19話 岩を見たら採掘だよなっと
美羽の前世の話だ。
というか、ゲームの記憶だ。
『グンマー鉱山にて、希少鉱石を採掘してくれませんか?』
『はい』
『ただし、グンマー鉱山の鉱石は魔力を持っているために、ゴーレムに変貌しています。攻撃をしないで採掘してください』
『はい?』
といった、サブストーリーがあった。錬金術の素材を採りに行ったら、開始されたストーリーだ。
コントローラーを持って首を傾げてしまった。攻撃で倒したら駄目なイベントだったのだ。
内容はというと、鉱山に現れるゴーレムをひたすら『採掘』コマンドで叩くだけ。ぼこぼこに殴られながら、ゴーレムの身体を叩き採掘をするという、巫山戯たストーリーだった。
自分がいかに強くとも、一定回数の『採掘』をして倒すしかなかったので、極めて辛いイベントだったのを覚えている。一番防御力の高い複合ジョブの『聖騎士』で、突っ込んだったんだ。
ボスの魔導ゴーレムはミサイルやらビームを放ってきて、恐ろしく苦戦したんだけどな。100回叩かないと破壊できないって、ありえねーだろ。『採掘』コマンドを選択する作業だったんだぜ、作業。採掘できた素材は良かったけど。果たしてゴーレムを叩いて手に入る鉱石は、採掘作業と言ってよいのかという疑問はあったが。
ちなみに、原作では採掘作業なんかなかった。ありがちな親が呪いにかかったために、解除するための希少なる魔法の花を採取しにダンジョンに行くイベントがあっただけだ。
ゲームではあった。なぜならば『錬金術師』というジョブがあったからだ。素材を採取して、錬金窯にてアイテムを作るんだ。ファンタジードラゴン世界樹の転生アトリエと題名を変えてもいいだろう。語呂がわりぃか。制作会社はマジに凄いと思っちまうぜ。
で、ゴーレムは鉱山にしか現れなかった。変に凝ってくれてありがとうと、今は言いたい。ゴーレムは現実では、鉱山以外にも出現するみたいなんでな。なら、『採掘』するしかないよな。岩の塊を前に、採掘する。ゲームプレイヤーの本能だぜ。
「とりゃー!」
『採掘』
カキーンと音を立てて、俺の全力の一撃がストーンゴーレムに叩き込まれる。9歳の女の子の全力だ。弱々しい一撃だ。メイスを思い切り振り上げた時に、よろよろとよろけちゃったりする可愛らしい姿も見せたりするが、それでも『採掘』アクションなのだ。
『採掘』
カキーン
『採掘』
カキーン
硬質な石ではありえない金属のような音を立てるストーンゴーレム。一見効いてはいないようだが、俺は信じている。
ゲームの力というやつを。
俺に宿りしゲームの仕様を。
あんまりかっこよくないけどな。
誰も死なせはしないぜ。子供の教育にわりぃからな!
「ウォぉぉ!」
可愛らしい鈴の音のようなコロコロとした声音で、灰色髪の美少女はカキンカキンとメイスを叩きつける。その小さい身体をめいっぱいに使い、細い腕を使い全力でメイスを叩きつける。
闇夜たちは、美羽の行動を制止せずに見守っている。その鬼気迫る猛獣の申し子のような姿を見守っている。
10回程叩きつけると、宝石と同様の硬度を持つストーンゴーレムの身体全体にヒビが入った。5メートルはあるストーンゴーレム。俺のリーチは1メートルもない。メイスを入れても2メートル弱のリーチ。その攻撃はストーンゴーレムの足に命中していた。
なのに、ストーンゴーレムの身体全体にヒビが入った。ピシリピシリと音を立てて、ヒビから石の身体がパラパラと落ちる。
俺はニヤリと犬歯を剥いて、その様子に笑う。やはり予想通りだ。ゲームのエフェクト通り。小説準拠のこの世界。だが、ゲームの仕様が打ち勝つことが多々ある。それは、完結後にゲームが作られたためだ。原作設定を上書きするゲーム設定が影響していると思われる。
何度も言うが制作会社は、原作を破壊しても気にしなかったからな。しかも大雑把だった原作設定を、ゲームでは事細かに決めていた。まるで世界を作るかの如くに、細かい設定がされていたんだ。
だから、ストーンゴーレムは全体にヒビが走ると思っていたんだぜ。
「おおっ! あの硬いストーンゴーレムが!」
「さすがはみー様!」
教官たちが驚きの表情となり、闇夜が目を輝かせて、感動する。
俺はガンガンメイスを叩きつけて、破壊しようと試みる。だが、振りかぶる速度は遅く、一回一回全力での攻撃。時間がかかる。
ヒビが大きくなっていく。あと数回で破壊できそうだと考えていた。光の鎖に捕縛されて動けないゴーレム。
「グォォォ!」
声をあげることのないゴーレムであるはずなのに、その岩の顔に亀裂が入ると口となり大きく開くと、雄叫びをあげる。
「ぐわっ!」
「マナが尽きたっ!」
護衛たちのマナが尽きて、光の鎖が解けた。ストーンゴーレムは拘束から解放された。
ズシンと岩の脚が地面に穴を空けて、強く踏み込むと俺を睨んでくる。
「そうなると思っていたぜ!」
完封して倒せるとは思っていなかった。どう考えてもテンプレだ。イベント開始時は封印されていて、最後には解放されて、戦闘になる。あるあるの展開だぜ。
ストーンゴーレムが腕を振り上げて、俺へと轟音をたてて迫ってくる。命中したら、美羽のハンバーグとなるだろう。そんな展開にはするわけにはいかねぇな。
ブンと音を立てて、パンチが迫ってくる。岩の塊が眼前に落ちてくるようだ。当たればただではすまない攻撃だ。9歳の少女は岩に潰されて、ゲームオーバー。
「とは、行かねぇんだよ!」
『逃げる』
もう一つのコマンドを選択する。キュインと音を立てて、俺の着る『魔導鎧』が『起動』する。白い神官服とレオタードを組み合わせたような『魔導鎧』の各所の装甲が展開して、マナが身体を巡っていく。
漲る力を感じて、俺は横っ飛びした。それまでいた場所にゴーレムのパンチがめり込み、大きく地面に埋没する。
砂煙が舞い、砕けた小石の破片がピシピシと俺に当たる。コロリンコロリンと俺はでんぐり返しで後ろに下がり、すぐに体を起こす。やってて良かったでんぐり返しの練習。幼稚園の頃から練習しているから、もう達人だぜ。
『逃げる』
このコマンドは、素早さを大幅に上げて、敵から逃げることができる。『逃げる』コマンドはどんな素早い敵からも逃げることができるコマンドだ。ボス以外に限るけどな。
こっそりとスケルトン相手に試したところ、敵よりも少しだけ速くなる。少しだけ。これは敵に回り込まれるパターンがあるためにそうなっているのだろう。しかし、逃げ切ることも可能になるための仕様だ。
即ち、俺はストーンゴーレムよりも少しだけ速く行動できた。弱点は攻撃態勢を取るだけで、『逃げる』は解除されて、『魔導鎧』は停止する。致命的な弱点なので、攻撃に使えないところだが、今回のような状況では問題はあんまりない。あんまりない。あると思うけど、あんまりない。
ストーンゴーレムが俺へと肉薄して、拳を次々と繰り出してくる。その攻撃速度は速い。『逃げる』コマンドを選択していなければ、俺は反応もできないだろう。
だが、今の俺には見える。新人類にはなっちゃいないが、モブ美少女になった俺には見えるんだぜ。
「よっと」
ドカンドカンと大穴を地面に空けて、杭打ち機のように、ストーンゴーレムが攻撃をしてくるが、その攻撃は単純だ。振りかぶって叩きつけてくるのみ。それでも、拳速がレベル20の冒険者でも躱せない程に速いが、少しだけその速度を上回る俺には丸見えだ。
「へいへい、ピッチャーびびってる〜」
軽口を叩きながら、俺はジグザグにタップを踏むように走る。中型バイクでも俺には追いつけないだろう速さだ。
だが『逃げる』コマンドにはもちろんデメリットもある。
「ぐっ」
ストーンゴーレムの攻撃で砕けた石の欠片が俺の身体に弾丸のように当たる。魔法障壁が攻撃を緩和するが、それでも息が止まるほどの衝撃だ。
『逃げる』コマンドは、防御態勢で逃げる設定らしく、ダメージも軽減される。だが、レベル差がありすぎて、掠っただけでも俺は大ダメージを受けちまう。
ストーンゴーレムが後ろに迫り、俺を攻撃してくる。砂煙と共に飛んでくる石の散弾は俺のHPを地味に削っていく。
欠片がヘルメットを弾き、頭から血が流れる。背中を中心に身体の節々が痛い。こりゃ、青痣ができまくりだな、美少女なのに酷い魔物だ。
ステータスボードを確認すると、真っ赤な文字でHP3と表示されている。瀕死になったようだなっと。
『小治癒Ⅱ』
自分に回復魔法を使う。少し強力になったⅡの魔法だ。効果は覿面で、俺の体を淡い光が覆うと、すぐに血が止まり、体の痛みがなくなった。
だが、もうMPは1しか残っていない。俺はくるりと振り返ると両手を翳す。
『ターンアンデッド!』
強烈な光に、ストーンゴーレムが怯むように体を揺らす。よし、フラッシュの効果も『ターンアンデッド』はあるな。
『採掘』を選ぶと、すぐに『魔導鎧』の装甲は格納されてしまう。『逃げる』を止めたと判断されたのだ。回復魔法とターンアンデッドは、戦闘以外に使用可能だから、ルールに抵触しなかったようだ。
「とりゃあー」
メイスを振り上げて、渾身の力で叩きつける。さらにストーンゴーレムの胴体にヒビが入り、パラパラと崩れていく。
「トドメだ、もういっちょー!」
さらにメイスを振り上げて、ストーンゴーレムに攻撃する。ついにヒビだらけとなり、ストーンゴーレムは倒れるかと思いきや、顔の奥で光る幽鬼のような眼で俺をギロリと睨んできた。
「げっ! 数え間違えたか」
30回叩いたはずだが、数え間違えたらしい。触れれば壊れるだろうボロボロの姿なのに、尚も怯まずに拳を振り上げてくる。
「やべぇ、死んだか」
メイスを盾に防ごうとする。だが、俺のレベルでストーンゴーレムのパンチは防げない。
すぐに『逃げる』コマンドを選択するが、『魔導鎧』の展開が遅い。これを恐れていたが、それでも怯まない。闇夜の時とは違うのだ。
『闇剣1式 巨骸剣』
闇夜が鋭い叫びとと共に、刀を振り上げていた。刀に骸骨が大量に現れて、組み合わさり、みるみるうちに巨大化し、骨が組み合わさった不気味な10メートルは刀身がある刀と変わる。
「ハァァァ!」
おさげを振って、黒髪の美少女はストーンゴーレムに突進すると、苛烈なる光を瞳に宿らせて、骨の巨大剣を振り下ろす。
メキメキと音を立てて、ストーンゴーレムは吹き飛び、地面に転がって砂煙を舞い散らす。
「ナイスだ、闇夜!」
俺には仲間がいるんだよ。きっと助けに入ってくれると信じていた。親指を立てて、ニカッと笑うと、闇夜は全マナを使い切ったのか、ヨロリと座り込み、それでも不敵に笑い返してくれた。
俺はメイスを振り上げて、とてちたとストーンゴーレムに駆け寄る。攻撃態勢をとったので、『魔導鎧』が停止したから仕方ねぇんだ。
「もらったぁー!」
メイスを倒れているストーンゴーレムに叩きこもうとすると、ストーンゴーレムが起き上がり拳を繰り出す。しかし、既に『採掘』は選択済だぜ。
岩山のような拳が俺に肉薄するが、気にせずにメイスで『採掘』する。
ストーンゴーレムの拳と俺のメイスがぶつかり合い、マナの衝撃波が巻き起こる。
「グォォォ」
勝ったのは俺であった。ストーンゴーレムはその拳から細かな石片となって砕け散っていき、断末魔の咆哮と共に倒れ伏すのであった。
「あいたっ」
俺も衝撃を受けて、吹き飛ばされてしまうが。やってて良かった、後ろでんぐり返しの練習。
とは、いかずに大地に放り出されて傷だらけになってしまうのだった。今度は受け身の練習もしなくてはいけねぇな。
『石ころ10、魔鉄3、大地のトパーズを手に入れた!』
結果が俺の目の前に表示される。
『採掘』だから、もちろん経験値はない。繰り返そう。経験値は貰えない。
「だから、このイベントだいっきらい」
カクリと俺は首を倒して、気絶するのであった。




