184話 お出かけの準備なんだぞっと
「ホーンベアカウ〜、ホーンベアカウ〜」
遂にホーンベアカウと会う日が来たと、鷹野美羽はフンスフンスと鼻息荒く興奮していた。
ちっちゃな背丈の灰色髪の少女は、アイスブルーの瞳を期待で輝かせて、みーちゃんダンスで喜びを表す。トイヤッとジャンプして、くるりと回転して絨毯の上ででんぐり返し。
そうして、ニパッと満面の笑顔を見せて、手をゆらゆらと揺らしてダンシング。
その愛らしさに紳士諸君は、撮影良いですか、いやその前に良いカメラを買わないとと、狂乱することだろう。
夕飯の終わった鷹野家自宅の居間にて、みーちゃんは明日に迫った遠足こと、ホーンベアカウ狩りに興奮しているのだった。
「ホーンベアカウ、ホーンベアカウ〜」
「ほーみゅべにゃーきゃう〜、ほーみゅべにゃーきゃう〜」
「ほーみゅべにゃーきゃう〜、ほーみゅべにゃーきゃう」
みーちゃんの踊りに合わせて、真似をしてくる舌足らずな声の持ち主たち。
可愛い可愛いみーちゃんの弟と妹だ。ベビーベッドから手を伸ばして、フリフリと振ってくれる。
その声に、キャーと黄色い声をあげて、みーちゃんはパパとママに顔をバッと向ける。
「空と舞がお話ししたよ!」
「うん、もう、ハイハイもできそうだね……」
「健康体なのは安心したわ。まったく、みーちゃん気をつけてね? 心臓止まるかと思ったんだから! 授乳の度に『身代わりの符』を使うのも驚いたけど」
赤ん坊に歯が生えているので、マツ特製の安価な『身代わりの符』を授乳の時に使っているママなのだった。
「はーい。もう赤ちゃんに状態異常回復魔法は使いません!」
ソファに座っているパパとママへと真面目な表情で謝る。本当にごめんなさい。
「みーねーたん、みーねーたん!」
「みーねーたんだよ! どうかした?」
舞が呼ぶので、すぐさま近づいて、笑顔で尋ねる。愛する妹はなんのようかな?
「キャッキャッ。みーねーたん!」
呼んだだけらしい。その笑顔にメロメロになっちゃう。本当に可愛らしいなぁ。絶対にこの笑顔を曇らせるようなことはしないぞ。
「みーねぇ、みーねぇ」
「みーねぇです。何かな、空?」
「キャー、みーねぇ!」
やっぱり呼んだだけらしい。嬉しそうにちっちゃなおててを振る空。
「キャー、みーちゃんだよ!」
嬉しすぎて、絨毯の上をコロコロと転がっちゃう。天使が降臨してるんだよ、間違いない。取り戻しに神様が来たら、必ずお帰り願う所存です。
「はぁ……みーちゃんはこうしてみると普通の可愛らしい娘なんだけど……」
ふかふか絨毯をコロリンと転がって興奮していると、パパが困った顔になる。大切なパパが困るなんて何事?
「どうしたのパパ? 敵が現れた?」
「うん、みーちゃんはまず敵か味方かで分けるのをやめようか?」
「うん! 灰色は白に塗り直すんだよね!」
「それもどうかと思うけど……。それはともかく、厄介なことになってね」
日和見の人は仲間に入れちゃえば良いんだよと、元気よく答えたけれども、パパは違う厄介なことがあるらしい。なんだろう? みーちゃんはお手伝いできるかな?
「貴方、どうしたの?」
パパの隣に座るママが心配げに尋ねるので、物憂げな表情でパパは口を開く。
「実はね……出産間近の人達から、是非ともみーちゃんに回復魔法をかけてほしいって、大量の申し込みが殺到しているんだよ」
「まぁ! ……たしかに安心できるといえば、できるものね」
一番不安定な時期をスキップできるのだからなのねと、ママが苦笑するが、パパはかぶりを振って否定してきた。
「いや、どうやらみーちゃんの回復魔法を受けた赤ん坊は才能豊かで優秀な魔法使いになると噂が広まっているらしい」
「あぁ……そっちなのね」
パパの返答に苦笑するママ。みーちゃんも理解した。
空と舞は強力な魔法使いの印があり、既に言葉も話し始めている。魔法だけではなく、才能豊かである可能性は高い。高いというか、天使な双子は当たり前の才能だと思うけどね。
でも、それは空と舞の元からの才能だ。回復魔法は関係ない。そう思いたい。そうだと信じてます。
「空と舞は元からの才能だもん! 断って、パパ!」
「うん、私もそう思うよ。それに、回復魔法を受けて、魔法の才能が開花しなければ親御さんはみーちゃんへ責任を押し付けるだろうしね」
うちの家族は仲良しです。家族のポテンシャルを信じているのだ。ちょっぴり成長が早いけど、ほんのちょっぴりだもん。全力で現実逃避しているだろ? みーちゃんよくわかんない。
「今は誰からも依頼を受けるつもりはないから、安心してみーちゃん」
さすがはパパだ。ビシッと断ってくれるらしい。
「今は侯爵以上で妊娠している女性もいないしね」
さすがはパパだ。貴族関係も調査済みらしい。
「まぁ、何にせよ、手を変え品を変えてお願いしてくるから、断るのに少し忙しくなるかな。みーちゃんも気軽にオーケーを出さないこと。いいね?」
「はい! わかりました!」
「手を変え品を変えて、約束の穴を見つけないようにね?」
「明日の狩りが楽しみだね!」
さて、リュックサックの中身を確認しようかな。えーと、お菓子にお菓子にお菓子と。
「最近、みーちゃんのやり方がわかってきたからなぁ。パーティーではしゃがないようにって言っておいたのに、チョコフォンデュに突撃したよね?」
「あれはチョコフォンデュで溺れるかと思っちゃった! コップでチョコを汲もうとしたら、足が滑ったの!」
「あれはチョコに色々とつけて食べる物だよ? まったく、目が離せないんだから」
仕方のない娘だなぁと言いながらも、優しい微笑みで頭を撫でてくれるので、パパは大好きです。
「そうね、みーちゃんは私達の愛する娘だもの」
ママも頭を撫でてくれるので、とっても嬉しい。今日はみーちゃんの誕生日だっけ?
「仲がとってもよろしくて良いですね」
ニムエが楚々とした動きで、トレイに載せたコーヒーをテーブルに置いてくれる。みーちゃんにはホットココアだ。
コーヒーの良い匂いが部屋に漂う。お菓子はくれないのかな?
「ニムエさん、お菓子は?」
「駄目ですよ、ご主人様。もう夕飯も食べたでしょう?」
常識的な発言をするニムエに、壁際に立つ蘭子さんがウンウンと感動したように頷く。
「こっそりとナイショで食べるのが良いんですよ」
「そうだね! わかったよ!」
なんと、ニムエに教えられるとは。目から鱗が落ちたよ。
「ニムエ、ちょっとお話があります」
「えーっ! 常識ではないですか! ちょっとなんでいつも私の衿首を掴むんですか〜」
なぜか般若の形相の蘭子さんが、ニムエの首襟を掴んで引きずっていった。小説の世界だなぁと思う光景だった。
双子にお休みと伝えて、ぽてぽてと寝室に戻るとベッドにダイブ。ふかふかお布団にくるまり、分身を呼び出すと、『マイルーム』へと転移する。
「弟妹って、サイコーだね!」
「人体改造レベルであったがな」
「最初からあれだけのポテンシャルがあったんだよ!」
リビングルームに突撃すると、端末をいじりながら、ワインを飲むオーディーンのお爺ちゃんが意地悪なことを言ってくる。
あれは双子のポテンシャルだから。間違いないから。
「まぁ、何にせよ産まれたばかりの赤ん坊は存在自体が不安定だ。もう回復魔法をかけるのは止めたほうが良いだろう。あの双子は、持っている能力がかなり高くなった可能性が高い」
「わかってるって。それもポテンシャルでしょ?」
ぽふんとソファに座って、むぅとプニプニホッペを膨らませる。反省したって言ったでしょう?
「遺伝子の持つ最高レベルになる可能性もあったのだ。普通の『健康体』と回復魔法が定義していなかったら、その場で歩きだして自我の存在を考え始めたもしれん」
ジロリと睨んでくる隻眼を見て、冷や汗をだらりと流してコクコクと頷く。
「それは……もう止めておくね」
「まぁ、それはそれで面白いがな」
「最後のセリフは心にしまっておいてよ」
叡智を求めすぎなんだから、もぉ〜。
産まれてすぐに哲学者になる赤ん坊は見たくない。絶対に止めておこう。ギラギラと目を輝かすお爺ちゃんに手を振ってジト目で返す。
「ふふっ、それがオーディーンという神でしょう?」
「そうだけどさ」
既に集まっていたフリッグお姉さんにもジト目で返す。神様ってのは厄介なんだから。
「で、『ロキ』を訪ねてきたのは、せーちゃんたちだったと。なんで来たわけ?」
「えと、それは不明だよぅ。でも、襲撃者についてはわかったよぅ」
みーちゃんたちの前にお茶をフレイヤが置こうとするので、手で制す。もう寝るからいらないよ。
「襲撃者はこの間、鷹野家に来た『拓猿』でした。残りの精鋭を連れて、聖奈さんたちを暗殺に来たようです」
オドオドしながら、フレイヤがみーちゃんの隣に座る。ふむ? またあいつらか。
「暗殺業って、儲かってるのね」
「反対よ。この間の失敗がかなり痛かったようよ。なにせ、全員捕まってしまったから、評価が暴落したみたい」
流れるような金髪をかきあげて、妖艶なる笑みでフリッグお姉さんが話してくれる。ふむ? そうなのか。
たしかに全員捕まるって、役に立たないどころか、依頼者にとっては身バレの可能性もあるので使いたくない組織となるよな。
「でも、そこでせーちゃんの命を狙ってどうするの? 意味なくない?」
「そ、それが、い、依頼者がいたんですぅ。鷲津が貨物を手配していたことは知っていますよね?」
「うん。あの貨物を短期間で集めようなんて、愚かだよね」
裏で暗躍していても、正月用の貨物なんかを短期間で集めようとすれば、目立つに決まってる。
裏に居る貴族を炙り出す良い餌になったけど、あれはさり気なく倉庫街爆発事件の関係者だと、武士団に伝えたはずだよね。
「結局、官憲の手が届いたのはそこそこ有力な子爵家や、貧乏な名ばかりの伯爵家。しかも証拠は不十分だったわ」
肩をすくめて答えるフリッグお姉さんだが、それ予想済みなんだ。失った貨物を買っているだけで罪になるわけがない。武士団にさり気なく情報を流したのは他の理由があったんだ。
細っこい脚を組んで、むふーと胸を張る。
「彼らが暗躍していると、皆に伝わるのが重要だったんだ。これだけ騒がれた事件で暴露されたんだ。証拠不十分でも、皇帝はもちろん、周りの貴族も警戒するよな」
「今回の事件はその結果なの。取り引きが減って、周囲の貴族から距離をとられて焦った人が聖女暗殺を思いついたみたい」
「誰がけしかけたの?」
下級貴族がそんなことを思いつくわけない。
「不明。口頭での連絡しかとっていないのか、思念通信か……情報網に引っかからないわ。あの騒ぎを監視していた者たちも同じね。誰かにけしかけられているわ。うまく行けば立場を好転できると」
「それができる貴族は少ないな………」
ふむぅと、ちっこい指をプニプニホッペにつけて、本気で考え込む。
これは難しい問題だな。
「か、神無公爵家では?」
「思い込みは駄目だ。この世界は現実でもあるんだ。神無公爵家だと、最初から思い込むのはまずい。何しろ今回の出来事は原作にないからな」
久しぶりに悪霊、もとい前世の意識を金庫から持ち出して考える。目的がわからない。なぜ聖女を狙うんだろう。たしか、粟国家の嫡男もいたんだよな。
「なにかその人間にとって、まずいことがあったのではないか? 聖女たちを殺さなければならぬ程のことだ」
「オーディーンの言うとおりだな……」
なにがあったのだろうか? そもそも粟国家の嫡男とデートって、シンの前に好きな幼馴染とかいたのか?
幼馴染って、負けフラグだからなぁ……。死んだり、転校でもしたのかね? 転校はありえないから死んだのかな?
「まぁ、良いや。敵の正体は不明。聖奈が何を調べているのか、さり気なく尋ねてみるよ」
「あら、皇族と会う約束をしていたの?」
パンと手を打ち、方針を決定すると、ポチャポチャとミニ金塊をコーヒーに入れながら不思議そうな顔でフリッグお姉さんが尋ねてくる。
「うん、明日のホーンベアカウ狩りにせーちゃんも参加するんだって!」
再びみーちゃんモードに戻ると、ペカリとスマイルを向けて答えるのであった。突然闇夜から聖奈が参加したいと連絡があったけどなんだろうね。
それと金塊は角砂糖代わりにならないからね?




