう。少なくとも30億はするだろう魔法の宝石だ。
美羽の命が危なかったとはいえ、これは貰い過ぎである。返そうとする芳烈だが、燕楽はグローブのような広い手を突き出して、芳烈を押し留める。
「貰ってくれ。それだけ、あんたたちの子供は大事なんだ。こんな物じゃ、正直釣り合わないぐらいだ」
世が世ならば、猛将と呼ばれても良い燕楽は、きっぷの良さを見せて、ニカリと笑った。
「今回みたいな危険な時に、その魔法宝石は役に立つ。売っても謝罪の品だから、気にはしないが、鷹野さんの娘さんに持たせれば、危険は少なくなると思いますぜ?」
これからも美羽は無茶をするかもしれない。その時にこの宝石を持っていれば、助かる時もあるかもしれないと芳烈は押し黙り迷いを見せる、普段持たせたら、逆に美羽は誘拐されてもおかしくないが。
「ダンジョンに入る時だけ持たせれば良いぜ。護衛として安心できるだろ? 芳烈さん」
芳烈の心を読んだかのように、燕楽は笑みを深めて宝石を勧めてくる。正直、心が揺らいで躊躇ってしまう。可愛い美羽にとって、この宝石はまたとない護衛となるだろう。何よりも妻と子が芳烈は大事だ。
その迷う様子を見て、王牙は微かに息を吐くと、芳烈に声をかける。
「芳烈殿、貰ってしまって問題ないかと。あぁ、私はルビーは結構。この宝石の相場の2倍を現金で支払ってもらおう。無論、譲渡税抜きだ」
王牙と燕楽の視線がぶつかり合い、火花が散ったような幻が見えると、周りが考えた。緊張した空気が醸し出され、ピリピリと肌に感じたが、すぐに燕楽は口元を緩めると息を吐く。
「ふぃ〜。そうかい。わかったぜ。それなら100億を用意しておこうじゃねえか。1週間くれ」
「良いだろう、不本意だが、それで手を打とう」
100億と、平民が見るのも手を触れることも不可能な高額を、二人はポンとキャッチボールのボールのような軽い扱いでやり取りをして平然としていた。
その態度が高位貴族だと嫌でも教えてくると、芳烈は冷や汗をかく。
「それじゃあ、まぁ、ここで手打ちだ。良かった良かった。勝利、てめぇは反省しろ!」
燕楽は豪快に笑いながら、勝利の頬を殴る。バキリと音がして、勝利は再び床を転がり殴り飛ばされるのであった。
「ひゃ、ひゃい、も、申し訳ありませんでしたっ!」
鼻血を流し、乳歯とはいえ、歯が折れて、口元から血を流し、勝利は謝罪の言葉を口にする。
粟国燕楽。凄腕の炎使いであり、公爵家の当主は豪放磊落のきっぷの良い男として有名であった。
こうして、ストーンゴーレム事件は、粟国家に多大な損害を与えて終わりを見せるのだった。
質実剛健の武門の名門、帝城王牙と対となる豪放磊落なきっぷの良い男、粟国燕楽。その人の性格がわかる光景であった。
無論、表向きの話である。
なんとなれば、燕楽の顔は帰宅時に笑みを深めて上機嫌であったのだから。その顔は先程までの豪快さは影もなく、狡猾そうな笑みを浮かべていた。




