186話 旅行なんだぞっと
みーちゃん一行は鎌倉の旅館に荷物を置いて、今日は一泊することにした。予定通りなんだけどね。
聖花が咲き乱れる美しい街は、春となって他の花々も咲き、美しい風景を見せていた。
街が復興してまだ半年と少しなのに、多くの人々で賑わっており、春休みであることもあり、子供連れの観光客も多い。
観光地にする目論見もあり、廃墟であった家屋やビルは手早く解体されて、今は多くの土産物屋や旅館にホテルが建ち並ぶ。
東京方面で稼ぐ冒険者たち向けに、居酒屋や安いアパートなどもあるらしい。
ここらへんは、魔法がある世界だと思うところだ。ホテルを僅か一ヶ月で建設。内装を含めて2ヶ月で完成させてしまうのだ。家屋なんか、数日である。
魔法を駆使すれば、一日で建てることもできるのだから、ファンタジーだよね。
何度も来ているみーちゃんは別として、闇夜たちは賑やかな鎌倉を物珍しそうに眺めている。
道路には金属鎧を着込んだ戦士や杖を持った魔法使いといったファンタジーな装いの冒険者たちが歩いている。
その隣には家族連れのおっさんや、カップルが花畑を見て、花びら舞う壮観な光景に感動していたりする。
学生服を着た子供たちが、土産物屋で土産物を選んでいたり、店員たちも多くのお客様を前に張り切って呼び込みをしていた。
ザワザワと活気ある混沌とした世界がその場にはあった。
人混みが凄くて、まともに歩けない程である。今年流行りの観光スポットであり、冒険者の拠点でもあるこの街はこれからも発展していく熱気が存在していた。
「久しぶりに来ましたが、前回と全然違ってますね」
「そうだね〜。人混みに揉まれて、溺れちゃうかも。ブクブク〜って」
「これだけ活気のある街が、鷹野家とドルイドさんたちにより経営されているんですね」
3人ともキョロキョロと辺りを見渡して、興味津々な表情である。こういうところを見ると、歳相応の子供だねと思う。
みーちゃんは、大人だから余裕の笑みを浮かべて落ち着いた行動をするのだ。
「らっしゃい! 鎌倉名物大仏饅頭だよ!」
「聖花入りクッキーはいかが〜、お土産にぴったり!」
「ソフトクリームはどうですか〜」
「名物カマクラクレープ、カマクラクレープ美味しいカマクラクレープを食べてみませんか?」
道脇にはお店が建ち並び、屋台もある。精神年齢は大人なみーちゃんは落ち着いて、ふんふんと頷く。
「お饅頭だって! 試食できる? クッキーは焼き立て? あ、ソフトクリーム……。まずは名物のカマクラクレープだね」
走り回って、お店を覗きまくる。お饅頭は旅館で食べる分が必要なので一箱買って、クッキーはパパやママ、ホクちゃんたちに召使いさんたちの分と。
ソフトクリームは明日にして、まずはカマクラクレープだね。
ちょこまかと小柄な少女は走り回って、片端から買いまくっていた。大人なみーちゃんは、みんなへのお土産を選ぶのに余念がないのだ。
「はい、カマクラクレープですね。任せてください、カマクラクレープいっちょー」
店員の少女が、軽やかな手つきでクレープを焼くとササッと作っていく。見事な手つきだよと、かぶりつきでワクワクとその様子を眺める。
生クリームを乗せて、チョコクリームをトッピング。パラッとナッツを撒いて折りたたむ。
「慣れてますね!」
「ふふふ、ササッと作っちゃいます。手慣れてますよ」
「でも、どこらへんがカマクラなんですか、おねーさん?」
普通のチョコ生クリームクレープに見える。どこらへんがカマクラ? コテンと首を傾げて不思議そうにアイスブルーの瞳で見つめる。
「これが名物カマクラクレープです!」
クレープの上に、冷凍庫から取り出したバニラアイスをポスンと置いてドヤ顔で渡してくれた。
「そのアイスの中身は空洞です。カマクラ、カマクラクレープ。ププッ、名物として最高ですよね」
むふふと口元に手を当てて、おかしそうに笑う店員さん。なるほど、カマクラかぁ。カマクラなのね。雪のカマクラかぁ。
「名物カマクラクレープ! なるほど、カマクラだからなんですね! 最高だね!」
中身をくり抜いて、カマクラ。鎌倉とカマクラをかけるなんて、このアイデアは天才的だよ。
ペカリと顔を輝かせて、納得する。
二人でクスクスと笑う。きっと鎌倉の名物として定着するだろうね。
「闇夜ちゃん、玉藻ちゃん、せーちゃん、美味しいよ! 食べよ〜」
口元を生クリームでベタベタにして、ハムハムと食べる。これはクレープの皮から厳選しているね。クレープは皮に凝らないとね。
鷹原みーざんになって、ハムハムと食べ続ける。もう一個食べようかな。
「みー様と同じのを頂きます」
「わーい、玉藻はこのイチゴのやつ!」
「それでは私は……。うーん、どうしましょうか」
皆もクレープを注文して、ほのぼの空間が形成される。さり気なくニムエも並んで注文しようとしていたりもする。
「やれやれ、全然旅館に到着できないさね」
「護衛を減らして良かったよな……」
金剛お姉さんとマティーニのおっさんが、呆れた目で言う。この雑踏の中で100人近い護衛を連れていると物凄い邪魔になるので、数人の護衛に減らしておいたのだ。
「ラッシュアワーみたいだもんね」
「そこまでじゃないけど、それでも物凄い人混みだよ、まったく護衛が大変さ」
押し合いへし合いというほどじゃないけど、それでも走るのに苦労しそうな程の人混みである。
ハムリとクレープを齧りながら、たしかに護衛は大変だと思う。スリが現れてもおかしくない。治安は大丈夫かな?
人混みを眺めながら、3人は何のクレープを頼むのかなぁとぼんやり思っていた時であった。
道でぼんやりと立っていたのが悪かったのだろう。
気配を感じて、半身をスウッとずらす。
「アイタッ」
誰かがみーちゃんの横を通り過ぎて、仰向けにビタンと倒れる。うわぁ、痛そうな倒れ方だ。
買い物帰りなのだろうか。紙袋を放り投げて、リンゴやら玉ねぎやらと、中身がバラバラと転がり落ちている。
地元民の人かな?
「大丈夫ですか?」
慌てて近寄って尋ねる。ごめんなさい、身体が自動的に反応しちゃったんだ。『不意打ち無効』の身体なんです。
「えぇ……すみません、前が見えなくて……」
セミロングの黒髪に、黒目で丸眼鏡を掛けた15歳ぐらいの少女だ。気弱そうなオドオドとした顔立ちをしている。服装はきちっとしたスーツだ。
怯えたチワワのような顔で、周りを見て悲鳴をあげる。
「あぁっ! 今日のご飯の材料が!」
「お手伝いしますね!」
良い子なみーちゃんは、散らばった物を集めるのだ。リンゴ、玉ねぎ、チョコレートに大根と。何を作るラインナップなんだろ。
「あ、ありがとうございます」
頭を下げてお礼を口にするので、ペカリとみーちゃんスマイルで答えてあげる。
「情けは人の為ならず、だよね!」
たしか情けをかけると、回りまわって、その人のためにならないという意味のはず。………あれぇ? これ、助けない方が良いのかな? まぁ、いっか。
マティーニのおっさんたちも、やれやれと肩をすくめて手伝ってくれたので、あっという間に落ちた物は集まった。
こんな漫画みたいな展開があるんだなぁ。ちなみに金剛お姉さんたちは手伝わずに周囲を警戒していた。トラップかと思ったらしい。
「ありがとうございました! 手伝ってくれて助かりました。あぁ、埃もついてます」
魔導鎧に埃でもついていたのか、申し訳なさそうな顔で、みーちゃんの服を軽くはたいてくれる。
「大丈夫! どうせ旅館でお休みするから!」
今日は旅館で一休みの予定だ。温泉に入って、卓球をして、古ぼけたゲームをして、枕投げをしたあとにお喋りをして寝る予定だ。
子供の一休みって、こんな感じだよね?
「それでは失礼します!」
アワアワと慌てて、少女は走って去っていった。また転びそうな勢いだなぁ。
「なんか怯えてたね?」
「そりゃ、こんなに護衛のいる貴族様にぶつかりそうになったんだ。慌てるに決まってるだろ」
「マティーニさんが言うと、説得力あるね」
「あー、俺はどうせ小市民だからなぁ」
遠ざかる少女のことは忘れて、闇夜たちへと向き直る。クレープをもらった3人がニコニコと笑顔でこっちにやってきた。ニムエは大量のクレープを受け取っている。何個買ったんだろ。
「なにかありましたか?」
「ううん、そろそろ旅館に行こっか」
あんまり寄り道をしていると、夕ご飯に間に合わないかもしれない。旅館の夕ご飯は御馳走のはず。逃せないよね!
てってこと皆で仲良くクレープを食べながら、旅館へと向かうのであった。
後ろでカァとカラスの鳴き声が微かに聞こえてきた。
前回泊まった旅館と同じ旅館に泊まる。マツはいないけど、経営に問題はなさそうだ。
広々とした部屋で、畳敷きである。窓を開けると、聖花の花畑が一望できる。
「はぅ〜、一日魔導鎧を着ていると疲れちゃうね〜」
「コンコン〜」
魔導鎧を脱いで、浴衣姿になった玉藻が畳の上に仰向けに寝そべり、四肢を伸ばして疲れちゃったとあくびをする。
隣で主人と同じく仰向けに寝っ転がるコンちゃん。可愛らしい小狐のお腹をさすっても良いかなぁ。
移動の間、念の為に魔導鎧を着込んでいたからね。疲れるのも無理はない。
「たしかにそうですね。眠いです〜」
「皆さん、もう少し鍛えないといけないと思いますよ?」
聖奈も同じく俯けにグデっと寝そべっている。そりゃ、あれだけ重装甲の魔導鎧なら疲れるだろうね。
バスの中で邪魔じゃない? と聞いたけど頑として脱がなかったからなぁ。この間の襲撃が頭に残っているんだろう。特に天使の翼が物凄い邪魔だったよ。
闇夜だけはケロッとしている。さすがは帝城家の長女。武の家門なだけはある。
みーちゃんは大丈夫かというと、とても草臥れました。疲労は回復魔法で治せないのだ。いや、バトルになると、どんなに疲れていても体調は万全になるので、少し違うかも。
シャンパングラスタワーの時に判明したけど、みーちゃんたち以外のこの世界の人たちは疲労回復したしなぁ。よくわからない。
「夕ご飯前に温泉に入りませんか?」
「うん! 玉藻ちゃんも、せーちゃんも行こう?」
「聖花入りの温泉らしいね。いい匂いになるのかな〜、なるのかな〜」
「楽しみですね。今日はもう魔導鎧は着ません」
「バスタオルあるのかな?」
皆でぞろぞろと温泉に向かう。疲れた身体に温泉。楽しみだ。
ぽてぽてと歩いている中で、少し宙に目を細めて向ける。
「このイベントも面白くなりそうだね」
さっきの少女は見たことがあるのだ。
この世界で知り合ったわけじゃない。小説で出てきた相手だ。
宙空には、チカチカとログが表示されている。
『『魔法発信』がかけられています。解除しますか?』
もちろんノーだ。何を仕掛けてくるのか楽しみだもん。
原作では『加藤カレン』という名前だったかな。没落した忍者の末裔だった弱気な女性だったはず。
変装しても無駄だ。なぜならば、即座にムニンに解析してもらったからな。
あんなコテコテのイベントで相手を疑わないほど、能天気じゃないんだよ。
たしかどこかの成金伯爵家に仕えていたはずだ。伯爵家の名前は忘れたよ。
「みー様、行きますよ〜」
「はーい! 待って〜」
誰がバックにいるのか、調べさせてもらおうかな。
クスクスと楽しそうに笑うと、みーちゃんは皆に追いつくべく、駆けていくのであった。




