197話 開戦の狼煙なんだぞっと
再び、牧場ダンジョンへと向かうみーちゃん一行。
ガタゴトと森林内の道路を装甲バスと護衛の装甲車が続く。周りの様子を窺うが、鳥の鳴き声一つしない。
多くの生き物が棲息しているはずなのに静かすぎる。昨日はどこかから、なにかしらの鳴き声が聞こえてきたものだ。
「そろそろです、鷹野様」
装甲バスの中で緊張の硬い表情でカレンが、僅かに震わせた声をかけてくる。
「副隊長さん?」
後藤隊長の代わりに装甲バスに乗っている近衛副隊長さんが頷くと言葉少なにカレンに指示を出す。
「加藤、こちらは準備万端だ。やれ」
「はいっ! えっと、これ罪にならないですよね?」
自分の保身を考えるカレンであるが、大丈夫と肩をトントンと叩いて笑顔を見せてあげる。
「わかりました。それでは合図を出します!」
『発光弾』
窓から手を出すと、カレンは魔法を使う。発光弾が手のひらから飛び出して空へと向かうと爆発し、大きな光を放った。
あれなら、かなり離れていても気づくだろう。本来ならば、ここで『姿隠』と『魔法隠蔽』を使って逃げるのが、原作のカレンだが、今回は周りを近衛兵が固めているので逃げられない。
「それでは外で待ち受けましょう」
闇夜が烏羽のような艷やかな髪をかきあげると、ふふっと笑う。将来は美人さんになると確信する姿だ。
「それじゃ、気をつけて行こっか」
「お待ちください、ご主人様」
みーちゃんもお外に向かうよと、外に向かおうとするとニムエが制止してくる。
なにかなとニムエに顔を向けると、スッと布を巻いた細長い物を恭しく渡してきた。
「これを師がご主人様に渡すようにと。時は来たとのお言葉です」
「ししょーが? なんだろう?」
不思議そうにコテンと首を傾げて巻かれていた布をとると、恐ろしく神秘的な輝きがみーちゃんの顔を照らしてきた。
精緻な意匠をされたレジェンドオリハルコン製の鎚で、柄に嵌められた宝石が仄かな光を宿している。光を押し固めて造ったような光の鎚。一目でその強大な魔力が、一般人でもわかる神々しさであった。
「こ、この鎚は?」
その強大な力を持つ鎚を見て、みーちゃんは驚き口元を戦慄かせて尋ねると、ニムエは薄っすらと微笑んで教えてくれた。
「その鎚は師がご主人様のために用意した神鎚。名前は『ポヨポヨの鎚』です。と薄っすらと微笑んで説明するように教える」
「わ、ワァー、『ポヨポヨの鎚』……ししょーが私のために……。ありがとうししょー!」
「フフッと頷いて、ニムエはその鎚が、アダッ」
とりあえず輝くような笑顔でニムエを蹴っておく。
『ポヨポヨの鎚』を手に持つと、不思議にぴったりだった。まるでみーちゃんのために作り上げられたような素晴らしい鎚だった。
「これならいけるよ!」
「間違えました? えっと、何行目でしたか、アイタッ、痛いですご主人様」
ムンと胸を張って、勇者のように鎚を掲げてニムエを蹴っておく。
まるで主人公的パワーアップイベントのような光景がそこにはあった。
だから、玉藻ちゃん。玉藻のセリフはどこなのと、ワクワクした顔で、ニムエの身体を揺すって脚本を見せてもらおうとしないでね?
ニムエも見せなくていいから!
「おめでとうございます、みー様。少し斜めに顔を向けて、その角度でバッチリです」
闇夜ちゃんも、拍手とかしてほしいなぁ。なんでカメラを持っているのかな? 学芸会で主人公に抜擢された娘さんかな?
「ご主人様。その鎚の能力は……えっと、ちょっと待っててください。忘れました。今見直しま――」
「マナを込めると範囲攻撃になるんだ! よーし、頑張っちゃうぞ〜」
光のレジェンドダイヤモンドと、貯めた鉱石などを使って造った逸品である。
『ポヨポヨの鎚:レベル65、単体、範囲攻撃に攻撃方法を選択できる。光属性以外の属性に特効、万能属性』
あまり名前はかっこよくないが、これはチートレベルの武器だ。元の攻撃力はそこまで高くないが、特効と万能属性があり、範囲攻撃もできる強力な武器だ。
「えぇ〜、なんですか、これ?」
呆れた顔で聖奈がツッコんでくるけど、学芸会終了〜。
モブでも、主人公的なパワーアップイベントをしてみたかったんだもん。
もはや後ろは振り向かずに、装甲バスを出るみーちゃん。耳が赤いのは寒いからだよ。本当だよ。
少し魔が差したんだ。みーちゃんも主人公ぽいイベントやりたいなぁって。
色々隠すことを止めた結果が、アホな行動となるみーちゃんでした。
外に出ると、皆が真剣な表情で周りを警戒していた。装甲車の機銃は構えられており、近衛兵や護衛はそれぞれ武器を手にして緊張した空気を醸し出していた。
「3時の方向に、魔力光を発見!」
『浮遊』にて、空に浮いている近衛兵が双眼鏡を覗きながら伝えてくる。
「多数の魔力が出現。魔物と見られます!」
装甲車の脇に立つ近衛兵が地図を見ながら教えてきた。どうやら魔法の地図のようで、レーダーのように敵の位置を掴むことができるらしい。ファンタジーだよね。
こちらは鬱蒼と茂った草木と、空高く聳え立つ木々により、未だ視界が通らないのでかなり不利だ。
『メインストーリー【新たなる夜の帳が舞い降りる】が開始されました!』
ログが突如として目の前に開いた。何これ? メインストーリー? ゲームではこんなメインストーリーを見たことなかったよ? というか、まだ原作始まってないよ!
表示されたログに驚いてしまうが、さらに驚愕することとなった。
体に魔法の力が駆け巡り、身体能力が強化されて、魔導鎧『ウォータン』が起動したのだ。魔法の仄かな光が魔導鎧の周りを漂い、フワリと灰色髪が靡く。
どうやら戦争型戦闘らしい。この間のスタンピード時と同じだ。
常に戦闘状態となり、熟練度が稼ぎ放題のイベントである。
今回はメインジョブは神官に戻し、セカンドジョブに召喚士、サブに忍者と入れ換えている。スタンピードレベルならば問題ないだろう。
と、思っていた時もありました。
「9時方向にも大量のマナを感知!」
「『雑音』が発生! 敵の戦闘ヘリを複数視認!」
「合わせて、ヘリの後ろから魔導鎧を装備したアンノウンが約200人接近中! 包囲されました!」
次々と入る報告内容に、ふにゃあとため息をついてしまう。
「馬鹿なっ! 加藤、貴様騙したな!」
「わ、私は騙していません。こんなことになるなんて聞いてないですっ!」
狼狽を露わにする副隊長が、カレンへと殺気の籠もった視線を向けるが、知らないですとカレンは慌てて手を振って弁明していた。
その様子からは嘘が見えない。本当に知らなかったのだろう。
「ま、魔物の数だけでも2000はおります。3時の方向に獣型、9時の方向には……アンデッドの反応です!」
「あれを見てください、巨人だ! 数は3体。『丘巨人』だと思われます!」
見てくださいと、空に浮く兵士が焦った様子で声をあげるが木々が邪魔で全く見えない。
でも、理解したことはある。
「嵌められたみたいだね」
これは完全にこちらを殺しに来ている。大友伯爵のマッチポンプな茶番レベルではない。
誰かはわからないが、こちらが大友伯爵の茶番に気づくことを予想していて、くだらない茶番と思わせつつ、密かに準備をしていたのだ。
小説の展開だからと、少し油断していたことは認めよう。そして、多少違っていてもみーちゃんの力なら簡単に倒せるとも考えていた。
逆手にとられてしまった。オーバーキル気味の戦力を見事に揃えてきたわけだ。やるじゃないか、まったくもぅ。
これは敵へあっぱれと褒めてあげよう。
フゥと息を吐き、目を閉じて考える。
メインストーリー。メインストーリーねぇ。
「なら、楽しもうかな。この戦いを」
『ポヨポヨの鎚』を構えると、腰を僅かに屈めて、鋭く呼気を放つ。
いつもの可愛らしいぱっちりおめめではなく、獲物を狙う猛禽の光を宿した凶暴なるアイスブルーの瞳を爛々と輝かせる。
みーちゃんモードはおしまいだ。ここからはゲームのように戦いに生きる鷹野美羽の出番だ。
「この鎚の力を試させてもらうよ!」
右足を深く踏み込み、身体を捻る。足先から胴体、そして腕へと力を伝わせていき、手に持つ鎚へと全ての力を集め、水平に『ポヨポヨの鎚』を振るった。
『ポヨポヨの鎚』が美羽の意思に従い、光でできた鎚を伸ばす。どこまでも伸びていく光の鎚は鞭のように撓りながら、木々を砕いていった。
光の鎚に触れた木々は、砂のように砕けていき、閃光が一直線にその根本を薙ぐ。
『旋風鎚』
美羽がポツリと呟くと同時に、それは起こった。
真っ黒に渦巻く突風が巻き起こり、火山の爆発のように、目の前の木々を根本から吹き飛ばす。木々は大きく空へと飛んでいき、遠く離れた場所へとミサイルのように落ちていき、爆発音と砂煙を発生させるのだった。
そして、美羽たちの視界を阻んでいた周囲の森林は数キロに渡り、耕したかのように綺麗な更地となっていた。ポトポトと吹き飛んだ土塊が更地に落ちていく。
クイッと手首を曲げると、光の鎚は短くなって元の長さへと戻る。
威力、射程ともに、なかなか使い勝手の良い鎚だ。あまり柄が長いと敵は簡単に回避するだろうから、戦闘の時は要注意か。
『光のレジェンドダイヤモンド』はさっさと使わないと!保管しておくと、どこかの女神がダイヤモンドの美味しい食べ方を研究と言って調理して食べ始めるしね。
「これなら良し。皆、陣形を作って迎撃しよ〜」
うぉ〜と、雛のようにぴよぴよと叫ぶと、一瞬の間に更地となっていた目の前の光景に唖然とした面々はハッと気を取り直す。
「そ、そのとおりだ。広大な更地ができれば、敵への対応もしやすい。全員陣形を組め!」
副隊長が指示を出し、近衛兵たちはすぐに行動に移った。さすがは近衛兵である。
「あたしらも迎撃態勢をとるよっ! これだけの広さがあれば充分さね!」
「おっしゃ。新型の盾を使う時だな」
金剛お姉さんやマティーニのおっさんも動き出し、闇夜たちの護衛も気合を入れて、鬨の声をあげ始めた。
「凄いです、みー様。そのかっこよさに痺れます」
「更地にしちゃったね! 大工さんびっくりだよ〜」
ムフーッと鼻息荒く感激した様子の闇夜と、ニシシと笑う玉藻。たぶん大工さんじゃなくて、工事会社がびっくりするだろう。
その様子を横目に、思念を送る。
『フリッグお姉さんは、隠れながら支援。シーナとヤシブは近づく敵兵を撃破しろ。ニムエは全体の防衛をしながらの迎撃でよろしく』
ここまで大規模になるとは思っていなかったら、オーディーンもフレイヤも呼んできていない。もちろん他の9英霊も呼んだのはたったの3人だ。
失敗したよ。いや、大失敗だ。
美羽の正面に4つのホログラムが表示されて、男女の姿が映し出される。
『わかったわ、お嬢様』
そばかすのメイドがフフッと笑うと、黄金の髪を持つ見目麗しい美女へと姿を変える。
『わかりました。シーナと共に迎撃に移ります、ハイ』
『こちらシーナ……片付けてすぐに寝る』
痩せぎすの眼鏡の男が、ハンカチで額の汗を拭きながら頷くと、顔にベッタリと迷彩塗装をした緑色の髪をツインテールにした眠そうな目の少女が親指を立てる。
『かしこまりました、ご主人様。全ては貴女のご指示の下に』
最後にニムエが、いつもと違う透き通った笑みを見せて了解した。
『うん、それじゃ戦闘を開始してね』
大失敗だ。たしかに大失敗だ。
だが、美羽の本能が囁く。
見たことのないメインストーリーを楽しめと。
魂の奥底が囁くのだ。
『どちらが狩人か、教えてやるぞっと』
圧倒的な敵の数を前に、ニヤリと鷹野美羽は笑みを浮かべると、戦闘を開始するのであった。




