18話 完全にして万全なる作戦
粟国勝利はニヤニヤと醜悪な笑みで、双眼鏡越しにストーンゴーレムを眺めていた。最新型の魔導双眼鏡は、ストーンゴーレムがまるで目の前にいるかのように、はっきりとした解像度で現場を見せてくる。
必死になって魔法を使い、ストーンゴーレムを押さえようとする冒険者たち。その後方で話している闇夜たちの姿。
「時間稼ぎか。やはり根暗ワカメはそれほど強くないんだな」
貴重なる召喚宝石を使用しても、勝利は闇夜の能力を確認したかった。トパーズ1つ30億円したのだが躊躇わなかった。元に戻せるということも理由の一つではあるが。
石の巨人である強力な召喚獣ストーンゴーレムを前に、闇夜たちは冒険者たちを囮にして、逃げようとしている。
「ストーンゴーレムは硬いからな。傷つけることはできても、倒せないとは想像していたが、こんなもんか。ポテンシャルはあっても脅威はなさそうだな」
ストーンゴーレムはただの石の塊ではない。その素材は魔法宝石として作られたトパーズが素なのだ。石に見えても、その硬度はトパーズと同様。しかも魔力を纏わせなければ、物理攻撃は無効だ。最強の召喚獣なのである。
クックと愉快そうに口元を歪めて、舌で唇をベロリと舐める。9歳にして、他人を虐めることに喜びを持つ醜悪な性格をしている勝利であった。
逃げる程度の腕しか持たないなら、勝利の相手ではない。ストーリーを知っている奴なら、少なくとも、ストーンゴーレムの動きを止める程度はできたはずだ。
「この頃の主人公は公爵家を放逐されていない。つまり助けに入る者はいない。後はストーンゴーレムを暴れさせて、冒険者たちを殺す様を見て満足するか」
ストーンゴーレムにあの冒険者たちでは敵わない。そもそも勝利自身もストーンゴーレムには苦戦するだろう。今は魔法で動きを封じているが、直にマナが尽きて、あの冒険者たちはミンチになる。
「原作でも、あの魔法を凶悪な魔物に使った奴らがいたな。だが、マナが尽きて皆殺しになったんだ。生で同じ光景を見れるなんて、僕ってラッキー」
たしか敵組織が喚びだした魔物を前にモブ冒険者たちが制止しようと懸命に抵抗するのだ。勝利は、はいはいご苦労さん、主人公の強さをアピールする踏み台だなと、懸命に頑張る冒険者たちの描写を嗤って見ていた。
日頃の行いが良いからだと、クククと嘲笑う。冒険者を殺したら召喚宝石に戻して、侯爵家には適当に暴走とか指示を間違えたとか説明をして誤魔化す。長女ではなく、駒の冒険者程度が死んでも気にしないに違いない。
「30億円に殺されるんだ。幸運なゴミ共たちだ。ありがたく思って……な、なんだ?」
呟きながら、双眼鏡を見直す。
とてとてと可愛らしく走る小柄な幼い美少女がいた。メイスを振り上げて灰色の髪の美少女はストーンゴーレムに向かっていた。
『魔導鎧』を起動させることなく、弱々しい9歳の身体能力で走っているのだろうが、あまりにも遅い速度で駆けていた。
「おいおい、あの僕のハーレム候補ちゃん。無理をするなよ。なにもできないだろうが」
銀色に似た美しい灰色の髪を靡かせて、アイスブルーの瞳は眼光鋭く、威圧感を覚えさせる獣のような笑みを浮かべて走っていた。そんな姿も美しく気高い獅子のようで見惚れてしまう。
9歳にしても小柄な体躯の少女は、ストーンゴーレムを前にしたら、マッチ棒のようなメイスを振り上げている。ゲームだとでも思っているのだろうか?
「あの程度の力じゃ傷もつけられない。あぁ、勿体ない、あんなに可愛らしいのに」
後ろから、闇の剣を手にして、闇夜たちも続いているが、無駄なことだ。ストーンゴーレムの硬度はそんじょそこらの攻撃ではヒビも入れることはできない。
「闇夜は死ぬか? そこまでいくと厄介だが……まぁ、良いか。………だが、回復魔法使いを殺すのはまずいな。闇夜を殺すよりもまずい」
日本に30人しかいない回復魔法使いだ。殺すと公爵の息子といえど罪を問われるだろう。勝利は自分の立ち位置をしっかりと意識している。小説の勝利のように、考えなしに行動する小悪党役ではない。
このまま回復魔法使いが殺されるとどうなるか? メインストーリーにはいないキャラだが、ストーリーと関係なく、自分の立場が悪くなるに違いない。弟は自分よりも弱いが、才能にあまり違いがない。嫡男の座をメインストーリーが始まる前に奪われて、破滅する可能性すらある。
勝利のいる粟国公爵家は金も権力もある。しかし家族愛だけはなかった。容赦なく切り捨てて分家に放逐され、ダンジョンでこき使われる奴隷のような生活になる可能性がある。
「仕方ない。ゴーレムにあの可愛こちゃんは殺さないように命令しておくか」
実のところ、勝利はあの子を気に入っている。なぜならばメインストーリーにかかわらない、見たこともないほどの美少女だからだ。しかも銀髪だ。銀髪のキャラクターを勝利は好きであった。
原作の大ファンである勝利は、ヒロインたちを手に入れるのに際して、ストーリー補正とも言うべき、世界の運命があるのではないかと疑っていた。
自分の決闘イベントで、それは証明できるだろう。ストーリー補正が働けば自分は負ける。だが、無ければ自分は勝利する。賭けでもあったが、逃れることはできない。まぁ、勝つとは思ってはいる。なぜならば、修行して強くなっているからだ。戦闘に関しては補正があっても問題はあるまい。
しかし、人の心は別だ。自分を賭けの対象にする馬鹿なヒロイン以外は手に入れるのは難しいかもしれない。なぜならば、イベントは氷山の一角。恐らくはヒロインとの積み重ねなどがあり、ヒロインは主人公を好きになっている可能性が高いからだ。全てのイベントを邪魔することはさすがに不可能だ。
まだ学院入学まで時間はあるので、確認はできないが、ストーリー補正がある場合、主人公を倒せてもヒロインを手に入れるのが難しい。しかし、あの子は原作にはいないキャラだ。考えることなく、手に入れる行動もとれるだろう。
無論、回復魔法使いだというのがネックのために、現実では難しいだろうが、ストーリー補正があるのではと、疑いながらヒロインにアピールするより遥かにマシだ。
原作の大ファンであるので、主人公たちのイベントは覚えている。だが、現実だとクソみたいな展開だ。都合よくヒロインを魔物から助ける。無自覚にヒロインの欲しい言葉を口にして惚れられる。女湯に間違えて入ったら、ヒロインとのエロイベントが始まるなど、現実では許されない。
しかも、それがいつ始まるかもはっきりとはわからないために、防ぐのはほとんど不可能だろう。イベントが何日何時何分に起こるなどと、小説では描写はないのだから。
なので、そこは諦めている。諦めているからこそ、ストーリーにかかわりのない美少女は気になっていた。転生者である闇夜が行なった行動で、生き延びた美少女を手に入れたい。
なので、思念でストーンゴーレムに、あの美少女だけは攻撃をしないように命令をくだそうとした。どうせ、傷一つつけられないのだ。放置しても問題ない。
「いや、危機に陥って助けるのも良いな。僕が主人公のような活躍をするんだ」
ストーンゴーレムの暴走。チラリと後ろを見て、恐れと困惑で立っている者たちを盗み見る。彼らは勝利を止めたいが、凶暴な性格を知っているために、諫言もできずに困り果てていた。
あの中の誰かをスケープゴートにすれば良い。召喚宝石を試そうとして、未熟な家臣が暴走させた。そして、それを公爵家の天才炎使いが防ぐのだ。そうすれば闇夜を殺すこともなくなる。自分の立場が悪くなることはない。
万事完璧だと、勝利は自画自賛してストーンゴーレムに命令を下した。
『ゴーレムよ。灰色の美少女及び黒髪の少女は攻撃するな。後は殺せ』
そのまま様子を見る。もう既に灰色髪の美少女はストーンゴーレムの目の前だ。だが、ストーンゴーレムは無視をするはず。そう思っていた。
だが、ストーンゴーレムは迫る灰色髪の美少女に反応して、倒そうと腕を振り上げようとし、光の鎖で動きを止められる。
「な?! おい、ゴーレム! あの美少女は攻撃対象に入れるのではない!」
焦って、言葉を口にする。闇夜たちも接近してくると、同じように反応し動きを激しくし、ストーンゴーレムは暴れようとする。
「おぼっちゃま。……召喚獣は主以外の者は認識できません。全てが敵なのです。なので、使用する際には離れて使用するようにとお聞きしていると思いますが」
執事が恐る恐る近づくと、勝利に思わぬ言葉を教えてくる。
「なんだと! そんな話は聞いてないぞ! いや、だから、使用する奴らは一匹ずつしか使わなかったのか」
原作を思い出す。主人公も苦戦する強力な召喚獣を敵組織は使うが、大量に使用しろよと考えたことはある。小説ならではのご都合主義だろうと、その時は納得していた。だが、現実となると、このような設定になるのかと驚愕する。単に希少で高価だから、使用されないとばかり思っていた。
自分は原作を網羅しており、魔法などの設定も読み込んだ。神と同義だと考えていた勝利は仕様説明をされていた時に聞き流した。マナを送り込んで、自分の命令に従い行動をする。それだけで充分だったのだ。
「くっ! どうするんだよ! ストーンゴーレムを退避させるか……」
仕方ないと勝利はストーンゴーレムを戻すことを考える。冒険者たちが哀れミンチになる姿を見て楽しみたかったが、優先順位を間違えてはいけない。
自分の破滅を防ぐのは、最優先なのだから。やられ役のモブに転生した者たちの宿命。お決まりのテンプレ。だが自分の命がかかっているのならば、テンプレなどと鼻で笑うことはできない。破滅を防ぐ。それが勝利の最優先だ。
なので、ストーンゴーレムに戦闘行動を停止して、戻ってくるように命じようとした。魔法の鎖は長くは続かない。直にマナも尽きるだろう。
「撤退を……ん?」
思念を送ろうとして、目を見張る。
なぜならば、想像を超えた光景が目に入ってきたからだ。
「とりゃァァァ!」
灰色髪の美少女がここまで響く声で叫び、ストーンゴーレムにマッチ棒のようなメイスを全力で振り下ろす。
本来は傷もつかない攻撃であったのに、なぜかストーンゴーレムは揺らぎ、宝石と同じ硬度の身体にヒビが入り始めていた。
「はぁ? 待て、待て待て待て! あの子はもしかして石に強い武技を使えるのか?」
驚く勝利は双眼鏡から顔を離して驚愕する。再度、双眼鏡で覗くと、どんどん攻撃を仕掛けている。攻撃を受けるごとに、ストーンゴーレムのヒビは大きくなっていく。
「おい、30億円だぞ! やめろ、止めてくれぇ〜!」
30億する魔法宝石。しかも手に入らない希少な物だ。召喚獣が破壊されたら、宝石は勿論砕け散り、ゴミとなってしまう。
絶叫しながら慌てる勝利は、ストーンゴーレムを帰還させることを忘れて、不可思議なる光景を見ていた。
そうして、壊れると思われたストーンゴーレムは光の鎖を引きちぎり、攻撃を開始してしまうのであった。




