191話 敵を倒すのに夢中になるんだぞっと
みーちゃんはうにゅにゅと歯噛みしていた。小さい口を尖らせて、なんて迂闊だったんだと悔しがっていた。
どうして、今回のジョブは最強構成にしてこなかったのかと、後悔しきりである。
久しぶりのジョブ構成はこんな感じだ。ちなみにサブジョブ以下の固有スキルはフィルタリングしている。多すぎるからね。
鷹野美羽
レベル53
メインジョブ:魔法使いⅡ:☆
セカンドジョブ:召喚士Ⅱ:☆
サブジョブ:忍者Ⅳ:☆☆☆☆
HP:226
MP:511
力:162
体力:154
素早さ:189
魔力:435
運:326
固有スキル:杖装備時100%アップ、魔法強化、魔法覚醒、召喚強化、召喚覚醒
スキル:魔法Ⅱ、召喚術Ⅱ、短剣技マスター、格闘技マスター、弓技マスター、槌技マスター、忍術マスター、神聖術マスター、道化技マスター
おわかりだろうか? 基本ジョブを中心とした構成にしてきたのである。
そのために、ステータスが恐ろしく下がっている。素早さなんて、忍者をメインジョブにした時の2割程度でしかない。勝っているのは、魔力と運だけだ。
ナメプでこの構成にしたわけではない。忍者のステータスは正直に言うと、レベル53でもこの世界で最速に近いと思う。
この力を闇夜たちとの戦闘で見せればどうなるか?
ちょっぴり鍛えたんだよと、テヘペロと舌を出して誤魔化そうとしても、強すぎて怪しまれてしまう。
まだまだ鍛えている最中のみーちゃんなのだ。サブジョブに忍者をつけるぐらいがちょうど良かったんだよ。
決して『大魔道士』になりたいためにしてきた構成じゃないからね。
それが裏目に出てしまった。
皆がミルクキングと戦っている間、みーちゃんはジルコニアポヨポヨを倒すことにした。神官として当たり前のフォローだといえよう。絶対にそうだと思います。
ジルコニアポヨポヨとは、透明なポヨポヨのことだ。体の煌めきが美しく、とても硬いポヨポヨのことである。
ちょっぴり経験値が高いが、レベル53のみーちゃんにとっては、たいしたことのない経験値だ。
だが、ゲーマーとしての本能が囁くのだ。
奴を倒せと。
経験値の問題ではない。ジルコニアポヨポヨは、絶対に倒さなければならないのだ。
宿命の敵なのだ。
ゲーマーを狂気へと落とす最悪の敵なのだ。
「グワッグワッ」
カモだよと、メイスを振り上げてぽてぽてと近づいた。8匹いるのだ。全員倒せる範囲技を使おうかなと、みーちゃんは近づいた。
闇夜たちがミルクキングと戦闘を開始して、その音に釣られたのか、ジルコニアポヨポヨたちはぽよんぽよんと飛び跳ねていたが、停止してみーちゃんを見てきた。
チャンスと思い、魔法の力を武技に変換しようとした時であった。
『ジルコニアポヨポヨたちが踊り始めた………?!』
突如としてログが表記された。
そうして、8匹のジルコニアポヨポヨたちは、ぽよんぽよんと飛び跳ねて、一箇所に集まると煙をポフンと立てた。
「こ、これ、まさか!」
煙によって視界が阻まれたが、そのことに動揺はしなかった。戦闘においてその心は平静であり、動きに阻害はない。
しかし、背後霊が狂気に陥った。いや、背後霊ではない。前世の本能が狂気に陥った。
『ダイヤモンドポヨポヨが現れた!』
「きゃー!」
頬をむにゅうと両手で挟んで狂気に陥り、絶叫しちゃうみーちゃん。この狂気は魔法では解除できない類なのだ。
そこにはダイヤモンドの身体を持つ5メートルのプリンがいた。
「ポヨポヨ」
ダイヤモンドポヨポヨは、プニプニと身体をプリンのように震わせて、可愛らしい鳴き声をあげた。
「倒すっ!」
先程までの余裕のみーちゃんは影を潜めて、殺意の波動を放って、犬歯を剝いて本気となって身構える。
ダイヤモンドポヨポヨは絶対に倒さなければならないのだ。本能が天敵を倒せと叫んでいるのだ。魂からの叫びなのだ。
かなりやり込んだ『魔導の夜』ゲーム版だけど、合体を見たのはゲームも合わせて3回目。希少なプレミア演出からの出現。
演出後のダイヤモンドポヨポヨは絶対に倒さなければならない。ゲームでは倒したことはなかった。
どんな強力なボスと戦うよりも緊張感を纏わせて、足を強く踏み込み、肉薄する。
『ロケットバスター』
身体を限界まで捻り、魔法の力を込めたメイスをロケットのように噴射させて、高威力の一撃を放つ。
風の壁を貫き、敵を打ち砕かんと、メイスはダイヤモンドポヨポヨの身体に命中する。
『ダイヤモンドポヨポヨへの攻撃! ミス!』
しかし、ダイヤモンドポヨポヨの身体に命中した一撃は表面をツルリと滑っていった。
ダメージは0だった。
「にゃーん」
なぜか、残念ですと魔導鎧の秘密機能が勝手に働いた。
そして、攻撃を受けたダイヤモンドポヨポヨはキラリとその身体のダイヤモンドの輝きを見せると
『ダイヤモンドポヨポヨは逃げ出した!』
僅かに空へと浮くと、滑るように逃げていった。鈍そうな図体だけど、その動きは戦闘機のように速かった。
「待て待て〜」
灰色髪を靡かせて可愛らしい声音で、泣きそうな潤んだ瞳でみーちゃんは追いかける。この声と姿を見たら、人間なら足を止めて、お嬢さん、なにがあったのと振り返ってくれるだろう。
だが、ダイヤモンドポヨポヨは砂煙を撒いて、立ち止まることはなかった。
『縮地法』
なので、肉食動物のように凶暴なる笑みに変えて、可愛くない速さで追いかけることにした。
いきなり逃げるなんて、無しだろ! せめて一回は攻撃してこいよ! プレミア演出後のダイヤモンドポヨポヨは倒せば、ある特典があるのだ。
メインジョブならば、縮地法の速さは空間を飛ぶような転移レベルだ。しかし、サブジョブのためにその速さは減衰しており、足の踏み込みにより砂も舞うし、動きも荒い。
それでも、ダイヤモンドポヨポヨを倒すにはこれしかない。ゲームでは逃げられたら、消えて終わりだけど……。
現実では離れていくダイヤモンドポヨポヨの姿が視認できる。ということは、追いかける事ができる、ということなのだ。
「ウォォォ!」
平原を音速の衝撃波を撒いて逃げるダイヤモンドポヨポヨ。その後ろを突風のように追いかけるみーちゃん。
第三者から見たら、可愛らしい追いかけっこに見えるだろうね。プリンと美少女の他愛ない鬼ごっこだ。そうにしか見えないよね?
縮地法で追いかけても、その素早さに追いつけないが、ここは一辺が15キロ程度の狭いダンジョン。音速で逃げても回り込むことは可能。現実サイコー。
「ウォォォ!」
平原を回り込んではメイスをブンブンと振るう。
ミス、ミス、一ダメージ、ミス
「たりゃァァ!」
攻撃を繰り返すが、ダメージがほとんど入らない。ツルツルと攻撃が滑ってしまう。ダイヤモンドの身体硬いっ!
逃げ切れないと悟ったのか、ダイヤモンドポヨポヨが動きを止めて、こちらへと向き直る。
『ダイヤモンドブレード』
その体を粘体へと変えると、触手を繰り出してくる。先端はダイヤモンドの刃へと変わりみーちゃんを切り裂こうとしてきた。
「チャーンス!」
ようやく足を止めたので、喜びの笑顔を見せて突進する。ダイヤモンドの刃が体を両断しようとしてくるが、回避も防御もすることはない。
全力で攻撃あるのみ。ゲームでもダイヤモンドポヨポヨと一緒に現れる雑魚敵が攻撃をしてきてもガン無視して、ダイヤモンドポヨポヨだけを狙ったものだ。
ザクリと腕に刃が食い込み、鮮血が吹き出すが気にしない。それよりも、ダイヤモンドポヨポヨが攻撃をしてきたんだ。この間にダメージを与えないと。
『護法五連』
多段だ。この敵を倒すには多段攻撃からの会心の一撃を狙うしかない。
メイスから繰り出す一撃が5つに分かれて、竜の爪のようにダイヤモンドポヨポヨを襲う。
ほとんどはミスだが、少しずつダメージを与えていく。でもダメージは一だ。しかし攻撃を止めることはしないのだ。
「ウォォォ、ウォォォ!」
「ポヨポヨ、ポヨポヨッ」
みーちゃんの一撃を受けつつ、ダイヤモンドポヨポヨも攻撃をしてくる。体の各所から何本もの触手を槍のように尖らせて繰り出す。
攻撃を繰り出してくる間にも、ダイヤモンドポヨポヨは高速で移動をして、みーちゃんも追いかける。
丘を登り、平原を駆け抜けて、待つんさねと叫ぶ幻聴を聞き流す。
戦闘をしながらも、みーちゃんは残りのHPを見て、迷いを見せてしまう。これ、倒す前にHPが尽きそうだ。メイスは会心率が低いんだよなぁ。
やっぱり『あれ』が来るまで待つしかない。
「それまでは攻撃するのみっ!」
回復魔法? そんなのを使う暇があるなら、攻撃だ!
「ポヨポヨ、ポヨポヨッ」
激しい戦闘が繰り広げられる。たぶん、この世界に転生して一番きつい戦闘だ。
ザクザクと体を貫かれて、身体が血で真っ赤になる。触手で倒しきれないと考えたのか、ダイヤモンドポヨポヨが触手を納めて、身体をプニンと震わせる。
マナの力がダイヤモンドポヨポヨを駆け巡り、ダイヤモンドの輝きが一層高まっていく。
「それを待っていたんだ!」
みーちゃんもメイスを仕舞って、両手を翳す。
『ダイヤモンドブレス』
ダイヤモンドポヨポヨの身体が震えると、大砲に変化する。そして、砲口に膨大なマナが凝縮すると、最硬の宝石を無数に含む光のブレスが放たれた。
ダイヤモンドのブレスは地面を削り取り、空気を裂き真空へと変えて迫ってくる。
すぐに逃げてしまうダイヤモンドポヨポヨの滅多に使わない必殺のブレスだ。
これをまともに喰らえば、残りHPでは死ぬかもしれない一撃だ。本来ならば回復魔法を使うべきだが、そうはしなかった。
「かざみど――」
魔法の力を両手に集めると、スキルを発動させようとした。
そして気づいた。ダイヤモンドポヨポヨの少し後ろに、カーソルとAR表記がされている。
『加藤カレン』
人がいる。
隠れているのだろう。たぶん高速で走り回ったから巻き込んでしまったのだ。
ここでスキルを使えば、確実にその範囲に巻き込む。
「ま、いっか」
まったく気にしないことにした。
隠れている時点で、悪巧みをしているんだろうし、後で回復魔法を使えば良いだろう。ダイヤモンドポヨポヨを倒すのが最優先だよね。
『風見鶏』
「コケーッ」
みーちゃんの頭に鶏がポフンと現れると、声高く鳴く。
少女の体から魔法の力が込められた透明な波動が溢れ出す。肉薄してきたダイヤモンドブレスがその波動に巻き込まれて歪むと、その半分ほどが跳ね返っていった。
『道化師』が持つ手品の一つ。『風見鶏』だ。ブレスを跳ね返すスキルだ。メインジョブが『道化師』ではないのでスキルの効果は半減するため、ブレスの威力は半分ほどしか跳ね返せないが問題はない。
だが、そのダメージでダイヤモンドポヨポヨを倒すのには充分なのだ。
残りのダイヤモンドブレスが身体に突き刺さり、魔導鎧が遂に破損して動きを止めるが、ダイヤモンドポヨポヨも自分のブレスをまともに受けた。
「ぽ、ポヨポヨ〜ッ」
「アダァッ」
『ダイヤモンドポヨポヨは52のダメージを受けた! ダイヤモンドポヨポヨは死んだ!』
『加藤カレンは58のダメージを受けた! 加藤カレンは気絶した!』
ダイヤモンドポヨポヨのダイヤモンドの身体は同じダイヤモンドの攻撃に耐えきれず、断末魔の悲鳴をあげて溶けて無くなるのであった。
ダイヤモンドポヨポヨの弱点。まともにダメージを与えられる数少ない攻撃の一つが、ダイヤモンドブレスを跳ね返すことなのだった。
『ダイヤモンドポヨポヨを殺した! 経験値120000を取得した』
『召喚契約の巻物を手に入れた。ポヨポヨの素を手に入れた。光のレジェンドダイヤモンドを手に入れた』
『鷹野美羽はレベルが上がった』
『鷹野美羽はレベルが上がった』
「や、やったぁー! やったぁ! レア演出のダイヤモンドポヨポヨを倒した〜っ!」
ゲームでも倒したことがないレア演出のダイヤモンドポヨポヨ。攻略サイトではドロップすると言われて、見たことがなかった物を手に入れた。
みーちゃんは感動して、輝くような微笑みを浮かべて、飛び上がって喜ぶのであった。




