192話 召喚契約なんだぞっと
やれやれと灰色髪をかきあげて、みーちゃんは安堵の息を吐いた。
「ありゃ? 手がベトベトだよ」
緊張していたのだろう。手汗で手が真っ赤だよ。倒れている加藤カレンも気になるし、さっさと回復しておこう。
鼻血を出したのか、カレンは血溜まりに沈んでいるしね。きっと転倒して、鼻でもぶつけたのだ。そうに決まった。
隠れていた時点でギルティな感じはするしね。でも、身体がピクピクと痙攣し始めているから、早く回復させておこうかな。
『範囲極大治癒』
地面に魔法陣が描かれて、みーちゃんとカレンを蛍の光のような淡い光の粒子が降り注ぐ。
あっという間に抉れた肩や、ちょっぴり身体に空いた穴が塞がっていった。血も消えてなくなり、綺麗な姿となった。
ゲーム仕様のみーちゃんの血は回復したら、消えちゃうのだ。つくづく人外だと思います。
ちなみにダイヤモンドブレスの中にあったダイヤモンドは魔法で一時的に創られたものだから、もう消えている。
「治ったや」
回復が完全ではなかったので、もう一回使って完全回復。もう次にダイヤモンドポヨポヨが現れても戦闘できるよ。
「う、うぅ………」
「あ、起きた?」
カレンがうめき声をあげて、目をゆっくりと開けるので、ぽてぽてと近づいてみーちゃんスマイルで問いかける。
「ブハッ! なんですか、あのセクハラ婆。着ているものを脱いで行けなんて、そんなことするわけないじゃないですか……って、あれ?」
「そのお婆さんの言うことを聞かないで良かったですね、おねーさん!」
キョロキョロと辺りを見回して、頭を振りながらカレンは立ち上がろうとする。
良かった良かった。どうやら怪しいお婆さんに騙されそうになったみたいだね。胸の真ん中が装甲も服も大きく破れて真っ赤になっているから、隠したほうがいいよ。
「は、はぁ、どうも。あの……なにがあったんでしょうか?」
「おねーさんは、姿を隠していたから、私の戦闘に巻き込まれたんだよ。急に現れたからびっくりしちゃった」
ニコリと美少女スマイルで、息を吐くようにみーちゃんは嘘をついた。
姿を隠していたんだから、ほとんど本当のことを言っているといって良いよね。
「げっ! 姿を隠していカハッ」
慌てるカレンだが、その頭が掴まれて地面へと押し付けられた。
「鷹野伯爵。『姿隠』を使用していたのは本当ですか?」
カレンの頭を地面に押し付けたのは、聖奈の護衛である後藤近衛隊長だった。みーちゃんに追いついたらしい。
厳しい顔つきで、みーちゃんを睨むように確認をしてくる。威圧感があって、ちょっぴり怖いおっさんだ。
「いえ、今日のスケジュールでは6層にいる者たちは、私たちだけのはず。それに部下の魔法感知に引っかからなかった。何者だ、貴様?」
みーちゃんが答える前に、自身で解答を手に入れたようで、グイグイと地面にカレンの頭を押し付けて、尋問を始める。
極めてみーちゃんたちの教育に悪い隊長さんだ。
あばばと顔を青ざめて口籠るカレンを、他の近衛兵たちも囲み、既に犯罪者扱いにしている。
まぁ、皇族がいるのに隠れている時点で真っ黒だからなぁ。
カレンの話は後で聞こうかなと、ドロップアイテムを見て、ニマリと笑みを浮かべるが、失敗してた。
自分の格好を気にしていなかった。
「キャー! みー様、大丈夫ですか?」
「エンちゃん!」
「回復魔法を使いましょうか?」
近衛兵たちは心配してくれなかったので忘れていたが、追いついた闇夜たちは悲鳴をあげた。
「少し汗かいちゃったかな?」
自分の姿を省みる。白猫15式はもはや装甲は壊れて、レオタード型スーツも破れている。穴だらけなので、紳士諸君は目を瞑ってね。
地味にダイヤモンドブレードは痛かったのだ。ガスガス装甲を削ってくれた。そして、ゲーム仕様ではないから、白猫15式は修復されない。
買ったばかりなのに、もうスクラップとか……。にゃーん機能が気に入っていたのになぁ。しょんぼりみーちゃんである。
「だ、大丈夫のようですね、みー様」
「うん、傷はないみたいだよ〜。もぉ〜、驚かさないで〜」
「キャァ、くすぐったいよ」
闇夜と玉藻がペタペタと身体をさすって、傷がないか確かめてくるけど、くすぐったいよ。
キャァキャァと、笑って離れようとするが、玉藻が途中から悪戯そうな顔になり、脇腹をこちょこちょとくすぐってくるので、笑ってしまう。
闇夜もそれを見てくすぐってくるので、身体をよじって逃げちゃうよ。
「無事で何よりです。みーちゃん、一体全体なにが起こったんですか?」
ホッと息を吐いて、聖奈が胸を撫でおろす。
ごめんなさい、心配かけちゃったね。
「皆、心配かけてごめんね。んと、ジルコニアポヨポヨが合体してダイヤモンドポヨポヨになったから、皆の方に行かないように倒さなきゃって思ったんだ。それと、キラキラだったから、倒したら何を残すのかなぁって、疑問もありました」
「あれは倒してもなにも落とさないんです、みーちゃん。ほら、あれを見てください」
聖奈が指差す先には完全に溶けて、なにも残っていなかった。なるほど、魔石すら残さないのかぁ。
「でもよく倒せましたね。さすがはみー様です! あの魔物は、いかなる攻撃も防ぐため倒すには軍隊が一斉攻撃をしないといけないんですよ?」
くすぐるのを止めた闇夜がキラキラした瞳で見つめてくるのでこそばゆくて、くねくねと身体をくねらせちゃう。
「………軍隊が?」
だが、そのセリフの内容に不穏な響きがあるので、思わず確かめると闇夜はコクリと頷く。
「ダイヤモンドポヨポヨの身体は武器などの素材になるのではないかと過去に考えられたようです。牧場ダンジョンに数年に一匹しか現れない希少な魔物であることも理由でした」
「でも、頑張って倒してもなにも残らなかったんだよね〜。魔道具作りの人たちも、しょんぼりって耳を折りたたんだよ」
器用に狐耳をペタリと頭にくっつける玉藻。愛らしい狐っ娘だ。
「どうやらマナで構成されているだけのようです。私の『聖盾』のように。なので、核だけが本体でその周りの身体は創造魔法で形成されているというのが通説ですね。硬いですが、耐久力はほとんどないことも、その説を裏付けています」
なるほど、聖奈の言う説なら、たしかに耐久力がない理由となる。高度な魔法盾は絶対の防御力を持つけど、そこまで耐久力はないからな。
それよりもだ。問題があることに気づいたぞ。
「おぉ〜。………皆、もしかしてここに来る前にダンジョンの様子を予習してきた?」
3人とも詳しすぎるので、こめかみに汗をたらりと流して、口元を引きつらせちゃう。
予想通りに、3人ともコクリと頷いた。
そうか、予習してきたのか。約1名を除いて。……みーちゃん反省。知らない方がワクワクすると思ってたんだ。
まぁ、反省はそれまでにして、やることをやっちゃおうかな。
「んと、召喚契約をした人はいないの?」
「召喚契約ですか? 倒すことが稀なので、魔物とのパスが繋がる人はいないらしいですよ」
この世界の召喚士っぽい魔法使いは魔物を倒し続けると、魂のパスが繋がる時があるらしいと勉強してきたので確かめる。他にもペットとして長年飼うと繋がる時があるらしいけど。
魂のパスが繋がると、魔物が住む魔界から召喚できる……らしい。魔物が住む魔界、精霊が住む精霊界、天使が住む天界、そして人間が住む人間界。
『魔導の夜』であるこの世界での学者は召喚をテンプレ方式の説として提唱していた。もはやお互いの世界は行き来はできなくて、召喚だけで喚び出すことができる設定だ。嘘くさい。
オーディーンはその説を鼻で笑い飛ばしていた。お爺ちゃんの説では、世界の理にアーカイブとして記憶されているだけで、召喚時に肉体をマナで形成してアウトプットしているだけなのだとか。
そうでないと、不滅の神でもないのに死んでも再召喚で復活している理由が説明つかないのだとか。
召喚の才能を持つ者は、無意識にその魔物の構成を記憶したのだろうと言っていた。
あくまでも、この世界の召喚魔法使いはである。
なるほどと、みーちゃんは聞いた時に納得したものだ。たしかに記憶だけならば、再復活可能だ。アリさんは何度死んでも復活するからね。
「ふーん……実はみーちゃんはししょーから、召喚魔法も学んでいるんだ!」
みーちゃんは違うんだ。ゲーム仕様の召喚士は困った仕様だった。ジョブの位階ごとに5匹、計20匹の召喚獣を扱えるが、全部召喚契約の書がないと覚えられないんだよ。
召喚契約の書をドロップする魔物をひたすら倒したものだ。ボスキャラを何回も倒すのは厄介だった。そして、アイテムが持ち越されていないこの世界では1から召喚契約の書を集め直す必要があったのだ。
「え? みー様……召喚を使えるのですか?」
ギョッとした顔になる闇夜たち。
「まだ一匹も召喚契約はできていないけど、今ね、ピキーンときたの!」
新人類になったのかもしれないよと、アイテム欄を見つめる。これはここで使いたいんだ。
「しょーかーん!」
『ダイヤモンドポヨポヨの召喚契約の書を使用しますか?』
『はい』
無邪気な笑顔で、両手を空へと翳すと、その手から魔法の力が迸る。みーちゃんを中心に突風が巻き起こり、砂煙が舞う。
空にダイヤモンドの輝きを持つ魔法陣が描かれて、紫電が奔る。
「ポヨポヨ〜!」
そして、ダイヤモンドの身体を持つ5メートルの図体を持つポヨポヨが姿を現す。
ドスンと地上に降り立つと、可愛らしい鳴き声をあげて、ぷるんと身体を震わせた。
「やったぁ。成功したよ。う〜ん、あなたの名前はポヨリン!」
「ポヨポヨ〜」
嬉しそうに、ぽよんぽよんと身体を震わすポヨリン。みーちゃんもとっても嬉しいよ。
なにしろゲームでも仲間にできなかった魔物だからね!
「やったぁ成功だよ、皆!」
ヒャッホーと、小さなおててを振りながら、身体を揺らしてみーちゃんダンス。灰色髪が銀色のようにキラキラと輝き、アイスブルーの瞳が喜色の光を宿す。
興奮してでんぐり返しもしちゃうよ。コロリンコロリンと地面を転がっちゃう。
後ろでポヨリンも身体を震わせて同じようにダンスをしてくれる。
ダイヤモンドポヨポヨだけは、ゲーム時に仲間にすることができなかったのだ。騎乗すると音速で走ることができるんだよね?
宝くじで一等に当たるレベルでしか仲間にできないダイヤモンドポヨポヨ。
その理由は合体演出があったダイヤモンドポヨポヨしか召喚契約の書をドロップしないからなのだが、遂に手に入れた。
「やった、やったぁ!」
喜びのダンスを踊るみーちゃんを、皆が信じられない顔で見ている。
「召喚士もそこそこ希少なのですが……。さすがはみー様ですね!」
「エンちゃんはサプライズの塊だよね。ドカーンって」
「信じられないですよ……」
3人ともに啞然としているけど、気にしない。
後でポヨリンに乗って帰ることができるかな。ワクワクだよ。




