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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
6章 魔神

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173話 鷲津の誤算

「ふざけるなっ! 一体全体何をしたんだ! なぜ、俺の倉庫が半壊したんだ? どうして、山と積んであった貨物が消えている? 貴様らぁ、何をしたぁ〜!」


 恐ろしい程の怒気を纏い、鬼のような形相で激昂しているのは、鷲津嘉隆であった。角刈りで強面の顔つきに、鍛えぬいた体躯は日焼けしており、その姿は怒っておらずとも、威圧感がある男だ。


 今はその顔は憤怒により、真っ赤となっており、そのあまりの怒りに、待機していた腹心も姿を消している。


「どうするんだ、どうなってやがる? 百億の貨物だぞ。これだけの物が一夜にして消え去った? ありえん、ありえんぞぉぉ」


 鷲津海運のトップである嘉隆は絶叫しながら、一本の古木を削って作り上げた数千万はするテーブルへと拳を叩きつける。


 常日頃、訪問客に自慢げに見せていた、ようやく手に入れた魔木のテーブルは爆発音がすると、木片へと変わり、空中に散っていく。


 宝として、大切に使っていたテーブルが砕けても、落ち込むことよりも怒りが勝り、鷲津は身体をワナワナと震えさせて、眼の前を睨むのだった。


 鷲津の今いる所は、執務室である。防音はもちろんのこと、魔法による覗きも防ぐ、セキュリティに優れた部屋だ。


 内装はといえば、執務室であるのに、壁際に置かれているチェストには、ウイスキーが並び、クリスタルガラスで作られたグラスが置かれ、キラリと美しき輝きを見せている。


 絵画も一級品であり、それ以外にも一般人なら一つを売れば一生を暮らせるだろう高級な調度品が置かれており、訪問客に応対するためのソファやテーブルも金がかかっていた。


 自身のテリトリーにて、訪問客を威圧するために作られた執務室で、鷲津は噴火した火山の如く荒れていた。


『鷲津殿、それの答えが何かは理解しているはずだ。わからない、知らない、そう選択したのは貴公のはず』


 壁に埋め込まれたモニターから、冷静な声が返ってきて、憎々しげにキッと睨みつける。


 壁の上半分を埋める巨大なモニターは12分割にも分かれており、それぞれに老人や若者が映っていた。しかし、解像度は極めて悪く、どのような顔をしているかは判断できない。


「そうだが、これはないだろう? 何をしたらこうなるんだっ! 倉庫街が更地となったんだぞ? 更地だ、更地! どんな魔法を使えばこんなことになるんだっ!」


『私たちも戸惑っている。『ニーズヘッグ』には、抗議の連絡をしているところだが、アチラも想定外だったらしく混乱しているようだ』


『貴方は善意の第三者に『船を貸した』だけ。抗議をすることもできないはずだ』


 グッと言葉に詰まり、唇を悔しげに噛む。痛いところを突かれたのだ。鷲津は第三者に『船を貸した』だけだ。そのような立場なので、なにが起こっても知らぬ存ぜぬを貫き通す予定であった。


 しかし、自身の所有する倉庫群が消えてなくなったことから、とんでもない事態になったことを理解した。


 正月から配送するはずの貨物ごと、倉庫群は消えた。そして、その側に停泊していたのは、貸し出した船だ。なにがどうなって、倉庫が消えたのかはわからないが、船を使用していたのは『ニーズヘッグ』らしい。とすれば、原因は『ニーズヘッグ』だと馬鹿でもわかる。


 しかし、第三者の立場としていた自分は『ニーズヘッグ』とは表向き関係はないので、被害が出ても加害者として請求することも文句も言えなかった。


 ここで請求をすれば、なぜ犯人を知っているのかと疑われるからだ。


 鷹野家が皆殺しにあえば、次の本家として名乗りをあげる。鷹野美羽が生き残っていれば、後ろ盾となり実権を握り乗っ取る。


 どのような結果になるとしても、自身が鷹野家の代わりに本家として立つことができるだろうと甘い考えをした結果であった。


 いや、焦っていたのだと、鷲津は今になって気づく。


 嵐というアホが当主になれば、後は没落の一途だ。時機を待ち、ゆっくりと勢力を広げていけば、いずれ本家を乗っ取ることができると考えていた。


 鷹野美羽が現れるまでは。希少なる回復魔法使いであったために、周りの誰しもが認める当主になってしまった。


 その上、金稼ぎだけは上手い父親付きだ。このまま漫然と待っていれば、鷹野本家に隙はなくなると焦って行動してしまったのだ。


 それでも、これは最悪を超えた最悪な状況だ。


「本家に向かった暗殺者は全員生きたまま捕まった! 意味がわかるか? どこかの誰かが送り込んだ暗殺者は、ご丁寧にも警備が捕まえちまったらしい。俺が新年会をやるタイミングで、倉庫街の消滅、本家の暗殺者騒ぎ。関連して考えるやつは山といるだろうよ!」


 ウロウロと熊のように執務室を落ち着きなく歩きまわり、独り言のように言い続ける。


 疑われるのは、想定内だ。新年会ではニヤニヤと嘲笑って、自分は無関係だと言い張る予定であった。


 しかし、それは結果を受け入れてのことだ。その時には自分は鷹野家で誰も逆らえない力を持っているはずであった。


 だが、作戦が全て失敗して、損害だけが残る状態で、自分が疑われるのは避けたかった。一気に危機に陥ってしまった。


 もちろん、既に時は遅く、覆水は盆に返らないが鷲津は認めたくなかった。


「困ったことになった。武士団はよくある暗殺騒ぎではなく、とことんまで調べる可能性がある。そうしたら、俺の名前が出てくるかもしれないっ。いや、それよりもだ……」


 ギロリとモニターを睨みつけると、拳を強く握り締める。


「貨物がないのだよっ! 今回はかなり無理をしたのだ、そこを突かれて、ゴミ芳烈が株の譲渡やらなんやらと言ってきたのだ。代わりに貨物を用意するからだとさ。舐めやがって!」


 苛立ちのままに言葉を吐き捨てて、ソファに機嫌悪そうな顔で乱暴に座る。


 荒々しく壊れたテーブルの残骸を蹴り飛ばす。ガラガラと木片が飛び散る中で、鷲津はモニターへと顔を向けると責める口調へと変える。


「お前らの親分に伝えろ。貨物を用意しろとな。全員が動けば、充分対処できるはずだ」


『……かなりの金がかかりますぞ?』


『それに集まるかは不明だ。運送業を営む鷹野家だからこそ、数日で揃えられる自信があるのだろうよ?』


「そんなことはわかってる! それでも全員で動けばなんとかなるだろ? 黒幕フィクサーのふりをしている雑魚のお前たちではなく、親分に頼めと言っているんだ!」


 否定的なモニター内の男たちを怒鳴りつける。いつもはここまで感情的にならないのだが、今日はそれだけ焦ってもいた。


「お前らは雑魚だっ! どうせ男爵か、武士階級だろうが。もっともらしく演技をしてもわかっているのだよ!」


『そ、それは……』


 人差し指を突きつけて、モニターの男たちを馬鹿にすると、相手は口籠り動揺する。


 彼らは単なる繋ぎだ。鷲津のように本家を乗っ取ろうとする者や、争いを助長させて利益を得ようとする者たちが、没落している下級貴族たちなど、金に困っている奴らを雇っている。


 念入りに正体を隠すために、目の前の男たちを雇っている奴らも、金で雇われている奴らだ。何人ものダミーを経由していた。


 大元を辿れば、手紙や口頭での指示を出す者へと行き着く。誰もその裏にいる者はわからないということになっていた。


 本当に力を持っている奴は、ただ、周りにそれとなく意図を遠回しに伝えるだけだ。悔しいが鷲津程度に会うために、表には出てこない。


「さぁ、さっさと連絡をしろ! そうしないと鷲津は潰えてしまうとな。俺が本家を乗っ取った際には、運送の基準を緩めてやる。色々と使える奴が裏切ると伝えろ! そうしないと、俺との繋ぎ役のお前らも一蓮托生だ。捨てられるに決まっている」


『わ、わかった。すぐに伝えよう』


 鷲津の言葉に頷いて、慌てて通信を切る男たち。


「はっ! メッキ加工のクズ野郎たちが。すぐに化けの皮が剥がれるんなら大物ぶるな」


 すぅはぁと深呼吸をして、気を落ち着けてコキリと首を鳴らす。


「落ち着け……落ち着け……これから新年会だ」


 お昼からは自身の開催する新年会なのだと、心を落ち着ける。周りには余裕の態度を見せないとならない。


 既に倉庫街のことは噂として広がっているに違いない。ここで、仲間に動揺する姿を見られれば、自身の勢力に陰りがさすだろう。


 今年になってから、勢力拡張が著しい鷹野家に押されているのだ。結束力の高い仲間たちでも、背を向ける可能性は高い。


 侍女を呼びつけて、着物に着替えると、パンと頬を打つ。


「おっと、俺らしくないな。子爵から脱却して伯爵に成り上がるチャンス。しかも木っ端伯爵ではない。36家門の当主だ」


 この数年間、金を使い、説得を行い、脅迫もして、邪魔な奴は密かに陥れてきた。そうして、そろそろアホな嵐を糾弾する準備が整ってきた。あと数年で当主になれるとほくそ笑んでいたのだ。


「伯爵と子爵では、大きな格差がある……。俺も高位貴族として扱われるのだ」


 ゆっくりと新年会を開く広間に向かう。召使いたちが頭を下げてくるが、どうも様子がおかしいことに気づく。


 芳烈の提案を蹴って、新年会を開くことにしたのだ。妨害工作はされているだろうから、出席者が少ないことは簡単に予想できる。


 苦々しい思いをしながら、広間に続く襖を開く。


「やぁ、待たせたな。遅れたかね?」


 大物のように、ゆっくりとした口調で広間に入る。一面畳張りで広い宴会場だ。それぞれの前に膳が置かれており、招待した者たちが座っている。


 しかし、目に入ってきた光景に少しだけ足が止まり、口元が引きつる。


「船長。明けましておめでとうございます」


「あ、あぁ、おめでとう」


 上座の席に座り、周りへと頷いてみせるが、予想していたよりも遥かに出席者が少なかった。招待した者の3割ほどだ。


 出席者は鷲津海運に頼っている者たちばかり。結束力の高い海の仲間たちだ。魔物が現れる危険な航海で共に生きてきた仲間たちは、裏切ることはなく、この場にいるのは当然だった。


 しかし、鷹野家の分家や、他の貴族たちは姿を見せていない。


 ガランとした広間に、自分の勢力が削られているのを、嫌でも感じてしまう。


 去年はかなりの出席者がいたのだ。一斉に皆が頭を下げてくるのを見て、当主の座は近いと高笑いをしていたものだ。


「嘉隆様、今年もよろしくお願い申し上げます」


「あぁ、今年もよろしく」


 鷹揚に頷き、徳利を差し出されるので、お猪口に酒を注がせる。皆は浮かない顔だ。質問しても良いのかと、お互いに顔を見合わせている。


「聞きたいことはわかっている。大丈夫だ。失った貨物は補充できるあてがある」


「おぉ、そうですか。それならば安心ですね」

「然り然り、さすがは嘉隆様」

「鷲津海運は安泰ですな」


 まったく安心したような顔をしていないが、それでも空笑いをする仲間たち。


 内心で舌打ちをして、自身の前に置かれている料理を食べようとして、小さく折られた紙が箸の横に置かれているのに気づく。


「なんだこれは?」


 不思議に思い、紙を開き内容に目を通す。


 内容は簡単なものであったが、見過ごすことのできない内容であった。


 手を震わせて、怒りの形相へと変わる。


「嘉隆様?」


 雰囲気が変わったことに気づいて、仲間が、声をかけてくるが、その言葉を無視して立ち上がる。


「皆は新年会を楽しんでいてくれ! 少し用事ができた」


 立ち上がるとドスドスと足音をたてて、広間を出ていくのであった。


「くっ………痛いところをついてきたか……」

 

 置かれていた紙に書かれていたことは簡単だった。


『鷹野美羽です。とーしゅとして命じます。新年会にしゅっせきすること。来ないなら、運搬に鷲津海運を使うことはやめます』


 無視も静観もできない、ストレートすぎる内容が書いてあったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] とーしゅ と書くあたりがバカにしてる感じがする
[一言] 第三者云々はちょっとおかしく感じた。言ってる通りだとすると他人の争いで家燃やされても賠償請求できないってことになるからこれはどう考えてもおかしい。 たぶん第三者のふりしてるから表向きは誰がや…
[一言] 自分の家のパーティーが当主不在で面子やらが潰れたとしても、分家如きが本家当主様の招待を断われる訳ねぇよなぁwww
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