194話 利益を求めるのも、ほどほどにだぞっと
ニムエが持つトランクケースの中には必要な物が入っている。
そして、可哀想なカレンは美羽がグツグツ煮える正義感で助けちゃう予定だ。
何しろ『魔法隠蔽』は美羽が喉から手が出るほど欲しかった魔法だ。ゲーム武器のマナを隠蔽する方法が欲しかったんだよ。
なので、グツグツ煮える正義感と、溢れて溢れでちゃう慈悲の心から、優しい美羽はカレンを絶対に助けるのだ。本当だよ、嘘じゃないよ。
「カレンおねーさん……とっても痛そう。私が回復魔法をかけてあげるね!」
「ぁぅあ……」
かすれ声で喜びの声をあげようとする眼鏡っ娘のカレン。大丈夫、今回復してあげるから。
ニムエの持つトランクケースを開けて、中の一つを取り出すと、カレンの前へと投げつけた。
「ぇぅ……ええっ!」
回復魔法が効いたらしい。掠れていた声が普通に戻ったよ。それではもう一回。
「痛いの痛いの飛んでけ〜」
ポイっとな。
ドサリと置かれた物を食い入るようにカレンは見つめる。
「良かった。傷は治ったんだよね!」
「そ、それはっ………。これはどんな効果が?」
「回復まほーだよ。懐に入れると、ますます回復力アップするんだって!」
「ほ、本当に?」
「うん。入れてみて! カレンおねーさん! 今、手の縄を外してあげるね!」
うんせと椅子と一緒にくくりつけられた手を縛る縄を切ってあげる。
「えっと、えへへ、ありがとうございます」
目の前に置かれた物をそそくさと懐に入れると、カレンはムフフと頬を赤らめて嬉しそうに笑う。
「で、なんであそこにいたのか教えてほしいんだ! ていっ」
回復まほーをもう一回ドサリと置いてあげると、カレンはこちらを警戒しながらも口を開く。
「私は罪になりますか?」
「質問に答えてくれて、鷹野家に仕えてくれるなら大丈夫だよ」
もう一回ドサリ。
「わ、わかりました。でも大したことのない内容ですよ?」
回復まほーをかけてあげたので、感謝の念をもったカレンはあっさりと雇主を裏切った。
「大したことのない内容だけど、答えたら心証では重罪に近い話なんでしょ。でも大丈夫。情報を教えてくれれば罪は免除されます!」
そういう話となったはずだと、キラキラとアイスブルーの瞳で後藤隊長を見ると、しかめっ面で渋々頷いてくれた。
その様子はカレンも見ており、安堵したようで丸眼鏡をかけ直すと拍子抜けするほど簡単に教えてくれる。
「えっとですね……偶然なんですが、牧場ダンジョンに行く道の途中で、貧乏男爵のぼんくら息子たちが、魔物狩りをする予定なんです。で、驚いた魔物たちが多数道路に現れるといった次第でして……えへへ」
大人しそうな少女にしか見えないカレンは、上目遣いで弱々しい笑みを見せてくる。
「ぼんくらお兄さんたちは、私たちが通ることを知らないんですね!」
「あ、は、はい。合図があったら魔法をハデに使うようにとだけ伝えてあります」
「そうなんだ。そうすると闇夜ちゃんたちが危ないよね。守らなきゃ!」
これは大変だよと、教えてくれたお礼にさらにドサリと回復まほーを置く。
「必要ありません、鷹野伯爵。我ら近衛兵は一騎当千。もっとも実力があり、近衛兵専用魔導鎧『弁慶』も装備しております。たかだか魔法に驚き逃げてくる弱き魔物など相手になりませぬ」
プライドがエベレストのように高い後藤隊長の発言である。腕組みをして、自信満々で告げてきた。
物凄くフラグを立てるおっさんだ。フラグシップは決まりである。
だが、魔物を使用しての襲撃が目的ではないはずだ。それならば、もっと単純な話だったんだけどね。
「そっか。近衛兵さんたちは強いもんね。みーちゃんたちも安心?」
コテリと小首を傾げる。と、カレンはかぶりを振ってきた。
「いえ、撃退されるのは予想しています。ただ、ちょうどよく通りがかった大友伯爵たちが助けに来るんです。それで、その、ね?」
わかるでしょうという瞳を見せるカレン。わかるわかる。勝算の高い作戦なんだよね。
「大友伯爵さんたちは、最近皇帝陛下からも、他の貴族たちからも睨まれているもんね。ここで挽回したいということでしょ!」
わかっちゃったと、パァッと顔を輝かせちゃう。
「たとえ我らが撃退しても、救援に来た伯爵たちを皇帝陛下は称賛するしかない……。汚名返上というわけですか………よく練られた作戦だ」
作戦内容を聞いて、苦々しい顔で後藤隊長が口を開く。
そうなのだ、襲撃をする方ではなく、助ける方を伯爵たちはするつもりなのである。
これは極めて悪質なマッチポンプでありながらも防ぐのは難しい。救援に来た者を称賛しないのは、皇帝陛下の沽券にかかわるからな。
「それに合わせて、鷹野家への嫌がらせも兼ねている。牧場ダンジョンの道は聖花が存在しているのに危険だった。聖花は効果が本当にあるのか? そして牧場ダンジョンの道を管理できない鷹野家は大丈夫なのか? と、裏もあるでしょー」
お茶目さんなんだから、こいつめーとカレンの頬を人差しでつついちゃう。
美羽の顔を見て、カレンはギョッとしてダラダラとあぶら汗を流して顔を蒼白にする。
どうしたのかなぁ。可愛らしい少女が悪戯そうな笑顔を見せたのに、なにか怖いものでもあった?
「は、はい。そ、そのとおひです、はひっ!」
口籠りながら、ガクガクと首を振るカレン。
実は驚きはあまりない。襲撃も大友伯爵のせこいマッチポンプも知っていた。あの伯爵、スイートルームで酒を飲んで自分の作戦がどれほど完璧かを吹聴してたからな。
美羽としては襲撃されるつもりだった。後藤隊長率いる近衛兵もいるし、さくっと迎撃する予定だったのだ。お友だちを守る力はあるんだよと、武をアピールする予定でした。
大友伯爵が助けに来たら、ありがとうおじさんと、感謝でおめめをキラキラとさせて仲良くなる予定だった。そんでもって、後ろにいる黒幕さんを紹介してくれないかなぁと考えていたのだ。
きっと良い子なみーちゃんに教えてくれると思ってたんだよね。
聖花の評判が下がるのは、なんとでもなる。フリッグお姉さんの情報網でもわからない黒幕を知りたかったんだ。
「気になるのは魔物で襲撃するということだな……。『ソロモン』が絡んでいるのではないか?」
後藤隊長がカレンに近づくと、殺しそうなほどに恐ろしい殺気を放つ。元から小心者のカレンはぶるぶると震える。
「そ、ソロモン? 『ソロモン』とはなんでしょうか? 悪名高い魔物使いの集団ですよね? し、知りません。そんなの知りませんっ!」
いかに幻影で姿を隠していても、真っ二つにされたらオシマイだ。必死になってカレンは否定する。
『ソロモン?』。なんでここで『ソロモン』が出てくるんだ?
「『ソロモン』って、なんで『ソロモン』が出てくるんですか? 後藤隊長?」
「日本に上陸して、どうやら多数の魔物を操る実験をしているようなのです。我らはそれを調査しております」
美羽の様子を窺うように、鋭い視線を送ってくる。
「へー。そうなんだ」
それ機密だろ。重要な機密を美羽に教える。これも皇帝の指示だな。聖奈も調査していたから、この旅行についてきたのか。
そして重要な機密だけど、まったく手がかりを掴んでないだろ、これ。手がかりが欲しいからこそ、教えただろ。
さらに言うと、皇帝陛下は重要な機密を鷹野美羽に教えるほどに信頼しているんだぞと、遠回しに伝えてきているだろ。
これ一石なん鳥? 皇帝陛下は狡猾すぎる。
でも、この情報はありがたい。足りなかったピースが少し埋まったよ。
「そんな危ない集団がいるなら危ないね! 仕方ないから、皆で帰ろ?」
怖い怖いの鷹野美羽なのだ。ここは作戦変更だ。
『ソロモン』が絡んでいるとなると、この作戦は話が変わる。危険度が一気に跳ね上がる。闇夜たちを危険な目に合わせるつもりはないよ。
準備を整えて『ソロモン』を探すとしよう。
後藤隊長も聖奈の護衛なのだから、そうですなと頷くと考えていた。
「いえ、ここは敵の作戦に乗るとしましょう。魔物をけしかけるには、『ソロモン』が背後にいた方がやりやすい。ぼんくら息子たちのさらに後ろを調査して、尻尾を掴む予定です」
なんと、護衛としてまったく相応しくない答えを返してきた。その顔は真面目そのもので冗談を言っている様子はない。マジかよ。
「『ソロモン』は私も聞いたことがあるよ! 怖い怖い集団なんだよね。やめとこ? ね?」
「護衛は副隊長たちに任せて、私自らが精鋭を引き連れて、後方にいる敵を探す予定です。『ソロモン』がいるならば、必ず捕まえることができるでしょう」
自分の力に絶対の自信を持つ男である。これは何を言っても無駄そうだ。周りの近衛兵たちも反対の声をあげる者は誰一人としていない。
こいつら、聖奈の護衛で来たんじゃなかったのか。最初っから、『ソロモン』を捕まえるために来たのかよ。だからここまでの人数で来ていたのか。
説得は無理そうだ。皇帝の指示を忠実に守るつもりなんだろう。
「闇夜ちゃんたちには説明するからね!」
プンスコと頬を膨らませて抗議するが、あっさりと首を縦に振るので、最後の説得も無理そうだった。
仕方ない。こちらも相応の準備をするしかないな。
ため息混じりに、加藤カレンをちらりと見て思う。
彼女の出番は、前世の記憶からサルベージするに、8巻だった。
原作では、着実に名声をあげる俺つええ主人公シンだが、神無公爵へと復讐するには権力と財力が足りなかった。特に圧倒的に権力が足りなかった。
そこに下級貴族の半分近くを纏めていた、そこそこの勢力を持つ大友伯爵が出てくる。その大友伯爵の配下である加藤カレンが依頼をしてくるんだ。
依頼内容は近く開催される武器コンテストがあるので、甲府のダンジョンの深層にあるアダマンタイトを採掘してきて欲しいとのことだった。『犬の子犬』商会を営む瑪瑙侯爵に渡す予定ということであった。
成功すれば、大友伯爵は少しだけシンを支援しようとのことであった。自身の元婚約者であるエリザベートの親である瑪瑙侯爵にも認められる可能性もあるし、渡りに船とシンたちはその依頼を受けて、カレンの案内の下にダンジョンを進む。
カレンたちは危険な魔物との戦いや、毒沼などの厄介な地形を乗り越えて、親しくなっていく。
しかし、ダンジョンの深層で、アダマンタイトの採掘地まであと少しというところで、カレンはシンたちを裏切る。
「病弱な弟のために、大金が必要なんです、ごめんなさい!」
とシンたちに泣いて謝りながら、深層の魔物を集めて逃げてしまうのだ。そして、密かに後をつけていた大友伯爵たちは、シンたちが魔物に襲われている間に、採掘していこうという作戦だった。
これは神無大和公爵から、大友伯爵が密かに命じられていた謀略だったのだ。
シンを殺し、瑪瑙侯爵には恩を売る。それが作戦であった。
しかし誤算が生じる。シンたちは強すぎて、恐怖した魔物たちは逃げてしまうのだ。そして、魔物の群れは近くにいた大友伯爵へと襲いかかる。
次々にモブな部下が死んでいき、大友伯爵とカレンが窮地に陥ったところで、やれやれと肩をすくめて、シンが助けに入る。
命を助けられた大友伯爵は泣いて謝罪をして、以降はシンの支援をすることと、神無公爵と敵対することを宣言。
アダマンタイトを受け取った瑪瑙侯爵もシンを見直して、遂に権力基盤をシンは手に入れたのであった。
加藤カレンは以降、保健の先生となって、大友伯爵との連絡役や他にも色々なことでシンの手伝いをする。
めでたしめでたしで、8巻は終わり。
ご都合主義の王道ファンタジー。
古典的ファンタジーに多いパターンだと、当時は楽しんでいたものである。
さて、小説の世界ならば、これで良い。ご都合主義バンザーイだ。シンが成り上がるには、ご都合主義が必要なのだ。
でも、現実となるとご都合主義って、どういう意味を持つと思う?
主人公に都合の良いことばかりが起こる。名前の通りにご都合主義だ。
しかし、それは良いことばかり起こるのではなく、起こしているのだと考える。
鷹野美羽という存在がそうだ。都合の良い展開になるように、力を蓄えて根回しして、こっそりと手を回す。
それがご都合主義という結果に繋がるわけ。
小説の内容を解析すると、おかしなところが多数ある。主人公の成り上がりストーリーなんだから、そういう解析はやめろよとの声もあるだろう。
これが小説なら、そう思う。
だが現実なのだ。なので、現実的に考えると、なぜ大友伯爵はアダマンタイトの採掘を依頼した?
瑪瑙侯爵と縁を繋ぐためという話だが、それならば一介の高校生に依頼しないだろ。
神無公爵に殺すように命じられていたから?
それならば、大友伯爵の名前が出ないように動かないといけないのでは? 周囲に認められ始めて、名声を手に入れ始めたシンを殺した依頼人など、評判が下がるに決まってる。
瑪瑙侯爵もシンが死んだ依頼でアダマンタイトを受け取りたくないだろう。なにせエリザベートはシンの元婚約者だ。
どんだけ冷酷な侯爵なんだよと、周りに噂されるのは間違いない。
そして、弟のためにお金が必要と言いながら、事件が解決したあとは、カレンの弟の話なんか欠片もなかった。ゲームでもなかった。
ありがちな嘘なのだ。しかし、シンはまったくその嘘を追及することはしなかった。
最後にカレンはどうやって魔物を集めた? 魔物を簡単に集めることなんかできないはずだ。
気になっていたことの一つが今提示された。
魔物を操る『ソロモン』と組んでいたのだ。そして大友伯爵と『ソロモン』が繋がっているとなれば、神無公爵とも繋がっている可能性が高い。
その結果を考えるとだ………。魔物を操れる『ソロモン』を仲間にしている大友伯爵が危機に陥る可能性などない。
わざと危機を演出して、シンの支援者になるように演じたんじゃないか?
これはマッチポンプの可能性が高い。わかりやすいイベントでシンの権力基盤を増やそうとしているのかもしれない。
即ち………シンはもしかして神無公爵と組んでるんじゃないか?
シンを皇帝にするために動く。ふむ、わかるわかる。シンは優秀だしね。
でも、これは可能性の一つだ。シンの心情は原作で何度も語られているが、不自然な文章はなかったように思えるんだよなぁ。
前世で有名な小説家が書いた名探偵シリーズで、犯人が語り部という衝撃的なパターンがあった。探偵物のゲームでもパートナーが犯人だったパターンがあった。
それを考えると文章の描写になかった部分がシンにはある可能性がある。
そしてだ。わかりやすい悪役の『ニーズヘッグ』や『神無公爵』以外にも、誰かが背後にいる感じがする。
裏でも姿を現さずに、密かに蠢く狡猾な奴だ。
面倒くさいが、鷹野美羽の敵となるならば、お相手しよう。
今回の事件。利用させてもらうとするよ。
鷹野美羽も、敵の手掛かりを掴みたいんだ。
それには協力者が必要だ。
「カレンおねーさん、ほーしゅーの回復まほーです」
ニムエからトランクケースを受け取ると、ひっくり返してバサバサと床に落とす。
カレンはそれを見て、嬉しがって身体を震わせて穴が開くほど見つめる。
「合計3億円あるから、全部カレンおねーさんにあげるね。痛いの痛いの飛んでけ〜」
札束の山を作って、にこりと美羽は優しく微笑むのであった。




