177話 新年会の噂話
「え、『ソロモン』がどうしたんですか?」
聖奈さんが、勝利の呟きに反応して聞き返してくる。呟きに反応するなんて、なんて耳が良いのだろうか。まるで僕の一語一句に、耳を澄ませているようではないか。
普通なら、「なにか言いましたか?」と尋ねるのがテンプレではなかろうか。名称まできっちりと耳に入れる聖奈さんは、素晴らしい聴力を持っているらしい。さすがは聖女である。
だが、こんなところで、その能力を発揮してほしくなかったと、勝利の顔は引きつる。
「『ソロモン』って、あの魔物使いの集団ですよね? 元服パーティーでも暗躍していた」
「ぼ、僕、そんなこと言いましたか? 『そうめん』の間違えじゃないかなぁ」
なので、天才的な誤魔化し方をした。
「はっきりと『ソロモン』と言いました。あ、ここではなんですので、廊下に行きましょう」
しかし、勝利の誤魔化しはあっさりとスルーされて、聖奈さんはきっぱりと断言すると、手を強く握り締めてきた。そうしてグイグイと勝利は引っ張られて、人のいない廊下に連れ出されたのである。
「念の為に防諜対策の魔道具を使用しておきますね」
さらっとした口調で、聖奈さんは懐から魔道具を取り出して使用する。空間が歪み、覗き見も不可能となった。
完全に二人きりとなったので、なんだかこっそりと逢い引きするカップルみたいで、少しドキドキと胸が高鳴る。
「ぼ、ぼきゅたち、こ、恋人みたいでしゅよね?」
「そうですね。で、『ソロモン』が何をするのでしょうか?」
赤面し照れながら、誤魔化そうとするが、まったく顔色を変えずに真剣な面持ちで、聖奈さんはグイグイと顔を近づけて聞いてくる。
もう鼻と鼻がくっつきそうだと、目を泳がす勝利の頬を手で挟むと、真正面に無理矢理向き直らせてきた。
聖奈さんの顔がドアップとなり、まつ毛の本数すら数えられる至近距離となる。
紅い瞳が美しく、可愛らしい顔立ちの聖奈さんに、唇を尖らすところだろうかとドキドキしたが、勝利のメインヒロインはそんなことはまったく思いつかないようで、鋭い瞳で詰め寄ってきた。
「粟国家はなにか掴んだのですね?」
「や、やけに直球ですね、聖奈さん」
もう少し、貴族らしく遠回しに聞いてくるべきではないだろうかと、勝利が聖奈さんへと問い返すと、むぅと眉を顰めてみせる。
「もちろん、するべき時はします。でも、勝利さんと私の仲ではないですか。お互いに隠し事はなしにしませんか?」
「は、はぁ、……なにか聖奈さん変わりました?」
優しげな微笑みを見せながらも、強い意志を見せる聖奈さんに、なにか違和感を覚えてしまう。どこがどう違うとは言えないが、どこか強くなった気がする。
「そうでしょうか? それはきっと勝利さんのせいです………」
「ぼ、僕のせい? もしかして」
愛?! と歓喜の表情で尋ねようとするが、先に聖奈さんは口にした。
「勝利さんが変わったのを見て、心強く思ったんです。私のしたことは間違っていないと確信しました」
「は、はぁ……チリチリパーマは今日だけですよ?」
そんなにチリチリパーマが気に入ったのかと勝利が尋ねると、なぜかため息をつかれてしまった。
「隠すつもりなんですね。………勝利さんは私に教えてくれないんですか?」
うるうると瞳を潤ませて、聖奈が問い詰めてくる。その瞳を見て、勝利はこれ以上黙っていることができなかった。
しかし、『実は俺は別の世界から来た転生者です』と真面目な顔で告白すれば、からかっているんですかと怒られるか、回復魔法を使いますねと心配されることは間違いない。
そして、さり気なく距離をとられて、その後の人生はモブキャラとして陰に生きる。その光景が勝利の脳内にまざまざと浮かぶ。
なので、嘘を交えて語ることにする。
神である勝利にとって、この程度の誤魔化しなど造作もないことだ。
「実は粟国家にはお抱えの情報屋がいまして、詳しいことは言えませんが、そこで妙な話を聞いたのです」
貴族にお抱えの情報屋がいるのは当たり前の話なので、聖奈は疑問に思わない。ふんふんと小さく頷く美少女に、真面目な顔を作って話を続ける。
「『ソロモン』という集団が、日本に上陸したようなんですよ。知っての通り、あの集団は悪魔と呼ばれる強力な魔物を使役し、様々な事件に関わります」
「そうですね。『ニーズヘッグ』とその思想は似通っています。彼らは世界の新生を理想とする『ニーズヘッグ』と違い、ソロモン王の末裔を称し、あくまでこの世界の支配を望む集団です」
遥かな昔、72柱の魔神を使役して世界を支配していたというソロモン王。『ソロモン』はその末裔と称する集団であり、小説にありがちな世界支配を狙っている。
原作でも『ソロモン』は時折出てきた。かなり強い魔物を使役して、主人公であるシンとそのハーレムパーティーを苦しめてきた。
最終的にシンに滅ぼされた『ニーズヘッグ』と違い、かなり強力な集団なのに、滅ぼされはしなかったのが意外だったと、勝利は記憶している。
たぶん原作者は宿命の敵が『ニーズヘッグ』だと読者に印象付けたかったのだろう。巨大組織を2つも滅ぼすとインパクトが薄れると考えたに違いない。
なので、敵の首領すら原作では出てこなかった。本来、ラスボスの魔神アシュタロトはソロモンの72柱の一つである。
であるのに、『ソロモン』は中ボス扱いの雑魚戦闘員の扱いだった。
だが、中ボス扱いだからこそ便利に扱われて、暗躍する。
原作開始時、日本魔導帝国は不穏な雰囲気となっていた。神無公爵の勢力は巨大であり、『須佐之男』部隊は横暴を繰り返す。その背景にはダンジョンから、今までにない数の魔物が出現していたことも理由の一つだ。
どうしてそんなことになっているかというと、神無公爵と組んでいる『ソロモン』が、各地のダンジョンで魔法実験を繰り返していたためである。
その実験には多数の魔物を操ることも含まれる。実験の結果、少しずつ魔物がダンジョンから出現しており、村や街に被害が増えるのだ。
それらを退治するため、『須佐之男』部隊は活躍し、魔物の襲撃により家や財産を無くした人々が増えて、貧困層が厚くなる。退治した魔物を売ることにより、さらに貴族たちは金を稼ぐ。『須佐之男』部隊を主導した神無公爵はますます勢力を拡大する、といった連鎖だ。
見事に原作は悲惨な世界観を背景にスタートしているのであった。
そして、この背景は原作内では語られない。メインストーリーに絡むのは、一つのダンジョンでの儀式に絡む戦闘においてであり、神無公爵が絡んでいたことも、『ソロモン』が日本各地でこの儀式をしていたことも暴露されることはなかったとされる。
たしか設定集では、この頃に『ソロモン』が活動をし始めたと書いてあった。5年前とかあったから、この頃のはず。
「彼らは日本各地のダンジョンに潜入して、大量の魔物を操る実験をするとか……」
「そんなことが?」
「はい。まぁ、噂話レベルなんですが。そんなことをすれば、とんでもない影響が出ることになるのではと、憂慮しているんです」
「それならば、足取りを調べましょう」
『ソロモン』は外国の組織だ。足取りを調べようとすれば、当然そう考える。でも、駄目なんだ。
「巧妙に隠れているらしく、噂話レベルでようやく手に入れた情報なんですよ」
どうやってか、神無公爵は手駒に目立たない運搬方法を持っていた。それら様々な伝手を活用して暗躍しているために、原作では語られなかった神無公爵の悪行はかなり多いのである。
「そうなんですか……粟国家の情報網は優秀なんですね。恐らくお父様もこの話は知らないと思います」
「え、えぇ、そうなんです。えっと、これは親父、いえ、父上には内緒にして頂けると」
白魚のような指を顎につけて、真剣な顔で考え込む聖奈さん。考え込む聖奈さんも、可愛らしい。
だが、親父に確認されたら困る。そんな未来予知のような情報網は持っていない。いや、情報網はあるだろうが、それでもこの情報を掴んでいるはずがない。
神無公爵は恐ろしく慎重に動いているのだ。大勢のモブを殺す謀略を仕掛けていても、巧妙に他の組織のせいにしていた。
なので、放逐されたとはいえ、元神無公爵家の人間でも、シンは罪に問われずに皇帝になれた。見かけは単なる貴族の勢力争いにしか見えなかったからだ。全部の悪行がバレていたら、世界を救ったとはいえ、シンは皇帝にはなれなかっただろう。
「なるほど……。勝利さんは私のために家の方針に背いて教えてくださったんですね」
手を包み込むように握られる。聖奈の体温と手の感触を感じて感動する。
「当然でしゅ、ぼきゅは聖奈さんのためなら、火の中水の中槍が降っても頑張ります」
ウヒョー、遂に聖奈ルート完成と、内心では飛び上がって歓喜しつつ、表情はクールに鼻の下を伸ばして、頬を真っ赤にして唇を震わせる。顔の造形が崩れるのではないかというほど、凛々しい表情で聖奈をジッと見つめる。
もちろん、クールで凛々しい表情と考えているのは、勝利視点であるのは言うまでもない。
「それならば……もっと情報を得ないといけませんね」
「えっ、そ、そうですね」
目と目を合わせて、もはやキスしかないだろうと考えていた勝利は、まったく顔色を変えない聖奈さんにがっかりしつつ頷く。まぁ、まだ11歳だしな。このまま好感度を上げ続けてやる。
幼馴染という響きも良いなと考える勝利を他所に、聖奈さんはパンと両手を打って、なにかを思いついたらしく顔を輝かせる。
「私、優れた情報屋を知っているんです! 今度お忍びで行きませんか?」
「もちろんです! どこまでもついていきますよ」
デートの誘いだ。やった!
「女探偵なんですけど……たぶんこういうのを知っていると思います」
「は、はぁ? お、女探偵?」
「はい、上手くやれば、情報を得られるはずです! 女探偵さんの住む雑居ビルがどこにあるかは覚えているので、こっそりと行きましょうね!」
「あ、そ、そうなんですか。女探偵?」
まさか『ロキ』か? いや、たしかに原作でも接点はあった。酔っ払って飯をたかりに来たときに、何度も聖奈さんは会っている。その際にいつも重要な情報を気まぐれに伝えて、ミステリアスな女性を『ロキ』は演じていたのだ。
だからおかしくないのか……。原作が始まってから知り合ったような? 記憶違いだったか?
「『ソロモン』の悪魔使いたちは強力です。仲間は多ければ多いほど良い……。勝利さんにお願いしていたお友だちの件はどうなっていますか?」
「あぁ、あの孤児たちですね……あまりお勧めしないですが……」
嫌そうな顔をして、勝利は答える。金の卵である魔法使いの孤児達を甘く見ていた。その生活環境は……なんというか……。
「そうなんですか? 今度、私たちの支援があると内外に示すためにも孤児院でパーティーをしようと思っているのですが問題があるのでしょうか?」
「あぁ……そこまでにはなんとかします」
歯切れの悪い勝利に、不思議そうに首を傾げる聖奈さんだが、とりあえず誤魔化しておく。パーティーまでになんとかしないといけないのか……。
「わかりました。それはおいておいて、まずは情報を集めましょう。お父様やお兄様にもこっそりと伝えておきますね。もちろん情報源は内緒にしておきます」
こしょこしょと耳元で話しかけられるので、うへへと顔を真っ赤にする。この世界に転生してきて、本当に良かった。
「な、なんだかご機嫌ですね、聖奈さん」
「そうですか? そうですね、大晦日に嬉しいことがあったんです」
「なにがあったんですか?」
大晦日にということは、ジャンボ宝くじでも当たったのだろうかと勝利が尋ねると、フフッと可憐な微笑みを聖奈さんは浮かべる。
身体を回転させて、ふわりと銀髪が靡く。輝くような美しい顔で、そっと人差し指を口元にあてて、悪戯そうに勝利を見てくる。
「内緒です」
そうですか、内緒かぁと、その可愛らしさにデレデレとなり、先ほどの疑問はすっかり忘れる勝利であった。
ちなみに話をしている間に、灰色髪ちゃんは退場していた。チョコフォンデュに頭から突っ込んだらしい。




