179話 可愛らしい弟と妹なんだぞっと
一週間後である。みーちゃんは自宅の部屋にいた。
ぬいぐるみがたくさんのお部屋だ。購入は吟味しようと最近は考えるほど増えている。
なぜならば、ぬいぐるみさんが多すぎると他の部屋に仕舞うことになるからだ。仕舞われるぬいぐるみさんが可哀想だよね。
その代わりに、心の奥底の部屋に前世の意識は仕舞っておいた。もはや、みーちゃんは可愛らしい少女なのだ。仕舞っても全然可哀想ではないよね。
前世の意識は謀略を考える時か、戦闘の時だけである。
すなわち、取り憑いた悪魔か悪霊扱いとなっている前世のおっさんだった。ろくでもないことしかしないという点では同じような存在と言えよう。
もふもふなぬいぐるみが多い部屋にて、ゴロンと絨毯に転がって、みーちゃんはのんびりとしていた。
もふもふではないぬいぐるみは何度仕舞っても、ここにいるのはアリですよねと、呪いの人形のように戻ってくるので仕方ない。また、後で仕舞っておこう。
「それで弟さんと、妹さんは元気なのですか?」
ニコニコと笑みを見せて、闇夜が寝っ転がったみーちゃんの頭を膝枕する。さらさらとした髪の毛は触り心地が良いですねと、頭を優しく撫でてくる。
「うん、大丈夫。というか、他の赤ん坊よりも遥かに健康体だって、お医者さんは言ってた」
「おぉ〜、良かったね、エンちゃん。良かった良かった〜」
「コンコンッ」
頭の上のコンちゃんが、尻尾をフリフリ振って、玉藻が両手をあげて、身体を揺らす。サイドテールが尻尾のように振られて、その元気な表情が可愛らしい。
二人は本日、弟と妹が産まれたお祝いに両親と共に来ている。
そこで、双子の可愛らしさを見せようと、スマフォで撮った写真を得意げに自慢していた。
それと一緒にちょっぴり変わっている双子のことも説明した。本当にちょっぴりした、些細なことなので口にしなくても良いのだが、伝えておかないと変なので、親友の二人に話したのだ。
「この子たちのお名前は?」
「弟が空で妹が舞だよ。とっても可愛らしいよね!」
闇夜の問いかけに、フンスと胸を張ってみーちゃんは答える。とっても可愛らしい双子なのだ。
「うん、可愛いよね〜。春が産まれた時はあんまり玉藻は覚えていないから羨ましいよ!」
「えへへ、ありがとう!」
玉藻の言葉に身体をくねらせて、頬を染める。
「回復魔法って、凄いよね! びっくりだよね〜」
「え、えへへ、ありがとう」
玉藻の言葉に身体を丸めて、頬を引きつらせる。
「健康体なら良いと思いますよ?」
「見た目は1歳? 2歳?」
スマフォの写真を見て二人が言うが、たしかにそのとおりなので反論できない。
空と舞の写真。双子の髪はしっかりと生えているし、頬もぷにぷにでつやつやだ。首も据わっており、ハイハイできそうな感じである。明日辺り、おねーたんとお話しできそうな感じだった。
即ち、かなりの成長をしていた。
普通は産まれたばかりの赤ん坊は、猿の赤ん坊と変わりはないと言われるほどに、顔もクシャクシャだし、首も据わっていない危なかっしい存在だ。
しかしながら、みーちゃんの使用した『快癒Ⅳ』は永続的な身体異常だと判断してしまったらしい。
せめて『快癒Ⅲ』ならば、永続的な障害は治癒されなかったかもしれないが、念の為に使ったのは『快癒Ⅳ』。あらゆる呪いも障害も回復する回復魔法は双子を治癒してしまった。
なので、健康体だと判断される歳まで成長させてしまったらしい。大丈夫、脳内も全て治癒したので、障害はない。身体的にも精神的にも。
しかしながら、パパとママは不安なので、現在病院で双子の様々な検査をしている。全て健康体であり問題がないどころか、優秀だとの結果は出ているんだけどね。
本当にごめんなさい。悪気はなかったんだよ。
「回復魔法が異常と判断したのですか……。その場合、双子は健康体、天才とかになったのでしょうか?」
闇夜が不思議そうに尋ねてくる。たしかに最高の健康体と定義されるのならば、そういう考えになるかもしれない。
「ううん、違うと思うよ。天才というのはある意味異常なんだって。だから、普通の子のはずだよ」
天才というのは、突出しすぎた才能がある者のことを言うらしいが、それは少し異常であるとも言えるとか。そして赤ん坊の時点ではわからないだろうというのが、相談したオーディーンのお爺ちゃんの返答だ。
なら、歳を重ねた天才に『快癒Ⅳ』を使えば、天才でなくなるのかといえば、その時点での健康体だと判断されて、治癒はされないだろうというのが、お爺ちゃんの見識である。
もしも天才であるのならば、恐らくは修復しただろうと言っていたが、その可能性は極めて低い。いや、たぶんないだろうと言っていた。
毎日ママにかけていた『祝福』の力が発揮されて、優れた魔法使いの印が幸運にも出たことはあるとも言ってたけどね。
この世界で生き抜くための力を幸運にも宿したのだろうと、楽しそうにニヤリと笑っていたので、ムゥと口を尖らせたけどね。
「なるほど……。それでは赤ん坊の大変な時期がスキップされただけですのね?」
「お母さんが言ってたよ〜。赤ん坊って夜泣きしたり、ご飯を上げたあとにケプッてさせないといけないから大変なのよって」
「聞いたことある。う〜ん……でも、もう産まれたばかりの赤ん坊にはよほどのことがない限り使わないことにするよ。パパたちとも約束したしね」
これは絶対に良くないことだ。反省しきりである。まさか、回復魔法にこんな副作用があるとは想像もしなかったよ。
そういう苦労した経験も、母は嬉しいのではないかなぁと思うのだ。
今は大変かもしれない。でも、少し経てば良い思い出になるのではないかと考えるのである。
なので、内心ではかなり落ちこんだみーちゃんだ。
失敗を返上しなくちゃと、片手をあげて気合をいれちゃう。
「問題なければお家に戻ってくるので、双子のパーティーだよ!」
もしかしたら、離乳食も必要ないかもしれない。いや、たぶん必要ないんだろうなぁ……。
失敗は次の糧にして、盛大に歓迎しないとね。
「たくさんご馳走用意しないとね!」
「あ、それじゃ、グレーターホーンベアカウを狩りに行く? 玉藻たちなら狩りができるかも!」
「おぉ! あの謎肉だね! 行きたい!」
遂にホーンベアカウの正体もわかるのかもと、大賛成だ。どんな魔物なんだろう?
「それならば、牧場ダンジョンの入場許可を取らないといけませんね。私が準備しておきますね」
闇夜が微笑んで、腕輪型端末を操作し始める。牧場ダンジョンは、食べられる魔物を飼育しているダンジョンだ。米や野菜の育生から、各種の魔物たちを飼育している。各家門が金の卵として、大事にしているダンジョンである。
「ここらへんで大きいダンジョンといえば、どこになるのでしょうか………。どこでも良いですが、やはり帝城家のダンジョンにしましょう」
「蘭子さん、鷹野家の牧場ダンジョンは?」
ぬいぐるみを抱えて爆睡しているニムエにアイアンクローを噛ましている蘭子さんに尋ねる。ニムエは本当にみーちゃんの護衛なのかな?
「少々お待ちを。すぐに該当のダンジョンを探しますので」
腕輪型端末を蘭子さんも操作して、調べ始める。ワクワクだねと、玉藻と手を繋いで踊っていると、みーちゃんの腕輪型端末も光った。なんだろう?
「ごめんね、誰かから連絡がきたみたい」
少し外すねと、部屋から出る。
「みーちゃんです!」
通信ボタンをポチリとな。
「ポヨポヨ商会のものです。ご予約したぬいぐるみなのですが、品薄状況でして配送にお時間がかかるとのお知らせとなります」
にこやかな笑みの女性が伝えてくるので、えぇ〜と残念な顔になっちゃう。
「あのぬいぐるみは手乗りサイズで欲しかったのに。それじゃ、いつになるんですか?」
「そうですね、日時について、ご相談をと思いまして」
残念しきりのみーちゃんは、電話相手としばらく交渉をするのであった。
と、見かけはそう見えるが、実際は違う。
思念通信で別の相手が眼前に映っている。もちろん、みーちゃん以外には見えない。
『エウノーか。なにかあったの?』
『はっ! 閣下、緊急連絡が入りました。フリッグ様にお伝えしたところ、閣下にもお伝えするようにとのご指示を受けた次第です』
ピシリと敬礼するのは、9英霊の一人、エウノーだ。軍人上がりの男性で硬い性格で話し方も軍人ぽい。厳しそうな真面目な顔立ちで、大柄の男性である。
彼はその軍人上がりの能力をフルに使ってもらい、情報の精査や、戦闘部隊の指揮を任せていた。
実質のリーダーだ。ニムエは隊長にはなれないからな。素質皆無であると思います。
『なにがあった?』
壁に寄りかかり、ぬいぐるみの話をしつつ、思念で会話をする。日中に連絡してくるとは、異常事態だ。フリッグお姉さんから連絡をしてきても良いはずだけど、そこまでの緊急連絡ではないのだろう。
きっと組織が正常に動作するのかの訓練も兼ねている。ふふん、みーちゃんだって考えられるのだ。
『案山子を見に来た者たちが現れたと、部下から連絡がきました』
『案山子を? 案山子自体を目的に来た者がいるんだね?』
『そのとおりです。案山子がどこにいるのか、尋ねられました』
目を細めて腕組みをする。なるほど、それならば緊急連絡をしてもおかしくない。
『案山子を置いて暫く経っていたから、無意味かと思っていたけど、ようやく網にかかかったお魚さんが出てきたんだね。素性は? 調べてある?』
『いえ、変装の魔道具でも、高位の物を使用しておりましたので不明です。現在尾行中であります』
『高位? ふむふむ……それならば、追跡に充分に注意するように。腕の良い魔法使いの可能性があるからね』
『もちろんです。最大限の注意をもって尾行するように現在の部下には指示を出しております。また、ヤシブとサクサーラが尾行している者と交代する予定です』
しっかりと指示を出しているらしい。そこらへんはお餅屋さんの方が得意分野だろうし、頼もしい限りだ。
『案山子に会いに来た人は誰なのか楽しみだな』
雑居ビルに放置されていた探偵事務所。そこを買い取り、雑貨を売る小さなお店に変えていたのだが、気になった人が遂に現れたらしい。
『ロキ』だと知っているとしたら面白そうだと、美羽は鋭い眼光を見せるのであった。




