174話 新年会の鷹野美羽
鷹野家の新年会は、近年にない盛り上がりを見せていた。
去年までは、家門全体に暗い雰囲気が漂っていた。嵐のせいで、赤字部門は増え続けていた。しかしそのことに焦る様子も見せずに偉ぶる次期当主の嵐に対して将来が見えなかった。
鷲津がジワジワと勢力を拡大してきており、必ず出席するはずの分家たちも、チラホラと欠席をしていた。
このまま漫然としていたら、鷹野家は没落する。皆は薄々そのことに勘付いており、日和見主義の者たちは、距離をとろうかと考え始めていた。
しかし、今は違う。新たなる当主は希少なる回復魔法使いであり、活躍し始めている。事業の方も大成功どころではない。
今までの鷹野家の赤字を解消し、陰鬱な空気を吹き飛ばし、新たなる風を吹き込んで、大きすぎる利益は、これからも右肩上がりに家門は栄えていくと信じるに足る証明をしていた。
何百畳もの畳が敷かれた、鷹野家の大宴会場は、笑顔という花で満開であった。
出席者は、ふんだんに振る舞われている超がつく高級料理に舌鼓を打ち、一般平均月給はするお酒を飲んでいる。
膳に乗っているおせちは元日に美羽たちが食べた物と一緒であり、貴族たちでもめったに口にできないものだからと、夢中になって食べる者や、この時こそが本家に覚えてもらうチャンスだとばかりに、悔しそうに料理を横目で見ながら、本家の人々へと愛想よく話しかける者たちもいた。
メイドたちは大忙しであり、料理が足りなくなれば、すぐにおかわりを持ってきて、空となった膳を運んでいく。
誰も彼もが大騒ぎをしており、その中に鷹野本家である芳烈や風道は上座に座っていた。大人気コンサートのチケットを買うべく行列を作るように、多くの人々が挨拶をせねばと、ずらりと並んでいる。
芳烈と風道が座っているが、その距離は微妙に開いており、隔意があることを示していた。
芳烈の成功を喜び純粋に慕っている者たちや、金にすり寄る者や、力に従う者など、思惑はそれぞれだ。
早くも勢力は二分されているが、金と力が集まる所では当然の話であった。
仲良しクラブで、なぁなぁで家門を経営するよりも、緊張感があり悪いことでないと、日和見の者たちは呑気に構えている。
この先、当主である幼き少女鷹野美羽をどちらが囲い込むかが注目されるところではあるが、余程のことがない限り、美羽は両親に懐いているので、芳烈の一派が負けることはあるまいと考えているのだ。
なので、多少はピリピリとしているが、あからさまではない。
そして、鷹野家の隆盛に絡んでいる当主の鷹野美羽はどこにいるかといえば、一番奥にいた。
銀に似た輝きの灰色髪を後ろで束ねて、海よりも深い蒼色のアイスブルーの瞳を楽しげにして、子犬の柄がプリントされている可愛らしい着物を着ている。
ちんまりという名称がふさわしい小柄な体躯の愛らしい少女は、当主の席は一番奥だといって、父親たちの更に後ろにいた。
威厳をつけるために、その後ろには美羽が乗れる大きさのライオンさんのぬいぐるみが鎮座しており、その頭にはコンちゃんぬいぐるみが置かれている。
もはや王者、私は王者なんだと美羽は得意げな表情でグレープジュースの入ったワイングラスを燻らせていた。
「ふふふ、私が鷹野家とーしゅ、鷹野美羽だよ。このジュースはなかなかの良い味。濃縮100%ジュースらしいよ!」
クピリとジュースを飲んで、ふんふんと鼻を鳴らす。
その姿を見て、分家の子供たちは集まり、さすがは鷹野美羽様と、バカ殿を褒めるように称えていた。
「これだけの新年会を開けるのは、美羽様だけですよ。伊達巻お代りして良いですか?」
「クリスマスプレゼントは何貰ったの? 私、プレイヤン5」
「お年玉何に使う〜?」
子供たちなので、褒めるのは苦手のようである。すぐに興味のある話題へと移行してしまう。
「楽しんでくれたまえー。えへへ、海老美味しいよ!」
うむうむと、満足そうに美羽はグレープジュースを一口飲み、おせちの黄金伊勢海老を食べる。どうやら黄金伊勢海老が気に入ったらしい。
ぐるぐる眼鏡をつけたそばかすのメイドが気を利かせて、中身だけを取り出して、おかわりを持ってくる。殻がどこに消えたかは不明だ。
手渡された海老を箸で掴みモキュモキュと食べて、笑顔がパアッとなる姿を見て、誰もが癒やされる。また、美羽の呑気そうな顔に与しやすいと考えて、ほくそ笑む者もいる。
様々な思惑が、この新年会では存在したが、それでも表には出さずに楽しんでいた。
しかしながら、一人の男が訪れたことにより、一気に楽しげな空気は変わってしまった。
遅刻をしても、その顔には罪悪感は欠片も見えず、周りの人々を一顧だにせず、ドスドスと畳に穴が空く勢いで入ってきたのは、鷲津嘉隆であった。
足早に入ってきて、怒気を纏って芳烈たちの下へと歩いていく。
「明けましておめでとうございます、当主! おっと、当主代行でしたな、『魔法の使えぬ魔法使い殿!』」
喧嘩腰で睨みつける鷲津に、芳烈の周りにいた者たちは戸惑いながら少し離れる。それだけ危険な空気を鷲津は纏っていたのだ。
芳烈はといえば、困惑していた。昨日の自分が持ち掛けた取り引きを袖にしたので、どうしようかと考えていたら、姿を現したので、やはり取り引きを受けることにしたのかなと考えていた。
だが、鷲津は猛烈に怒っており、今にも人を殺しそうな危険な雰囲気を出している。どう見ても、こちらの取り引きを受けるつもりの人間に見えない。
鷲津は芳烈へと、手に持つクシャクシャの紙を見せて、どういう意味かと問おうとしたが、その表情を見て、違和感を覚えて口を閉じる。
これでも、鷲津海運を率いるトップなのだ。それなりに、人の機微はわかる。しかし、確証が取れないため、言葉を選びながら尋ねる。
「………鷲津海運を切るおつもりか?」
「? 取り引き内容は昨日のとおりですが?」
「そうですか。風道殿?」
「ぬ? ………おとなしく新年会に来たのではなさそうだな?」
首を傾げて不思議そうにする芳烈と、眉を顰めて不審そうにこちらを見る風道。
その様子から、芳烈も風道もこの話を知らないと確信する。だとすれば、誰なのだと疑問に思う鷲津であるが
「はーい。みーちゃんがそのお手紙を送りました!」
元気な声音で、明るい少女の声が鷲津にかけられるので、慌てて声の主へと顔を向ける。
鷹野美羽は、よじよじとライオンのぬいぐるみによじ登って跨ると、フンスと胸を張っていた。
「お、お前が? いえ、当主殿がこのような手紙を?」
僅か10歳。しかも能天気でアホな少女と噂の鷹野美羽が、このような手紙を送るなどとは信じられないと顔を険しくさせて詰問すると、鷲津の強面に怯むこともなく、虚勢を張るでもなく、ニコニコと笑顔で頷く。
「ししょーに、そろそろてーおーがくって、言うのを学べと言われたんです! そんで色々と情報を渡されて、鷹野家の改善っていうのをやるようにと宿題を出されました!」
えっへんと胸を張る鷹野美羽へと激昂し、猛烈な勢いで抗議する。ともすれば殺意の交じる威圧を見せて、周りは騒然となる。
「ふ、ふざけるなっ! 宿題とやらで鷲津海運を切るつもりか!」
鷲津の言葉に、まさかと皆が顔を見合わせる中で、鷹野美羽はすうっと目を細めて、その蒼い瞳を向けてきた。
「ふざけてないですよ? 近年の分家への妨害や脅迫行動、そして本家の経営の妨害、悪い噂を誇張して広げる。鷲津さんは、鷹野の家門の一員のつもりがないですよね?」
「なっ! しょ、証拠もなしに無礼であろう! と、当主といえど聞き捨てならんっ!」
雰囲気の変わった少女に、なぜか畏れを抱き、鷲津はゴクリとつばを飲み込みながら、それでも抗議をする。
その様子を口元は笑顔のままで、その瞳には力ある者の光を見せて、鷹野美羽は頷く。
「その他にも色々とあります。最近では、レンタルした船かなぁ? 邪魔しかしない分家はいらないんです。ししょーのてーおーがくです!」
「む、無茶苦茶だ、そ、そう、俺は船を貸しただけだ! 暗殺者や倉庫街が吹き飛んだこととは関係ないっ! あっ!」
痛いところを突かれたと、思わず反論し、そのセリフの内容に青褪めて慌てて口を塞ぐ鷲津であるが、その言葉は静まり返っていた広間に響き渡った。
暗殺者騒ぎや、倉庫街が吹き飛んだのは一昨日のことだ。何が起こったのかは、誰もがわからなかったが、鷲津が関わっていることは気づいた。
人々の冷たい視線が突き刺さってくる。
「はぁ………なるほど、美羽の言うとおりですね。鷲津さんは独立してもらいましょう」
「愚かな………」
芳烈が呆れた声音で額に手を当てて、鷹野美羽の意見に同意して、風道は軽蔑の眼で睨んでくる。周りの出席者もヒソヒソと話し合い、反論はなさそうであった。
「鷲津海運は、鷹野運送業での唯一の海運会社だぞ! 先祖代々大事に育ててきたのだ! それを捨てるというのかっ!」
状況が悪いと感じ、鷲津は周りを説得しようとする。だが、その言葉に鷹野美羽が鈴を鳴らすような可愛らしい声で、容赦なく告げる。
「私はうーんうーんと考えました! んで、思いついたのが、他の海運業の人と取り引きしようってことです。きっと大儲けできるので、取り引きを望む水運関係の家門はいるはずです。外に頼もしいお友達が増えるので、多少利益は減っても問題ないと思います!」
頑張って考えたんだよと、むふーむふーと、興奮気味に告げる鷹野美羽の言葉に、鷲津は反論しようとするが、動揺でうまく口が回らない。
「たしかに。海運業での利益が減りますが、鷹野家と組む家門が増えるので良いことかもしれない。美羽はよく考えたね」
「えへへ、頑張って考えたんだ!」
今の鷹野家は運送業だけではない。東京方面が一番大きな輸出産業になるかもしれない。国内外への輸出において、かなりの利益となる。いや、そもそも運送業の鷹野家と組むだけで、かなりの利益が望めるのだ。現にそうやって、鷲津海運は大きくなってきた。
取り引き相手は鷹野家の強い味方になるに違いない。鷲津海運を切っても、金額には現れない利益となる。
だが、合理的すぎる。周りの反対があると考えていたのだが、鷲津を助けようとする声はあがらなかった。
「これからは、他社として頑張ってください! お祈りしてます」
にっこりと微笑むその笑顔には罪悪感もなく、無邪気な少女にしか見えない。
だからこそ、この少女を恐ろしく思い、憎しみが湧き上がる。
「ふざけるなっ! ぽっとでの戦えもしない餓鬼が! たかが、回復魔法を使えるぐらいでっ!」
その手にマナを集めて、鷲津は振りかぶる。風が腕に纏い、身体強化により強靭なる拳と変わる。
『烈風拳』
『脳天砕き』
「ガハッ」
だが、鷲津は振り下ろすことはできなかった。額に強い衝撃を受けると、頭が仰け反り、後ろへと吹き飛ばされてしまった。
クラクラと揺れる視界の中で、何故だとふらつく頭で考えるが答えは出てこない。
「じゃーん、私は戦いも訓練してるんだよ」
割り箸を手にふんふんと鼻息荒い少女の姿が、ぼんやりとした視界の中で見える。そこにはただの無邪気なか弱い少女しかいないように見えた。
「う、うつけのふりをしてやがったな……」
だが、鷲津はその瞳の奥に潜む強い意思と力に気づき、うめき声をあげるが、意識は闇へと落ちていくのであった。
しばらく後に、鷲津嘉隆は重要参考人として武士団に確保されたが、証拠不十分で解放された。しかしながら周りの人々の目は厳しく、仕方なく引退して株の半分を鷲津の配下であった他家に譲り、鷹野家へと恭順を示すのであった。




