170話 陰謀は得意なんだぞっと
鷲津家は海運を支配する鷹野家の稼ぎ頭である。
「そんなことはどうでもいいわ。ナーガラージャのドロップは? お嬢様?」
その財力は分家筆頭と呼んでも良いだろう。
「今や本家は鷲津家を必要としていない程儲かってるでしょ。ナーガラージャのドロップはなに?」
「あー、もー、シリアスなみーちゃんをやろうとしているのに、邪魔しないでください!」
「シリアスが似合わない娘って、いると思うのよ。貴女はヌイグルミ好きを個性にしましょう」
ガクガクと身体を揺さぶってくるフリッグお姉さんである。今回はやけにしつこい。それだけ、ナーガラージャのドロップに期待をしているのだろう。
バッサバッサと灰色髪が靡き、愛らしい小柄な身体が揺れる。もはや、ドロップを見せないと、この攻撃は緩むことはなさそうだ。
「この間は、鷲津海運は切れないとか言ってただろ!」
「ナーガラージャのドロップの方が大事でしょう? カスを気にしてどうするの?」
「あからさますぎるよ! 話が終わるまでは見せないからね」
ウ〜!と歯を剝いて威嚇する。まるで小動物が威嚇してくる可愛らしさだ。
なにがどうなっているのか、教えてほしいんだ。みーちゃんの本気の顔を見て、仕方ないわねと、艷やかな黄金の髪をサラリとかきあげて、ソファにもたれかかると、足を組むフリッグ。
その妖艶さに、普通なら見惚れるだろうが、中身を知っているので、特に何も思わないな。
「鷲津家は絡んでいるけど、主犯ではないというわけね。その理由は依頼人がわからなかったからよ。入港スケジュールまで簡単に手に入るガバガバセキュリティの鷲津家なのに、依頼者がわからないように行動できると思う?」
「あぁ、なるほどね。鷲津家は船だけ用意したって感じか。追及されたら、正規の手順でレンタルした。使い方はわからなかったと抗弁するつもりなのか」
「たぶん本当に知らないと思うわ。少しでも知ってたら、バレたときに困るから」
「頭良いな……状況は真っ黒なのに、証拠不十分というわけなんだ」
「た、たぶんそこでモブという立場がものをいうと思うんです……」
アチアチと焼けたお餅をお手玉しながら、フレイヤも話に加わる。
なるほどね。鷲津家は主体で動かない。裏で操る貴族たちが、忖度してくれたというわけか。うーん、ありそうな話だなぁ。
「手を出さないと言ってなかったかしら?」
「そのつもりだったんだけど、まさかの暗殺者に神様がいるっていうのがね〜」
ナーガラージャに勝てる護衛って、無理すぎだろ。長政もそうだけど、敵が強力すぎるよ。
みーちゃんは、原作でよく見るヒロインみたいに悲惨で不幸な生い立ちとか、いらないからね。
「まぁ、鷲津家をスケープゴートにしている貴族たちを調査しないといけないけど、目下の目標は鷲津家の立場をなくすことよ。そうすれば裏の貴族たちもおとなしくしているしかないでしょうね」
「パパがその方法をとれると?」
「えぇ。この世界の海運って、保険利かないのよ。ほら、海には大量で強力な魔物がいるからね。結構な数の船舶が破損したりするらしいわよ。貨物も同様ね」
「………なるほどね。だからパパと風道お爺さんは慌ただしく出かけていったのか」
その説明だけでピンときたぜ。
「あの倉庫街は鷲津家のものだった?」
「そこまで都合は良くないわよ。それでも4割は鷲津家のものね。正月明けに運ぶ予定だった貨物が山と積まれていたらしいから、大変な被害がでているわ」
「ざ、ざっと貨物だけで80億円、倉庫を含めると100億円近くの被害が出てます」
「全体で?」
「鷲津家だけですよぉ」
「だよね……」
希望を込めて尋ねるが、フレイヤはさっくりと希望を切り落としてくれた。損害。ゲームではなかった展開だ。
ゲームではどんな魔法を使っても、周りは破壊されたりしなかったんだけど、これが現実世界のデメリットだよな。
「ぜ、全体のひ、被害総額は200億円ほどだよ」
「ん? 意外と安いね」
「鷲津家は高級品を仕舞っていたみたいね。かなり強気の商売をしていたから、他の所よりも被害が大きかったのよ。自業自得という言葉がぴったりね」
「このままだと破産?」
「まさか。痛いでしょうけど、問題はないわ。でも、資金繰りに困らなくても、一つ困ったことがあるのよね」
海運業をしているから、100億程度ではビクともしないと。
「それに対して、お嬢様の父親たちは少しえげつない行動をしているわ。お嬢様の教育には悪いかもね」
「悪いことをしているのかぁ………。各地にある鷲津家の倉庫を破壊するんだね」
「違うわ」
ありゃ、人殺しはしないと思ったから、この方法だと思ったけど違ったか。
ポムと手をうち、パパの行ったことを推測する。なら、多分これで間違いない。
「鷲津家所有の船舶を全て撃沈したんだ!」
「違います。お嬢様には悪影響を与えない方法だと悟ったわ」
はぁ、と額に手を当てて嘆息するフリッグお姉さん。なんだよ、なんでそんな呆れ顔になっているんだ? 穏やかな方法だと思うんだけどな。
「鷲津嘉隆は鷹野家の、いいえ、お嬢様をダシにして高額の魔道具や魔物食材を受注してたのよ。発注して頂ければ、よしなに美羽様に話を通しますってね」
「マジかよ。なんだよ、鷲津家も俺を使って、金稼ぎをしていたのかぁ。……なるほどね、だから暗殺者のことは知らないという推論に至るのか」
鷹野家を皆殺しにすると、美羽をダシにして儲けることができなくなる。回復魔法使いとの縁を求める人々はいくらでもいるからな。他の分家も同様のことをしていそうだなぁ。
「相変わらず察しが良いわね。そうよ、鷲津的には、両親を殺して、お嬢様だけ生き残るのがベストではなかったのかしら?」
「清洲会議ってやつか……」
清洲会議とは、前世の歴史であったことだ。本能寺の変で信長が死んだあとに、秀吉がちっちゃい子供の三法師の後見となって、見事織田家を乗っ取ったイベントである。
その意味を悟り、美羽は嫌いな野菜を食べたかのように、苦い顔になる。セロリがあんまり好きじゃないんだ。
違った。これは、美羽が三法師並に幼いと思われているのだ。失敗したな。純粋な子供の演技をやりすぎたか。
「アホなのは、素でしょ」
「違うもん! 演技だもん!」
ソファに寝っ転がり、手足をバタバタと振って、アホではないとアピールする。演技だもん、演技。
まぁ、いいわとジト目でフリッグお姉さんは話を続ける。
「知っての通り、魔道具や魔物食材は高級品よ。黄金伊勢海老の殻には金が30%近く含有していたしね」
「うちのおせちから、黄金伊勢海老の殻がなくなったって夜に蘭子さんたちが騒いでいたんだけど?」
「知らないわ。それよりも、新年会は一週間近く各貴族たちが行うから、そのためのものだったのよ。特に明日皇城に運ぶ予定だった物を失ったのは痛手ね。お金ではなくて、信頼度の問題でよ?」
サッと顔を背けて、フリッグお姉さんは言うが、極めて怪しいんだけど? 追及しても、しらばっくれるだけだと思うからやらんけど。
「鷲津家は青褪めているわ。身に覚えがあることだから、騒ぎ立てるにしても慎重にならざるを得ない。どこからか、損失した物品をかき集めないと、面子を失うどころか、これからの商売が厳しくなるわ。どうやら、かなり強引に今回の受注をしたらしいの」
「ふーん……パパがかき集めたのか。先んじて集まれば、ますます同じ物を鷲津は集めにくくなるもんね」
運送業の強みを活かしたのだろう。風道お爺さんの伝手も使って頑張ったに違いない。元日から親子で仕事なんて大変だったろう。
「ご名答。もう鷲津家には取引を持ちかけているわ。鷲津海運の株の10%譲渡。監視役としての役員を数名本家から招き入れること。そして、今年の新年会を中止することよ」
「楔を打ち込むと……。人材は枯渇したんじゃ? あぁ、そうか風道お爺さんの一派を使うつもりなんだね。冷や飯を食わされていたから、覚えをめでたくするために頑張ってくれるだろうと。風道お爺さんの顔も立つ。チェッ、邪魔な奴らをせっかく遠ざけたのになぁ」
人材が枯渇するほど事業を拡大したからね。パパの辣腕ぶりが仇となったか。
………でも、たった一日で、ここまで話を詰めることができるとは……。パパかっこいい!
風道お爺さんの力もよくわかるが、お爺さんの仲間はパパを馬鹿にしているやつが多い。油断できないな……。
仲良しクラブで家門の経営はできなかったか。無念だよ。勢力が大きくなると、どうしても獅子身中の虫と共存しないといけなくなるかぁ。いつでも使えるように、虫下しの薬を用意しておかないとだな。
「なんでいつもはアホなのか、その姿を見ると疑問が浮かぶけど、そのとおりね。鷲津家がどう出るかは、明日にわかるでしょう」
「みーちゃんも少し頭の良いところを見せないといけないか……。りょーかい。ありがとう、フリッグお姉さん」
まずはでんぐり返しを見せて、只者ではないとアピールしなくちゃかな。明日の新年会の出し物を考えないとね。
花咲くような笑みでお礼を言うが、美羽のそんな可愛らしいスマイルを見ても、特に気にする様子はなく、フリッグお姉さんは顔を近づけてくる。
「約束は完了したわよ? で、ドロップアイテムは?」
ズズイと顔をキスでもするように近づけてくるが、目がマジである。ここで無視したら殺されそうだ。
アイテムボックスをポチリと押して、ドロップアイテムの一覧を見せる。
「まずは『光輝の剣』。光で形成された蛇腹剣みたいだよ」
『光輝の剣:レベル73。射程無限。敵の防御力30%無効』
柄だけの剣をテーブルに置く。白金の美しい柄だ。握ると短剣から長剣、鞭にも変形する光の刀身が現れる便利武器である。
「それに『神石』。どんな錬金でも使えるジョーカー的な万能素材」
『神石:レベル80、万能素材』
オリハルコンの代用とか、古代龍の心臓の代わりになって、強化アイテムとして使っても良い。まぁ、だいたいは強化アイテムとして使うけどね。
他はナーガラージャの爪に鱗、………長政の爪や鱗じゃないよな?
ゲームでは手に入れたことのない素材だから、何に使えるかワクワクするな。
「それと……『神』、『闘神』、『魔神』のジョブの条件が一部アンロックされてる。レベル足りないから、ジョブにつけないけどね。レベル100が条件かぁ……あと47必要だな」
ナーガラージャを倒してレベル53になったんだ。そして、魔神を倒すことにより解放される隠しジョブ『神、闘神、魔神』が解放されている。他にもレベル100以上とか、色々条件があるんだけどね。
ナーガラージャを倒してレベル2しか上がらないとか………。いよいよ経験値稼ぎの方法を探さないといけないかも。光溢れるポヨポヨの地を探す時期かもしれない。あれ、探すの面倒くさいんだよなぁ。現実世界だと難しいかも。
「それだけじゃないでしょ?」
「大きいんだよ。装飾品なんだけど、装備できないから素材にするタイプなんだ」
「腕輪だけでも良いから見せなさい?」
美女が額をくっつけて、グリグリしてくるけど、全然嬉しくないな。
首飾り、胸当て、小手、腕輪とかがあるんだけど、ナーガラージャのサイズだよ。まぁ、一度見れば満足するか。
ていやと、アイコンを押下すると、すっぽりと身体が入る大きさの腕輪がドスンとテーブルに置かれた。
黄金の腕輪にでかい宝石が嵌っているが、とにかくでかい。
「フリッグはナーガラージャの腕輪を装備した!」
テーブルに置かれた腕輪にダイブして、スポンと身体ごと入り込み、しっかりと掴む残念美女さん。
絶対に離さないわと、私のものよと全身で表すので、もうこの腕輪はフリッグお姉さんから取り返せそうにない。
「他のも全部出さない?」
「出さないです!」
強欲すぎるだろと、ジト目になっていたら、呆れた様子でオーディーンがこちらを見ていた。
「では、儂の考察を語っても良いか?」
隻眼に深淵を覗く深い光を宿しつつ、オーディーンが真面目に言うので、美羽は素直に頷くのであった。




