190話 激闘のグレーターホーンベアカウなんだぞっと
6階層。相変わらず、ノンアクティブのポヨポヨばかりで、いまいち危険性を感じないダンジョンだが、少しだけポヨポヨの種類は変わった。
草原の中で、ぽよんぽよんと飛び跳ねているポヨポヨだが、5階層までは1メートルもなかった大きさのポヨポヨが、今は2メートルから3メートルになっていた。
明らかに少し強くなっているのだ。見た目でわかるから、一般人はもちろんのこと、冒険者も数は少ない。
「6階層に向かう階段の前に関所があったね」
「入場料一人10万円だったね。グレーターホーンベアカウのお肉を手に入れたら、退場する際に払わないといけないお持ち帰りのお値段一つ100万円だって〜。安いよね」
玉藻が平然な顔で教えてくれるけど、ここらへん庶民感覚のみーちゃんと違うところだ。みーちゃんにとっては物凄く高い。
ホーンベアカウも退場する際のお持ち帰り時のお値段は、かなり高価だったんだろう。ホーンベアカウはいくらだったんだろ? 一つ10万円ぐらいで持ち帰ることができたのかな?
「グレーターホーンベアカウは市場の値段に比べると、狩った際の個人のお持ち帰り価格は安いんです。倒せる者が少ないので、入場価格も安価に抑えていると聞きます」
「あぁ、そういうことね」
たしかにあいつならそうだろう。『ポヨポヨの上等な肉』を落とす敵だったけど、食べられたのかぁ。たしかに料理の素材に使っていた覚えがあるよ。
ニムエから降りて、そろそろ自分で歩くことにする。
護衛の皆も等間隔でバラけて警戒を始める。
大きいサイズの分、ここの敵はHPが多い。間違えて攻撃して敵対すると厄介なことになるだろう。
しかし、牧場ダンジョンが『ポヨポヨの地』だったとは盲点だった。書類上では弱い魔物しか現れないダンジョンとしか記載されていなかったのだ。やっぱり現地に見に行くのは重要だね。
一行は、ポヨポヨが草むらから出てくるのを避けて、攻撃しないように気をつけながら歩き続ける。
玉藻がスンスンと鼻をひくつかせて、ピンと狐耳を立たせた。キラリとぱっちりオメメが光る。
「見つけたよ〜。こっちこっち! コンコーン」
草が生い茂る平原だが、木々がそこかしこに生えており、川も流れている。小さい池もあり、段差もあるので丘もあるのだが、近くの丘へと尻尾をフリフリ、着物の裾をひらひらと靡かせて、玉藻は走っていった。
どうやら、グレーターホーンベアカウを見つけたらしい。みーちゃんもニムエに抱っこされて追いかける。闇夜がジッと見つめてくるけど、他の敵に『戦う』を選ぶと、解除が面倒くさいので、ごめんなさい。
「ほら、あそこだよ!」
「おぉ、あれがグレーターホーンベアカウ?」
「かなりの巨体です。倒しにくいらしいですよ」
玉藻が指差す先を見て、ぽかんと口を開けてみーちゃんは驚き、聖奈が隣に来ると頷く。
そこには5メートルのミルクプリンがいた。丘の上でのんびりとした様子で、プヨンプヨンと身体を揺らしている。齧りつくと美味しそうだ。
「あれがグレーターホーンベアカウです。みー様、あの魔物は自己再生を延々と使うので注意してください」
「ホーンベアカウと違って、角や熊さんに変身すると痛いんだよね。キャンッて、なっちゃうよ!」
闇夜が真剣な表情へと変えて、叩かれたら痛いんだよと、玉藻が身体を丸めて震えるフリをする。尻尾も震わせて、とっても可愛らしい。
「自己再生? 回復魔法を使うんじゃないの?」
「自己再生をする魔物は、片端から魔物使いが使役しましたが、誰も回復魔法は使えなかったようです。なので、私たちが希少なんですよ、みーちゃん」
「ふーん………」
おかしいな。あれは『ミルクポヨポヨキング』だ。略してミルクキング。でっぷりとした図体で、なんとなく癒やされる。
ゲームでは『範囲大治癒Ⅰ』を使う魔物だったんだけどなぁ。
……この世界は回復魔法を使える存在が本当に少ないなぁ。まぁ、魔物が回復魔法を使えたら、魔物使いが一番人気になるから、小説の世界では変わっているのか。
「では、参ります!」
夜天をスラリと抜くと、中段の構えをとる闇夜。幼いながらも、黒髪を靡かせて凛々しい表情となる闇夜はとても美しい。魔導鎧も相まってアニメの中の和風魔法少女みたいだ。
「了解っ、ととっ、あ、近くに他のポヨポヨがいるよ」
近くの草むらから、1メートル大のポヨポヨが飛び出てきた。ぽよんぽよんと飛び跳ねながら、ミルクキングの周りを回る。
愛嬌のあるポヨポヨが8匹もミルクキングの周りを楽しそうに回っていた。
「あわわわわ」
みーちゃんは手にしたメイスを落として、その様子を見て驚愕して身体を震わす。
「あの敵は魔法を使いますが、少しつつけば逃げるので、大丈夫です。みーちゃんどうかしましたか?」
「だって、あのポヨポヨ、透明だよ! ジルコニアポヨポヨだよ! しかも8匹!」
「あれは倒しても、特にお肉とか持っていませんし、倒したら溶けるので、倒す価値がありません。それにすぐに逃げるんです」
聖奈が冷静に教えてくれるけど、価値がないらしい。なるほど、ろくに素材を落とさない敵だからね。
なるほど……そうか小説の世界だとそういう存在になっちゃうのか。なるほど。なるほどねぇ……。
「わ、私はあのキラキラしたのを倒して、皆のフォローをするね!」
神官として当然のことだよ。
「嬢ちゃん、あたしらが追い払っておこうか?」
「ここは私たちだけで狩るから大丈夫! 手を出したら駄目だからね、それじゃあ『戦おう』!」
金剛お姉さん、あれは私たちだけで倒すよ。
「わかりました。それでは参ります!」
闇夜がトンッと地を蹴る。僅かに地面が削れて土塊が舞う。50メートルは離れているにもかかわらず、ひと呼吸の間にミルクキングとの距離を詰める。
「ハァッ!」
鋭い呼気と共に、完全に無防備であったその胴体に刀が食い込む。
プニンとした感触が跳ね返るが、気にせずに闇夜は右足を強く踏み込むと、刀で無理矢理切り裂いた。
ミルクキングの欠片が飛び散るが、タタンとバックステップを踏み、闇夜は素早く飛び退いた。
ミルクキングは、敵だと理解したのだろう。その身体をグニャリと変形させると、巨大な熊へと変わる。
ミルクポヨポヨと違い、リアルな造形の白熊であり、毛先が針金のように尖った毛皮を纏い、鋭い牙を見せる。
闇夜へと、猛獣の獲物を見るようにギロリと瞳を向けて、口を開く。
「ぐもぉぉぉ!」
ミルクポヨポヨが、いや、ホーンベアカウが乳牛だとすれば、ミルクキングことグレーターホーンベアカウは闘牛の鳴き声をあげる。
ビリビリと空気が震えて、丸太のような太い豪腕を振り上げると、爪を剣のように伸ばす。
『白き熊掌』
腕に白きマナが集まると、岩をも切り裂く一撃を繰り出す。
「当たりません!」
身体を引いて、その一撃を闇夜はぎりぎりで躱す。チッと音がして、闇夜の前髪が掠ったが、動揺することもない。
「コンコン魔法だよ〜!」
ひらひらと着物の裾を靡かせて、扇子を開いた玉藻が横合いから舞うように身体を翻し、魔法を発動させる。
『木の葉封じ!』
魔法陣を描いた扇子から、津波のように木の葉が生み出されて、ミルクキングを襲う。
木の葉の津波に覆われて、溺れるように身体を振るミルクキングの頭上に少女の影が落ちる。
「私もいきます!」
『月光蹴』
ミルクキングの頭上から、聖奈が身体を縦回転させてムーンサルトキックを繰り出す。淡き白い光を軌跡に残し、ミルクキングの頭へと蹴りはめり込んだ。
「ぐもー」
ミルクキングは体内のマナを外へと放出させて、魔法で作られた木の葉を打ち消すと、大きく後ろへと飛び退いた。
そして、角へと変身するとミサイルのように飛び出して、聖奈を狙う。
『聖盾』
目を細めて、片手を高速で接近してくる角へ向けると、防御魔法を聖奈は使用する。
空間に純白の盾が生まれると、角の攻撃を受け止める。聖盾を破壊しようと、角がさらに力を入れてくる。聖奈は聖盾を維持しないで、すぐに消してしまう。
盾がなくなったことにより、角が聖奈へと迫っていくが、盾で防いでいた間に横合いに回り込んでおり、左足を支点に聖奈はくるりと身体を回転させると、その遠心力をエネルギーに変えて、ソバットを放った。
ゴガンと硬いものが当たる音がして、角は吹き飛び地面へと転がる。
だが、すぐにポヨポヨの元の身体に姿を戻す。攻撃を受けたことにより、そこかしこが食い荒らされたように欠けているが、その体がピカピカと光り始めた。
『自己再生』
みるみるうちに、元の姿へと戻っていくミルクキング。この魔法を持つために、冒険者たちは倒すのを諦めてしまうのである。
「そうはさせません!」
闇夜が鋭く叫ぶと、鞘に刀をしまってミルクキングへと肉薄する。
『閃光連撃』
チリリと鈴が鳴るような音がした瞬間に、闇夜が居合い切りを放った。
光の斬撃が幾条にも煌めき、ミルクキングの身体を切り裂く。
白い欠片が空に舞い、刀を鞘にチンと音を立てて闇夜は納めると地面へと残心のままに降り立つ。
「にっしっしっ〜、お肉の殻発見〜」
『木の葉分身』
玉藻が扇子を横に大きく振るうと、舞い散る木の葉が数十体のちび狐っ娘へと変わった。
「コンコン軍団、殻を奪いとれ〜」
「コンコン!」
ちび狐っ娘たちは、わあっとミルクキングに群がると、体内から少しだけ覗いた殻にしがみつき、抜き取ろうとする。
慌てたミルクキングが自己再生を諦めて、残った身体を触手のように伸ばして、ちび狐っ娘たちを追い払おうとする。
「させませんよ!」
『乱撃』
聖奈が籠手にマナを宿すと、猛然とパンチの連打を繰り出す。触手たちはその攻撃で風船でも割れるように弾けていき、ちび狐っ娘たちは、うんせと殻を取り出した。
「キューキュー」
やったぜと、ちび狐っ娘たちが得意げに尻尾を振って殻を手にして、後ろへと下がる。
「では、トドメです!」
『闇剣一式 巨骸剣』
刀を抜くと、闇夜は天に翳す。刀に骨が集まっていくと、巨大な骨の刀へと変貌した。
「たあぁっ!」
裂帛の叫びをあげて、巨大な剣を振り下ろすと、ミルクキングはその一撃により、ぺちゃんこになるのであった。
ぺちゃんことなったミルクキングを見て、ふぅと闇夜は額の汗を手で拭う。
「玉藻さん、フォローありがとうございました。聖奈さんは格闘に長けているんですね」
「倒しても殻を手に入れられなかったら、意味がないもんね」
「皆さん、凄いですね! ふふっ、びっくりしました」
3人で和気あいあいとなるが、闇夜がコテンと首を傾げる。
「みー様は?」
「あれ? ジルコニアポヨポヨを倒していたんじゃ?」
周りを見渡すと、呆然とした金剛お姉さんたちがいるので、闇夜は声をかける。
「みー様は?」
「あぁ〜、あのポヨポヨと戦闘をしてたんだけど、合体して逃げていったんだよ」
「あぁ、硬いだけの魔物ですね。逃げられちゃいましたか?」
「逃げたんだけど……。っとと、こうしちゃいられない! 追いかけるよ! 嬢ちゃんが信じられない速さで追いかけていったんだよ!」
「え?」
金剛お姉さんが指差す先には平原に砂煙が舞っていた。
「待て、待て〜。待ってぇ〜」
砂煙の方から、雛のような可愛らしい声が聞こえてきた。
どうやら、ポヨポヨを追いかけていってしまったらしいと、闇夜たちは顔を見合わせる。
みーちゃんはただいま鬼ごっこ中なのだった。




