183話 介入者
「ぐああっ!」
勝利の身体に激痛と共に電撃が走り抜ける。苦痛のうめき声をあげて、コンクリート床に転がりながら勝利は倒れ込む。
ザラリとしたコンクリートの感触を頬に感じながら、手足に装備していた簡易魔導鎧代わりの腕輪が煙を吹いて壊れるのが、ぼんやりとした視界に映る。
魔法障壁により致命的なダメージは負わなかったが、電撃の後遺症により身体が痺れて動けない。
「さすがは粟国家の天才児といったところか、危ないところだった」
目の前の忍者が再び刀を振り上げて歩いてくる。勝ちを確信しているのだろう余裕の歩きだ。
「勝利さんっ!」
「勝利!」
聖奈さんと魅音の悲痛の声が聞こえてきて、薄っすらと笑ってしまう。
まるでアニメの主人公のようだ。まさか僕がこんな声をかけられるなんて、前世では想像もしなかった。いや、妄想はしていたな。
主人公ならば、ここで未知の力に覚醒するのだろう。隠れていたスキルや魔法が発動して、一気に強くなり、敵を簡単に倒すのだ。
しかし、勝利はこの世界のやられ役でモブキャラである。
そんな力はちっとも感じなかった。覚醒する様子は皆無である。
「む? まだ動けるのか」
ぴたりと敵が足を止めて、勝利を見て驚きの声をあげる。
「も、もうお前らは、ぼ、僕にかなわ、ない」
だが、勝利は剣を支えによろめきながらも立ち上がった。
覚醒せずとも主人公がよく言うセリフを口にして、身体を震わせながらも、ニヤリと不敵に笑う。
覚醒せずとも主人公らしく立ち上がる。メインヒロインを前に、こんなセリフを口にしたかったのだ。
圧倒的な力に目覚めなくても、守らないといけないことはあるのだ。
ここは小説の世界であるが、現実世界でもある。
それを元服パーティーで勝利は知った。
魅音が死んだ時に理解したのだ。
「僕にはちからが……あるっ! 前は持っていなかった力だ!」
魔法使いとしてこの世界に産まれたのだ。好き勝手に生きていくとこは最優先だが、ちょっぴり他の奴らを守っても良いかもしれない。
ほんのちょっぴり。力ある魔法使いとしてかっこよく生きても良いかもしれないと考えたのだ。
強い力を手にしたからこその余裕だとわかっているが、だからこそ少しだけそう考えたのだ。
無様な前世の人生よりも、少しだけかっこよく生きようと考えたのだ。
だからこそ、ここで倒れるわけにはいかないのだ。
「さ、さぁ、か、かかってこい!」
紅蓮水晶を周囲に浮かせて、失いそうな意識を唇を噛んで耐え抜き、剣を構え直す。
「………見事だな……だからこそ殺す価値がある!」
忍者たちは勝利へと、再び武器を構えて隙なく包囲してくる。
まったく油断する様子はなさそうだ。
「一斉にかかるのだ!」
滑るように忍者たちは接近してくるのを見て、勝利は紅蓮水晶へと指示を出そうとするが、意識が朦朧として上手く思念を送れずに反応してくれない。
『雷光三連』
3人の忍者の刀に紫電が奔り、風のように勝利に迫ってくる。
「お、オートに」
ふらつきながらも、なおも思念を送ろうとするが、その勝利の行動は遅すぎて、忍者たちの刀が同時に振り下ろされた。
死ぬと、勝利は悔しい思いで、目の前の刀を見る。
聖奈が『聖殻』を解除しようと手を翳し、勝利を助けようとマナを集める。
魅音が口に手を当てて、悲鳴をあげようとする。
そして、勝ちを確信した敵は余裕の笑みを浮かべるが……。
「なにっ!」
「これは?」
「身体が、う、動かないっ!」
「馬鹿なっ!」
驚愕の表情で、忍者たちは刀を振り上げた体勢で動きを止めていた。
「な、なにが?」
同様に勝利も驚いていた。忍者たちがなぜ動きを止めたのかと、目を凝らして訝しげに呟く。
「糸?」
忍者たちに絡みつき、ピンと張っている糸が目に入る。と、思ったら空間から滲み出るように、鋼色の糸が現れた。
屋上を無数に這う蜘蛛の網のように。
忍者たちはその網に絡め取られて、全員身動きが取れない。いくら力を入れても、ビクともしないようだった。
「いやはや、罠かと思ったので様子を見ておりまして、ハイ。大変申し訳ありませんでした、ハイ」
いつの間にこんな網が展開されていたのかと、勝利たちが驚く中で、男の声が聞こえてきて、空間から人が滲み出てきた。
でっぷりと贅肉で力士のように太っているスーツ姿の男であった。汗かきなのか、額にハンカチを押し当てて拭いている。
贅肉で弛んだ顔はでっぷりとしており、その顔は弱気そうだ。苦労する中間管理職といった感じである。
「いやはや、宮仕えは大変ですね、ハイ。あ、傷は大丈夫でしょうか?」
「あ、あぁ」
敵ならば、ここで自分たちを助けることはしないだろう。どうやら味方みたいだと気が抜けてへたりこむ。斬られた肩の傷は大したことはないが、だいぶ緊張していたし、魔法を無理矢理解除もした反動もあり、全身が痛い。
「貴方は何者でしょうか?」
『聖殻』の中で、聖奈さんが緊張した表情で尋ねる。たしかに物凄い怪しい奴だ。
でも、ここは「大丈夫ですか、勝利さんっ」と駆け寄ってきても良いんじゃないかなぁと思う勝利である。シンなら、そういう展開だったろうと、肩を落としてがっかりした。
神である勝利はモブキャラにそういう美味しいイベントは起きないと知っているので、そこまでがっかりすることはないが。少しだけのの字を書くぐらいで済む程度だ。
「申し訳ありません、皇女様。私のことは秘匿でして。宮仕えが大変なのはご理解して頂ければと、ハイ」
「秘密部隊ということですか……。もう少し早く助けに来てもよろしかったのでは?」
非難の目を向ける聖奈さんに、ペコペコと頭を下げて謝りながら、腰の低い男は言う。
「あぁ……そう言われると思いました。ですが皇女様の護衛ではなく、私は他の任務についておりまして。皇女様たちが戦闘を開始して、私を釣りだす罠かと考えていた次第でして、ハイ。まさか、こんな所に皇女様たちがいるとはと、目を疑いました」
汗を拭きながら答える男に、難しい顔をして聖奈さんは黙り込む。どうやら聖奈さんの護衛ではなく、他の任務についていたようだ。
「それと、すぐに去った方がよろしいかと。ここにいたことが公になれば、不味いことになると愚考します、ハイ」
「……わかりました。勝利さん、行きましょう」
『聖癒』
胡散臭い男だが、どうやら味方だと判断した聖奈さんが『聖殻』を解除して、回復魔法を使ってくれる。
純白の粒子が勝利を包むと、肩の傷が治り、痺れがとれた。ホッと安堵して、手をグーパーと動かして問題ないことを確認した。
「ありがとうございます、聖奈さん!」
「治ったでしょうか? 大丈夫ですか、勝利さん。心配しました」
小首を僅かに傾げて、心配げな表情の優しい聖奈さんへと、フヘヘと鼻の下を伸ばす。メインヒロインに心配された! 頑張った甲斐があったな!
「はい、もう元気一杯です。今度は油断せずに敵を倒せますよ!」
「魅音さんをお任せします。早くここから立ち去りましょう。たしかにここに私たちがいることがバレると色々と不味いことになります」
そうして、聖奈さんはコンクリート床を蹴ると、地上へと降りていく。
「あっ、ちょっ、待ってください。おら、魅音乗れ!」
「へいへーい」
おんぶしてやると、聖奈さんが降ろした魅音へと声をかける。魅音は半眼で背中に乗る。
勝利は僕の魔導鎧は壊れているんだけどと、疲れた顔で飛翔して聖奈さんを追いかける。
空中を飛ぶ中で、首に手を回していた魅音がポツリと呟いた。
「……助けてくれてあんがとさん、勝利」
「今度は助けることができたな」
頑張った甲斐はあったようだと、背中から聞こえてきた声に笑って、勝利はこの場を離れてゆくのであった。
太っているスーツ姿の男、ヤシブはハンカチで額を拭きながら、その様子を見て笑みを浮かべる。
「青春というものですかね、ハイ。私も昔はあったような気がします、ハイ」
「お、おのれっ! な、何者だっ!」
動けない忍者たちへと顔を向けると、柔和な笑みで、凍えるような視線を向ける。
「少し多いですね。経費削減です、ハイ」
『餓狼鋼糸斬』
手を軽く握りしめると、その指先がキラリと光る。
「ガハッ」
「ギャッ」
「ヒイッ」
忍者たちを捕らえていた鋼糸にマナが走ると、網は収斂して、8人の忍者たちをあっさりと肉塊へと変えていった。
ボタボタと肉塊が地面に落ちて、大量の血が流れて血溜まりを作るが、その様子を見ても、表情一つ変えることなく、ヤシブは言葉を続ける。
「いやはや、二人で充分だと思う限りでして」
残りの二人の糸へとマナがエネルギーとなり、叩き込まれる。膨大なエネルギーを受けて気絶した忍者たちを確認したヤシブは、思念を送る。
『サクサーラさん、こちらは二人確保しました。そちらは?』
『こちらも大丈夫です。監視していた連中を片付けておきましたわ。同じく二人を捕縛しました』
ヤシブの前にホログラムとして、褐色肌のオリエンタルな美女が、花のような微笑みを浮かべて現れる。
『いやはや、あんな子供たちが『案山子』を訪ねてきたとは思いませんでしたよ、まったく驚きました、ハイ』
『ロキ』を訪ねてきたふたりを尾行していたら、自分たち以外にふたりを尾行している人間がいるので様子を見ていたのだが、まさかの皇女と粟国家の嫡男だった。
襲撃されても、本当に皇女と粟国家の嫡男かと疑っていたのだが、本物であったのだ。
『この襲撃。本当に皇女様たちを殺すつもりだったと思いますか?』
『私としては、どちらでも構わなかったのではないかと思います。敵は捨て駒にするには勿体無いレベルの暗殺者でしたが、失敗しても皇女が街中で騒ぎを起こしていると騒ぐつもりの者がいたのでしょう』
皇女様が街中で護衛もなく大暴れをするなんて、とんでもないスキャンダルだ。どうしてそんなことをしたのだと騒ぎ立てれば、目的を隠すことも難しくなるに違いない。
そのために襲撃者たちとはまったく別の監視者たちがいたのだ。
まさか、自分たちが監視されているとは思いもしていなかったであろう。
『恐らくは皇女様たちの目的を知っている者ですかね? 何が目的なんでしょうか?』
『さて………私にはわかりかねます。そういうのはニムエさんにお任せしましょう』
『そのとおりですね、ハイ。それでは後片付けは他の者に任せて、帰還しましょう』
そうして、捕まえたふたりを糸でぐるぐる巻きにすると、柔和な笑みを浮かべてヤシブはこの場を去るのであった。




