178話 赤ちゃんが産まれたんだぞっと
今をときめく話題の美少女鷹野美羽は、病院の廊下でウロウロとしていた。
鷹野家新年会での鷲津をあっさりと倒した美羽の話は噂となり広まった。
かつての織田信長のように、うつけもののふりをしていたのではと、人々は美羽に注目した。
そして、皇城での新年会で、好き勝手をして父親に怒られる姿を見て、本当に頭が良いのかと、父親の策ではないかと、いや、あれは演技だと、ますます噂をするのであった。
そんな噂の渦中にいる鷹野美羽は落ち着きがなかった。
艷やかな灰色髪を靡かせて、小柄な体躯でぽてぽてと彷徨く。時折、廊下の奥へと顔を向けて、深い蒼色の瞳を心配げにさせている。
ママが産気づいたので、病院に来たのだ。なので、心配しているみーちゃんなのである。
珍しく難しい顔をして彷徨くので、蘭子さんからお腹が空いたのですかと心配されるほどだ。おやつにポテチを持ってきましたよと、ニムエがポテチ袋を開けてパリパリと食べて蘭子さんに殴られていた。
「大丈夫かなぁ、大丈夫だよね?」
「落ち着くんだ、みーちゃん。きっと無事に産まれるよ」
「うん……『蘇生』を覚えなくちゃだね。失敗しちゃった」
「その魔法は覚えなくていいからね? 絶対だよ? パパとの約束だ」
心配げなみーちゃんに、パパが苦笑混じりに落ち着くように穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくれる。その瞳は真剣極まりないので、きっとパパもママのことが心配なのに隠しているのだ。
まさか、そんな魔法は覚えないよね、いや、みーちゃんだから油断できないと呟いているが、それとは関係ないだろう。
「『新生』を覚えるべきだったかも!」
そうだった、『蘇生』ではなくて、他の魔法を覚えるべきだったんだと、ぽふんと手を打つ。失敗したなぁ。
「その魔法はどんな効果なんだい?」
「死んだらすぐに生き返る魔法」
「うん、その魔法も覚えなくていいからね? パパとの約束だ。絶対だよ?」
「ええ〜、バトルに便利なのに〜」
なぜか肩を掴んで揺さぶってくるので、きっとママが心配で仕方ないのだろう。動揺しているパパを見たら、なんだか反対に落ち着いてきたや。
「お茶目な漫才は終わりにした方がよろしいかと。そろそろお産まれになる頃かと思います」
「は〜い」
巫女服姿のマツさんが、目を瞑って穏やかな口調で窘めてくるので、素直に頷く。ママの護衛であるマツさんは穏やかで大和撫子な女性だ。廊下の後方にはガモンが立っており、警戒をしている。
蘭子さんが、このポンコツとお嬢様の護衛を代わりませんかと、ハムハムとドーナツを頬張っているニムエを差し出すが、マツさんは苦笑して拒否をする。人のおやつをバクバク食べる護衛だが、9人の中で最強であることを知っているからだ。
懇願する蘭子さんに、後で回復魔法を使ってあげようと考えるみーちゃんだが、ジッとパパが見つめているのに気づいた。なんだろう、ハグして欲しいのかなぁ。
「みーちゃん、おでん屋さんの帝王学は面白いかい?」
「うん! 当主たるもの、ノーヒットノーランを目指せって言われてるよ!」
「ノーヒットノーランは狙わない方が良いよ。その後は鳴かず飛ばずの未来が待っているから。って、そうじゃなくて、僕も考え直したんだ」
なんだろう。もしかして、今日の晩御飯の内容? 今日は出前で良いよ。みーちゃんは炒飯と餃子で良いや。
「帝王学を学ばせる必要があると考えたんだ。これまではまだまだ子供だからと止めていたんだけど、おでん屋さんから教わっているなら話は別だ。それにおでん屋さんの帝王学は苛烈な内容の気がするんだよ」
違った。夕飯の話ではなかったらしい。
「優しい対応だったなって、ししょーは言ってたよ?」
敵対者を殺さないみーちゃんって、偉いよね? あまり苛烈な対応を取ると、鷲津家の配下たちが暴発しそうだから抑えたんだ。
「あれでかぁ……あれでかぁ……。う、う〜ん、それでも鷹野家の帝王学は教えないといけないと思うんだ。あれからおでん屋さんからのお手紙は全部パパに渡してくれているよね?」
「うん、お手紙は全部パパに一旦渡すこと。教わったことをお話しすること。パパと私の約束だもん!」
にっこりと美少女スマイルを見せて、エヘンと胸を張ると、そうだねと優しく頭を撫でてくれる。
嬉しくなって、小柄な身体をくねくねとさせちゃう。パパが頭を撫でてくれるのは大好きなんだ。
どうやら、パパと風道お爺さんはオーディーンを警戒しているようなのである。
昔から、権力者の子供の頃の家庭教師は、信頼厚く、後々も側近として権力を握るというパターンがある。
オーディーンは東京方面にドルイドの拠点を得て、『ガルド農園』とも親しい。金と土地、そして権力を得ようとしているのではと考えているのだ。
みーちゃんが可愛らしい弟子だからと、善意で大魔法使いが力を貸してくれるとは思えないらしい。
密かに裏から操り傀儡としようとしている可能性がある。パパの視点からは、そう見えているらしい。善人のパパはそこまで疑ってはいないようなんだけどね。
まぁ、同じ立場なら警戒するので、そこは仕方ないのだろう。なので、これからはオーディーンから帝王学の授業を受けた内容や、貰った手紙や情報は伝えるようにと約束させられたのである。
実際、オーディーンから授業なんて受けてないし、情報はフリッグお姉さんからなので、特に伝える内容はない。なので、適当にフリッグお姉さんが考えた内容を伝えている。
嘘はついていない。オーディーンに手紙を手渡した後に、みーちゃんに渡しているからね。
オーディーンを警戒し、対抗するために、家門はパパを中心に一応一致団結している。外の脅威に対して、内部で争う愚を止めたわけだ。
そして、外から見れば、オーディーンとパパ、風道お爺さんと、鷹野美羽へと影響力を強く持つ者がいるために、手を出しにくい。
鷹野美羽の両親や風道お爺さんを亡きものにしても、オーディーンがいるなら、みーちゃんを傀儡にできないからだ。
そして、何より鷹野美羽自身が、アホな演技をしているだけなのではという疑いが消せない。
ふっ、みーちゃんのアホな演技が嘘くさいと思われちゃったらしい。仕方ない、みーちゃんの溢れる知力は隠しきれないということである。
鷲津一人をとっちめるだけで、様々な思惑を引き起こしたのだが、極めて上手くいったと言えよう。
「次の宿題はまだないよ!」
「そっか。それにしても帝王学か……良い家庭教師を探さないとなぁ……。う〜ん、今度探してみないとね」
首を捻って、難しそうな顔になり、パパは考え込む。
帝王学を教える人材。まぁ、誰を選んでもどこかの家門の息がかかっているだろうから、難しいことは間違いない。
安牌で帝城家、鷹野家の一門、皇帝の紹介。うん、誰を選んでも問題はあるに違いない。風道お爺さんが一番良いと思うけど、実はあのお爺さんは駄目である。
何しろ、後継者である嵐が火星人に変身したからね………。高い能力を持つ者が教育も上手いと限らない典型的なパターンだ。
まぁ、パパにお任せだ。家庭教師に問題があるなら、すぐにわかるだろうし、色々と謀略に使えるかもしれない。バレているスパイほど、操りやすい相手はいないからな。
っとと、それどころじゃない。今はママの出産だ。
「パパ、そろそろじゃないかな?」
ヒッヒッフーと息を吐いて、ぽてぽてと奥に向かおうとすると、ヒョイと抱きあげられちゃった。
「もう何回も聞いたよ。落ち着きなさい」
「はぁい」
ヒッヒッフーと、小さなお口から息を吐くと、パパは笑って、髪をクシャクシャと荒っぽく撫でてくる。
回復魔法を使えれば良いんだけど、万が一赤ん坊を異物だと考えて、回復した場合とんでもないことになる。
あり得る話だ。回復魔法はその人間を健康にするのだから、妊娠状態を異常だと考えるとその結果は怖いことになるよね。
なので『蘇生』か『新生』を覚えたかった。でも、あれはゲームキャラにしか効かないかもしれないんだよなぁ。
ゲームではHPが0になると『致命傷を負った!』と表現されて、キャラは倒れる。死んだとは表現されていなかったからな。
そして、当然ながらイベントバトルで死ぬ仲間も蘇生できない。そう考えるとこの世界の人間は蘇生は不可能かもしれない。
「大丈夫かなぁ、大丈夫かなぁ」
なんと無力なんだと少し落ち込む。祈るしかないなんてね。
また彷徨こうとするが、パパががっしりと捕まえているので、動くことができない。
パパが落ち着いているのは、二人目だからかなぁと感心していると、看護師さんが扉を開けて出てきた。
「無事にお産まれになりました! 男の子と女の子の双子です!」
「やったぁ! 一気に弟と妹ができちゃった!」
産まれる前の検査で判明はしていたけど、改めて聞くと嬉しい。花咲くような満面の笑みでパパの腕から抜け出ると、ピョンとジャンプする。
「見に行って良い?」
「もう少し待つんだ。ほら、こっちでジュースでも飲んで待っていようね」
「うん!」
前世でも兄妹はいなかった。ワクワクとして自動販売機に向かう。
そうして、少し後にママの病室へと入ると、ベッドに寝て、柔らかな笑みを浮かべるママの姿が目に入る。大丈夫そうなので、心底安心した。
その横には赤ん坊のベッドも見える。2つあり、あそこに弟と妹が寝ているのだ。
「まずは回復だよね!」
『快癒Ⅳ』
『快癒Ⅳ』
『快癒Ⅳ』
笑顔で片手をあげると、ママと弟妹に状態異常回復魔法をかける。快癒のエフェクトが発生して、3人を柔らかな光が包み込む。
これで、アレルギー体質なども全て癒やす。安心の健康体に三人はなったのだ。
「ありがとう、みーちゃん」
「こんなことぐらい、お茶の子さいさいだよ! 赤ん坊見て良い?」
「えぇ、そっと覗いてね」
「うん!」
エヘヘと微笑み、ベビーベッドへと近寄り、そっと眺める。
そこには小さな赤ん坊たちがいた。ふさふさの黒髪に、興味津々な黒い瞳がみーちゃんを見返してくる。
「だぁだぁ」
「鷹野美羽、お姉さんだよ!」
小さな歯を見せて、嬉しそうに手を振る元気な赤ん坊たち。前髪の一房が透き通るようなエメラルドグリーンだ。弟が左側に一房、妹が右側に一房生えている。
「パパ、前髪が少し緑色だよ?」
「えぇっ! それは確実に『マナ』に覚醒する印なんだ。しかも強力な魔法使いになる可能性が高い……って、ええっ!」
「あっ! 本当だわ!」
魔法使いの印かぁ。まぁ、こんな世界なんだ。魔法使いであるのは良いことだろう。
それよりも、弟と妹だ。全力で可愛がるぞ〜!
パパとママが慌てているのは、魔法使いの印があったからだよね?
歓喜して、幸せいっぱいのみーちゃんは万歳と両手を掲げるのであった。




