199話 近衛兵の力
遠方から爆発音が耳に入ってきた。
『姿隠』を展開させて、森林の上空を木々に触れる寸前の低空飛行にて、高速で移動していた後藤は眉を顰める。
「隊長っ、予想とどうやら違ったようです」
並走する部下の一人が焦った声で告げてきた。
「うむ、どうやら罠だったようだ」
どうやらそのようだと、苦々しい口調で後藤は10キロは離れた場所へと顔を向けて目を凝らす。
『魔力感知』
マナにより視力を高めると、後藤の目に毛細血管のようにマナの光が展開されて僅かに輝く。
視線の先に映るのは、森林内を蠢く光の塊だった。あまりの多さに個々の魔物が持つマナの光が重なって、まるで一つの生物のように見える。
数が多すぎる。これではスタンピード級だ。自作自演の茶番レベルでは決してない。かなり大掛かりのものだ。
そして鷹野伯爵がいる道路地点へと視線を向けると、驚くべきことに森林が削られていた。更地となって見通しがよくなっている。
あれならば、多数の魔物とも戦闘できるだろう。先程の爆発音は、あの更地を作った魔法だと確信して、厳しい表情を浮かべる。
「今の魔法……誰がやったと思うか?」
「わかりませんが、近衛兵ではないでしょう」
部下の戸惑う言葉に、後藤は誰がやったかを推測する。感じた限りでは風の魔法だ。
そして、風の魔法を得意とする家門の当主があそこにはいる。
「鷹野伯爵……。どれだけ鋭い爪を隠していたというのだ……」
まだまだ幼い少女であるのに、末恐ろしい相手だと苦虫を噛んだかのように顔を歪める。
「隊長、『雑音』が発生! かなりの広範囲です。二手に分かれて接近する部隊も視認! 多いっ、魔導ヘリ20機、兵士200人! 『ニーズヘッグ』の魔導鎧『アギト』を装備していますっ」
障害物を越えて相手を視認できる『千里の魔眼』を持つ部下が、動揺を露わにして報告してくるので、拳を握りしめて悔しさから唸り声をあげてしまう。
「『ニーズヘッグ』か。『ソロモン』と組んでいたとはな………。おのれっ、聖奈様たちを抹殺するために用意していたか」
謀られていたと、後藤はこの罠の内容を正しく推測した。簡単な罠を看破させて、本命の罠を隠す作戦だったのだ。
つまらない罠だと考えていたが、失敗であった。
「どうしますか、隊長。救援に向かいますか?」
「うむ……」
敵の部隊が森林内から飛び出してきたので、後藤も視認できた。
フォルムを見るに、魔導ヘリ『ワイバーン』だ。一機30億はする機体が10機。どうやら型落ちの旧型であるようだが、それでもよくもあれだけ揃えたものだと感心してしまうレベルである。
そして、『ニーズヘッグ』が使用する有名な魔導鎧『アギト』を着込んだ多数の兵士たち。確実に殲滅するつもりで揃えたに違いない。
あれだけの兵士たちと、魔物の大群では聖奈様たちは殺されてしまうだろう。
悔しいが救援に戻るしかないと、歯噛みして旋回しようとした時であった。
空を飛行する敵兵が突如として、バラバラになって地面へと落ちていった。
慌てて散開する敵兵たちだが、やはり同じようにその肉体がバラバラに分断されて死んでいく。
「なんだ?」
さらに目を凝らすと、空中にキラキラと光る糸が蜘蛛の巣のように展開されているのが、なんとか視認できた。
「糸使いか? しかし、魔法障壁ごと叩き切る程の威力が出せるのか?」
森林内に、膨れ上がったマナを感知する。その膨大なマナは上級貴族の家門の当主レベル。いや、それを超えているだろう。
森林へと指差して、敵兵たちは森林へと突入していく。あれだけのマナを持つ者だ。敵兵もどこに潜んでいるのかを看破したのだ。
魔法の炸裂音と、マナの閃光が光り、激しい戦闘が行われていることがわかる。
そして、敵兵のマナが次々と消失していくことも。
魔法障壁ごと叩き切る魔法使いだ。恐らくはあの森林内は糸が張り巡らされており、糸使いの領域のはず。
「大友伯爵の援軍でしょうか?」
「いや、大友伯爵の部下にあれだけの魔法使いがいるとは聞いていないし、仲間にあれだけの損害を与えるはずもない。……念の為に潜ませていた者がいるのだ」
「まさかそれは………」
部下は最後まで言わないが、誰が用意したのか理解しているのだろう。ゴクリとつばを飲み込む。
加藤カレンを買収した際の少女の姿を思い出したのだろう。あの少女ならば、準備していてもおかしくない。
『ワイバーン』は先に進んでいく。魔物も多数存在する。後藤はどうしようか再度考えるが……。
「このまま隠れている敵を捕縛する! それまではあの軍勢相手にも耐えられるだろう。いや……もしかしたら、我らの救援は必要がないかもしれん。このまま突き進むぞ!」
あの少女は底知れぬ恐ろしさを持っている。どれほどのカードを隠し持っているのかわからない。
なんとかするだろう雰囲気も感じる。
ならば、早々に敵の黒幕を捕縛してその後に救援に行こうと、自らの力に絶対の自信を持つ後藤は決断した。
「敵を早く感知せよ!」
魔物を使役して、なおかつその様子を見るための場所はだいたい予測できる。いくつかの場所を集中して調査すれば、すぐにわかるだろうとの予想もあった。
「はっ! すぐに確認致します」
『千里の魔眼』と『魔法感知』を併用して、目当ての場所へと探索する部下。待つこと数分ですぐに判明した。
「18キロ先に、不審なレベルの強力なマナを複数感知! 恐らくは対象だと思われます」
「よくやった。魔物を使役している以上、マナの放出を隠せまいと予想していたが、当たったようだ。『姿隠』解除! 全隊員、対象へと向かう!」
「了解っ!」
魔導鎧『弁慶』を装備した後藤たちは、マナを魔導鎧に込める。僧兵のような武者鎧が輝き、飛行速度が上がる。マナの粒子を噴出させて、高速で後藤たちはマナが感知された場所へと向かうのであった。
木々の上空を低空飛行にて飛んでいくと、目的地の森林から複数の兵士たちが飛び出してくる。
杖を手にした魔導鎧『アギト』を装備した『ニーズヘッグ』の兵士たちである。
「隊長! 魔法戦特化の敵兵確認!」
「こちらに気づいたか。全機抜刀!」
刀を引き抜き、マナを展開させる。目を細めて殺気をオーラとして纏い、戦意をあげるようにマナを声に込めて叫ぶ。
「突撃! 雑魚に構うな、全て斬って押し進め!」
『勇敢なる獅子』
マナの込められた魔法の叫びは部下の精神を向上させて、恐怖を薄れさせる。
「おぉっ!」
部下が鬨の声をあげて、戦意を向上させてそれぞれマナを練り始め、戦闘準備を整える。
対する敵は空中にてそれぞれ杖を構えると、マナを集めて紫色の魔法陣を描く。
「迎撃せよっ!」
敵兵の隊長らしき男の指示に従い、魔法陣から魔法弾が連続で発射される。
空間を埋めるように、弾幕を形成して接近してくる紫の粒子を纏わせる魔法の弾丸に、後藤は忌々しそうに舌打ちする。
「『腐食弾』か。厄介な魔法を!」
『腐食弾』は魔法障壁対策魔法とも言われる魔法だ。魔法障壁に付着して、徐々に破壊していく魔法だ。
威力自体は低く、高い魔法耐性を持つ魔法使い自身にはあまりダメージを与えられないという弱点があり、弾速も遅いために使用されることは少ない。
だが、多数の兵士たちでの一斉射撃ならば効果があるだろう。『腐食弾』で魔法障壁を破壊。その後に本命の強力な魔法を使用する作戦だ。
「しかしそれは平凡な魔法使い相手の話っ! 近衛兵相手には無駄だ!」
体内のマナを刀へと集中させていく。マナの粒子が刀へと吸い込まれて、雷を纏い放電を始めていく。
『タケミカヅチ』
刀を構えて腕を引き絞り、鋭き呼気を放つ。オーラが後藤の身体から突風となって吹き荒れると雷が放たれた。
耳をつんざくような轟音をたてて、豪雷が空間を埋め尽くす。雷に触れた腐食弾はシャボン玉のようにあっさりと打ち消されて、敵兵たちに襲いかかった。
超高熱の雷が敵兵に触れて、その莫大な破壊のエネルギーにより魔法障壁を破壊していく。
「ぐわあぁっ」
空に展開していた全ての敵兵たちが焼かれていき、地上へと墜落していくのであった。
「カルト宗教の兵士モドキが、我ら近衛兵に敵うと思っていたか!」
一瞬のうちに敵兵たちを片付けた後藤は、飛行速度を落とさずに進む。
後藤の固有魔法『タケミカヅチ』は、雷魔法の威力を大幅に跳ね上げ、身体能力をも向上させる強力な強化魔法である。後藤が近衛隊長までになった必殺の切り札だ。
後藤たちは空を矢のような速さで進んでいく。しかし、さらに前方の森林内から光球が飛んできて、空中に漂う。
バチバチと放電を始めて、光球は空中に電撃の網を展開させる。
「『空中機雷』か。地上戦に移行する!」
「了解であります」
対空中戦の魔法は、排除に時間がかかりその間に地上から狙い撃たれる。高速での飛行を諦めて、後藤たちは地上にて移動することを決断する。
木々の合間に突入して、縫うように地上へと降り立つと走り始める。
骸骨の仮面をつけて、黒い魔導鎧を着込む新たなる敵兵たちが木の陰より現れて、剣を構えて斬りかかってきた。
「む? 『アギト』ではない? 『ニーズヘッグ』の兵士たちだけではないのか? 『ソロモン』の護衛兵士か」
見たことのない魔導鎧に、顔を顰めて戸惑う。しかし、戸惑いは一瞬であった。
「好都合だ。この先に重要な人物がいるということだからな」
『稲妻流し斬り』
後藤の身体を雷が覆い、稲妻のような速さで敵兵へと突進する。敵兵が剣を振り上げて斬りかかろうとする横を一瞬で通り過ぎていく。
目にも止まらぬ恐るべき剣速で後藤は、敵兵を切り払う。
「グハッ」
敵兵の魔導鎧にピシリと斬り込みが入り、鮮血が噴き出すと倒れ込む。木々の合間を鋭角に突き進み、後藤は立ち塞がる敵兵を次々と倒していった。
他の近衛兵たちも、敵兵と切り合うが、腕の差は明らかであり、危なげなく倒して進む。
激しく打ち合う金属音が響き、戦闘が繰り広げられていくが、後藤が選んだ精鋭である近衛兵たちの優れた腕前により、戦況は圧倒的に有利となる。
「前方に国際指名手配の『スルト』を確認! 他にも『ソロモン』及び多数の敵兵あり!」
いち早く前方に移動していた部下が、報告をしてくるので、うむと頷く。
「よし、このまま、むっ?」
後藤は血の滴る刀を手に、進軍を命じようとした時であった。
強大なマナを持つ者の反応に、鋭く反応して前方へと顔を向ける。
「何者だ?」
そこには、迎撃にきた敵兵の漆黒の魔導鎧のカスタムタイプと思われる物を着込む男がいた。顔の上半分を銀の仮面に包んでいて、謎めいた雰囲気を与えてくる。
「……後藤隊長。真面目で実直な君は皇帝の忠実なる侍だ」
「私のことを知っているようだな。ならば武器を捨てよ!」
「だからこそ、君がここにいること自体がおかしい」
降伏勧告を無視して、目の前の男は腰に履いた刀をすらりと抜き放つ。
「だが、もはや仕方あるまい。無理矢理にでも変えておこう」
「む?」
降伏するとは考えていなかったので、後藤も刀を構える。
「ここは配役変更といこう。君の代わりは探しておくよ」
「配役?」
「そのとおり。配役を変更させてもらう」
「意味のわからぬことをっ!」
意味不明なことを告げてくる敵へと、間合いを詰めて斬りかかり、後藤は戦闘を開始するのであった。




